第65話:ヒーラー
【青木 直人】が【目黒 香奈恵】と知り合ったのは、とあるオンラインゲームの世界だった。
最初は偶然、同じパーティーになったのだが、その時にフレンド登録して以来、よく一緒に冒険するようになった。
別のゲームをやるようになっても、よくペアを組んで遊んでいた。
さらにしばらくしてオフ会で会い、学年こそ違うが同じ高校だということに運命を互いに感じてつきあうようになったのだ。
2人とも、自他とも認める陰キャ。
いわゆる少し
その部分でも互いに気があったのだろう。
だが、実のところ根本の部分で2人は異なっていた。
直人は、そもそも目立ちたいわけではなかった。
有象無象のその他大勢に自分のことを知って欲しいという、自己顕示欲はまったくもっていないのだ。
ただ彼は、彼が尊敬できる人物に認めてもらえればよかった。
自分が認める人から、認められたかった、褒められたかった、感謝されたかった。
そんな人を陰から助ける「縁の下の力持ち」となって、その人が他者から認められるのを見るのが嬉しかった。
自分が助けた人が認められているのは、自分のおかげであると思えることが嬉しかった。
彼の承認欲求は、少し屈折していた。
一方で、香奈恵はシンプルだった。
本当の彼女は、目立ちたかったのだ。
より多くの人から、認められたい、みんなに見られたい。
しかし、彼女は人の前にでることを怖がった。
過去に目立とうとして失敗し、痛い目に遭ったらしい。
そのせいなのだろう。
彼女には、「どうせ自分なんて」という自己評価の低いところがあったのだ。
前にでたいが、前にでる方法がわからない。
下手なことして傷つきたくない。
ならば、我慢する。
そういうタイプだった。
ただし、それはリアルでの話である。
バーチャル、すなわちゲームの世界なら香奈恵は違っていた。
ゲームのバトルなら、やることはわかっている。
どうやれば、前にでられるかも知っている。
リアルでできなくともバーチャルならできる。
だから、彼女は前にでるタンクとなった。
そして、直人は彼女を陰で助けるヒーラーとなったのだ。
2人は上手くやっていた。
互いの立場を尊重し、自分の立場に満足していた。
WSDが現実となり、直人も香奈恵も死んで、ナオト・ブルーとダークアイになってからも、それは変わらなかった。
つい先ほどまでは。
(すげぇーっ! この人、ホントーにすごいよ!)
初めてレアの戦いを目の当たりにしたナオトは、まさに「盾」としか言えない戦いっぷりに驚いていた。
WSDには、たとえば盾の使い方ひとつにも技術がある。
弱い攻撃は弾きかえす、強い攻撃は受けとめる、反撃できるようなら捌く、そしてスキルを組み合わせて有利に立ち回る。
そうやって彼女は、敵の攻撃に合わせて盾を見事に扱っていた。
さらにMP管理もすばらしかった。
MP残量をバトルの途中で切らさない。
回復役のナオトが他の者を回復しているときは、素早く判断して自分で回復する。
逆にナオトの手が回らないときは、体力の減った仲間の回復までしてくれる。
回復行為は、魔物の
それを考えてレアは、
つまり、レアは複数の敵の攻撃を受けながら反撃して、さらにパーティーメンバーのステータス管理もある程度、把握しているのだ。
もちろんタンク役であれば誰でもやろうとしていることだが、ここまでのレベルに達しているものはいないだろう。
そして【鳳凰の翼】で一番の凄腕である恋人のダークアイでさえ、とても及ばない。
さらにこの世界に転生したばかりの混乱の最中に【リリース・リミットレベル60】を探しだし、それどころが【リリース・リミットレベル70】を見つけて、レベル60を超えるという快挙を成し遂げている。
「あら、ナオト君っていうのね。あなたの回復、一流だったわ。すごくいいタイミングで回復してくれるし、強化回しも完璧。すごく腕がいいわね♥」
「あっ、ありがとうございます!」
そんな彼女に、ナオトは褒められたのだ。
有頂天になっても仕方ないだろう。
(すごい。すごいことだぞ。ぼくは認められたんだ。
ゲーム時代、1位から3位までは「不動の3人」と呼ばれていた。
ここ数年、順位が変わっていないのだ。
しかも1位から3位と言っても、この3人の実力はほぼ拮抗している。
(その1人に一流と認められた……ああ、ぼくは、ぼくは……)
思わず恍惚としてしまう。
ダークアイになぜか睨まれるが、それに気をまわす余裕もない。
この人に、もっと褒められたい。
この人に、もっと認められたい。
(そうだ。ぼくはこんなすごい人を支える力があるんだ!)
ナオトは、そこからも懸命に戦った。
それはもう必死になって、一流のヒーラーらしく動いた。
レアについてきたラキナという女性に、このポジションを渡したくなかったのだ。
「ナオトさん、ありがとう。助かったわ♥」
「すごく頼りになるのね、ナオトさん」
「ナオトさんの回復は安心できるわ♥」
1戦闘ごとにレアに褒められ、ナオトは有頂天だった。
この人が高レベルのモンスターと戦えているのは自分のおかげなのだ。
その達成感に、ゾクゾクが止まらなかった。
だからなのだろう、ダークアイに腕を掴まれて睨まれても顔の緩みが元に戻らなかった。
「ナオト! なんであんな女にデレッとしているの!」
休憩中にダークアイに引っぱられて、手前の廊下まで戻されて連れて行かれた。
そして文句を言われるのだが、ナオトとしては納得いかない。
「なんだよ。デレッとなんてしてないし、だいたい『あんな女』なんてレア様に向かって」
「レア様ってなによ! いつから様付けになったわけ!?」
「だ、だって、すごい人なんだぞ……」
「すごくなんてないわよ! アタシの方がすごいし! 【鳳凰の翼】の一番盾なんだから!」
「そ、それは……」
ナオトは思わず口を濁す。
本心では否定しているが、さすがに正面から口にできない。
「なっなによ! あんた、アタシの彼氏でしょ! なんで、あんな女の肩をもつわけ!?」
「べっ、別に……ぼくは……。ぼくは、ヒーラーとして一生懸命がんばっているだけだ」
「ナオトはアタシのヒーラーでしょ!」
「ぼ……ぼくはパーティーのヒーラーで……」
「――ナオトのバカヤロウ!」
ダークアイの平手打ちが、ナオトの頬で快音を響かせた。
そのHPには現れない痛みに驚きながら、ナオトはダークアイを睨む。
「――なにをす……る……」
だが、怒りの言葉は、尻つぼみになった。
彼女の双眸にたまった涙に呑まれるように。
「決めた……」
唐突に、ダークアイは他のパーティーメンバーの元に駆け戻っていく。
ナオトも慌てて追いかけたが、ダークアイは振りむきもせず雌雄の前で仁王立ちになった。
「アタシ、やめるわ。アタシがいなくても関係ないでしょ」
そしてとんでもないことを口にした。
「だってアタシ、盾として役に立っていないじゃない。前にでられないなら意味がない」
「なんですとー!?」
雌雄の横に立っていた副リーダーの御影が、デモニオン族特有のコウモリのような羽を広げて驚く。
「待てですよ、ダークアイ殿。我々はきみの力もちゃんと必要にしているぞですよ!」
だが、その言葉がダークアイに届いているとは思えない。
彼女はレアを一瞥してから、雌雄を睨む。
「レベルもどうせ低いし、前にでない盾役なんて不要でしょ!」
「そんなことはありません」
興奮するダークアイに対して、雌雄は落ちついた声で静かに答える。
「レアさんとて完璧ではありません。レアさんが崩れたとき、立てなおすまでの予備の盾は必要です」
「よ、予備……ですって!? アタシが一番盾でしょ! 一番じゃないなら意味がないの! だから、アタシは――」
「――あなたは、『リアルではできないことでも、バーチャルならできる』って信じているタイプなのかしら?」
ダークアイの言葉を遮って口を挟んだのはレアだった。
「WSDでも謳っていたわよね、『
「……何が言いたいの?」
ダークアイの双眸が、刺々しく光る。
まるで視線で殺そうとでもしているかのように、レアを睨んでいる。
しかし、レアはわずかに笑みを浮かべたままで話している。
「もしかしてあなた、わたしより前に立てないのはレベルの違いのせいとか思っていない?」
「そうでしょ? レベルではなく、技術が違うとか言いたいの?」
「いいえ。違うわ。わたしがあなたより前に立てるのは、欲望の強さの違いよ」
「プッ。アハハハ……。あなたが強欲ってこと、それ?」
「そう。言い方を変えれば、求めて止まない、折れない、あきらめない……そういう
「なにが強欲よ。関係ないわ。それにアタシにも欲はあるし!」
「そうね。でも、ダメ。弱いわ。タンクは戦いにおいて、冷静さと同時に、誰も彼も差し置いて前にでるぐらいの押しの強さも必要なの。でも、あなたにはその強さが足らない。どんなにボロボロになっても、前に立つ覚悟が足らない。あなた、リアル……前世でも嫌なことから逃げるタイプだったのではないかしら?」
「――そっ、そんなことはない!」
「わたしはね、こう思うの。バーチャルもまたリアルだって。アバターで自分の見た目を変えようが、RPSで性格改変補助を行おうが、根本は同じ。だって、人間関係だってリアルと変わらないでしょう? 剣術が使えようが、魔法が使えようが、リアルでできないことが、バーチャルでできるとは限らないってこと」
「…………」
「わたしはリアルでも欲しいものは自らつかみとるタイプだった。だから、ここでもそうできている。でも、あなたは……どうかしら?」
「う……うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
ダークアイがヒステリックに叫び出す。
ナオトは何か声をかけようと思っていたのだが、初めて見た恋人の錯乱する姿に言葉を失ってしまう。
「アタシ、こんな奴と一緒にパーティ組めないわっ! 悪いけど後からついていくから……バイバイッ!」
そう言うと、パーティーメンバーの止める声に振りむきもせず、ダークアイは元来た道を戻るように走り去っていってしまった。
「なんなんだ……よ……」
呆気にとられてしまったナオトは、追いかけることもせずに彼女の姿がダンジョンの廊下に溶けていく姿を見送ってしまう。
「ごめんなさい。わたしが余計なことを言ったせいね……」
とまどうナオトは、レアから頭をさげられてまた別の感情でとまどう。
「そっ、そんな! レアさんが悪いわけじゃ……」
「彼女の殻を破ってあげようと……老婆心だったわね」
「くっくっく……」
謝るレアを笑ったのは、シュガーレスだった。
「お主が老婆心とはのぉ……」
「あら、老師。老婆心は老婆キャラの専売特許とでも?」
「そうは言わんが、お主に似合うかと言われれば甚だ疑問じゃ」
「まあ~なんだなぁ~。言い方は別にしてだけどぉ、レア姫の言うことは概ね正しいと思うわいなぁ~」
今まで黙っていた、ド派手な黄色い髪をしたメインレイス族のリンスがのんびりとした口調でそう告げた。
背中に大剣を装備しているが、それも宝石がちりばめられて派手。
そして鎧もギラギラとした銀色が、目に痛いほど派手。
そんな派手好きな装備をして、戦い方も派手なのに、その口調はやたらとノンビリして大人しく感じる。
「やっぱりさぁ~、目立つのには覚悟がいるんだよなぁ~」
「……あんたが言うと、説得力がありやがるですな」
同意とばかり、副リーダーの御影が指をパチンと鳴らす。
だが、その顔は決して笑っていない。
30代ぐらいに見えるその顔は顰められていた。
「あまりに大きな壁にぶつかっちまったみてーですな。どうするリーダー?」
御影のやれやれと言わんばかりの声色に、雌雄もやはりやれやれと小さくため息で返した。
「そうですね。彼女は愚かではなく、もっと強くなれると信じています。だから、虚心坦懐となれば自ずと戻ってくるでしょう。幸いにも今はパーティーメンバーも足りていますし、後方ならば通り道から外れなければ危険もありません。今は、そっとしておきましょう」
「そーするしかねぇですな……」
「…………」
2人の話を聞いていたナオトは、もう一度だけダークアイの去って行った、岩肌むき出しのダンジョンの通路を見やった。
追うべきだろうかと悩んでいたが、確かに今は1人になりたいのかもしれない。
そう思い……というより、そう自分に言い聞かせるようにして、ナオトはその場に留まったのである。
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