第69話:ヘイトコントローラー
何事においても正しくあろうとするのは、一筋縄ではいかないことだとはわかっている。
ただやはり、正しい評価とは純粋に実力であるべきだと雌雄は思っていた。
長く続けてがんばっているから、後から始めてがんばっている人よりも評価すべきなのか?
家柄がよいから、資産があるから、一般人より優先されるべきなのか?
男だから女より優れているのか?
女だから男より美しいのか?
そういうものは評価に入れるべきではない。
運も実力の内と言うが、雌雄はそれさえも評価からはずすべきだと思っている。
真に実力があるから、評価されて認められる。
それこそが正しいはずだ。
そう言う意味では、雌雄にとってラキナは評価できる人物だった。
今まで数回、一緒に戦ってきただけでもそれはわかる。
すばやい状況判断、スムーズなスキル使用と、文句のつけようがない。
それは、今までの経験が成せる技なのだろう。
ただ、そこまではナオトと大差ないかもしれない。
雌雄がラキナに対し、特にすばらしいと思ったのは観察力だった。
彼女は、1~2回の戦いでパーティーメンバーが使用するメインの攻撃スキルや特性を掴んでいるようだった。
攻撃力の足らない者には攻撃力強化系のスキルを使用し、防御力の足らない者には防御力強化系のスキルを使用する。
だからと言って、やたら自己主張が強い動きをするわけでもない。
あくまで立ち位置は、ナオトのサポートに徹している。
ナオトがスキルが使えないタイミングで代わりにスキルを使用し、ナオトだけでは回復が間にあわないときに回復を補助する。
(補助……にしてもすごすぎますね。さすがレアさんが選んだ人物)
メンバーに手際よく強化魔術スキルをかけていくラキナをうかがいながら、雌雄はラキナの戦い方を改めて思い返す。
ラキナはナオトの補助をしているはずなのに、ナオトと同時に魔術スキルの詠唱を始めることが何度もあった。
たとえば回復スキルを使うときも、ナオトが回復する対象が誰だかわかっているかのように、ラキナは他のメンバーを回復する。
それは状況判断が速いだけでは説明できない、まるで予知しているかのごとき動きだ。
もちろん、あらかじめ相談して回復担当を決めることもあるし、長くパーティを組んでいれば自然に分担されることもあるだろう。
しかし、1~2回の戦闘でここまでスムーズにできるものだろうかと、さすがの雌雄も感心してしまう。
もしかしたら、ラキナはナオトの癖までも観察して掴んでしまっているのかもしれない。
(そんな彼女が「大丈夫だ」と言うのですから、試す価値はあるはずです)
ラキナは、中ボスの対策ができるかもしれないと言った。
確率は50パーセント以下で決して高くはないが、挑戦する価値がある数値でもある。
だから、雌雄と御影、リンスは彼女に賭けることにした。
ナオトは反対した。
回復アイテム等を使用せず、もう一度、死を覚悟して様子見をしようと提案してきたのだ。
それはゲーム時代なら、正しい判断だったのかもしれない。
きっと雌雄も、その方法を選んだだろう。
(されど、今は「死」が安くはありませんし、時間もあまりありません。ならば……)
何度も死ねば、経験値もそれなりに失っていく。
それに死のリスクはゲーム中とは比べものにならないぐらい高くなっている上に、精神的にも負担が大きい。
そんなに何度も試せない。
前に進むしかないのだ。
「準備完了ですの」
強化スキルを一通り使用後、ラキナが宣言する。
全員の顔が引き締まる。
突入前の独特の緊張感は、何度味わっても慣れるものではない。
どんなに長くプレイしていても、ハイランカーとなっても、それは変わらない。
否。
変わらないことはなかった。
WSDが現実になったおかげで、その緊張感はさらに増した。
死の恐怖は、ゲーム時代と比べものにならない。
たとえば痛み。
ゲーム時代にも「痛み」はあったが、それは刺激レベルだった。
サービス開始直後には、痛みらしい痛みが存在したが、一部のコアなプレイヤー以外にかなり不評だったのだ。
対策として、痛みを消す【ディセーブル・ペイン】が実装されたが、また不評だった。
痛みと同時に感触までも失われてしまったのだ。
おかげで攻撃を受けていることに気がつかず、知らず知らずのうちにHPが減っているなどということが多発した。
最終的には痛み要素は調整され、適度な痛みに近い刺激がプレイヤーに加わるようになったのだが、この世界になった途端に痛みという要素が初期状態に戻ってしまったことになる。
(ですが、それは正しい。痛みがないと、死に対する恐怖感が薄れます。特に今回は、
これであのデーモン・エレメントを斃せなければ、もう雌雄たちにあとはない。
回復アイテムもこれで尽きてしまう。
まさに背水の陣の覚悟をもたなければならない。
「行きますわよ!」
レアが部屋に飛びこみ、それに付き従うように他のメンバーも続く。
6人が揃ったところで扉が閉じられ、威嚇する雄叫びが上がる。
床に魔紋が現れる。
そして嫌悪感を味わわせる姿がそこから現れた。
デーモン・エレメント、固体名【悪夢紡ぐ面相】は、その名に恥じぬようにその場にいたメンバー全員に悪夢を見せようと嗤っている。
プルプルと震える唇の異様さで、雌雄でさえ寒気を感じた。
「【アレスティブ・オーラ】!」
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【アレスティブ・オーラ】/一般取得
必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:120/効果時間:60
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:赤い陽炎のようなオーラをまとい、半径10メートル以内にいる敵対者の自分に対する敵対心をあげることができる。対象となった敵は、俊敏性が低下する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
盾役なら必ずもっているスキルで、迅速にレアがヘイトを稼ぎだす。
彼女に気後れしている様子はまったくない。
その心の強さは、たぶんこの場にいる誰よりも揺るぎない。
すぐさま剣を振りかざし、デーモンエレメントの目を狙って、美しき【天界十英傑の剣】の一振り【光断ちのクリスタリア】を縦横無尽に走らせていく。
「ひっふぁあああああっ!」
奇妙なわめき声を上げながら、デーモンエレメントがレアに魔術攻撃を放とうとする。
「【エンハンスメント・ファイヤー】!」
それを確認してから、雌雄はシュガーレスに魔術攻撃効果が発生する魔術スキルを使用する。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★―――
【エンハンスメント・ファイヤー】/報酬取得
必要SP:25/発動時間:3/使用間隔:10/効果時間:60
消費MP:100/属性:火/威力:300
説明:対象が装備している武器に、炎属性の魔力攻撃効果を付加する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
物理攻撃力に特化しているシュガーレスだったが、今回のエレメント系に物理攻撃は効きにくい。
そこでシュガーレスが装備している、【カイザー・グローブ】という革手袋のようなナックル系武器に魔術効果を付加する。
これでシュガーレスの攻撃は、すべて魔術攻撃と見なされる。
ちなみに付加されたのはグローブだが、ゲーム時代からの仕様からその効果は体術全てに効果が及ぶ。
「はああああっ!」
シュガーレスが気合と共に駆けこみながら、デーモンエレメントよりも高く跳びあがる。
気がついたデーモンエレメントは、目の上に耳のようについた腕でガードしようと腕を曲げる。
だが、シュガーレスはそのままかまわず踵落としを叩きこむ。
レベルが上の魔物だというのに、シュガーレスの攻撃はガードしようとした腕を下へ押しこむようにして落下する。
踵の先が、巨大な目玉にめりこむ。
「――ぬっ!?」
しかし、そこまで。
それ以上は、進めないと悟ってシュガーレスはもう片方の足で敵の目玉を蹴りつけて、後方宙返りしながら距離をとる。
(与ダメは……やはりそれなりですか)
雌雄はデーモンエレメントのHPゲージを確認して低く唸る。
だが、今はそれでいい。
いきなり
ラキナ≫ 以降、レア様以外は弱点の目を狙わず、全力で攻撃してくださいですの!
ラキナの声がパーティー会話に響く。
ラキナ≫ シュガーレスさんと御影さんと全力でかまいませんが、リンスさんは強化と回復優先で動いてくださいですの。
それはもちろん、ヘイトコントロールの指示だ。
戦闘開始前にもヘイトコントロールして試したいと言っていたが、これでどのような順番で誰がヘイトをもっているか把握できる。
雌雄も魔術スキルを中心に攻撃を行い、同時に強化魔術スキルも使用し、欠かさないように管理する。
そしてレアが敵のターゲットになりながらも、果敢に弱点の目を剣で狙っていく。
弱点だけは、物理攻撃も普通にダメージがのっていた。
ラキナ≫ レア様、それで7ヒット!
レア≫ わかってる!
レアが弱点攻撃を止める。
ラキナの予測では、弱点攻撃を9回行うと特殊攻撃を行うという。
だから、無駄に特殊攻撃を打たせないために、余裕を見て7回で攻撃を止める作戦だった。
確かにしばらくしても、特殊攻撃が発動されることはなかった。
そして戦闘から3分が近づく。
ラキナが【カット・ダメージ Lv.5】を使用する。
しかし、対象は
シュガーレスに対してだった。
「――うっひゃひゃひゃひゃっ!」
悪夢を告げる嗤い声。
このあとに続くのが特殊攻撃【悪夢の波動】だ。
回避不能、盾等の防具による防御不能の物理ダメージを与える。
特殊効果もない単純な物理ダメージだが、その性質は確かに悪夢のようだ。
だが今度は、悪夢とはならなかった。
「おやまぁ……」
【悪夢の波動】を喰らったはずのシュガーレスが驚きの声をあげる。
同時に、回復薬を取りだして口にする。
それだけで、体力は元に戻ってしまう。
普通に喰らえば、体力の90%以上を奪われた攻撃だが、今回は体力が半分以上も残っていたのだ。
もちろん、ラキナがシュガーレスにかけた【カット・ダメージ Lv.5】の効果である。
つまり、ラキナの読みが見事に当たっていたことを示していた。
シュガーレス≫ ラキナ嬢ちゃん、たいしたもんじゃのぉ。
ラキナ≫ いえ、問題は次ですの。
シュガーレスは、魔物がプレイヤーを狙う順番を決める「ヘイトリスト」と呼ばれる順位表で、2番目にいるはずだった。
魔物が
簡単に言えば、魔物に攻撃したり、怒りを増加させる行為をしたりすることでヘイトはたまる。
要するに魔物が一番腹を立てているのがレアに対してであり、その次がシュガーレスだったというわけである。
(この魔物は、ヘイトが2番目のプレイヤーを狙う……というわけではないはず)
実際、そういう魔物は今までも存在していた。
だから、それならば雌雄にでもわかっただろう。
しかし前回の動きは、そこまで単純ではなかった。
固有名の魔物ならではの質の悪いアルゴリズム。
それを解明できたかどうかは、次の特殊攻撃のターゲットが誰になるかを正解できるかどうかにかかっている。
ラキナ≫ 御影さんとリンスさんは、もっと攻撃をしていいですの。御影さんは、弱点に1発、シュガーレスさんは弱点に5発までいれてくださいですの。
シュガーレス≫ そんなにいれていいのかえ?
ラキナ≫ たぶん大丈夫ですの。ボクの予想だと、シュガーレスさんのヘイトはリセットされていますの。
シュガーレス≫ ほほう。ならば遠慮なくいかせてもらおうかのぉ。
特殊攻撃を乗り切った雌雄たちのパーティーは、態勢がまったく崩れていない。
与えるダメージは少なめながら、とりあえず安定した動きで、ラキナのオーダーに応じて動けている。
MPを使いすぎないぐらいに調整しながら魔術攻撃を織りまぜ、確実に攻撃を当てていく。
無論、薬品やMPの消費を抑えるために回避も大事だ。
正直なところ、物理攻撃は大したことがない。
たまに体当たりや、上半身を振りまわし耳のように生えた腕で叩いてくる、単純な攻撃しかもっていない。
威力こそ高いが、避けるのはたやすい。
しかし、デーモンエレメントの主攻撃は魔術攻撃だった。
幸いにして威力こそ低いのだが、多くが範囲攻撃であるために避けにくく、ジワジワと雌雄たち全員の体力を削ってくる。
なかなか質が悪い。
(このレベル差さえなければ……)
レアとラキナを抜けば、4人のパーティーメンバーと、デーモンエレメントのレベル差は20近くある。
一方でレベル65のレアとラキナから見れば、レベル差は13。
1パーティー戦である程度、安全に狩れるのは15レベル差まで、限界ギリギリで20レベル差までと言われている。
しかも、固有名魔物は普通よりも強く設定されていた。
少しマージンのあるレアとラキナは問題ないだろうが、他の者たちはほぼアウトに近い。
今はバランスをとれているが、回復リソースと、与えるダメージと、与えられるダメージの駆け引きでギリギリの戦いをしているのだ。
少しでもこの攻守のバランスが崩れれば、あとは敗北一直線となる。
(まさに綱渡り。そしてそろそろ……)
前回の特殊攻撃から、また3分が近づく。
もちろん、ラキナには知らせるまでもない。
絶妙のタイミングで、【カット・ダメージ Lv.5】を唱える。
しかし、今度はリンスに対して使っていた。
(リンスさんですか……。今の彼のヘイトリスト順位は、2番目? いや、3番目ですか?)
もうすでにその辺の判断が、雌雄にはついていない。
ある程度のヘイトリストを把握はしているとしても、さすがに精度はさほど高くない。
マントをひるがえしながら、雌雄も戦闘、回復、強化、弱体……あらゆるスキルをフルに使い、リーダーとして全体のバランスも見ているのだ。
「――うっひゃひゃひゃひゃっ!」
また悪夢の合図が上がる。
「おぉ~。こいつはびっくりだなぁ~」
そして、ラキナの読みは正しかった。
それなりの痛みもあるというのに、リンスが呑気な声をあげる。
痛みよりも先ほどの戦いで一撃死させられた攻撃に耐えられた喜びが優ったのかもしれない。
雌雄≫ リンスさん、すぐ回復を!
リンス≫ おおっとすまん!
雌雄≫ ラキナさん、いけますか?
どこか願うように雌雄は尋ねる。
もしかしたらとは思った。
しかし、実際は確率が低いと、大きく期待はしていなかった。
覚悟してはいたのだ。
ラキナ≫ まだわかりませんの。
ラキナ≫ あと1度、確認してまちがいなければ確定ですの。
ラキナは「わからない」と言った。
しかし、その言葉には、不思議と自信があるように感じられた。
雌雄はその声を聞いた途端、勝利の確信を抱く。
久々に心臓の鼓動が熱く高鳴るのを感じる。
「よし! この調子で斃しますよ!」
雌雄は自分なりの鬨の声を上げ、パーティーメンバーに活を入れるのだった。
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