第60話:雌雄

「なんや、ダンジョン・サバイバーも買収したんかい! 金に物言わすやりかたやな!」


 一通り話が終わった後、ロストがTKGに【味付けのり】たちとの事情を話した。

 ダンジョン・サバイバーとも話をつけてあるのでもめる必要はないという説明をしたのだ。

 するとすぐさま、TKGが突っこんできたのだ。

 だが、ロストがそのツッコミを笑顔で返す。


「金は僕が稼いだもの。つまり僕の力の蓄積ですよ」


「うーん……まあ、そうかもな。ロストはんだからこそ貯められた金額と言われればその通りやな。確かにロストはんの力や。しかし、このあとはその力、通用せえへんで。相手はあのランカー5位の【雌雄】や。金で動く相手やあらへんで」


「ですね……」


 休憩がてら、軽い食事としてパンをかじりながら、ロストがその通りとうなずく。

 フォルチュナは、お尻の下に敷いたシートから土の冷たさを感じながら、そんなロストのことを見ていた。

 彼にはやはり慌てた様子はない。

 宝箱の時は急いでいたように見えたが、あれは予定外だったからだろうか。

 そんなことを考えていると、TKGがまるでフォルチュナの疑問を代弁するように尋ねる。


「それにロストはん、そないにゆっくりしていて大丈夫なんか? わーっとると思うが、このダンジョンのモンスターは、突入したプレイヤーの最低レベルと最高レベルにあわせてモンスターのレベルも調整されるタイプやで。三層からはレベルが最高位にあわさるからキツーなるぞ」


「まあ、そのあたりは問題ないでしょう。こっから先にいるのは、雌雄さんのパーティだけです。つまり、彼らの通った跡をおっていけばよけいな戦闘は起きないでしょう」


「相手さんもそれを考えて、トラップを仕掛けているんとちゃいますか?」


「かもしれませんね……。その可能性は少ない気もしますが」


「それにいくら無駄な戦闘がない言うても、そもそも追いつけるんかいな。こないなゆっくりしていて。彼ら、かなーり先行してるはずや」


「うーん。私の予想では、彼らはきっとそんなに進んでいないと思うんですよ。それどころか、僕たちを待っていると思っています」


「はあ? なんでや? あいつらに待ってる理由なんてあらへんで? あるとしたら、ロストはんたちにすげー怨みをもってるぐらいやろ?」


 TKGのトリ顔が、怪訝さにムニュリと歪む。

 トリと言っても、まるで漫画のキャラクターのようにコロコロと表情が変わるから見ていて面白い。

 だが表情は面白いが、言っていることは楽しめない。


「むしろ、のかもしれません。まあ、が」


「どいうことや?」


「さらに言えば、彼らは『早く進まない』のではなく、『早く進めない』というべきでしょうね」


「はぁ? ますますわからん。総合力で言えば、ピカイチのパーティやで」


 そのTKGの問いに、ロストは答えない。

 ただ、かるく笑って見せるのみだった。


 もちろんその時、フォルチュナにもロストの言っていることはわからなかった。

 だが、それはすぐにわかることになる。

 そして理由を知ったとき、フォルチュナは絶望してしまう事になるのである。




   §




 ロストの言うとおり、途中の経路はまったく問題なかった。

 TKGたちとわかれてから、解放された部屋を選んで道を辿っていくだけの簡単な仕事である。

 さらにこれもロストの言うとおり、雌雄率いるパーティーと早い段階で合流してしまったのだ。

 10メートル四方ほどのそこまで大きくない部屋に、彼らは隠れもしないで明らかに待っていた。

 しかも、襲いかかってくる様子もない。


(どういうこと?)


 フォルチュナは首を捻る。

 先に進むべき彼らが襲いかかってくるわけでもなく、こんな所で待っている理由など、皆目見当がつかない。


「遅かったですね、レアさん。やはりそのパーティーは、あなたに合っていないのではないですか?」


 開口一番、雌雄はそう言った。

 相変わらず男女の区別がつかない妖艶な微笑で、もたれかかった壁から背を離し、黒いマントをたなびかせながらこちらを、というよりレアを見ていた。


「あら。心配して待っていてくださったのかしら?」


 レアがそう言うと、雌雄が意味ありげに微笑んでから「ええ、まあ」と答える。

 しかし、それは余裕があるという感じではなかった。

 どこか気だるそうな雰囲気が漂っていた。


(……あれ?)


 そこでフォルチュナは気がつく。

 気だるさを漂わせているのは雌雄だけではなかったのだ。

 今は1人を抜いて全員仮面をはずしているが、その全員が気だるそうな表情を見せているのである。

 それどころか、ほとんどが床に座りこんでいた。


 どうにも様子がおかしい。

 その中でも特におかしいのは、銀の鎧を着込んで大盾を持つポニーテールの女性だった。

 なぜか彼女は、座り込みながらもすごい顔でレアのことを睨んでいたのだ。


(なにがどうなって……)


 この状況、フォルチュナにしてみれば本当に意味がわからない。

 シニスタ、デクスタと目を合わせるが、やはり2人も困惑していた。

 ラキナに至っては、不安そうな表情まで見せている。

 普段と変わらないのは、ロストとレアぐらいだ。


「それで何かご用ですか? こんな狭い部屋で……戦うつもりもなさそうですし」


 レアが前にでて尋ねると、応じるように雌雄も前にでてくる。


「さすがレアさん。話が早い。要件は先ほども申し上げた件です。わたくしたちのユニオンにはいっていただけませんか?」


 フォルチュナは「やっぱり」と顔をひきつらせてしまう。

 そうだ。

 ダンジョンに入る前から、雌雄がレアを気にかけていたことは明白だった。

 となれば、彼がここで待っていた理由は、これしかないだろう。


「あら。社交辞令かと思っていました」


「まさか。本気ですよ。このままそちらのハズレ男と一緒に行動して敗北すれば、この世界で生きにくくなるでしょう。あなたのような実力者に、それはもったいない。わたくしのユニオンなら、あなたの力を十分に発揮できますよ」


「確かに……素敵なお誘いだけど――」


「――待ってください!」


 フォルチュナは思わずわってはいる。

 そうしなければいけないと、直感的に思ったのだ。


「レアさんはこのパーティの主力の1人です。それを引き抜くなんて卑怯じゃありませんか!?」


「そうですわ、そうですわですわのそうですわ!」


 それにのってきたのは、デクスタだった。

 彼女も一歩前にでると、ビシッと雌雄に向かって指をさす。


「勝ち目がないからって、そんな卑劣な手段は許せないのですわ! 正々堂々と勝負しなさいですわ!」


 そう啖呵を切ったデクスタの影から、シニスタが「そうだ、そうだ」と小さく声をあげる。


 だが、雌雄はそれを鼻で嗤った。


「わたくしたちに勝ち目がない? 君たちのようなにですか? ふふふ。面白いことを仰る。それはありえないでしょう」


 そして彼は頭に載った小さなシルクハットを少しなおしながら、あまり興味なさそうにつけたす。


「だいたい、スカウトのどこが卑怯だと言うのです? 勝つための戦いは、何も力だけではありません。交渉術も立派な戦いですよ。違いますか?」


「うぐっ……」


 そう言われてしまうと、思わずフォルチュナたちは言葉を呑むしかない。

 なにしろ、彼女たちはそれを否定できる立場ではないのだ。


「…………」


 示し合わせたわけでもないのに、シニスタ、デクスタと一緒に、フォルチュナはロストの方をジッと見てしまう。


「まあ、そうですよね」


 そんな3人の視線に対するロストの返答は、肯定の苦笑いだった。

 いかんせん、肯定するしかないのだ。

 なにしろ自分たちのリーダーであるロストが、戦いに交渉術をフル活用したからこそ、みんな無事にここで立っていられるのだ。


「確かに作戦かもですけど……それでも、ダメですわ!」


「そ、そうですよ! それに、わ、私たちのこと『寄せ鍋のパーティー』とかバカにして!」


「シニスタ……『寄せ集めのパーティー』ですわ! 寄せ鍋では、あまりにおいしそうですわ!」


「……え?」


「え? じゃ、ありませんわ!」


「くっくっくっ……。あなた方は、コメディアンですか?」


 雌雄が口元に手を当てながら笑いだした。

 だが、その目は笑っていない。

 どこか冷徹で冷たい色を浮かべていた。


「悪いのですが、笑えないギャグにつきあうほど暇ではないのですよ。無駄に死にたくなかったら、弱者は立ち去りなさい」


「なにが笑えないギャグですかですわ! しっかり笑っておいて、バッ、バカにするなですわ!」


 デクスタが、持っていた片手杖ロッドを伸ばして雌雄に向けた。

 さらにシニスタも、同じように片手杖ロッドを向ける。


「そ、そうですよ! 仲間をバカにされたら、怒って口から手を突っこんで心臓を握り潰しちゃうんですからね!」


「シニスタ! 言うことが怖――っ!?」


 フォルチュナが思わずツッコミを入れた瞬間だった。

 今の今まで気がつかなかった。


 否。


 今の今まで確かにいなかった。

 実際、今も姿は見えない。

 だがシニスタとデクスタの背後に、強い存在が存在していたのだ。


「武器を向けたね?」


 その気配が、かわいらしい声をだす。

 ところが、放つ迫力は凄まじい。


「――うっ!」

「――はぐっ!」


 シニスタとデクスタが振りむく間もないまま、ほぼ同時に短い呻きをあげた。

 そして急激にしおれた花のように、その場で沈む。


「えっ!?」


 落とされた幕を思わせながら倒れた2人の代わりに現れたのは、1人の少女だった。

 容姿は白い仮面をつけているためわからないが、服装は短いスカートに赤いタイツでなんとか少女だとわかる。

 それにたぶん、幼いだろう。

 なにしろ、その身長は倒れた2人よりも低いぐらいだ。

 だが、その小さな体から出てくる殺気は、フォルチュナを恐怖させる。


(いつのまに……)


 彼女は雌雄のパーティーの中で唯一、仮面をはずさずにいた人物だ。

 そしてさっきまで、雌雄のかなり後ろの方で他のメンバーとともに立っていたはずである。


「ここは戦場いくさば衝路しょうろの途中じゃよ。ならば……」


 かわいらしい声なのに、まるで年老いた者のような口調。

 そのギャップに驚く暇もなく、フォルチュナの背中にぞくりときょうが冷たい刃となって走る。


(……なに……これ……)


 フォルチュナの中に、ゾワゾワとした不安と怖れがわきあがり、思わず両手杖スタッフを前に構える。


「武器を構えれば、それは戦意の表れじゃ。ならば、やられても――」


 一瞬で、その小さな姿が消失する。


「ムーブ!?」


 フォルチュナが息を呑んで辺りを見まわそうとした。

 だが。


「――文句は言えまい?」


 間髪を容れず、背後から声が届く。

 咄嗟、振りむこうとする。

 だが、体が硬直して動けない。

 その間に、迫る殺気。


(やられる!?)


 と思った瞬間、殺気がさっと遠のく。


「……え?」


 フォルチュナが振りむくと、背後には地面へ斜めに刺さったプラチナ・ロングソードが1本。


「ほぉ」


 感嘆の声をあげる仮面の幼女は、数メートル背後に飛び退いていた。

 そして横の方には、そのプラチナ・ロングソードを投げたばかりのロストの姿。


「……どれ」


 仮面の幼女の姿がまた消える。


「――っ!」


 次に現れたのは、ロストの真後ろ。

 しかも、空中。

 短いながらも、目にもとまらぬ蹴りがロストの胴を狙う。


「――はっ!」


 ぎりぎり、ロストの左腕につけられた小型のラウンドシールドが、その蹴りを受けとめる。


 が、受けとめきれない。


 ロストの体が吹き飛び空中に舞う――かと思った。


 吹き飛んだと思ったロストの体が空中で不自然に急停止する。


「せいっ!」


 ロストは右手にいつの間にか持っていたプラチナ・ロングソードを振るう。


 剣先が狙っているのは、幼女の首元。


 幼女が背後にのけぞる。


 剣先がかすめた仮面が宙に舞う。


 一回転して着地する幼女の顔が露わとなり、その短い黒髪がふわりと躍った。


「これは驚いたのぉ。わしに触れることができる者がいるとは驚きじゃ」


 幼い声とはマッチしない、年老いた風にしゃべる幼女に、ロストが苦笑した。


「驚いたのは、こちらですよ……」


 そう言って、ロストが左腕を上げる。


「レベル50用とはいえ、シールドを割る人がいるとは……」


 と、ロストのラウンドシールドが、真っ二つに割れて落ちたのである。

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