第55話:マナの鳴杖

「ふぅ。どうやらアタリだったようですね」


 ロストは安堵のため息と共に、かるく微笑した。

 確かに、宝箱から何かがハズレるような音が響いた後、その後は何も起きなかった。

 それはつまり、この宝箱に仕掛けられていたトラップは【ポイズンミスト】であり、ロストがその解除に成功したということなのだろう。


「ロ、ロストさん……なんてことするんですか!?」


 フォルチュナは思わずこぼれだすように文句を言ってしまう。

 極度の緊張感が解けた反動で、今度はふつふつと怒りが湧いてきてしまう。


 それはどうやら、ラキナも同じようだった。


「そ、そうですの! もし、【バーストボム】だったら確実に全滅していますの!」


 ズンズンと地面を踏みしめるように、ラキナがロストへ攻め寄る。

 その眉はつりあがり、眉間には幾重にも皺が寄っていた。


「もし、レア様になにかあったら、ボクはあなたを――」


「待ちなさいって、ラキナ」


 それを止めたのは、レアだった。

 彼女はラキナの肩に手をかけると、やれやれとばかりに肩を揺らしながら小さなため息をもらす。


「で、でもレア様、こいつは――」


「ありがとう、ラキナ。でもね、ロストは変な奴で、変人で、変態的で、変わった奴だけど、少なくともバカではないわ」


「ちょっとレアさん。にこだわりすぎではありませんか?」


「かばってあげたのに文句あるの?」


「かばわれた気がしないのですが……」


「細かいわね!」


 そう言ってから、彼女は他のメンバーに向かって微笑する。


「とにかく、人を驚かせて喜ぶ悪癖はあるけど、バカな博打を打つような奴じゃないのよ」


「…………」


 フォルチュナには、ラキナがなにか言おうとしてから、息と共にその言葉を呑みこんだように見えた。

 ラキナの丸い瞳に宿るのは、もの悲しさと口惜しさの入り交じった色。

 その場にいた者で、フォルチュナ以外に何人がその色に気がついただろう。


(わかるなぁ……)


 フォルチュナは、ラキナが自分と似たような感情を抱いていることを感じていた。


 少なくとも今のフォルチュナは、ロストと男女の関係になりたいと思っているわけではない。

 彼を「男」というより「人」として好きだと思っている。

 尊敬していて、力になりたいと思っている。


 出会いは、偶然だった。

 単に高レベル者の仲間が欲しくて声をかけただけだった。


 しかし、こちらの世界に来て不安と恐怖で押しつぶされそうなとき、ただ少し会話しただけの関係である自分をわざわざ助けに来てくれた。

 命の危険もあったのに、自分のやるべき事もあったのに。

 彼は、見捨てなかったのだ。


 そう。彼は見捨てない。


 どんなにハズレでも、いいところを見つけようとする。

 どんなにピンチでも、切り抜ける方法を探そうとする。

 どんなに望まぬ状態でも、望むことを求めてやまない。


 そして彼は、望むことを実現する精神力と知能を併せもち、その能力を高める努力を怠らない。


 彼のことを「変わった趣味のゲーム好き」と言ってしまえば、そうなのかもしれない。

 しかし彼の根本にあるのは、「ゲーム好き」だけでは片づけられない。


「それでロスト。どうしてポイズンミストを選んだのよ?」


 宝箱に近づきながらロストがレアの質問に答える。


「そうですね。その前に復習しておきましょうか。シニスタさん、スキルの活用に大切なことは?」


「あ、はい、え、えーっと……」


 突然、話をふられたシニスタが、口元に人差し指を当てながら記憶を探りだす。


「こ、固定観念に囚われないで考える。それから……それからぁ……あっ。行間を読むかのように見えない部分を見る。え、えーっと、それから……」


「知識を充実させるですわ」


「あ、ああ、それそれ」


 デクスタの助け船に、シニスタが遠慮せずに乗った。


 ロストは「そうですね」と言いながら、宝箱の蓋に手をかける。

 彼の身の丈ほどの長さがある蓋が、ゆっくりと持ちあげられた。


「杖か……。さて。それはともかく、今回の件では知識を活用しました。デクスタさん、トラップは何種類あるか知っていますか?」


「種類……たしか200か250ぐらいだったと思いますですわ」


「正確には256種類です」


「細かいですわ!」


「デクスタ、この程度で細かいなんていっていたら大変よ」


 レアがニヤリと笑う。


「なんたってロストは、その256種類、ぜーんぶ暗記しているんだから」


「……へっ? 罠師でもないのにですかですわ?」


 罠師とは、トラップの設置や解除などのスキルを集中的に覚えているプレイヤーの通称である。

 罠師たちは、いかにトラップを設置して敵に罠を仕掛けるかを楽しんだり、いかに仕掛けられたトラップを発動させずに解除するかを楽しんでいる。

 もちろんそのためにはトラップに精通する必要性があり、罠師たちはトラップを全部暗記しているという。


「ちなみにそのトラップの中で宝箱に設置されるのは、110種類。そのうちネスト型で採用されるのは、92種類になります」


 そう言いながら、彼が宝箱からとりだしたのは、まるで錫杖のような物だった。

 ただし、艶やかな黒塗りされた本体の先に、2匹の龍が互いの尻尾を加えるデザインの輪がついている。

 その輪には、さらに腕輪のようなリングがいくつもぶら下がっていた。


「ただし、この92種類の中で、この【精霊の径庭】で今まで発見されたのは48種類しかないのです」


「え? そんな情報、どうやって手にいれたんですか?」


「とあるコミュニティーです。それはともかく、運がいいことに48種類の中にバーストボムはないのです。数多くある報告例の中に、1度たりともバーストボムの報告がない」


 ロストは杖を上から下から舐めるように調べながら話す。


「そ、そんなのたまたま……」


 反論しようとするラキナに、ロストが待ったをかけるように手を前にだす。


「罠師の間では常識ですが、トラップにはトラップセットという、トラップ種の組み合わせグループが存在するということがわかっています。実は、ここの48種のトラップセットが使われているダンジョンが他にもいくつかあるんです。そして、そこに例外はありません」


「…………」


「その事実から、この宝箱にかけられていたトラップは、バニッシュMPかポイズンミストということになります。バニッシュMPは範囲内にいる全員のMPが空になるだけなので、回復すればいいだけです。それなりに時間はかかりますが、また20分の休憩を取るよりはましでしょう。敵との遭遇も、もう少し先でしょうしね。しかし、ポイズンミストはいきなり全滅の可能性もあります」


「だから、ポイズンミストにしておいたと?」


「そういうことです。まあ、このダンジョンではかなりバニッシュMPの率が高いらしいんですけど、被害を考えたら大したことはないので」


 事もなしにそう言うと、ロストはいつもの微笑を見せる。


 確かにフォルチュナも、その理屈は納得した。

 しかし、いくら知識があっても、それを現場で上手くいかすのは難しいものだ。

 それを彼は冷静に、そして呼吸をするようにやってのける。


(やっぱりすごいなぁ、ロストさんは……)


 そしてそれを理解しているしているレアもすごい。

 フォルチュナは、目指したい2人をしょうけいの目で見る。


「ちなみにこの杖ですが、レアさんの期待通りの【★5】ですね」


 ロストが宝箱から出した杖をかるく掲げてみせる。


「おお、やっぱり! それで!?」


「固有名【マナの鳴杖めいじょう】。古代マナ文明シリーズです」


「えっ? ま? まっ? ちょっ、まっ!?」


「マジです。レアさん、少し落ちついてください」


「だ、だって、マナシリーズって【★5】の中でもトップだし!」


「そうですね。MaxMP+5パーセント、MGP+10パーセントという破格ステータス。さらに武器スキルは【マナ・スプリング】で、60秒間はMP消費せずに魔術スキルが使い放題というものですね。しかも、使用間隔60分と性能を考えると短い」


「ちょっ、それ、超いっちゃってる系!?」


「なかなか、すごいですね。MP消費なしで超火力の魔術スキルを下手すると2連発できる可能性があります。自らのMPと合わせたら何発も撃てることになりますから」


 ロストの説明を聞いて、レアだけではなくフォルチュナもゴクリと唾を呑みこむ。

 いや、ラキナやシニスタ、デクスタもさすがに目の色を変えていた。

 やはり、こういう時はゲーマーの血が騒ぐものだ。

 レアなアイテムを見て目の色を変えないのは、ロストぐらいではないだろうか。


「で、それどーすんの? ねえ? ロストはいらないわよね? な、ならさ、わたしに――」


 少し目が血走り、口元が弛み、よだれでもたらしそうなレアが、ロストに攻め寄った。

 ところがロストは、すっと杖を別の方向にさしだす。


「ラキナさん、あなたがいいでしょう。これ、持っていてください」


「……え?」


 呆気にとられ、ラキナは目をパチクリとさせる。

 まさか自分に渡されるとは思っていなかったのだろう。


 それでもロストにうながされて、ラキナはその杖を受けとる。


「ど、どうしてボクですの?」


「まあ、作戦です」


 そう言ってからロストは、フォルチュナの顔を見る。


「フォルチュナさんの言った通りかもしれません」


「え?」


「もしかしたら、このアイテムがこれからの戦闘に役立つかもしれないですよ。まあ、運次第なんですけどね」


 ロストがそう言って、ふっと笑う。

 だが、フォルチュナには彼の言っている「役に立つ」が具体的にはわからない。

 もちろん、「単に強い武器だから」ということだけではないのだろう。


「レ、レア様。これはレア様に……」


 どこか困り顔のラキナがレアに杖をさしだす。

 しかし、レアはそれをそっと押し返した。


「ラキナにならいいわ。あなたが強くなるのは、わたしのためにもなるしね。それにロストがああ言うのだから、あなたがもっていなさい」


 さっきまで興奮していたのが嘘のように、レアが平静を取りもどして話している。

 その豹変ぶりに驚かされるが、レアに無理をしている様子はない。

 本当にもう興味がなくなったように、彼女は歩き始めてしまう。


(レアさんもなんか不思議な人だな……)


 フォルチュナは改めて思ってしまう。

 前世では自分より年下だったレア。

 しかし、ここでのふるまいは自分よりも度胸が据わって、しっかりとしていると感じていた。

 この違いがなにかがわからない。

 少なくともレア、そしてロストには、自分にない何かがあると感じられていた。


「フォルチュナさん、どうかしました?」


 どこか呆けるようにレアを見ていたせいだろう。

 ロストが心配そうに顔を覗きこんでくる。


「あっ! な、なんでもありません!」


 顔が少し近い。

 そのせいでフォルチュナは、必要以上に慌ててしまう。


「そ、その、あれですよ。あの杖をどうやってロストはさんは使うつもりなのかな……って」


「ああ。そのことですか」


 適当に思いついたことを口にするが、ロストはそれを楽しそうに受けとった。

 そしておもむろにフローティング・コンソールを操作し始める。


「ロストさん、なにを?」


「これですよ。うまく条件がそろえばですが、このスキルを使うときの保険として利用できるかもしれません」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【センド・ランダムアイテム】

 レア度:★5/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:0/効果時間:-

 説明:使用者のアイテム・ポーチ内にあるアイテムをランダムに1つ選び、対象者のアイテム・ポーチに入れる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 それはロストがレア相手に初めて試したとき、レアアイテムが渡ってしまったという曰く付きのハズレスキルだった。


「そう言えば、ロストさん。この時のレアアイテムって返してもらえたんですか?」


「……返ってきませんでした」


「そ、そうですか……」

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