第54話:トラップ

「さて。回復も終わったから、あの宝箱を開けましょうか」


 マップで見れば、幅3マスぐらいのカギ括弧型の部屋。

 そこで先ほどまで水の精霊型魔物たちと戦っていたのだが、全滅させると宝箱が現れたのだ。

 このダンジョンは、そもそも宝箱のドロップも少ない上、当たりアイテムがでる率も低いときている。

 大して期待できないのだが、やはり開けておかない手はない。


 ただし、宝箱にはトラップがつきものだ。

 そこで何があっても大丈夫なように、とりあえず全回復するまで開けるのを待っていたのである。


「ラキナ、お願いね」


「はいですの、レア様!」


 宝箱のトラップを破るには、罠師系と言われる魔法スキルを使う。

 有名なのは【ディテクト・トラップ】で1~5までレベルが存在している。

 レベルが高くなるほどトラップの発見・正解率が高くなるのだが、最高のレベル5はレアスキルだった。

 ラキナは、そのレアスキルを所持していた。


「では、レア様のために宝箱を開けますわ!」


 ラキナが、木製の古びた直方体にかまぼこ状の蓋がついた宝箱に手をかざした。

 しかし、そこにレアがストップをかける。


「ダメよ! この宝箱の中身はロストのものなの!」


「え?」


「わたしのものということにしたら、きっとハズレがでるわ! いい? これはロストのものよ! それで当たりが出ていらなかったら、わたしが引き取るの!」


「レア様……それ、物欲センサーを騙せていないと思いますの……」


「大丈夫よ! 見なさい、あのロストの楽しみにしている顔!」


 そう言われて、フォルチュナもロストの顔を見る。

 すると確かにロストは、妙にニコニコとしている。

 本当にかなり嬉しそうだ。

 思わず少し引きつった声でフォルチュナは声をかける。


「ロ、ロストさん?」


「いやぁ~。すいません。このダンジョンのハズレアイテムやハズレスキルって、本当に面白いのが多いらしいんですよ。しかも、アタリは滅多に出ないからほぼハズレ。これ、期待できると思いませんか?」


「な、なるほど……」


 つい納得してしまうが、もちろんフォルチュナとしてもハズレより当たりの方が嬉しいため、残念ながらロストに同意しているわけではない。


「ま、とにかくロストがこれだけ物欲丸出しにしているんだから、物欲センサーはロストに働くはず! ぶっちゃけ、私も本当にここで当たりが出るとは思っていないからね」


「は、はあ……」


 フォルチュナが呆気にとられているうちに、ラキナが横で【ディテクト・トラップ Lvレベル5】を使用する。

 その結果は、すぐに彼女のフローティング・コンソールに表示されているはずだ。


 が、彼女はそれを見たとたんに、丸い目を細めて眉を顰める。


「な、なんてことですの……赤字ですの……」


 この場合の「赤字」とは、判明したトラップ名が赤い字で書かれていることを示していた。

 その意味は、判明したトラップ名の正解率が低いということ。


「レベル5のスキルでも判別が難しいトラップ……これ、中身は確実に【★5】アイテム!?」


「――ちょっ! まっ!? まっ!?」


 レアが鼻息荒く、ラキナの肩に手をかける。


「は、はいですの。ただトラップ名【テレポーター】とでていますが、正しいのかどうか赤字なので25パーセント以下ですの……」


「うぐっ……」


 トラップを解除するスキルは、【リムーブ・トラップ】というスキルを使用する。

 解除するトラップ名をこのスキルで指定し、それが正しいとトラップが解除されるというものだ。

 これにもレベルが1から5まである。

 しかし、レベルが高くなるとトラップ名をまちがえたとしても、発動する確率を抑えることができた。


 ちなみにレベル1は標準スキルとして最初から全員覚えているので、トラップ名が100パーセント正しいとわかれば、フォルチュナでさえトラップの解除をすることはできる。

 しかし、レベル1ではトラップ名がまちがっていた場合、必ずトラップが発動してしまう。

 ラキナがもっているレベル3でも、まちがえれば3分の1の確率でトラップが発動してしまう。

 つまり解除は、かなりハイリスクということになる。


「どうします、ロストさ――!?」


 フォルチュナが振りむくと、そこには先ほどまでニコニコとしていたロストの姿がなかった。

 視線を動かすと、背を向けてもう部屋の出口のところまで進んでいたのだ。


「さあ、みなさん。先を急ぎましょう」


「えっ!?」


「切り替え早いですわ!」


「ク、クール……」


 フォルチュナと一緒に、デクスタとシニスタも一緒に愕然と呆然を見せる。

 だがもちろん、レアは納得いくわけがない。


「ちょっ、待ちなさいよ! このお宝、放置はないでしょ!?」


「仕方ないでしょう。はっきりとトラップがわかっているならまだしも、このままでは下手したら全滅ですよ」


「わかっているわよ! でも、放置できないでしょ!」


「我々の目的は、この勝負に勝つことです。お宝探しではありません」


「アタリアイテムが入っていそうだからって簡単にあきらめて!」


「アタリアイテムに興味がないのは事実ですが、それがハズレアイテムでもリスク的にあきらめます」


「でも、このお宝があれば、この勝負で有利になることもあるでしょ!」


「役に立たない可能性もありますよ。リスクに見合いません。トラップが発動したらどうするのです?」


 フォルチュナは、狼狽する。

 このパーティーのリーダー格である2人の間に、険悪な空気が流れ始める。

 まずい、非常にまずい。

 この2人が争ったら、このパーティーは絶対に成り立たない。

 そもそもレアは、雌雄にヘッドハンティングもされている。

 機嫌を損ねるのは得策ではない。


「なら、あんたがなにか便利なハズレスキルだして、なんとかしなさいよ!」


「便利な時点でハズレスキルではありませんから、僕がもっているわけがないではありませんか」


「なら、なんか秘密道具とかもってないの!?」


「僕はどこかのネコ型ロボットではありませんよ。だいたいあなたはいつもそうやって――」


「――ストーップ! ストップです、2人とも!」


 思わずフォルチュナは2人の間に割ってはいる。

 やはり、このまま悪化させるわけにはいかない。

 ここでレアを手放すことは、ロストにとってもマイナスになるはずだ。


(口惜しいけど……無理だから……)


 戦力的なことだけではなく、彼を支える相棒としても、自分ではレアの代わりは務まらない。

 今はまだ、力が足りていないのだ。


「ロストさん――」


 だから、フォルチュナはどちらの味方をするか決心する。


「レアさんの言うとおり、あの宝箱……なんとかなりませんか?」


「フォルチュナさん、あなたまで……」


「だ、だってほら、確かにこのダンジョンで役に立つものが出るかもしれないじゃないですか。3対1で戦わなくてはならなくて、その上で1番にならなくちゃいけないこの戦い。勝つためには、ある程度の博打も必要かなぁ~……なんて」


「うんうん、わかってるじゃない、フォルチュナ!」


 そのレアの態度に、ロストが大きなため息をつく。


(ごめんなさい、ロストさん……)


 フォルチュナとて、本当はどっちが正解かなんてわかっている。

 高いリスクを負ってまで宝箱を開ける理由なんてないのだ。

 今は安全に先を急ぐことが大切である。


 しかし、ここでレアを失っては安全に進むどころか、先に進むことさえできなくなってしまうかもしれない。

 それだけは避けなければならない。


「やれやれ。フォルチュナさんまでそう言うなら仕方ありませんね。まあ、どうせ少しぐらいなら間にあうだろうし……」


 ロストは引き返してから、宝箱の前に立った。

 そして「ふむ」とうなずいてから、全員の顔を見わたす。


「出発前に【サーチ・チョイストラップス】というハズレスキルを説明したと思います」


「覚えていますですわ!」


 デクスタが元気に答える。


「自分の周囲1メートル以内にある、ダンジョントラップを3択で調べることができるスキルですわ」


「正解です。周囲にトラップがあれば、そのトラップ名候補が3つ出てくるという、ハズレスキルの中でもなぜクイズ形式なのかわからない、奇妙なスキルです。その正解率は、すなわち約33パーセント。一般スキル【サーチ・トラップ】の方が正解率が高く、サーチ範囲も20メートルと長いので、最初はハズレスキルと言われていました。しかし、高レベル帯になると単純にハズレスキルとは言えなくなります」


「さ、3択と言っても、その中に答えがある……からですよね?」


 ロストがシニスタの答えにうなずく。


「はい。正解です。そしてこれは高レベル帯で、【サーチ・トラップ Lvレベル5】でも正解率が低いときの参考として使われるようになりました」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【サーチ・チョイストラップス】

 レア度:★4/必要SP:1/発動時間:1/使用間隔:1/効果時間:―

 説明:使用者の周囲1メートル以内にトラップがあった場合、そのトラップの候補を3つ表示する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これが通称、【3択サーチ】です。マップのトラップを見つけることができる一般スキルの【サーチ・トラップ】は、宝箱のトラップを見つける【ディテクト・トラップ】と違い、正解率を表す赤字表現などもありません。表示されたトラップ名がどれだけ信用度があるのかわからないのです」


 そうなのだ。

 通路にトラップが見つかっても、そのトラップ名の信憑性を図る方法が【サーチ・トラップ】にはなかった。


 だから、ここまでの道のりでも、トラップが発見されるとかなりドキドキとさせられた。

 レアとラキナの2人が使っていたのだが、トラップ名が異なった時は本当に怖かった。

 その時は、別の者が【サーチ・トラップ】で調べることで正解を探すようにしていた。


「また【サーチ・トラップ】は、ハズレの【3択サーチ】とは違い、罠までの距離が4メートル近づくごとに、正解率が高くなる性質があります。そこで【サーチ・トラップ】を4メートルごとに繰りかえし、さらに【3択サーチ】の中にその答えがあるか確認するわけです。まあ【罠師】と自称する方々はやっている方法なので、今では完全なハズレスキルとは言えないわけです」


「それはわかったけど、だからなんなのよ? それは通路や部屋のトラップの話でしょ。宝箱のトラップとは関係ないじゃない」


 レアが頬を膨らまして文句を言うが、ロストは機嫌を損ねた様子もなく「ええ」と応じる。


「しかし、実は宝箱用にもあるんですよ。【ディテクト・チョイストラップス】というのが」


「えっ? マジで? ……でも、それじゃあ、結局は3択だからわかんないじゃん」


「いえ。3択ではありません」


「え? もしかして2択?」


「いえ。6択です」


「増えてんじゃん! 2倍じゃん!」


 フォルチュナも思わずガクッと肩を落とす。

 6択ということは、単純に考えると約17パーセント程度の正解率になってしまう。


「そんなの、ハズレスキルじゃん!」


「もちろん、ハズレスキルですよ。なに言ってるんです、あなたは」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ディテクト・チョイストラップス】

 レア度:★4/必要SP:1/発動時間:1/使用間隔:1200/効果時間:―

 説明:対象宝箱のトラップを検査し、トラップがあった場合は候補を6つ表示する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「今回使うハズレスキルはこちらです。それでは試してみましょう」


「料理番組みたいに言わないでよ……」


 なんだかんだと言いながらも、ハズレスキルについて話すロストは楽しそうだ。

 それに急いでいるわりには、妙にゆっくりと説明している気もする。


(あっ。そう言えばさっき、「どうせ少しぐらいなら間にあうだろうし」って……)


 フォルチュナはロストの言葉の意味を考える。

 考えてみれば、雌雄のパーティーは寄り道する必要がない分、かなり先行するはずだ。

 普通ならば2パーティーと戦闘する可能性が高いこのパーティーが、先行する雌雄パーティーに追いつけるはずがない。


(つまり、なにかわたしが気がついていない要素があるということ……)


 フォルチュナの疑問をよそに、ロストはそそくさと宝箱にスキルを使用した。

 そして、結果を全員へ見せるようにする。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

神様≫ 【ディテクト・チョイストラップス】を実行しました。


① ポイズンミスト    ② ショックボルト

③ バーストボム     ④ アローショット

⑤ バニッシュMP    ⑥ コール・エレメンタル


神様≫ ど~れだ?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こんな感じです……って、なんか最後によけいなメッセージがついていますね」


「わかんねー! そして神様、ムカつく!」


 レアが頭を抱える。

 確かにこれだけでは、どれが正解かなどわからない。


 が、ラキナが横で神妙な顔をする。


「待ってください、レア様。……テレポーターがありません」


「――え? あ、本当だ!」


「はい。ラキナさんのスキルにより赤字で正解率が低いとなっていたのは正しかったのです。この宝箱のトラップは、少なくともテレポーターではないようです」


「むしろ、6択の中にテレポーターがあってくれた方がよかったわ。これじゃ、よけいわからなくなったじゃない……」


「そうですね。というわけで、ここで休憩をとります」


「はいっ!? 休憩、さっきとったばっかだし、だいたい――」


「――まあ、とりあえず20分ほど寝かせましょう」


「なんか本当に料理番組見たいになっているけど! それなら、『はい。こちらが20分経ったものです』とか用意しておきなさいよ!」


「どこまでわがままなんですか。仕方ないでしょう、リアルタイムですからね」


 本当にそのまま、フォルチュナたちはそこで20分ほど休憩をとることになった。

 しかし、はたして宝箱になにか変化があるわけではない。


 試しにもう一度、ラキナが【ディテクト・トラップ】で調べてみたが、同じように「テレポーター」というまちがった答えが表示される。

 【ディテクト・トラップ】は一度、ダンジョンから出ない限り必ず同じ結果が表示される仕様となっている。

 だから、この結果は当たり前だった。

 ちなみに、通路や部屋のトラップを見つける【サーチ・トラップ】も距離によって出る結果は前回から変化しない。

 そのハズレスキルである【サーチ・チョイストラップス】でも同じ結果が出る。


「【ディテクト・チョイストラップス】」


 しかしロストは、おもむろにまた宝箱へ同じスキルを実行した。

 そして前と同じように、その結果を全員に見せる。


「20分寝かせたので、このとおり」


「――えっ!?」


 結果を見た誰もが絶句する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

神様≫ 【ディテクト・チョイストラップス】を実行しました。


① バニッシュMP    ② コール・ビースト

③ アイスロック     ④ ポイズンミスト

⑤ バーストボム     ⑥ コール・アンデッド

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「内容が変わっている……どういうこと!?」


「20分寝かせたから、変わったのですかですわ!?」


 全員の驚愕にロストは小さく苦笑する。


「すいません。20分寝かせだからというわけではありません」


「じゃあ、まさかこのスキル、毎回内容が変わるの!?」


 レアが食いかかるように訊ねると、ロストは静かに首肯した。


「同じようなスキルだからと、ついつい先入観で『変わらない』と思いがちですが、まったく同じとは限らないのです。実際、選択肢が6つもある時点で大きな違いですし、なによりも再使用までの長さが違います」


「あ……使用間隔が1200秒……20分!」


 フォルチュナは、はたと気がつく。

 さっきスキル情報を見たときに見逃していたのだ。


「確かに20分は長い。おかしいです」


「はい。のかもしれないということです。たとえば、連続して使わせないようにするという意味が。ならば、なぜ連続して使わせないのか?」


「わかったですの! 連続して使えば、すぐに正確な答えが出てしまいますの!」


 ラキナの言うとおりだった。

 何回もくり返せば、毎回絶対に残るトラップ名がでるはずである。

 そんなの使えすぎて、一般スキル【サーチ・トラップ】の意味がなくなってしまう。

 フォルチュナも、それには気がついた。

 だが、答えは出ていない。


「そういうことです。まあ、運がいいと一発で候補を絞れることもあるのですが、どうやらこのスキル、わりと前回のスキルと同じのが出やすいようなんですよ。なかなか意地の悪いスキルです」


「でも、2回でもかなり絞れましたの。1回目と2回目で重なっているのは、範囲内にいる全員のMPを空にする【バニッシュMP】、毒の霧で意識不明にしながら体力を奪う【ポイズンミスト】、広範囲爆破で大ダメージを与える【バーストボム】……この中のどれかですの」


「ちょっと待ってよ! 絞れたのはいいけど、3つのうちどれかはわかんないじゃない」


「でも、レア様。もう一度やれば、絞れるかもしれませんの!」


 ラキナは妙に前のめりでそう言った。


「ちょっ、待ちなさいよ。また20分待機するのは……」


「で、でもですの、レアアイテムがこのままでは手に入りませんの」


「わたしもレアアイテムが欲しいけど、さすがに……。それに今、ロストが言ったじゃない。意地が悪いスキルだって。また同じスキルが出たら意味がない。あと何回やればいいのかわからないわ」


「そ、それは……なら、ボクが一か八かで開けてみますの!」


「ポイズンミストやバーストボムなら確実に死ぬわよ! わかってる? 死んだら蘇生しても、しばらくは体がうまく動かないっていう、リアルな死罰デスペナがあるのよ。それにバーストボムだったら、宝箱ごとふっとんで消えてしまうわ!」


「そ、それは……」


 たぶん、ラキナはレアのためにトラップを解除して宝物の中身を手にいれてあげたいのだろう。

 もしくは、自分がトラップを見破れなかった汚名返上を果たしたいのか。

 必要以上に食いさがっている。


 しかし、さすがのレアもあきらめているように見える。

 先ほどから黙っていたシニスタとデクスタも、そしてフォルチュナもあきらめるしかないと思っていた。


 だから、まさかロストがいきなり宝箱に手をかけるなど思いもしなかったのだ。


「【リムーブ・トラップ】【ポイズンミスト】」


「――!?」


 全員が驚いたのと同時に、宝箱から何かがカチリと動いた音が響きわたった。

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