第67話:シニスタ


「ああぁ……。ですかぁ……」


 まるで絞りだすような、ロストの悲壮感漂う声が聞こえた。

 それは絶望を受け入れた者の慟哭かもしれないと、シニスタは思った。

 ただ、あきらめて静かに絶望を受けとめず、もがき足掻いてくれた方が見ている方としては興奮できるのだが。


「こ、今度は……な、なにがでたんです?」


 シニスタは宝箱を覗きこむロストの側に歩みよる。

 普段はあまり出しゃばらないようにしているが、戦闘終了後で手傷を負ったフォルチュナをデクスタが回復しているので2人は動けないでいる。

 こういう時ぐらいは、少しぐらい前にでてもいいだろうとロストの絶望を覗きに行った。


「――んなっ!?」


 デクスタは緋彩ひいろの三つ編みをたらしながら、幅3メートルほどある棺桶のような宝箱の中を覗きこみ、その絶望の正体に丸メガネごしの目を見開いた。


 ロストの絶望は、多くの者が所望する、欲望の対象だった。

 熱望しようが切望しようが、その願望をかなえるための努力はあまり関係なく、運だけが希望となる。

 手にいれることで羨望の眼差しを向けられるWSDの伝説級のアイテム。


「……こっ、こっこっこっ……これこれこれ……これは……」


 シニスタは息が詰まり、まるで鶏が鳴いているような声をだしてしまう。


 宝箱に眠っていたのは、緩いカーブを描く細い円筒形の鞘に収められた一振りの剣だ。

 打刀を思わす鞘は藤色をした飾り気のないデザインだが、鍔の部分は金色のS字型をしている。

 柄は白い革らしきものが巻いてある。

 非常にシンプルだが、どこか高尚な雰囲気をまとう。

 目を凝らしてステータスを見れば、その名は、【機先剣ファストック】

 プロバティにある説明文の最初に書いてあるのは、「【天界十英傑の剣】の一振り」という驚愕の事実だ。


「ててて……【天界十英傑の剣】って……レアさんのと同じ……」


「えっ!? 【十剣】ですの!?」


「うそっ!?」


 デクスタとフォルチュナも、驚きのあまり駆けよってくる。


 天界――すなわち光の神【スイーティア】の住まう世界にいた、10人の英雄が使っていたという剣こそが、【天界十英傑の剣】である。

 通称、【十剣】。

 設定的には、魔の母神【ズバ・イース】との決戦で10人の英傑は死んでしまったが、その愛剣だけが地上に残ったとなっている。


 ともかくWSDの世界で、10振りしかないという伝説級スーパーレアシリーズの剣だ。

 そして100万人のプレイヤーがいる中で、ゲーム時代に所持しているのは8人だけだった。

 雌雄たちの後を追うルートだと経験値が入らないから寄り道して、安全な範囲で行った経験値稼ぎ。

 そのついでに開けた宝箱で、まさかこんなものに出会うとはシニスタは思いもしなかった。


「どうやら実装されたようですね、最後の2振りが」


「ど、どういうことですか?」


 デクスタが尋ねると、ロストが【機先剣ファストック】を手にして調べながら答える。


「これはプレイヤーたちの中で言われていたことですが、【十剣】は当初、4振りしか実装されていなかったと推測されていました。1年間経っても、5振り目の発見報告があがらなかったからなのです。しかし、その後の大型アップデートのたびに、2振りずつ新たに報告があがっていました」


「お、大型アップデートは今まで2回。だから、8振り。ああ、そ、そうか。よ、予告があった、じ、次回の大型バージョンアップで……最後の2振りが実装される予定だった……」


「はい。その前にこの世界になってしまったけど、神様はどうやら実装したようですね」


「…………」


 ロストは事もなしに言うが、これはとんでもないことだ。

 なにしろ、この世界に転生した50万人のうち、ほとんどの者はこのレア武器が喉から手がでるほど欲しいはずだ。

 否。自分で使わないとしても、売ればとんでもない額がつくはずである。

 欲しくないと言う者がいるはずがない。


 それに9振り目が見つかったということは、ロストの推測どおり残りの1振りも存在する可能性が高いということだ。

 これも世の中に知れ渡れば、大問題になるはずだ。


(へ、下手すると、この世界の冒険者たちが、いっ、一斉に残りの1振りを求めて……た、宝箱争奪戦に……なったりして?)


 レアアイテムには、決まった試練たるクエストをクリアすることでもれなく手に入るタイプと、厳しいクエストをクリアしたあとに限定数抽選で取得できるタイプと、さらにこのように何気ない宝箱からドロップするタイプがある。


 必ずもらえるタイプは、基本性能が非常に高く設定されている。

 たとえば武器なら攻撃力が高く、防具なら防御力が高い。

 純粋に使い勝手がいい万能型である。

 が、特殊な武器スキルやステータスボーナスは付加していない場合が多い。

 付加されていても、おまけ程度だ。


 それに対して高難易度クエストをクリア後の限定数抽選タイプは、高めの基本性能と高めのステータスボーナスが付加されている。

 たとえば、STRやDEF、HPやMPの向上などである。

 しかし、武器スキルがついているものはほとんど存在しない。


 そして、そこらの宝箱から超低確率でドロップするレアアイテムには、基本性能は普通だが、わりと高めの付加ステータスと、特有の強力なユニーク武器スキルが付加されていることが多かった。


 たとえば、レアのもつ【天界十英傑の剣】である【光断ちのクリスタニア】。

 あの剣にも、STR+10%のステータス補正と、魔術攻撃【光太刀・制覇】というユニーク武器スキルが付加されている。

 一度使うと3日は使えない、悪魔と化した大地主シャルフを滅した強力なあの攻撃スキルである。


 先に拾った【マナの鳴杖】も高いステータス補正と、【マナ・スプリング】というユニーク武器スキルがついていた。


 もちろん、目の前の【機先剣ファストック】にもユニークスキルが付加されている。

 そのスキルをロストがみんなに見せてくれる。


「どれどれですわ。えーっと、スキル名は【星行電征せいこうでんせい】。やはり、十剣のスキルは漢字名なのですわね。内容は『納刀時に放たれた、持ち主にダメージを与える攻撃に合わせて使用した剣術スキルは、必ず先手をとれる』……意味がわかりませんですわ」


 デクスタが長いユニークスキルの説明文を読み解こうとするが、理解ができずに頭を捻る。

 それはシニスタも一緒だった。

 本当は自分よりも8歳も幼いのに頭が自分より切れる、妹のデクスタ。

 そんな彼女さえわからないことが、自分にわかるわけがないとシニスタは考えるのを放棄する。


「これどういうことなんでしょう、ロストさん。WSDはコマンドバトルのゲームでもないのに、敵の先手を必ずとるなんてできるものなのでしょうか」


 フォルチュナが頭を抱える。

 確かにそこが問題だった。


 先に行動を決めてから、機敏性等の優劣で攻撃順番が決まる戦闘スタイルのゲームならば、「必ず先手をとれる」というスキルは珍しくない。

 しかし、WSDはリアルタイムバトルで、プレイヤーの反射神経が機敏性に直結する。

 さらに言えば、今はゲームの世界が元になったリアル世界である。

 この状況で「必ず先手をとれる」という仕組みがわからない。


「そうですねぇ……。予想ですが、WSDの時ならば先手攻撃の処理をすべてに優先しておこなったとか。敵の攻撃処理スレッドを止めて……うーん、難しそうですね」


「……よ、よくわかりませんです」


「僕もですよ。でも、WSDではなくこの世界には、あのふざけた神がいますからね。時間遡行や因果反転やらやってもおかしくないでしょう」


 確かに世界を創り、人を転生させてしまうような神の御業ならば、簡単なことなのかもしれない。


「だ、だとしたら……す、すごーい武器です、やっぱり。こ、こんなすごい武器、レアさんが見たら、欲しがったでしょうね~」


「――ちょっ! お姉ちゃん!」


 焦った様子のデクスタが、小声で注意してきた。

 その気まずそうな表情で、シニスタは自分の失言に気がつく。


「あっ! すっ、すすすすいませんですっ!」


 慌てて自分の口を塞ぐがもう遅い。

 裏切ったレアの名前をあげることは、場の雰囲気を悪くする。

 そんなことぐらいシニスタにもわかっていたが、どうも口が滑りやすい。


「あははは。そうですね。でも、レアさんはこういう地味なスキルより、派手なスキルのが好みですから」


 ロストが笑いながらそう言うが、明らかに場の空気が変わってしまっている。

 いつもそうだ。

 自分は場の雰囲気を壊してしまうと、シニスタはコミュニケーションの難しさをこっちの世界でも実感してしまう。

 どんな見た目になろうと、性格改変のRPSがあろうと、根本は陰キャで社会性の低い人間である事は変わらないらしい。


「レアさんと言えば……」


 その空気の中、フォルチュナが元の道をふりかえりながら呟いた。


「ダークアイさんは、無事に合流できたでしょうか……」



 ――少し前。

 シニスタたちは、なぜか道を戻ってきたダークアイと遭遇していた。


 このダンジョンで仲間から離れてたった一人で歩いてくる姿は、もちろん不自然だ。

 なにかの罠かもしれない。

 そう警戒したデクスタが、武器を構えながら「なにしているのですかですわ」と詰問した。


 するといきなり「あんたらのせいで! あのレアって女、なんなのよ!」とキレられてしまったのである。


(ああ、これは……)


 怒鳴りながらも少し潤んでいる瞳にあったのは、ふんと悲嘆だった。

 きっとそれは、八つ当たりだったのだとシニスタは直感する。

 状況的に、レアとダークアイがもめたということはまちがいないだろう。

 レアもダークアイもタンクタイプ。

 同じ役割故に、ぶつかることもあったのかもしれない。


(レアさん……裏表ある人だからなぁ……迷惑かけたんだろうなぁ)


 とは言え、すでにレアは裏切り者で、自分たちには関係ないことだ。

 ダークアイが泣こうが喚こうが、レアを連れていったのはダークアイのパーティーなのだから自己責任でお願いしますという感じだ。

 シニスタには、どうでもいい面倒ごとにすぎない。


(か、かかわらないのが一番……だよね)


 シニスタはそう思って下を見た。

 面倒ごとは、目を伏せる。

 それがシニスタの処世術だ。


「大丈夫ですか、ダークアイさん?」


 しかし、目を伏せない者がいた。

 こういう時こそ、顔をあげて相手の目を見る者がいた。

 フォルチュナだった。


「1人ではさすがに不安ですよね。私たちと一緒に行きますか?」


 フォルチュナは、敵対する相手でも、下手すれば憎んでいる相手でも、哀しんでいる者や苦しんでいる者なら見捨てることはできない。

 シニスタも友達がいない前世リアルで、彼女に救われた口だった。

 陽キャであるフォルチュナを最初は拒絶したのに、気がつけば親友と思えるほどに仲がよくなっていた。

 彼女がいたから、人生が楽しくなった。

 この世界に飛ばされても、彼女がいるからがんばって生きていこうと思えたのだ。


「うるさい! あんたら程度に心配される筋合いはない!」


 だが、ダークアイはそんなフォルチュナにも怒りをぶつけた。

 それどころか感情が高ぶり、彼女は剣を抜いてみせる。


「なによ! アタシを殺すつもりならさっさとやれば! あんたらぐらい、アタシ1人でも倒せるんだから!」


 取り付く島もない様子は、昔の自分に重なり、シニスタもダークアイを放ってはおけない気になってくる。

 しかし、なんと声をかけていいのかわからない。

 こういう時に、自分のコミュニケーション能力の低さが恨めしい。


「僕たちは別に殺人狂ではありません。必要もないのに殺し合いしたいとは思っていませんよ」


 そんな彼女に、今度はロストが静かな声で話しかける。

 敵意がないことを示すように笑顔を添えて。


「むしろ、僕としては全員無事にと思っています。もちろん、あなたにも。……なので、フォルチュナさんの言うとおり、このまま1人はお薦めできません。だからと言って、僕たちと一緒に行くのは抵抗があるでしょう。そこでどうでしょうか。ここでもう少し待っていれば、【ダンジョン・サバイバー】やTKGさんたちが来ます。彼らと合流してみては。彼らももう、戦う意志はないはずですから、僕から話を通しておきます」


 結局、しぶしぶながらダークアイはロストの提案にのり、その場に残ることにした。

 彼女もきっと1人は不安だったのだろう。

 こうしてシニスタたちは、ダークアイと別れたのである。



「まあ、あそこで待っていれば大丈夫ですよ。両パーティーにも、ダークアイさんのことはチャットで伝えて、OKをもらっておきましたし。合流したら連絡くれることになっていますから」


 ダークアイの心配をするフォルチュナに、ロストが太鼓判を押すように断言した。


「それよりも、もう少し寄り道をしていきましょうか。まだこちらは合流には早いと思いますし」


「……えっ?」


 シニスタは思わず怪訝な顔でロストを見てしまう。

 いや。デクスタもフォルチュナもそれは同じだった。


(こ、ここから先にいるのは、し、雌雄の【鳳凰の翼】パーティー……だけ。そ、それにご、合流って? た、戦うって意味……だよね? でも、「まだ早い」って? ――あっ! まっ、まさか……ロストさんとレアさん……そっ、そんなえげつないことを考えて!?)


 ロストはそれ以上、何も説明してくれなかった。

 しかしシニスタは、ロストが何を考えているのか、なんとなく察することができたのである。

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