第57話:ハイレベル
味付けのりから聞いた情報は、ロストにとってだいたい想像通りだった。
彼らが受けたクエスト内容は、ダンジョンのクリアではなくドミネートの撃破。
またドミネートが無事な限り、ほかのパーティーと争わないこと。
その他、いくつかのことを聞いたら、ロストたちは味付けのりを残して先に進み始めた。
味付けのりは、自分の仲間を【リバイブ・ライフ】で蘇らせたら、ゆっくりとクリアされた道を辿ってくるだろう。
「でも味付けのりさんたち、すごく喜んでいましたですわ。ソイソスの敷地を与えると約束したら……」
「そ、それは喜ぶに……決まっているよ、デクスタちゃん。て、手に入らないと、思っていた家が手に入るんだから」
「家ではなく、敷地だけですわ。でも、敷地だけでもかなり助かるはずですわ」
パーティーの最後尾で歩くシニスタとデクスタが話している。
しかしロストとて、本心で言えば彼らのために敷地を譲渡すると約束したわけではない。
「そ、それに私たちが負けたら……無残に悲惨にロストさんの首が斬られて、血しぶきが舞ったら……たら……うふふ……敷地が、手に入らない。だ、だから、邪魔してこないと思うの」
自分の殺され方はともかく、シニスタの言うとおりだった。
背中からバッサリと斬られないように、ロストは保険をかけておいたのだ。
「次の部屋が見えてきましたの……」
ラキナが前を指さす。
確かに少し長めの廊下の先に、扉の開いたままの部屋が見える。
扉が開いたままと言うことは、部屋に他のパーティーがはいって中の魔物を斃したということだ。
ただし、部屋の中や部屋までの経路たる廊下に罠がないとは限らない。
通った者たちがたまたま罠に引っかからないで残っていることもあれば、むしろその者たちが罠を仕掛けている場合もあるからだ。
「えーっと、部屋に入ったらまたさっきの小芝居をするんですか?」
ロストはフォルチュナの質問に少し苦笑する。
「いいえ。もうしませんよ。必要ないですから」
「え? でも、他のパーティーが隠れて……」
「いや、もうそれはないでしょう」
ロストはキッパリと言い放つ。
彼にとってここまでは予想通りの展開だ。
ならば、この先も大きく予想からハズレることはないはずである。
「どういうことですか?」
「最初に遭遇するパーティーは【ダンジョン・サバイバー】でしょうから、あのような小芝居を時間をかけてしていただけなのです。彼らの戦闘は不意打ちが基本なので、その対策が必要でした」
「ちょっ、ちょっと待ってください。なんで最初に遭遇するのが【ダンジョン・サバイバー】だとわかったんですか? マップで他のパーティーはわからないし……なんかまた、ハズレスキルとかで?」
「違いますよ。これはスキルではなく、簡単な推察です。ちなみにフォルチュナさんなら、どこで待ち伏せして不意打ちをしますか?」
「え? それは……確実に通るところがいいから、階段のあるホールとかですか?」
「バカね~。そんな見え見えの場所、警戒されちゃうから不意打ちなんかできないでしょ。だから、サバイバーたちもそこじゃないところで待ち伏せしていたんじゃない」
前を歩いていたレアが、ちらっと振りむきながらツッコミをいれた。
それをフォルチュナはもっともだと思ったのか、「あうっ」と妙な声がもれた口を押さえる。
ロストにしてみれば、フォルチュナのそんな態度はほほえましい。
「素直なフォルチュナさんには、不意打ちや騙し討ちは無理ですね」
「ど、どうせ私は単純です!」
フォルチュナの頬が膨れて、深緑の髪から覗く長い耳が真っ赤になる。
その様子を愛らしいと思いながら、ロストはくすりと笑った。
が、それを彼女に見咎められる。
「あ! ロストさん、笑いましたね!」
「い、いや、その……あ、ほら、さっき味付けのりさんたちは、このダンジョンのクリア経験があると言っていましたよね」
「ごまかした……」
「そ、それは僕が予想していたとおりでした。ダンジョン好きな彼らなら、当然ここも過去にクリアしていたことだろうと思っていたのです。そして彼ら【ダンジョン・サバイバー】は、ダンジョン攻略の専門家。少なくとも、魔物がまだ弱い第一層の階段へ最初にたどりつくのは、彼らだと想定していたのです」
「う、う~ん……確かに可能性が高いです」
「それはつまり、彼らが待ち伏せする場所を最初に選ぶことができるということです。彼らはクエストとして、僕たちを斃すことで報酬を得るはずでした。つまり他のパーティーに横取りされぬよう、一番最初に僕たちと確実に遭遇できる場所を選ぶはずでしょう」
「ああ。だから、味付けのりさんたちと最初にぶつかると予想していたと。でも、それなら次のパーティーも、不意打ちを狙う可能性があるのでは?」
「ないのよ、それが」
レアがまた口を挟む。
この件に関しては、ロストよりレアの方が事情に詳しい。
だから、ロストは黙ってレアに任せる。
「一応、他の2パーティーのリーダーはランカーでしょ。ランカーになるぐらいの奴はね、やっぱり強さにこだわりが在るのよ。プライドもあるしね。ただ、そんな中でも真っ正面から敵を倒して強さを認めてもらいたいというタイプと、不意打ちでもなんでもいいから他のランカーを斃して順位を上げたいというタイプがいるの」
「つまり、雌雄さんと、たま……
「ご明察。彼らとは何度か争ったことがあるけど、勝負だけは真っ向タイプだったわ」
「じゃあ、他のパーティーが手を組むということもないということですね? クエスト報酬の関係もありますし」
「そういうことね。手を組まれていたら、さすがにきつかったわ」
「そこは賭けでしたね」
ロストがつけくわえる。
裏で策を弄しているのは、チバルスだろう。
ロストの予想では、3パーティーのどのパーティーが勝利しても、ドミネート領土は平等にわけることになっているはずだ。
そうでなければ、雌雄のパーティーを勝たせる布陣がとれるわけがない。
だが、各パーティーへの依頼者は各領主ということになっている。
成功条件や成功報酬はそれぞれ違っているはずである。
「ちなみに、さっきの部屋に【ダンジョン・サバイバー】が待ち伏せしていたことから、2つのことがわかります。1つはこの道が正しい道であるということ。まちがった道で彼らが待ち伏せするわけがありませんからね」
「ああ、ごもっとも!」
「それで『必ず通る』ということは、このダンジョンの場合は、下層に降りる階段付近の部屋のはずです。なので、もう階段は目の前だということがわかります。たぶん、あの目の前の部屋にあるのではないかと。マッピング的にもまちがいないでしょう」
「な、なるほど。なんかいろいろとわかるものですね」
「他にもわかることがありますよ。たぶんTKGさんのパーティーは、目の前の階段の部屋か、そこを降りたところで待っていると思います」
「え? どうしてですかですわ? 階段のある部屋では、待ち伏せしないのではないのですかですわ」
「そ、それは隠れて不意打ちして、ボッコボコにする場合だけ。か、彼らは陽キャラだから、不意打ちしない。で、でも、だからって、どうしてそこにいると思ったのですか?」
ロストは、デクスタとシニスタの方を向いて答える。
「このダンジョンは、第一層から第三層までありますがもちろん階層が進むにつれて強くなります。もっとも弱い魔物のレベルは、突入している冒険者の一番低いレベルに適した強さとなり、もっとも強い魔物は逆に一番強いレベルに適した強さなっています」
「はい、覚えていますですわ。あ、つまり、彼らは体力の残っている内に……決着をつけようとしているということですわ?」
「ええ。このタイプのダンジョンのもうひとつの特徴として、後追いの方が楽になるという特徴があります。アイテムは手にいれられませんが、部屋の中のモンスターは掃除されています。そのため迷いにくいし、戦闘も必然的に少なくなります」
「そ、そうかぁ。か、階層が進むにつれ、先行パーティーと後追いパーティーで体力差が大きくなっていくと……」
シニスタの答えに、ロストはうなずく。
「そういうことです。本来なら、それでもアイテム獲得やゴールのために先行するべきですが、今回の彼らの目的は違います。確実にあのあたりで待っているでしょう」
見えていた部屋に近づいた。
その部屋に出口はなく、その代わりに部屋の中央にぽっかりと空いた四角い穴があった。
念のために警戒しながら進み穴を覗くと、はたしてそこには階段が見える。
横幅は3人ぐらいが並んで歩ける程度の幅がある。
「いくわよ」
レアの後ろに、ロストとラキナ、さらにその後ろにフォルチュナ、シニスタ、デクスタと続く。
階段はトンネル状になっており、ここで襲われたらひとたまりもない。
ただ、幸いなことに階段に魔物は現れない。
警戒するのは、トラップと他のパーティーからの攻撃だけだ。
ダンジョンによっては自分で光源を用意しなければならないところもあるが、ここは【サンシーリング】という光る天井があるため視界には困らない。
その柔らかい光の中を6人は警戒しながら進んでいく。
階段の終わりは、突き当たりの壁だった。
どうやら左側に抜けられるらしい。
レア≫ レーダーにTKGたちが名前丸見えで映っているわね。
パーティー会話でレアの言うとおり、フローティング・コンソールに映したレーダーには部屋の中央辺りに隠蔽スキルを使用するどころか、サーチに引っかかる状態で6人を表すポイントが映っていた。
もちろん詳細のプロパティまで見ることはできないが、少なくとも隠れるつもりはまったくないらしい。
ロスト≫ では、こちらも堂々と行きましょうかね。
ロストの言葉に、全員がうなずく。
それを確認してから、ロストはレアの前にでた。
「大変、お待たせしてしまいましたかね?」
そう言いながら、ロストは階段から部屋の中に入っていく。
はたして部屋の中央には、6人の姿があった。
「おお、待ったでぇ。予想通り、サバイバーを下してくれて嬉しいわ」
鴉のような顔が、どこか陽気に手を振ってくる。
まるで友達と待ち合わせでもしていたような雰囲気だ。
だが、その手には剣やら槍、弓などが握られている。
「さっそく勝負しようか!」
ロストの後ろに続いてメンバーが出てきたのを確認すると、TKGはそう明るく言い放つ。
その言い方は、ゲーム時代となんら変わらない。
「そうですね。勝負しましょう。ただ、ちょっとしたゲームで決着をつけてみませんか?」
「ゲームやて?」
ロストはプラチナ・ロングソードを鞘に戻しながら小さくうなずく。
「ええ。簡単なゲームです。僕たちがあなたたちを説得できたら、僕たちの勝ち。説得できなければ、あなた方の勝ち。被害をださず勝利を得られるゲームです」
「……なんや、それ。そんなん、わいらが納得しなければいいだけの話やないか」
「ええ、そのとおりです。そういう勝負をしようと言っています」
「……どういうつもりや?」
「あなた方は、こっちの世界に来てから対人戦は経験しましたか?」
「してへんな。魔物狩りはずいぶんやってきたけど」
「どうでしたか? 魔物狩りは」
「どうって……そうやな、かなりリアリティが上がったと思うで。勝手の違うこととかあるし」
「そうですね。リアリティが上がったというより、リアルそのものですから。つまり、我々が戦闘するということは、言い換えれば
あからさまに、TKG、そしてそのパーティーメンバーに動揺が生まれる。
「そないなことはわかっとる。覚悟決めてきとるわ。こういう世界やからしかたないしな。それにわいらは、ドミネート殲滅は断って足止めということで引き受けた。1人は活かしておくさかい、勝手にリバイブして出てくればええわ。それなら人殺しはチャラや」
「でも、人を殺した感触は残りますよ」
「……覚悟しとるといっているやないか」
「それに、今のはあなた方が勝った場合ですよね」
「当たり前や。わいらが勝つに決まっている!」
ロストはおもむろにフローティング・コンソールを呼びだすと、プロフィール情報の一部を開示モードにする。
「なにしとるねん」
「僕のレベルいくつだと思います?」
「はあ? なにを言って――なっ!?」
たぶん、TKGはロストのレベルを確認したのだろう。
そして彼のメンバーたちも同じように見たらしい。
先ほどとは比べものにならないほどの動揺が彼らの間に走る。
「ちょっ、ちょい待て……そのレベル……どういうことや!?」
「まあ、いろいろありまして」
「またそれか! いろいろあっただけで、国を作って、ハーレム作って、その上、レベル70を超えられるんかい!? まだ【リリース・リミットレベル60】しか見つかっていないはずやないか! わいかてやっーと手にいれて、やっーと55になったばかりやで!」
「本当にいろいろありまして」
「あほ言うな! どんだけアタリを1人でもっていく気や!」
「1人ではない……としたら? たとえば、僕のパーティーみんなアタリを引いていたとしたら?」
「ま、待て……ちょい待ち。まさかおまえら、全員70超え……」
もちろん、そんなことはなかった。
70を超えているのは、ロストだけである。
しかし、「70を超えている」というステータスのインパクトは、そんな単純な嘘さえも消し飛んでしまうはずだ。
自分の理解できない真実――ありえないことを認識してしまった時点で、「全員が70超えである」ということも
その効果を得るためにも、ロストはレベル上げを必死になっておこなっていたのだ。
きっとこれからはレベル無制限による「ハイレベル」というステータスが、相手を威嚇するのに役に立つと考えていたのである。
「どうでしょうか。僕としては、人殺しをしたいわけではありません。被害の少ないゲームで決着をつけませんか?」
「……その前に、ちょっとロストはんのレベルがホンマもんか、試させてもらわんと納得いかんな。わしらが知らんスキルで、ステータス謀っているかもしれんしな」
そう言うと、TKGがもっていた槍の石突きで床を突いた。
床の石に当たった音が、威嚇のように鳴り響く。
「いいでしょう。なら僕を少し試してみてください」
ロストもプラチナ・ロングソードを鞘から抜き直した。
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