第58話:TKG

 部屋は飛び抜けて広かった。

 もともと、下層への入口で複数のパーティーがぶつかる可能性があることから、戦いやすいように広いスペースが用意されていたのだろう。

 野球ならできそうなぐらいの空間がある。


 部屋の中央には、ロストとTKGが立っている。

 その他の者たちは、広い部屋の端にパーティーごとに集まって観戦することになっていた。


「行くで!」


 TKGが飛びこむように踏みだすと、槍の先だけを当てるように突きを繰りだす。

 その穂先が、一瞬で10本ほどに分身する。


――【ブランチ・ウェポン10】ですか。


 ロストはそのスキルを一瞬で判断し、むしろTKGに向かって1歩踏みこんだ。

 そして穂先よりもなるべく相手側を狙い、10本の槍をすべてロングソードによる力技で打ち上げる。


 剣術スキルのブランチ系は、幻覚ではなく、本当に10倍の攻撃数になる。

 また、少し射程が伸びる特性があるため、後ろに避けるならば間合いを大きくはずさなければならない。

 結果、反撃の余地がなくなる。


 逆に距離を詰めれば、絶好の反撃チャンスだ。

 ロストは、打ち上げた剣をそのまま袈裟斬りにふりおろす。


「――ちっ!」


 TKGが右手を前にだして魔力の壁を展開する。

 ロストの刃は、見事にそれに阻まれる。


――【シールド・スモールサークル】……相変わらず、反射神経はいいですね!


 かまわずロストは、剣を逆からふりおろす。

 それをTKGが、槍で弾き飛ばす。


「――うっ!」


 ロストは剣をため、わざと手を離す。

 そして同時に呼びだしておいた、新しいプラチナ・ロングブレードを左手に持って横薙ぎを放つ。


「読めとる!」


 叫ぶと同時にTKGが、槍を横に構えて受ける。


――【エイム・ウィークポイント Lv1】!


 そのままロストは剣先を中心に左側へ体を展開させる。

 先ほど弾き飛ばされたように見せかけた剣は、ロストが自ら手を離したせいで「投げた」と判定されていた。

 おかげでエイムの対象となり、TKGの心臓を狙う。


「あまい――」


 唐突に、TKGの姿が消える。

 いや、横に3メートルほどシフトするように移動している。

 高速移動スキル【クイック・ステップ】。

 その急激な移動によって、心臓を狙っていたプラチナ・ロングソードはハズレてしまう。


「――ゆーとるで!」


 またTKGが踏みこみ、槍が大きく横降りにされる。


――【スイング・スタッフ】か。


 スタッフと名前に入っているが、棒状武器ならば使える、一般スキルながらかなり優秀なスキルだ。

 単純な動きながら攻撃範囲も広く、STR+20パーセントの補正も入るため、対等な敵が食らえば横っ腹を激しく叩きつけられ、ふっとばされるだろう。


 しかし、ロストにとってはだ。


 ロストは片手でプラチナ・ロングソードを握り、その【スイング・スタッフ】を正面から受けとめる。

 しかも、直立不動の状態のままだった。


「――なんやてーっ!?」


 響く金属音のあとに、TKGの仰天する声が聞こえた。


 仮にレベル50を例に挙げれば、SPは3000。

 多くの者が1000ほどスキルに使用しているため、自由にできるのは2000。

 これを5つあるステータスに平均的にふったとしたら、STRは500となる。

 【スイング・スタッフ】のSTR+20パーセントを考えると、補正値を抜いて単純な攻撃力は600。


 この強さの剣術スキルを無傷にて、防御ではなく攻撃で迎え撃つには、攻撃側STRの1.5倍は必要だと言われている。

 さきほどの例ならば、STRが600×1.5で900必要となる。

 しかし片手のみしか使用しないと、STRは60パーセントしか使われない。

 60パーセントでSTR900にするには、元のSTRは1500必要という計算になる。


 500対1500、つまり3倍のSTRが必要になる。


「おいおい。マジかいな……」


 ロストには、【リセット・ステータス】というスキルがあり、ステータスを一瞬で振りなおすという技術がある。

 それを使って力を誇示するため、少しSTRを多めには振っている。

 その効果は、かなりあったようだった。


 鳥の顔でわかりにくいが驚愕しているのだろう。

 TKGは、目元をひくひくとさせている。


「せやけどな、戦いは力だけやない!」


 TKGが背中の羽を動かして、大きく20メートルほどバックステップした。


 間合いをつめるために、ロストも数歩走ってから跳んで追いかける。

 ただし、バド族ほどの飛距離はない。


 それを狙い澄ましたように、TKGが素早くしゃがんで手を床に着く。


「【ピットフォール・サークル Lv4】!」


 ロストの着地場所を囲むように、真っ赤に光る円が一瞬で現れる。

 それは、ターゲットした部分に直径5メートルもの穴を発生させる土属性の魔術スキル。

 赤い円ができあがると、その部分の土が消失したように深さ4メートルの穴が開く。

 そして穴の下には、剣山よろしく獲物を突き刺す岩の槍がたくさん待ち構えていた。


 しかし、ロストは前にTKGがこのスキルを使うところを見ている。

 だから彼が手をついた瞬間に、対策を取り始めていた。


「【ウォーター・プール】!」


 突如、25メートル×8メートル×1.5メートルの直方体をした水が、ロストの足下に現れた。

 まさに、空中に浮かぶプールだ。

 しかし、それは刹那のこと。

 次の瞬間には、その水の塊はすべて地面に向かって落下する。

 反対に、ロストはそこから2メートル上にノックバックしていた。


「うおおおっ!」


 その水の塊は、TKGさえも呑みこもうとする。


 この【ウォーター・プール】は、もともと攻撃用魔術スキルではないため、攻撃力は設定されていない。

 そのためにゲーム中は水の塊を食らったところで、濡れるだけの話だった。

 しかし、今はわからない。


 TKGも慌てて、またバックステップして大きく距離をとる。


 大量の水は、そのまま床に轟音とともに落下する。

 周囲を水浸しにしながらも、あっという間に落とし穴をプールに変えてしまう。


 その中に落ちるロスト。

 水に沈みながらも、足下を見ると獲物を待ち構えていた岩でできた剣山のいくつかが折れていた。

 やはりこの世界で、【ウォーター・プール】の質量は生きているらしい。


 ロストは、意識操作で鎧を脱いでアンダーウェアだけになる。

 そして水面にすぐさま浮上した。


「なら、【アイス・フロア Lv4】や!」


 見えたのは、また床に手をつくTKGの姿。

 唱えていた魔術スキルは、床を広範囲で凍らせる。

 このままなら、大量の水ごと凍らされて身動きがとれなくなるだろう。


 しかし、この敵の行動も、【ウォーター・プール】を活用しようと考えた時にシミュレーションしたロストにとって想定内。

 問題はタイミング。


 すでに【ディセーブル・スキル】で無効化していた【ノックバック・セルフ】を有効化してある。

 だからこそ、さっき【ウォーター・プール】を私用したときにもノックバックで時間を稼ぐことができた。



――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―

【ディセーブル・スキル】/報酬取得

 必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:―

 消費MP:0/属性:なし/威力:0

 説明:指定した自分が覚えているスキルを無効化する。もう一度使用することで解除できる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 だからあとは目の前が凍る、その瞬間を狙えばいい。


――【アース・アロー Lv1】!


 音声による入力よりも意識操作の方が魔術スキルの攻撃力が落ちる。

 だが、今は関係ない。

 放つ方向は、自分の足の下だ。

 これにより、水からノックバックで脱出することができる。



――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―

【ノックバック・セルフ】/報酬取得

 必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:―

 消費MP:0/属性:なし/威力:0

 説明:常時発動。魔術スキルを発動すると、魔術が放たれた方向とは逆方向に使用者がノックバックする。方向性がない魔術の場合は、後方にノックバックする。再度使用すると効果が切れる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「跳びよった!」


 水面から数十センチ飛び上がって、その間に凍った水の上に着地する。

 かなりシビアな組み合わせだが、ぎりぎりできたことにロストは安堵する。

 すぐにまた、鎧を装着。

 水分を吸っていたせいか、ずっしりと服も鎧も重くなっている。


「なっ、なんやそれ! 【ウォーター・プール】ってサマーフェスティバルでプールを作ろうイベントで配られとった、お遊びスキルやないか!」


「ええ、そうですよ」


「確かそれ、SP20も必要やで! そないなスキル、後生大事になんでもっているねん! って、ロストはんの売りはそれやったけか。けどな、そないなスキルもっているなんて知らんかったわ。わいに見せてないスキルばかり使いおって!」


「勘のいいあなたに、一度見せたスキルは通用しないでしょう。……うーん。このままだとちょっと寒いですね。【ドライ・モイスチャー】」


 ロストの体や服から余分な水分が一瞬で消え失せる。

 気化したわけではないようで、とくに冷たさも感じない。

 ただ、足下の氷だけはいかんともしがたいものがあった。


「それもサマーフェスティバルでセットになっていたスキルやないか。まあ、それは便利だからもっとる奴、まだいると思うとったが……普通はバトル向けのスキルを優先するやろう……」


「僕がこういうスキルを捨てるわけがありません。さて、TKGさん。そろそろ納得していただけましたか?」


「……そうやな。まあ、レベルが高いのはわかる。けどな、わいは五強ちゃうけど、ハイランカーなんや。ハイランカーがランキング外に勝てないなんて問題や」


「負けていないのだからいいではないですか」


「あかん。プライドの問題や。もう少し続けさせてもらうで!」


「仕方ないですね……」


「と言っても、ロストはんは氷の足場や。動きずらいやろがな!」


「……実は僕も落とし穴のスキルをもっているんですよ」


「な、なんやて?」



――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★――

【ピットフォール・チップツゥース】/報酬取得

 必要SP:1/発動時間:1/使用間隔:1/効果時間:―

 消費MP:1/属性:土/威力:1

 説明:土属性魔術スキル。ターゲットした部分に、つま先が引っかかるぐらいの穴を開ける。その穴に、つま先を引っかけた敵を転ばせるかもしれない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……しょぼっ!」


 プレゼンテーションモードで見せたスキルに対するTKGの反応はしょっぱいものだった。

 そしてそれが一般的な反応で、このスキルがハズレスキルと言われる所以ゆえんだった。


「んで? このしょぼいスキルがなんやって? そもそも、どうやって使うねん? 草むらの中に仕掛けたならまだわかるが、こんな床丸見えのところでわざわざひっかかるバカおらへんで!」


「いますよ」


「はぁ~っ?」


「これは、こう使います。……【マクロ21・ステップピット】実行」


 そのマクロは、【ピットフォール・チップツゥース】を等間隔で連続実行するだけ。

 小さな氷床に、右、左、右、左とまるで足跡のように前へ伸びていく。


「ちょっ……まさか!?」


「そう。足場です」


 さらにマクロを実行しながらも、ロストはその小さな落とし穴ピットフォールに足をかけてTKGに走り迫る。


「自分から落とし穴に入るとか……笑わせてくれるわ、ロストはん」


 すでに足場はTKGの目の前までできている。

 これでルート、そしては確保された。


「ほんなら、こっちも使わせてもらおうか!」


 TKGも走る。

 そして足場となった落とし穴ピットフォールにつま先をかけて加速する。


 だが、それも数歩だった。


「――のわぁっ!?」


 唐突にTKGが前のめりに、すっ転ぶ。

 手をつこうとしたがすべり、胸を打ち、頬を打ち、さらに少し横に回転しながら前へ滑っていく。


 あとは簡単だった。

 ロストはジャンプすると、TKGの背中に左膝を乗せて着地する。


「げぼっ!」


 そして右脚で、槍を持つTKGの右手を踏み押さえ、プラチナ・ロングソードの剣先を眼前に向けた。


「自分から落とし穴に入るとか……笑わせてくれますね、TKGさん」


「お、お笑いは得意なんや……って、どないなってんねん……」


「きちんと説明を見せたではありませんか。『つま先を引っかけたを転ばせるかもしれない』と書いてありましたよね?」


「――! まさか、それ期待ではなく、ランダム効果っていう意味かいな……」


「はい。敵にだけ発生する転倒タンブル効果です。説明に書かれていることは、ですよ」


「なるへそ。……くっ。ピクリとも動けへん。すごい力や。マジ、レベルが違うんかい」


「そういうことです。納得していただけましたか?」


「……こんなん、納得するしかないやないか。しかし、ロストはん。それだけの力があるんやったら、ゲームなんてまどろっこしいことせえへんと、わいらなんて簡単に倒せるやろうが」


「最初に言ったではありませんか。なるべく戦いは避けたいと。基本的に僕は、平和主義者なんです」


「そうやったな。わーった、わーった。わいの負けや。ゲームにのったるわ。わいらに損はないしな」


「ありがとうございます」


 ロストは立ちあがって、TKGに手を貸して立たせる。


「で、ロストはん。どうやってゲームするんや? そんなゆっくりしてていいんかいな?」


「大丈夫ですよ。5分です。5分であなたたちを説得してみせます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る