第64話:タンク
「どうしてレアさんたちを行かせたのですかですわ!」
瞳に涙を溜め、口をタコのように尖らせながら、デクスタがロストに迫る。
その背後に隠れながら、姉のシニスタが「そうだ、そうだ」と妹を応援するように、首をコクコクと振っていた。
フォルチュナとて同じ気持ちだ。
あんなにあっさりと行かせることなどなかったはずだ。
ロストがもっと本気で引き留めれば、留まってくれたかもしれないじゃないか。
「仕方ないではないですか。本人が行く気満々なんですよ。それにあそこでごねたら、戦いになりました」
「戦っても行かせないべきでしたですわ!」
またシニスタがデクスタの背後に隠れてコクコクと同意するが、ロストは「いやいや」と首を横にふって見せた。
「戦ったら負けますよ。せっかく見逃してくれると言うのだから、あの場は退いてもらって正解です」
「そんな弱気な、ですわ!」
「僕は基本的に弱気ですよ。いいじゃないですか。僕たちはここで食事でもとってから、ゆっくり進みましょう。安全にね」
そう苦笑を見せるロストに、今度はシニスタが首を横にふった。
「な、なんか、ち、違う。ロストさん、らしくない……と思う」
「らしくない……ですか。そうですかね」
「う、うん。らしくない……」
確かに言われてみれば、
それはフォルチュナも感じていたことだ。
レアを手放せば、負けることは確定である。
ハズレをアタリに変えるロストが、ハズレのままでいる道を選ぶこと自体、不自然だ。
それに不自然なことは、もうひとつある。
「なぜ、雌雄さんは私たちを見逃してくれたのでしょう?」
その疑問をフォルチュナは口にだしてみる。
「彼らの目的が自分たちの確実な勝利なら、ここで私たちを倒していけばいいはずじゃないですか。なのに、『追いついてきたりしなければ見逃してやる』みたいなこと言ってまで……。レアさんとラキナさんを奪ったことに対する、せめてもの贖罪かとも思ったのですが……なんか腑に落ちません」
「そうですね。それは贖罪ではありません」
ロストは、そう言いながらおもむろに腰をおろした。
そしてアイテム・ストレージから、用意していた弁当を取りだす。
ジュレとチュイルが一生懸命作ってくれた、おにぎりと、イストリア・ピッグのハム、卵焼きなどだ。
ロストは、うまそうだと舌なめずりでもしそうな勢いで弁当を見つめる。
「ロスト……さん?」
話を促すために、フォルチュナが尋ねるとロストが箸を割りながら続きを口にする。
「あれは、贖罪ではなく
「願い?」
「そう。『追いついてこないでくれ』というね」
「どういうことです?」
「彼らも必死なんですよ。
「そ、それって……まさか……」
「まあ、食事をして、休憩をして、こうなったら途中で宝箱でも開けながらのんびりと行きましょう」
「…………」
フォルチュナは、その時に初めて悟った。
ロストは、あきらめていない。
雌雄にふっかけた賭けも、自棄になってなどではない。
やはりハズレのままで終わらせる気などないのだ。
ロストが見せた不敵な笑いが、それを顕著に語っていたのである。
§
16歳になったばかりの【目黒 香奈恵】は、先輩で恋人の【青木 直人】と【ワールド・オブ・スキルドミネーター】を始めた。
もともと、香奈恵はゲーム好きでいろいろなゲームを幼い頃からやってきていたのだが、WSDには特に手をださないでいた。
理由としては、別に楽しんでいるゲームがあったことと、「役割なんてない」という戦闘システムが、今ひとつピンとこなかったせいだ。
多くのMMORPGでは、ジョブ制度という考え方が取り入れられている。
ジョブはもちろん職業のこと。
戦闘に対する役割を職業ごとに定めているパターンだ。
このタイプは、パーティー戦でのゲームバランスがとりやすい利点があるが、一方でソロでの活動は厳しいジョブがあるなどの問題もでやすい。
しかし、彼女はソロに興味がなかった。
なによりも彼女は、パーティー戦でのタンクという役割が好きだったからだ。
タンクとは、敵の攻撃を引き受けて仲間を守る盾役のことだ。
タンクジョブで言えば、有名なのはMMORPGだと【
大きな盾を持ち、敵の正面で攻撃を受ける、戦闘の花形、まさに主人公という感じの立ち位置だ。
そう。香奈恵は主人公になりたかった。
だから、はっきりとタンクという役割のジョブがあるゲームの方が好きだったのだ。
ところが、恋人の直人がWSDを一緒に始めたいと言いだした。
もちろん、最初はしぶった。
スキルで性質が決められるとなれば、特定の役割に偏る事がなくなってしまうのではないかと思っていたのだ。
しかし直人がかなり積極的で、香奈恵も始めることになったのだ。
そして始めてみると、自分の心配が杞憂にすぎなかったことがすぐにわかった。
確かに万能型でスキルをそろえている者も多かったが、それはかなり難易度が高いプレイが求められるのだ。
対してスキルを偏向させて、ある程度の専門的役割をもてるようにキャラクターを作ると、パーティー戦ではかなり動きやすかった。
しかもスキルの選び方で、自分の思ったとおりのタンクを生みだすことができそうだとわかると、香奈恵はドップリとWSDに直人と共にはまっていった。
ちなみに直人は、香奈恵にあわせてタンクの
おかげで2人は常に一緒に行動することができ、白い鎧に身を包んだ香奈恵のキャラクター【ダークアイ】と、やはり白い衣に身を包んだ直人のキャラクター【ナオト・ブルー】は、息のあったペアとして名を売っていった。
ある日。
2人は古参プレイヤーである雌雄に、自分のユニオンに入らないかと声をかけられた。
実力を認められた者しか入れないと言われている有名ユニオンのひとつ【鳳凰の翼】に誘われたのだ。
香奈恵も直人も、このことは素直に喜んだ。
自分たちが認めてもらったことが嬉しかったのだ。
2人はユニオンにはいってからも、力をメキメキとつけていった。
そしてWSDが現実となり、香奈恵も直人も死んで、ダークアイとナオト・ブルーになってからも、それは変わらなかった。
もちろん、すぐに適応できたわけではなかった。
ダークアイは、しばらく泣きくれた。
大好きな父や母と会えない、大切な友達と会えない、気になるアニメの続きも見られない。
多くのことに絶望を感じた。
しかし、幸いにもナオトがいた。
さらにこの世界での自分には、自信があった。
リアルでは、彼氏がいても恥ずかしいのでそれを隠し、ゲームばかりやっている陰キャ認定されている自分だったが、ここでは違う。
戦闘で一番目立つ花形である。
しかも今では、強豪ユニオンで「一番盾」と呼ばれるタンク役だ。
この大事な戦いにも、ナオトと共に選抜されたほどである。
ナオトがいれば生きていける。
この自信があれば生きていける。
そう、思っていた。
だが、まずその自信が揺らぎ始めた。
レアの実力を確認するため、タンク役を交代した。
メンバーは、雌雄、レア、ナオト、ユニオンの副リーダーで
ダークアイと、もう1人の新メンバーのラキナは待機して、緊急時に入れ替わる手筈となっていた。
否。緊急時というより、ダークアイは絶対に途中で交代すると考えていた。
なにしろ、最初に三層に入った時、たった1戦でレベル56のダークアイはボロボロにやられていたのだ。
タンクとしての役割をきちんと果たせなかったのである。
勝てたのは、本当にギリギリだった。
特にレベル58の雌雄とシュガーレスがいたからこそ、なんとかなったと言えるだろう。
パーティーの
(す、すごい……)
しかし、今度はそうならなかった。
噂には聞いていたし、プレイ動画を少しだけ見たこともあった。
確かに強かったが、よい装備に任せただけのプレイだろうと思っていた。
しかし、目の当たりにすると、そうではないとひしひしと感じてしまう。
「【アレスティブ・オーラ】!」
金色の鎧の姿が、全長3メートルはあるオーガと呼ばれる鬼のような魔物の中で雄々しく立つ。
しかもオーガと言ってもアンデッド化している。
奥の方にいる、空中に浮いた輝く鉱石――土の精霊型魔物【オレ・エレメント】が呼びだしているようだった。
レアは、そのオレ・エレメントからの攻撃も考え、仲間に被害が行かないように1人で横にずれる。
戦闘開始時の素早い位置取り、ヘイトの稼ぎ方、そういった基本的なことは当たり前だが、その動きが非常にスムーズだ。
戦闘開始直後はヘイトが安定しないため、他のパーティーメンバーに回復をさせないようにする。
回復行為は魔物のヘイト上昇を招くからだ。
さらにアンデッドは生命力が弱い者から狙う性質がある。
そこでタンクは、その場にいるすべての魔物に範囲攻撃を行いながらも、適度にダメージを受ける。
しばらくは、そのダメージを自らの力で回復することをくりかえす、ある意味でマッチポンプな作業を行う。
ただ、口で言うほど簡単ではない。
攻撃を受けながらのスキル使用は、下手すれば実行を阻害されかねないからだ。
しかしレアは、一度の失敗もなくすべてのスキルを実行していく。
「【シールド・スモールサークル】!」
さらに彼女は、まるで自分だけを見ろと言わんばかりに、敵によそ見することを許さない。
レアへのヘイトが弱くなったアンデッド・オーガの1匹が、アタッカーの御影に貼りつきそうになると、すぐさま援護の魔力シールドを展開する。
そして戦闘中にもかかわらず、メイン武器の剣を地面に刺すと、投げナイフを数本取りだす。
「【アサルト・ウィークポイント
片手の盾で敵の攻撃を捌きながらも、身をひるがえして投げナイフを投擲する。
それによって御影に貼りついていたアンデッド・オーガのヘイトを取り返したのだ。
巨大な棍棒で殴られ、石の礫を喰らい、金の鎧を傷だらけにしながらも、レアは盾を構え、剣を振るい、そして口角をあげながらも立ち続ける。
さらにアンデッド・オーガを倒した後、レアは剣を頭上に掲げた。
すると、ダークアイの隣にいたラキナが、それをわかっていたかのように【エンハンスメント・ウィンドウ】を使用する。
レアの剣に、オレ・エレメントに有効な風魔法が宿る。
敵が高レベルで数も多かったため、少し時間はかかった。
しかし、レアがその風をまとった剣を振るい、オレ・エレメントにとどめを刺すまで、安定した戦闘が行われたのだ。
そこにダークアイの出番は、まったくなかったのである。
「さすがですね、レアさん」
戦闘終了後、雌雄があまり見せない朗らかな顔でレアに話しかけた。
雌雄にとっても、今の戦いは満足いく手応えだったのだろう。
同時に、レアの実力にも満足したようだった。
ダークアイとて、悔しいがわかっている。
レアの力――確かにそれだけは、認めなければならない。
3層に降りてすぐ、雌雄が「2層に戻ってレアを仲間に入れる」と言いだした時は、何を血迷ったのかと驚いたものだ。
しかし、雌雄は決して血迷ったわけではなかった。
雌雄の考えを説明され、そしてここはもうゲーム時代とは違うルールで動かなければならないと説得されて、ダークアイも納得するしかなかった。
気にいらなかったけど。
「やはり貴方だったのですね」
自分の推測を確認するためだろう。
雌雄が、レアに尋ねる。
「先ほどのあなたの戦いっぷり、与ダメ、被ダメを見て確信しました。あなたが、このダンジョンのレベルを上げていた。違いますか?」
「…………」
レアはすぐに口を開かなかった。
代わりにしばらくしてから、レアは自分をさして一言だけ「見てください」と言う。
それはつまり、今まで隠していた彼女のステータスを確認しろということだろう。
「ああ……。まさかと思いましたが……やはり」
細い目がわずかに開き、雌雄が動揺して一歩後ずさる。
その驚愕の理由は、ダークアイもステータスを見ることで確認する。
「ろっ、ろろろろっ……65ですってっ!?」
レアのレベルは、65というありえない数字だったのだ。
なぜありえないかと言えば、【リリース・リミットレベル60】でレベル60にまでなることはできても、【リリース・リミットレベル70】はまだ発見されたという話は出回っていない。
つまり現状で60を超えることはできないはずなのだ。
「ま、まさか、【リリース・リミットレベル70】が見つかっていたというの!?」
ダークアイがもらした言葉に、雌雄は「
「確かにレアさん、それにそこのラキナさんは、皆がこの世界に右往左往している間にいち早く動き、【リリース・リミットレベル60】を初めて手にいれた方々だ。あなた方のパーティーが苦労して手にいれた情報のおかげで、あとに続く者たちは早ければ1~2日で【リリース・リミットレベル60】が手に入るようになった。今、この時点で私たちがこのレベルになっているのも、あなたたちのおかげとも言えるでしょう」
(そっ、そうなの!?)
ダークアイは、【リリース・リミットレベル60】がどうやって発見されたかなど、詳しくは知らなかった。
仲間内から【リリース・リミットレベル60】が見つかったらしいという情報を聞き、どこかの誰かが見つけたのだろう、すごい人がいるものだ程度に思っていたのだ。
「そんな先駆者であるレアさんたちならば、【リリース・リミットレベル70】を見つけることも可能だったのかもしれない。しかし、人が悪すぎませんか?」
「あら、どうしてかしら?」
雌雄の問いに、レアが愛らしく首を傾げて尋ねる。
「
「……どうして、わたしが最高レベルだと?」
「このダンジョンにいる者たちで、可能性があるのはあなたやラキナさんぐらいですからね。レベルを隠されていたので、こんなに離れているとは思いませんでしたが」
「でも、隠していたのはお互い様ではなくて?」
レアがプルンッとした唇に指を当てて、また小首をかしげる。
「あなたのパーティーメンバー、マスクで顔を隠していたけどすごい人ばかり。老師だけではなく、【鳳凰の翼】のナンバー2の御影さん、そしていつの間に誘ったのか、
「ナオトです! ナオト・ブルーです!」
レアの流し目のような視線を受けて、ナオトがビシッと気をつけしてから答える。
(なっ、なによ、ナオトめ!)
ただでさえ気にいらなかったレアに、さらにムカッときてしまい、思わずダークアイはレアを睨んでしまう。
だが、レアはお構いなしだった。
「あら、ナオト君っていうのね。あなたの回復、一流だったわ。すごくいいタイミングで回復してくれるし、強化回しも完璧。すごく腕がいいわね♥」
「あっ、ありがとうございます!」
アウトだ。ダークアイから見たら完全にアウトだ。
自分以外に目尻が下がり赤面したナオトなど見たくなかった。
思わずダークアイは、下唇を強く噛んでしまう。
「さて、雌雄さん。次はどうします? わたし、まだ平気ですけど交代しますか?」
レアの言葉に、ダークアイは「次はアタシが」と主張する。
ふざけるな、タンクの役目をとられてたまるかと気が逸る。
しかし、雌雄の考えは違っていた。
「いえ。申し訳ないけど、レアさんにメインタンクをお願いしましょう。ダークアイさんは、レアさんが危ないときのサポートをお願いします」
「――なっ!?」
ショックだった。
ユニオンの一番盾としてのプライドが傷ついた。
それは確かにこのレベル差ならば仕方ないかもしれない。
しかし、だからと言って「はい、どうぞ」とメインタンクの役を譲るなど、ダークアイにはできなかった。
(同レベルなら……アタシの方が……)
そう考えるも、どこかでそれを自分自身が否定している。
レアは自分より強い。
その想いを否定しきれない。
「ダークアイさん……」
複雑な想いに悩むダークアイに、レアが歩みよる。
そして小声でこう告げてきた。
「お疲れ様。メインタンク、あとはわたしに任せてね♥」
「――!!」
それだけ言って踵を返すレアに、ダークアイは言葉にできない激しい怒りをぶつけるのだった。
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