第61話:シュガーレス

「わしは、【シュガーレス】と名のっておる。おぬしは?」


「僕の名前はロストです」


 肩口ほどの髪も、子犬を思わすようなまん丸な瞳も漆黒。

 愛らしい鼻の小さな口元から、「わし」「名のっておる」などと話しているとはとても思えない。

 声色だけ聞いていれば、幼稚園児ぐらいの女児にしか想像できないだろう。

 身長などロストの3分の2程度にすぎない。


「ロストか。ずいぶんと後ろ向きな単語じゃのぉ」


「いいえ。僕としては前向きな想いをこめてつけたつもりですよ」


「そうか。前向きか。それはすまんかったのぉ。ちなみにわしは、本名が【沙藤さとう れい】でのぉ。それをもじった名前じゃ。単純じゃろう?」


「いえいえ。なかなかよい名前だと思いますよ。それに、あなたにピッタリの名前ではないですか」


「ほう。ぴったりとな?」


「ええ。一見、甘そうに見えて甘くない感じがピッタリです」


「ほほほ。上手いことを言うのぉ」


 会話だけ聞いていれば、穏やかな挨拶代わりの雑談という感じだ。

 しかし2人とも、戦闘態勢をまったく崩していない。

 5~6メートル離れた2人の間には、先ほどから緊張感の糸がピンと張られたままなのだ。


 ロストは割れた盾を捨てて、両手で握った剣の先をシュガーレスに向けている。

 一方でシュガーレスは、構えこそとっておらず自然体に見えるが、言葉にできない迫力が彼女の体を包んでいる。

 フォルチュナにさえ感じられる威圧感はすさまじい。


「おぬしは面白いのぉ、ロスト坊。どうかな? もうちょいとだけ、わしの道楽につきあってくれんかのぉ?」


「……少しだけなら」


「すまん……のぉ!」


 まさに神速の踏みこみ。

 小さい体だというのに、たった一歩でロストの目の前に立つ。


 さすがのロストも驚愕し、バックステップ。

 だが、間合いから逃げることはできていなかった。


 腹部に伸びる蹴り。


 それをロストはプラチナ・ロングソードの刃の側面で受ける。


 が、なんと幼女の放った蹴りは、それをへし折り、さらにロストの体を吹き飛ばす。


「――うがっ!」


 のけぞりながら背後に吹き飛ぶ……と思いきや、またロストは空中で停止する。

 それはたぶん、【ムーブ・ワンフィンガー】による運動エネルギー無効化。

 だが、空中でのけぞった姿勢ではなにもできない。

 はずだった。


 ロストは折れた剣を上に投げ、両手を頭の横へもっていく。

 そしてバク転でもするように、


 空中をハンドスプリングで跳ね、飛びこんで追撃を狙ってきたシュガーレスを両足で迎撃。


 普通なら、そんなあり得ない攻撃を避けられるわけがない。

 しかし、どうやら普通ではないようだ。


 シュガーレスは小さな体を丸めてロストの両足蹴りを避けると、なんとロストの脚に手をついて一回転してみせた。

 流れるようにロストの顔面へ向かって、踵落とし。


 ロストはそれをかろうじて両腕で受ける。

 が、そのまま落下。

 ガードに使った両手が使えず、受け身はとれない。

 端から見ても痛そうに、激しく背中から床に叩きつけられる。


 そこにもう一撃、ロストの上に乗る形で踵落とし。


「――むっ!?」


 だが、シュガーレスはそれをキャンセルさせて、大きく横に身を捌く。


 捌かなければ、ロストが空中に投げていた折れた剣が体に刺さっていたことだろう。

 あれは【エイム・ウィークポイント Lvレベル1】。

 ロストは折れた剣を投げた時から、これを狙っていたのだ。


「やりおる!」


 シュガーレスの連撃がロストを襲う。


 防戦するロスト。


 すでにフォルチュナは、その動きのほとんどを追えていない。

 しかし、ロストが防御しきれていないことだけはわかる。

 かなりのダメージが入っており、見る見るうちにロストのHPが減っていく。

 こんなに一方的にロストが圧されているのを見るのは初めてだ。


「うぐっ!」


 強い一撃を食らい、ロストが距離をとる。

 と同時に、彼は床に落ちていたプラチナ・ロングソードの折れた剣先を拾った。


 シュガーレスの顔に向かって投擲。


 しかし、シュガーレスはいとも簡単にそれを指2本で受けとめる。


「下手に投げれば、このように敵の武器になるぞ」


 ロストはシュガーレスの言葉を無視して走りよる。


「もう自棄かのぉ。ほれ、返すぞ」


 シュガーレスが呆れ気味にため息をついて、折れた剣先を投げ返した。


 銀色の刃は、まるで獲物を狙う牙のようにロストの顔面を襲う。


 しかし、ロストは避けない。

 それに向かって拳を突きだす。


「――なっ!?」


 まるで刃を斜め下へ落とそうとする拳。

 しかし、刃は拳に触れる前に弾かれる。

 それはたぶん、【アイソレート・ウェポン】。


 また、シュガーレスの顔を襲う刃。

 さすがの彼女も予想外。


 それでも超人的な反応を見せ、ギリギリで頭を横に捻る。

 しかもその動きから流れるように、シュガーレスの拳がロストの懐を捕らえた。


「――ぐはっ!」


 吹き飛ぶロストは、壁近くまで地面を転がされる。


「ロストさん!?」


 動揺したフォルチュナは思わず声をあげる。

 それからHPを慌てて確認。

 まだ、HPはわずかながら残っている。


「ロストさん、もうこれ以上は――」


 止めようとしたフォルチュナに、ロストはかるく手を振って返してきた。

 そして、なんとか上半身だけ起こして苦笑する。


「負けました。とんでもない人ですね、あなた……」


「いやいや、何を言うかね。魔術も使わず、ワシに傷を負わしたプレイヤーはおぬしが初めてじゃ」


 そう言ったシュガーレスの頬に、血の筋ができていた。

 最後に彼女を襲った折れた剣先が、ぎりぎりかすったのであろう。


「それを言うなら、僕がおこなったコンボをここまで避けた人も初めてですよ。というかそれよりも驚いたことがあるんですけどね」


 ロストは、苦笑したままレアの方を見た。

 すると、レアはロストの視線が何を語っているのかわかったかのように、クスリと笑ってからちょっとだけ肩をすくませる。

 ロストも、そのレアの態度で言いたいことがわかったのか、ポロッと「やっぱり」ともらした。


 そしてシュガーレスの方に視線を戻す。


「シュガーレスさん。あなた、スキルをほとんど持っていませんね?」


「えっ!? だってあんなに技……」


 思わずフォルチュナは割ってはいってしまう。

 シュガーレスは、あんなに人間離れした技を大量に繰りだしていたではないか。

 だから、豊富な格闘系のスキルを覚えているに違いないと思っていたのだ。


 ところが、ロストは否定の意味で首を横にふる。


「違うんですよ、フォルチュナさん。格闘系スキルには、せいもんりゅうと呼ばれる4つの系統があります。それぞれ動きが違うのですが、シュガーレスさんの繰りだした技は、どれひとつとっても四聖門流に含まれる技スキルに該当するものがなかったのです」


「あ、そうなんです……か……って、ちょっと待ってください!? まさかロストさん、格闘スキルって全部、覚えているんですか!?」


「ええ、まあ」


「あれ、全部で500種類ぐらいあるんじゃ……」


「ありますね」


「…………」


 信じられないという思いで、確認するようにレアの顔を見る。

 するとレアが、苦笑しながら肩を一瞬、すくませた。

 それはきっと、肯定の意。


「じゃあ、あのだしていた技は?」


「あれは、プレイヤースキルです。この人、前世は本物の格闘家なのでしょう」


「なら、スキルも使わずにロストさんの剣を1撃で折ったということですか?」


「いえ。あれは、4撃ぐらいは入っていました」


「え? 4撃って……見えませんでしたよ!?」


「いやいや。そうではないぞ、ロスト坊」


 シュガーレスが、そう言いながらゆっくりと首をふる。


「5発の蹴りを入れとったわ」


「おや、そうでしたか」


「5発……5連撃ですか!?」


 フォルチュナには、1撃しか見えなかった。

 ゲーム時代、描画処理が間にあわず、実際の攻撃より少ない描画しかおこなわれないことはあった。

 しかし現実になっても、そんなことが起こるとは信じられない。

 スキルも使わずにだ。


 だいたい、WSD――【ワールド・オブ・スキル・ドミネーターズ】――という、スキルを重視したゲームにおいて、スキルを重視しないこと自体が考えにくい。


「格闘家で格闘スキルを使っていないというのはわかりましたけど、もっているけど使わないとか、実は魔術スキルをたくさん持っているとかありえませんか? WSDでスキルなしなんて、やっていけるわけが……」


「実際、僕はスキルなしで負けたわけです。戦う力は充分でしょう。それに、他のスキルを持っている可能性もないと思われます。なにしろこの方、僕以上の膂力をもっているんですから」


「それはロストさんより力が強いということですか? それがどうし……あっ、SP……」


「そう。僕はシュガーレスさんと戦っている最中に『魔術攻撃はない』と考えて、膂力重視のステータスに変更しました。しかし、その僕でも彼女に力負けしていたんです。今までこんな事ありませんでした。なにしろ僕が力負けするということは、僕よりもSPがたくさん残っている、スキルにSPを僕より使っていないということになります」


「それはつまり……」


「はい。シュガーレスさんは、SPをほぼすべてステータスに割り振っている。いくつかの最低限のスキルは持っていると思いますが、要するに『極振りプレイ』ってやつ……ですよね?」


 ロストの問いに、シュガーレスはかるく笑う。


「ほっほっほっ。正解じゃ。すごいのぉ、ロスト坊。大した洞察力じゃ。ちなみにおぬしも格闘技を少しは習っておったのじゃろう? まあ、かなり荒削りじゃて、基礎をやった程度じゃろうがのぉ」


「ええ。その通り、付け焼き刃です。そちらこそ、さすがに見事な洞察です」


「付け焼き刃か。それだけに恐ろしいのぉ」


 シュガーレスの幼い顔が、妙な迫力をもって歪む。


「反射神経がよい、運動能力も高い、そこまではさほど恐ろしくもない。しかし、付け焼き刃の体術でわしとやりあう、あのセンスは恐ろしい。頭脳的戦いの組み立て、とっさのスキル使用判断、それはまさに戦いのセンスがなせる技。その上、かなりの練習を積んだのじゃろうて」


「それでもあなたには敵いませんでしたけどね」


「ふん。よく言うわ。おぬしはまだ、なにか隠しておるじゃろ?」


「……そんなことはありませんよ」


「まあ、よい。それよりロスト坊よ、わしの弟子にならんか? おぬしもこっちのパーティーに来い」


「えっ?」


「えええええーっ!?」


 フォルチュナは本人であるロストよりも大声をだして驚くのだった。

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