第59話:ラフター

 もともと、彼は喋るのが好きだった。

 面白いことを言って、人を笑わせることも、注目を集めることも好きだった。

 小学生の頃にクラスの人気者になり、学芸会でも多くの人を笑わせることができた。

 その時に思ったのだ。

 将来は、お笑いの世界に入ろうと。


 しかし、彼も高校生にはいる前には感じてしまう。

 認めたくないが、「わい平凡なんやろか?」と。

 せいぜい、クラスの中で少し面白い奴どまり。

 何を言っても笑ってくれていた小学生時代とはまったく違う。


 それでも自分は喋りが上手いと思っていた。

 才能があると思っていた。


 がんばれば、お笑いの世界で人気者になれると。


 しかし、大学に入ったあたりで骨身にしみてわかってしまう。

 自分の才能は、やはり大したことはなかったのだと。

 いくら努力しても、才能のある奴には負けてしまう。


 それに、必要なのは才能だけではない。

 なにしろ、明らかに自分より面白いトークもできないくせに、一発芸だけで人気者になった芸人もたくさんいる。

 いくらがんばっても、運のある奴には負けてしまう。


 そこで彼は悟る。

 世の中には2種類の人間しかいない。


 成功できる奴と、成功できない奴。


 そして自分は、「この世」では成功できない奴だと思い知った。

 彼は「この世」に絶望を感じていたのだ。


 その為もあったのだろう。

 β当時から遊んでいたWSD(ワールド・オブ・スキルドミネーター)で廃人プレイするようになっていったのは。


 「この世」ではない「別世界」。

 ここでなら、得意のトークで人気者になれるかもしれない。

 ここでなら、お笑い界の王になれるかもしれない。


 それゆえ、キャラクターの名前は「トーク」+「キング」で「トーキング」ともじった。

 ただ、そのままカタカナではダサいし、英語にしてもつまらない。


 そこで思いついたのが、「TKG」という略だった。


 これだと、「卵かけご飯」の略だとまちがえられるだろう。

 だが、それがいい。

 言われたら「ちゃうわ!」とか、ツッコミを入れられる。

 笑いのネタになる。


「たま……TKGトーキングさん、お怪我は大丈夫ですか?」


 だから、本人的にはこういう言い直しが一番つらい。

 痛い名前を腫れ物扱いされ、気づかわれているようで、辱めを受けている気分になるではないか。

 むしろ、「卵かけご飯」とハッキリ呼べ。

 そうすれば、言い返せるのに。


「ああ、問題ないわ。フォルチュナはん言うたかな。ありがとな」


 でも、彼はそんな不条理な怒りを彼女へぶつけるつもりはなかった。

 むしろ今は、怒りなどわかない。


(改めて見ても……めっちゃ美人やん! え? 顔近っ! ってか、かわええ! レアはんも美人さんやけど、わいはだんぜんフォルチュナはん派や!)


 かわいいは正義。

 こんな女の子に心配されるなら、嬉しさしかわかない。

 しかも、敵であるはずの自分に対して、仲間よりも早く走りよって回復魔術スキルを使用してくれている。


(あれ? もしかして、わいに気があるんちゃうか?)


 そんなことまで思ってしまう。


(わいのパーティー、強い奴らやけど、みーんな男やし……ってか、わいはバド族……)


 自分がバド族ながら、好みはやはりメインレイス族、エレファ族など、普通の人間タイプの容姿が好きである。

 もしかしたらこれから意識まで変わっていってしまうのかもしれないが、今はバド族を選んでしまったことを後悔している。


(いや、でも、フォルチュナはんはトリ顔好きかもしれへんし……)


 戦いに負けたばかりなのに、女の子にあまり免疫のないTKGは意識がそっちにいってドギマギとしてしまう。


「さて。ゲームの説明を少し」


 そんな中、ロストが説明を始める。


「ルールは簡単。スタートから5分以内に『このダンジョン勝負で一切、僕たちの邪魔をしないこと』をあなたたちに約束させられなければ、あなたたちの勝ちです。ただし、僕がする質問には、できるだけ正直に答えてください。どうしても答えたくないなら答えなくてもいいですが、ゲームを面白くするためにも答えてくれることを期待します」


「ええで。さっきのバトルにも負けてる身や。答えられるものは答えたるわ」


「助かります。僕たちが負けたら、ここで僕たちは10時間とどまります。まあ、10時間もあったら絶対に誰かゴールしているでしょうからね。これであなたたちは、依頼を果たしたことになります」


「まあ、殺さずに済んでクエストクリアなら、確かにそっちのが気持ちええわ」


 そう言いながら、TKGはフォルチュナを一瞥した。

 すると、彼女から微笑が返る。


(わいは美少女いたぶる趣味はないしな……)


 むしろ仲良くなりたいぐらいだ。

 どうせロストはレアとできているのだろう。

 実はゲーム時代に、レアがたまにロストと行動しているところを見たことがあった。

 ならば、フォルチュナとロストはつきあっていないはずだ。

 否、きっと彼女はフリーに違いない。

 ならば、自分にもワンチャンあるはずだ。


(このゲームで勝って、フォルチュナはんにだけ「傷つけることはできない」とか言って……)


 TKGの中でちょっと妄想が暴走する。


「では……」


 ロストがフローティング・コンソールをプレゼンモードで全体に見せる。

 そこにはデジタル表示で、5分タイマーがセットされていた。


「スタートします」


 5分のカウントダウンが始まる。


「では、さっそくですが質問です。TKGさんたちの依頼主は、アービコック領の領主ということでよいですか?」


「もちろん、そうや」


「なんと言われて頼まれたのです?」


「まあ、悪人ロストはんたちが領土侵略をおこなっているので止めて欲しいとな。そもそも、なんでロストはんそんなことしとるねん。世界征服でも企んどるんかいな?」


「あはは。どうでしょう。……しかし、よくこんな命がけのクエストを受ける気になりましたね。ゲーム時代とは違うというのに」


「まあ、報酬額が破格やったしな!」


「おお、そうなんですか。破格って……興味ありますね。いったいどれぐらいだったんです?」


「……うーん。まあ秘密にせえとは言われとらんし。聞いて驚け。手付け200万、成功報酬300万や!」


「あわせて500万ですか!」


「そや。ビックリ仰天やろ?」


「そりゃあもう。まさか、そんなに安いとは……」


「そうやろ。こんなにや……安いやと!?」


「ええ。命がかかっているのにその金額とは……」


「なに言うとんねん! 最高の討伐クエスト報酬でも100万やで!」


「それはゲーム時代の話ですよ。今は、違います。ここで死んだら、下手すればそれで終わりですよ?」


「そっ……それはそうやけど……」


「あなたがたの命は500万程度で見積もられたというわけです」


「うぐっ……」


「僕ならもっとだしますねぇ~。まあ、ここを1位で脱出できたらですが」


「……おひおひ。ロストはん、まさかわいらを買収する気やないやろな? なんや、『世界征服して、世界の半分をおまえにやろう』とか言いだす気か? そんなのまったく響かんからな!」


「1人ずつに、3LDKの庭付き一戸建て木造住宅をプレゼント」


「――響くわああぁぁぁぁ! 具体的で超響くわあああぁぁ!!」


「家がいらない人は、1人1000万ネイプレゼント。つまりすでに受けとっている前金とあわせて1200万円があなたの報酬に」


「要望に合わせたきめ細かな対応で、さらに響くわああああぁぁぁ!!!」


 後ろを見れば、TKGのパーティーメンバーたちも同じように拳を握りしめて心を震わせていた。

 みんな宿なし冒険者なのだ。

 今回の賞金で住宅を買う資金にしたいと、みんな考えていたのだ。


「あのぉ~」


 ロストの横から、先ほどまで少し下がっていたはずのフォルチュナがひょこっと顔をだす。


「ロストさん、住宅ってどこに建てる気ですか?」


「プニャイド村にまだ建てる余裕はありますよね」


「ええ。まあ。……あ、そうすると……」


 フォルチュナが、TKGたちに向かってまた微笑する。


「私たちとご近所さんになっちゃいますね♥」


「響くわああああぁぁぁ!!!」


「ちなみにTKGさんには、もうひとつの選択肢をご用意しました」


 そう言いながら、ロストが手を前にさしだした。

 すると、その手に一本の槍が現れる。


「そっ、そそそそそそっ、それはああああぁ!?」


 TKGが過去に欲しくて欲しくて堪らなかったレア度【★5】の固有名もちの槍。

 しかし、ドロップ先はロストのアイテム・ストレージ。


 その名は【こうしょう】。


 槍を速く振ると、槍の先に真空の風魔術スキルをまとって、物理ダメージと同時に魔力ダメージを与える。

 その時、空気の鳴る音が笑っているように聞こえることから、この名前がつけられたという。

 さらに高いステータス補正があり、スピア系と呼ばれる中でも5本指に入る性能を誇っていた。


「そ、それ……ロストはん、まだ売っていなかったんか……?」


「ええ。大事にとっておいたんですよ」


 思わずTKGは、じっと【哄笑】を見つめて、口をぽかーんと開けっぱなしにしてしまう。

 目の前に恋い焦がれて生き別れになった相手が現れたのだ。


「おい、トーちゃん」


「誰がおまえの父ちゃんやねん! って、なんじゃい」


 TKGはパーティー仲間のいつものボケにいつもどおり返して、やっと槍から目を離して振りむく。


「あいつの言うこと、信じるのか? だいたい、金にしたって6人で6000万だぞ。そんな金……」


 その声は当然、ロストにも聞こえたのだろう。

 彼がおもむろに、空中で指を動かし始める。

 そして正面にトレーディング・ボードを表示させた。

 彼が載せる側のボードには、すでにお金が載せられている。

 その金額は、もちろん6000万ネイ。


「――!!」


 TKGのパーティーメンバーたちがそろって息を呑む。

 たぶん、みんな信じていなかったのだろう。


「あのな、ロストはんのもっている槍、今の買取価格がなんぼか知っとるか?」


「オレたちがおまえのためにとりに行ったときは、1000万は下らないとか言っていたよな」


「今や、5000万や」


「ま……まじかよ……」


「ロストはんは、あのクラスのアイテムをいくつも手にいれた、あほみたいな幸運の持ち主なんや。6000万ネイぐらいだすのは余裕やろう」


「な、ならよ……」


 TKGにメンバーの1人が耳打ちする。


「もっと、つりあげられるんじゃないか?」


「なんやて?」


「だってよ、おまえの欲しい槍が5000万だとしたら、1人5000万だっていけるんじゃねーの?」


「…………」


 確かにそうだと、TKGにも欲が出る。

 というより、自分だけいい物をもらうのは心苦しい。


(いや、待てや。もし、槍をもろうたら家はもらえんのとちゃうか? わいだけ宿なし? みんなが家を選んだら、わいだけフォルチュナはんとご近所さんになれへんのか?)


 槍を選ぶか、家を選ぶか。

 どう考えても槍の方が得だが、宿なし、フォルチュナと縁なしも寂しい。

 そんなことを悩みながらも、TKGはロストに交渉する。


「いいえ。値上げにはのれません。あなた方はもともと自分の命のリスクを500万ネイで契約したのです。それを僕は、安全とともに1000万ネイという破格の条件をだしているのですよ」


「そ、それはそうやけど……。わいの槍はもっと高いやろ?」


「ならばあなたが槍をとって売って分配すればいいのでは?」


「そ、それは……」


「それで、どうしますか? お金ですか? 住居? それともこの槍? みなさんもどちらにします?」


「ちょっ、ちょっと待って――」


「ああ。あと2分ですね……」


「――!?」


 TKGは仲間と顔を見合わせる。

 そして全員でどちらが欲しいか相談を始める。

 別に合わせる必要はないが、全員が迷っているのでお互いに意見を求めているのだ。


 1000万ならば、その金は自由に使える。

 しかし、1000万ではまだ住居を買うには少し足らない。

 住居を選べば、宿なしを卒業できるが、住む場所を選ぶことができない。


「あと1分ですよ」


「――ヤバッ! どうするねん!?」


 ロストの表示するタイマーを見ると、確かに1分をきっていた。

 全員、心が決まらず悩み始める。


(どうする……どう……そ、そうや!)


 悩んだ末、TKGはロストに1つの提案をする。


「ロストはん、とりあえず契約するということで、何をもらうかはあとで決める……ってのはどうやろうか?」


「ああ、なるほど。それでもいいですよ。では、もう時間がないので契約成立ということでよろしいですか?」


「おお、それでOKや! な、みんな!」


 TKGが仲間の顔を見ると、全員が深くうなずく。

 それを確認して、TKGはロストの方を向きなおる。

 すると、ロストも深くうなずいた。


「わかりました。では……勝負は僕たちの勝ちということで」


「……え? ……あれ?」


 TKGは、そこで初めて気がつく。

 TKGたちの頭の中で、いつのまにかいろいろなことがすり替わっていた。


 「交渉にのるか」「交渉にのらないか」ではなく、「何をもらうか」に論点がすり替わっていた。


 「ロストがTKGに交渉する」ではなく、「TKGがロストに交渉する」という流れにすり替わっていた。


 時間制限があるのが、ロストではなく、自分たちにすり替わっていた。


(……やられたわ!)


 TKGはロストに、とっくに負けていたのである。

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