第66話:デーモン・エレメント
マッピングを行っていた御影の話では、最下層の半ばあたりまで進んだらしい。
まるでそれを証明するように、ナオトたちの前にいかにもなにかありそうな大部屋が現れた。
なぜ大部屋とわかったのかと言えば、未踏の場合は通常なら閉まっているドアが、最初から開け放たれたままであるからだ。
今まで岩肌むき出しの冷たさを感じる無機質な壁だったが、今度の部屋は煉瓦のようなブロックで組まれた、温かみのある壁になっていた。
非常に高い天井は、廊下よりも明るいサンシーリングで照らされており、直視するのがつらいぐらいだ。
明らかに今までと違う雰囲気。
しかし、敵の姿はまったく見えない。
このパターンは、1パーティーが中に入ると扉が閉まり、いわゆる中ボス的なモンスターが現れて戦闘が終わるまで出られないパターンだ。
つまり全滅したら、他のパーティーにでも助けてもらわない限り終わってしまう。
当然、今までとは違った緊張感が走る。
「ここの中ボスは、大精霊【アステロイド】。6属性の各小惑星に見立てられた、宙を浮く玉石が、位置を切り替えながら攻めてきやがるやつですな」
御影の言葉に全員がうなずく。
ナオトもモンスターの情報はわかっていた。
対応方法もきちんと学習済みである。
ただし、その情報はモンスターが今まで通りならばであった。
実際、ここまでの道のりでも、見たことのないモンスターが姿を見せていた。
しかも、かなりの高レベルモンスターである。
最悪、全滅だってありうるのだ。
「確かにリスクはありますが、わたくしたちは僥倖に恵まれています」
そんなナオトたちの不安を流し落とすような、雌雄の声が全員を包む。
「幸いにも、わたくしたちは7人います。今まで通りならば中に入れるのは6人まででしょう。ならば、ナオトかラキナさんが待機していてくれれば、全滅しても救出してもらえます」
この手のギミックとして、全滅した場合は一定時間がたつと敵モンスターが姿を消して、入り口の扉がまた開く。
そしてパーティーメンバーが生存状態で6人揃っていなければ、モンスターが現れることもないし閉じこめられることもない。
だから救援者が1人いれば、時間はかかるとしてもメンバー全員の復活は安全にできるのだ。
「いやいや。……それはむしろ、飛んで火に入る夏の虫とならんかね?」
口をだしたのは、シュガーレスだった。
普通にしていれば、愛らしい顔だというのに、意味ありげに口角をあげた表情は不気味極まりない。
「もし、ラキナ嬢ちゃんが外で待っていて、全滅したときにレア嬢ちゃんしか【リバイブ・ライフ】しなかったら、わしらはあのロスト坊に負けることになるんじゃないかのぉ」
「――なっ!?」
ナオトは思わず息を呑む。
それはつまり、レアとラキナが裏切ると言うことだ。
ナオトはそんなこと考えもしていなかったが、シュガーレスは最初からレアを信じていない空気を放っていた。
(そんなレアさんが裏切るなんて……でも……)
ナオトとしては否定したい。
そんな裏切り方をするなんてありえない。
しかし、確かにレアたちがそのタイミングで裏切れば、【ドミネーター】は簡単に【鳳凰の翼】を潰すことができることもまちがいない。
ダークアイが生き残っているが、彼女一人ではさすがになにもできないだろう。
それにそもそも、レアもラキナも【ドミネーター】を裏切ってここにいるのだ。
裏切らないなどと言う言葉は、紙切れのように軽く薄い。
「わたくしは、レアさんがそんな裏切り方をするなんて考えていませんよ」
シュガーレスの言葉に心をざわめかせるメンバーをよそに、雌雄は力強く言い放つ。
こんな時でも、彼は迷わない。
己の信念にまっすぐ従う。
「もし、その状態で【ドミネーター】に戻っても、我々でも倒せなかった相手に勝てるとは思いません。あくまで勝率が高いのは、わたくしたちの方でしょう。だというのに、ここまで戦って信用を得てきた彼女が裏切るなど、湯を沸かして水にするようなものです」
「そうね。安心しなさい」
雌雄の目線を受けて、レアが「ふふっ」とかるく笑う。
「わたしの目的は、別に
「もちろん、ボクはレア様に従いますから、レア様が誓うならボクも誓いますの」
今まで黙っていたラキナもそう告げる。
そこまで言われれば、シュガーレスも従うしかないだろう。
苦笑しながらも、「仕方ないねぇ」と雌雄の意見を呑む。
「では、作戦を立てましょう」
雌雄の指示で、部屋の外で待機するのはラキナとなった。
ラキナは、【ビュー・アクティブスクリーン6】というスキルで、目の前にフローティング・モニターを6つ展開し、中の様子をうかがうことにした。
これで戦闘の観察をするのだ。
そして準備ができると、残りの6人が大部屋に突入した。
封鎖される扉。
鳴り響く呻き声。
中ボスクラスが出てくる、その予想は当たった。
しかし、大精霊【アステロイド】は呻き声など出さない。
ワンワンと響く、金属の衝突音をさせるのだ。
つまり――。
「アステロイドではありません! 敵の観察を!」
雌雄の警告を受けるまでもない。
ナオトも全神経を部屋の中央に向ける。
突如、部屋の中央の床が大きく波打つように揺れる。
まるで、地面が豹変して水面になったかのようだ。
そして波紋が広がり、円を描き、ユラユラと揺れながらそれが紋章のような形を作っていく。
紋章から現れる敵は、限られている。
そして紋章により、敵の系統が決まっていた。
しかし目の前に現れた紋章は、ナオトもあまり見たことのない形をしている。
「この紋章……まさか……」
雌雄がつぶやくと、レアもうなずく。
「ええ。この紋章、悪魔系みたいだけど……少し変……」
「あっ、悪魔!?」
「ここは【精霊の径庭】だよぉ~!? なんで悪魔が……」
メンバーが騒ぐ中、敵の姿が現れる。
地から吹きだす煙が、全長6メートルほどの型を成す。
一言で言えば顔だった。
顔しかなかった。
否。輪郭がなく、顔にあるパーツだけがくっついていたというべきだろう。
つり上がった睫の長い両眼は、白目が血走り、黒眼が左右ともまったく違う方を向いている。
目許には、鼻が繋がっている。
それは全体で見たら、胴体に当たるのだろうか。
鼻の背後、背中にあたる部分にはコウモリのような羽根が生えていた。
そして、鼻の下には上唇がつながっている。
口はほぼ閉じられているが、押しだされた舌が、まるで前垂れのように唾液をたらしながらブラブラとしていた。
下唇の下部には、深緑の脚らしきものが生えているが関節は見当たらない。
脚というより、そのイメージは根や茎かもしれない。
ありえない形は、見る者に不気味さと恐怖を与える。
しかし、その不気味さに拍車をかけているのは、やはり2本の腕だろう。
なんと瞼の上から、ウサギの耳よろしく人間の腕が生えていたのだ。
「種族名【デーモン・エレメント】、固体名【悪夢紡ぐ面相】、レベル78……」
「ちょっと待ちやがれですよ! 中ボスが
雌雄の告げた名前に、御影がひきつった声をあげた。
通常のモンスターは、基本的にカタカナで命名されている。
ところが稀に日本語名で名付けられているモンスターが現れることもある。
通称【二つ名もち】。
いわゆるレアモンスターで、非常に癖が強いスキルや戦い方が設定されているのだ。
そして。
例に漏れず、この【悪夢紡ぐ面相】も非常に質が悪かった。
戦闘が開始されると、すぐに全員がボロボロになる。
「アタッカー、警戒してください!」
滅多に動揺しない雌雄の声に、強い焦りが見えた。
「タゲの固定ができないわ!」
レアの声に、悲痛さがうかがえた。
「MPが足りません! 回復が回せません!」
ナオトの声に、涙が混ざった。
ナオトが知る限り、今までしてきたバトルではもっとも地獄絵図だっただろう。
敵の体力をなんとか半分までは削ることができた。
しかし今後の道のりを考えると薬品はあまり使えず、回復がまにあわずレアが倒されてしまう。
結果、そこから全滅まで大して時間はかからなかった。
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