第56話:ダンジョン・サバイバー

――エース:ノリさん。そろそろですかね?



 ユニオン【ダンジョン・サバイバー】のリーダー、【味付けのり】――通称、ノリは仲間の言葉にうなずいた。

 彼のトレードマークとなっている、黒子のようなベールがふわりと揺れている。

 全身真っ黒で忍者を思わすデザインのくさりかたびらのような身なりで、十字型した部屋の入口横に潜めて、標的が来るのを待っていた。



――味付けのり:おおよ。予想通りならばぁ~そろそろでありますなぁ~。



 歌舞伎で見得を切ったときのような芝居がかったしゃべり方で、ノリは答えた。

 その一方で自らの声を聞きながら、ロールプレイシステムRPSでこんな口調に設定しなければ良かったと改めて後悔する。


 ゲームだから、面白おかしいキャラクターの方がいいだろうと悪乗りして、こんな設定にしてしまった。

 【味付けのり】という名前だって、パクパクと際限なく食べてしまうほど味付けのりが大好きで、よく親に怒られたことを思いだしながらつけた名前だった。


 ゲームだから、それでよかったのだ。

 中の人である自分というがあったから、キャラクターの【味付けのり】というはふざけていても許せたのだ。


 しかし、本当がなくなってしまった。

 ふざけた嘘しかなくなってしまった。


 なら、今の自分は嘘――虚構なのではないかと思えてしまう。


(あいや、それでも……それでも生きていくしかぁ、ないのでござろうのぉ~)


 そう。生きていくしかないのだ。

 なにしろ、自分はユニオンのリーダーでもある。

 こうなった以上、自分のユニオンのメンバーは家族みたいなものだ。

 できるかぎり、彼らの生活も守りたい。


(だからこそ~ぉ、この大仕事、引き受けたのよのぉ~!)


 卑怯な仕事でも、意にそぐわぬ仕事でも、大金が手に入る仕事だ。

 そして成功すれば、ユニオンとしての土地も与えてくれるという。

 そうすれば、少ない所持金をやりくりしながら宿屋に泊まっているメンバー、そして宿代もなく危険な野宿をしているメンバーたちに、部屋を与えることもできるかもしれない。



――エース:ノリさん、来ました!



 仲間のその声にノリはうなずく。

 そして隠密系スキルである【ステルス・アサシン】を発動する。

 これは、位置を動くか、他のスキルの使用、攻撃行為などをしない限り、完全隠密状態を維持できるというものだった。

 隠密スキルとしては非常に優れていて、視認できないだけではなく、音、臭い、魔力探知などにも反応しない。

 まさに暗殺者や忍者を思わすスキルだ。

 彼の忍者っぽい見た目は、このスキルを手にいれたからこそでもあった。



――味付けのり:ではでは、手筈通りに参ろう~ぞ!



 彼のユニオン【ダンジョン・サバイバー】は、ダンジョン攻略に特化したメンバーの集まりだ。

 あらゆるダンジョンに挑戦していて、その攻略法やダンジョン内戦闘なども経験している。

 ただし彼らの目的は、あくまでダンジョンで生き残り、クリアすることである。


 そのため彼らは、1人でも生き抜けるように汎用性の高い装備やスキル構成となっていた。

 何かに特化した組み合わせだと、誰かが欠けたときにそこで詰んでしまうことがあるからだ。

 チームとして、誰か1人でもゴールまでたどりつく。

 それが彼らの戦略だった。


 故に、戦闘はそのための手段でしかない。


(我らの戦いは各個撃破……)


 ダンジョン戦になれているとはいえ、彼らはパーティー戦闘に調整はされていない。

 その代わり個々の戦闘力、スキルバランスは非常に高くなっている。

 だから、他のパーティーと戦う場合は、各々が1人ずつ潰していく。

 そして早く潰した者が他の者を手伝う戦法だった。


 無論、それには1対1の状態を作れるようにしなくてはならない。

 それに一番向いているのは、やはり不意打ちだった。

 不意打ちを仕掛けて混乱を招き、周囲から個人戦を挑んでいく。

 後衛役を早めに潰し、時間を稼いでいる前衛役担当を手伝いに行く。

 これで多くの場合、彼らは勝利を掴んでいた。


(ドミネートぉ~、お主らに怨みはながぁ、ここで退場ぉ~ねがおうか~ぁ!)


 部屋の外、廊下から響くいくつもの足音を確認しながら、ノリは息を潜める。


――コツコツコツ……。


 部屋に彼らが入ってからが勝負。

 狭い廊下では各個撃破できない。

 全員が部屋に入ってきたら、ノリが背後から後衛を仕留めに行く。

 その後は乱戦に持ち込む。


――コツ……。


 唐突に足音が止まった。

 部屋の入口の少し前、廊下辺りである。


(素人ではあるまいし~ぃ。様子はうかがうは当たり前よの~ぉ)


 部屋に入る前に安全を確認するのは、もちろん基本だ。

 だから、ここまでは予想通り。


「ねえ! そこに居るのはわかっているわよ!」


 だが、これは予想外だった。

 五強の1人であるレアの声だ。


「いつまでも隠れているなら、部屋全体に広域魔術を撃ちこみますよ!」


 続いて聞こえたのは、あのロストというハズレ男の声。

 廊下から部屋全体に響くほどの大きさで、丁寧な言葉ながら威圧的だ。


「さっさと出てきた方が身のためです! あと5秒だけ待ちます!」


 自信に満ちあふれた、さらなる脅し。


(な、なにゆえ見破られた~ぁ!?)


 ノリの背中に戦慄が走る。


「5……」


 このままでは、各個撃破の作戦が崩れてしまう。


「4……」


 だが、広域魔術を黙ってくらうのは得策ではない。

 それは確かだ。


「3……」


 仲間の動揺する声が頭の中に聞こえる。

 わかっている、このままではいられない。


「2……」


 しかし……しかしだ……。


「1……」


「――あいや、待たれぇ~い!」


 ノリは、その場から走り飛び部屋の中央近くまで躍りでる。


「やぁやぁ~我こそは、ユニオン【ダンジョン・サバイバー】のリーダーなりぃ~! よくぞワシらの待ち伏せ、見破った~ぁ! 見事なりぃぃぃ!」


 彼が姿を見せると、左右に分散して隠れていた仲間たちもバラバラと姿を見せる。

 全体的に軽装に身を固めたメンバーたちは、剣を構えて全員臨戦態勢だ。

 これで各個撃破は無理だが、なんとか混戦にもちこめればまだ勝機がある。


「なにゆえワシらが、この部屋で潜んでおると~、あっ、わかりもうした~ぁ!?」


 正面の廊下に見えたのは、金色の鎧に身を固めたレア、そして自分たちと同じように軽装な革鎧に小さなラウンドシールドとロングソードをもつロスト、さらにその後ろには彼の仲間たちが武器を握っている。


 だが、少し不思議だった。

 レアとロストはまだしも、その背後にいる者たちはどこか唖然とした様子がうかがえた。


「どうして気がついたか……ですか」


 ロスト、そしてレアが歩みを進め始めた。

 その背後に仲間が続く。


「それは秘密にしておきたいのですが」


「いいじゃない、ロスト。教えてあげなさいよ」


 ドミネートの面々が部屋の中に入ってくる。

 見れば全員が不敵な笑みを浮かべている。


「では、お教えしましょう。我々はあなたたちに……気がついていませんでした」


「……はぁ~!?」


 ノリはわけがわからず、上半身を前のめりにして声をもらしてしまう。


「ど、どういう……」


「そろそろ他のチームと合流すると思ったので、クリアされて入口が開放されている部屋に入る前には必ず、先ほどの芝居をしてから入るようにしてみました」


「なっ……なんと……」


「まあ、あれよね~。ああいう台詞を言うと、大抵の奴は『なぜわかった』みたいな台詞を言って自分たちからでてくるのよねぇ」


 レアの言葉に、ノリは混乱する。

 しばらく何を言っているのか理解できない。


「……そ……」


 そして理解できたとたん、怒りがフツフツとわいてくる。


「ふふふふ……ふざけたことを――なっ!?」


 気がついた時には遅かった。

 いつの間にか周囲には、霧が満ち始めていた。

 瞬く間に敵も味方も見えなくなる。


「しししっ、しまったああぁぁぁ~!!」


 呆気にとられている内に、ドミネートの誰かが幻想魔術スキルを使用していたのだろう。

 不意打ちをするつもりで、逆に不意打ちされてしまったのだ。

 しかも、目の前にいたというのに。


「うわあああっ!」


 近くから仲間の悲鳴が次々と聞こえる。


「【リムーブ・ビジョン】!」


 パニック寸前で、ノリは自分の幻覚を解くスキルを使用する。

 すぐさま視界がクリアになるが、そこに広がっているのは瀕死状態になって地面に転がっている4人の仲間たち。

 あの一瞬で、多くの攻撃を集中的に叩きこまれたのだろう。

 すぐに回復をと構えるが、そこに氷の矢が降りそそぐ。

 自分が避けるので精一杯だった。

 その広範囲に降りそそいだ氷の矢は、仲間にトドメを刺していく。


「ゆ、許さんぞおぉぉぉぉっ!」


 生き残った仲間の1人に、レアが斬りかかっている。

 そしてノリには、ロストが襲ってくる。


 もうそこからは戦いというより、詰め将棋の答え合わせのようだった。

 2対6という時点で絶望的だったが、それ以上に驚異的なのはロストの強さだった。


 これでもノリは、クエストをクリアしてレベル50を超えて52になっていた。

 しかし、ロストの強さはまさにレベルが違う。

 単純な力比べでも、簡単に圧倒されてしまう。


「――ぐわああっ!」


 最後の仲間から断末魔が響く。

 剣で体を斬り裂かれ、とどめに魔法のかまいたちで切り裂かれ、HPが尽きて地に伏した。

 ノリは瞳だけで周囲をうかがう。

 自分の仲間が次々と地べたに血の海を作り沈んでいる。

 それは、ゲーム時代とは比べものにならないぐらい衝撃的な絵面だった。

 とても精神的に平静を保っていられないほどである。


「……無理無理無理無理だ! 降参だよ!」


 RPSが切れて素の口調で敗北を宣言した後、手にしていた短剣を地面に捨てる。

 これ以上、抗うだけ無駄だろう。


「ふぅ……」


 あきらめて深呼吸をする。

 おかげで少しだけ落ちつく。


「ええぇ~いっ! 煮るなり焼くなり好きにせぇぇぇい!」


 その場に胡座をかいて座りこむ。


(ああ……こんなところで人生の幕が閉じるのかのぉ。否、ワシの本当の人生はもう終演を迎えて折ったわ。今世は嘘の人生、ふざけた人生であったのぉ。ならばこんな終幕もまた一興……)


 全滅するリスクだって考えていなかったわけではない。

 メンバーにも、その覚悟はするように言ってある。

 自分たちが帰らなければ、ユニオンから救援メンバーが来てくれるといっていたが、正直なところここまで1時間以内に到着するのは不可能だろう。


「別に僕たちは殺人狂とかではないので、無意味に相手を煮たり焼いたりしませんよ。あなた方が今後、僕たちを邪魔しないと約束をしてくれるなら見逃します」


「なっ、なんとぉ! 情けをかけてくれるとぉいうのかぁ~!?」


「全員を回復させたら、我々のクリアしたあとを辿って来ていただければ、安全に出口まで到着できるでしょう。……ただ、条件として『情』の交換をさせていただきたい」


「じょう、だとぉ?」


「ええ。『け』と『報』の交換です。少し、話を聞かせていただければと思います」


「なるほどのぉ~。確かに悪い取り引きではないわ~なぁ……」


 ノリは、大きくうなずいて肩の力を抜く。

 そして、目の前に立つ何の変哲もなさそうな男の姿を見た。


 ゲームの世界で、噂に聞いていたハズレスキルばかり使う変わった男。

 この虚構の世界で、短期間で国をつくり他国と争うまでになった男。


 自分を含めて多くの者が、この世界で生きるため足掻いている間に、彼は何かをつかもうとしている。


「のお、ロスト殿。尋ねてもよいかのぉ?」


 知りたくなった。

 ノリは、目の前の男の心を覗きたくなった。


「なんですか?」


「おぬしは、なぜこの世界で前を……先を見ようとするのかのぉ?」


「……?」


 ロストが不可解さをあからさまに見せる。

 さもあろう。

 ノリは、自分でも質問があやふやなことをよくわかっている。

 いや、自分でも何を質問したいのかよくわかっていないのだ。


「この世界は、嘘の世界であろう。ワシらは、あちらの世界で生きていたのに、諸行無常とはいえ葬られ、この嘘の世界に連れてこられたぁ~、貧乏くじを引いた者たちではないか」


 ロストの表情をうかがうと、彼は真摯な双眸を向けていた。

 だから、ノリはそのまま言葉を続ける。


「それでもワシは、この世界で生きようと、仲間のために生きようと、命を賭して挑んだつもりでのぉ~。だが、一方で嘘の世界で生きることが……なんとも空しいと感じてしまうのだ」


「確かにこの世界は、架空の世界……嘘が元になっています」


 今度はロストが静かに開口した。


「しかし、今は現実です」


「そんなことはわかっておるわ! だがのぉ、嘘の世界ゲームから生まれたのだぞ! そんな嘘くさい世界……」


「この世界、そんなに気にいりませんか? ハズレでしたか?」


「嘘から……ハズレから生まれて、アタリのわけがなかろぅが」


「『嘘から出た真』という言葉もありますよ。あなたは貧乏くじを引いてハズレたから、このハズレ世界に来たと言いたいのでしょう」


「ああ……」


「しかしあなたは、このハズレ世界で足掻いている。どうせ足掻くなら、もっとハズレを楽しんでみてはいかがですか?」


「ハズレを楽しむとなぁ~? ふんっ、笑わせおるわ。おぬしではあるまいし……どうやって楽しめと言うのか~ぁ?」


「まあ、そうですね。楽しめるのは一部の人だけかもしれません。……でも、そもそも本当にすべてがハズレなんでしょうか」


「……どういうことかのぉ~?」


「あなたは、頭っから『ハズレ』と決めつけていますが、ここに来たことも、この世界も、もしかしたらハズレではなくアタリだったのかもしれません」


「ワシはのぉ、かぶいた語り口調の【味付けのり】などという、珍妙な人間になりたかったわけではないわいなぁ~……」


「ハズレも確かにあるでしょう。しかし、この世界のすべてがハズレではないかもしれません。どこかにアタリという希望があるのかもしれないでしょう。前世、あなたの言う本当の世界でも、それは変わらないはずです。ハズレの中にアタリを探すために、多くの人は足掻くのです」


「つまりおぬしは、足掻いている最中なのかのぉ。希望を探すため、先を見てぇ~、前に進みぃ~、ここに居るとぉ~申すのか?」


「そうかもしれません。僕は、すべてにおいてハズレだとすぐにあきらめるのが嫌なんですよ。あきらめが悪いのです」


「あきらめが悪い……か。ワシは最初、この話を聞いたときに『1対3とはなんと愚かな』と思うたが……。いやはや、貴殿にとってこの戦い、『ハズレ』と決まっていたわけではなかったということか」


「そうですね。なにしろ僕は、ハズレ好きなくせに、アタリを引くのが得意なようですから」


 ロストが、どこか今までと違って無邪気に笑った。


(上演をあきらめなかった者と、終演を受け入れようとした者の差かのぉ……)


 ノリは、自分が完全に負けたのだと改めて認めたのだった。

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