第53話:エレメント
精霊型の魔物は厄介だった。
実体のない精霊系には、物理攻撃が通りにくい。
基本的にはダメージが70~80パーセントダウンぐらいになる。
どんなにレア度の高い武器でも、たとえば【光断ちのクリスタリア】でもそのままでは物理攻撃武器のため、有効とは言えなかった。
必然的に、魔術スキルによる攻撃が主体となる。
「【サンダー・ランス
だからフォルチュナは、雷球を目の前の敵へ撃ちこんだ。
正面にいる敵は、水でできた蛇のような魔物だ。
ぷよぷよとしたゼリー状にも見える体が、ウネウネと動いている。
水の精霊型魔物【ウォーター・エレメント】。
基本的に魔術スキルによる攻撃が主体となり、今も魔術スキルの魔紋を正面に重ね始めているところだった。
それを水属性の弱点である雷球の一撃で怯ませて中断させたのだ。
魔術スキルはレベルが高いほど威力が上がるが、その分だけ発動が遅くなる。
そのため、低レベルでもこういう使い方では効果があった。
「ラキナ、ちょうだい!」
横でレアが剣を掲げると、すぐさまラキナが反応する。
「【エンハンスメント・サンダー】!】
ラキナの魔術スキルでレアがもつクリスタルの刃に稲光が宿る。
これで【光断ちのクリスタリア】の攻撃は、魔術攻撃の効果を得る。
ただし、この魔術スキルは精霊魔術スキルのレベル5の4倍ほどMPを消費する。
効果時間は1分間。
この間にどれだけ攻撃できるか……MP効率が良いか悪いかは、剣の使い手にかかっている。
もちろんレアに関しては問題ない。
バチバチと光が弾ける刃を振るい、2体のウォーター・エレメントを沈めようとしていた。
さらにロストも自分のハズレスキルで戦線に加わっている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【エンハンスメント・エレメント】
レア度:★3/必要SP:5/発動時間:1/使用間隔:10/効果時間:600/消費MP:20/属性:無
説明:精霊属性をもつ敵や攻撃に武具を当てることで、当てた対象の属性エンハンスメント効果がその武具に現れる。任意の解除や、効果の上書きはできない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
簡単に例を挙げれば、ウォーター・エレメントを剣で斬れば、その刃に【エンハンスメント・ウォーター】が発動するというものだった。
消費MPも少なく、効果時間も長いので、お得のように感じてしまうが、そもそも同属性の攻撃は無効である。
それどころか、上記の例で言えばウォーター・エレメントに【エンハンスメント・ウォーター】効果がある剣で斬っても、物理ダメージさえまったく通らなくなってしまうというマイナスしかない。
だから、ロストは「攻撃」に武器をぶつける。
「【ライトニング・ウォール
フォルチュナは、正面にいた数体へ電撃が縦横無尽に走る壁を食らわせた。
似た魔術スキルに一瞬で大ダメージを与える【サンダー・ウォール】があるが、この【ライトニング・ウォール】は拘束しながらジワジワとダメージを与える効果がある。
そこにロストは、あらかじめ【エンハンスメント・エレメント】を発動しておいたプラチナ・ロングブレードを投げこんだ。
数メートルを飛空した刃は、【ライトニング・ウォール】にぶつかり雷属性の【エンハンスメント・サンダー】を得る。
そしてそのまま、ウォーター・エレメントを串刺しにする。
電撃の壁が消えたのと同時に、ロストは投げた剣の元に飛びこんだ。
そして
もちろん、剣を投げつけたのは【ライトニング・ウォール】の攻撃効果で感電しないためだ。
そう。攻撃にぶつけると言うことは、武器を伝ってダメージを受ける可能性があるということだ。
そして武具自体にも無駄にダメージが蓄積され、壊れやすくなってしまう。
さらにこのスキルには、もう1つの問題がある。
(あっちのが動きだしちゃったか……)
右側面を一瞥する。
鈎型に折れた曲がり角。
そこに立っていたのは、人のように直立した土塊人形。
土の精霊型魔物【アース・エレメント】だ。
少し離れていたためか、先ほどまでこちらを感知していなかったが、強い魔力反応のためか今はこちらに向かって進行してきている。
(やっかいなことに土属性……)
土属性に雷属性は効かないどころか、一方的に跳ね返されてしまう。
つまりロストがせっかく雷をまとっわせた剣は、アースエレメントには無効なのだ。
さらに【エンハンスメント・エレメント】の一番ハズレの部分は、効果を終わらせることも上書きすることもできないというのに、無駄に長い効果時間があるということである。
複数属性の敵が同時に攻めてきたときに、まったく対応ができなくなってしまうのだ。
ロストの他にも、MP効率のために自分で刃へ魔術攻撃を当てる使い方を試した者たちはいた。
しかし切り替えできないというのがネックとなり、このスキルはめでたくハズレスキルとなったのだ。
ところが、ロストはそれを物量で回避することにした。
使えないならそれを捨てて、新しい剣を使えばいい。
レアな剣を使っていないからこそできる、ロストらしい手段だった。
今はすでに新しい剣を手にして二刀流状態になっている。
だが、まだウォーター・エレメントも残っていた。
「【コール・シルフィーネ】!」
シニスタが幻想魔術スキルで、精霊召喚をおこなう。
呼びだされたのは、緑の羽をもつ風の精霊。
身長はフォルチュナの4分の1程度で人型をしており、頭には蝶のような触覚がついている。
女性の裸体を思わすシルエットだが、全身がやはり黄緑色をしていて、どこかタイトなスーツでも身につけているようにも見えた。
「行きなさい、シルフィーネ!」
シニスタの命で風の精霊は、宙を舞って土塊人形の群れに飛びこむ。
風属性は土属性に有利ではある。
しかし、アース・エレメントの数は20体ほどもいる。
多勢に無勢はまちがいない。
「あんたも行きなさい、エレメント・ドッグ!」
部屋の隅で待機していた黒い犬型魔物が、レアの命令でスクッと立ちあがる。
足首にウォーター・エレメントと同じようにゼリーのような水を携え、尻尾の部分も水でできていた。
その水属性のエレメント・ドッグは、シルフィーネと同じようにアース・エレメントへ飛びこんでいく。
このエレメント・ドッグは、ひとつ前の部屋で戦った敵だった。
それをレアが【サブオーディネーション・ビースト】というスキルで従えていたのである。
これは、シャルフを攻略したときに手にいれたガチャスキルエッグで出たスキルだった。
今まで、魔物等を召喚するスキルはあったが、戦っている敵を操るスキルは存在していなかった。
そして他の者が手にいれたガチャスキルエッグも、やはり
もちろん、フォルチュナも例外ではない。
「【サブオーディネーション・エレメンタル】!」
フォルチュナは生き残っていたウォーター・エレメントを操った。
それをアース・エレメントにぶつけるのだった。
§
この部屋は、今までで最も苦戦したと言えるだろう。
ウォーター・エレメントが20体、アース・エレメントが20体という乱戦。
それでもサブオーディネーション系スキルのおかげもあり、大きな被害もなくクリアすることができたのは幸いだった。
しかし、MPの消費は激しかった。
休憩すれば少しずつMPは回復するが、それなりに時間がかかる。
本当は回復アイテムである【
今は10室目の部屋をクリアしたところだ。
まだまだ先は長い。
(突入してからもう2時間か……)
フォルチュナはフローティング・コンソールに表示されている時計を確認して、大きくため息をつく。
迷路になっている上に、廊下にも罠が仕掛けられていることがあるため、慎重に歩みを進める必要がある。
この緊張感はゲーム時代とまったく違う。
フォルチュナとてダンジョンの経験は何度かあるが、こんなに緊張するのは初めてだった。
「そろそろですかね……」
フローティング・コンソールを開いて、マッピングツールに情報を追加していたロストがつぶやいた。
マッピングツールは、標準スキルとしてある方眼紙のような図面へマップ情報を簡単に記載できるサポート機能だ。
特に構造が通路と部屋でできている
もちろん入口からここまでの経路が書き込まれている。
フォルチュナは、そのマッピングされた図を見ながらロストに尋ねる。
「え? 地下への階段がですか?」
「いいえ。それはまだですね」
「ですよね。すると、なにがです?」
「他のパーティーとの遭遇ですよ」
「え? 彼らの位置もマッピングツールでわかるんですか?」
「そうではありません」
ロストは空中に表示されたマップを指さす。
「作戦会議で説明しましたが、3階層から成り立つ【精霊の径庭】は、情報掲示板によってマップ最大サイズや、部屋の最小サイズ、最大サイズ等、いろいろな情報が明らかになっています。たとえば、部屋サイズは最小4×4マスから、最大20×20マスの間です。廊下の長さは50マスが最長です」
「はい。覚えています」
「各階層を降りる階段は2つしかありません。均等に離された入口から、中心にあるその階段までだいたい20部屋を経由し、目安として10部屋ぐらいまでは遭遇しない構造をしています。ただ、それはあくまで目安。マッピングを見ると、そろそろ隣の入口から入ってきたパーティーと遭遇してもおかしくない感じなのです」
「じゃあ、そろそろ対人戦……」
「そうね……」
座って休んでいたレアが立ちあがると、「ん~」と声をだしながら体をぐいっと伸ばす。
金色の鎧がガシャガシャと金属音を鳴らしながら、まるで柔軟でもするように体を動かしている。
「さすがレアさん、リラックスしていますね。私は緊張してしまって……」
「緊張? わたしもほどよくしているわよ」
「そうなんですか? これから、他の3パーティーと戦うことになると思うと……」
これから始まるのは、ゲームであって同時に殺し合いでもあるのだ。
そう考えると、フォルチュナはつい身震いしてしまう。
するとロストが、安堵を感じさせるような笑顔を見せる。
「緊張すると動きが悪くなりますよ、フォルチュナさん。大丈夫ですから」
「は、はい……」
「それからたぶん、この階層でぶつかる可能性があるのは、2パーティーだけだと思います。残り1パーティーとはぶつからないでしょう」
「え?」
ロストの確信しているような予想。
それに首を傾げたのは、フォルチュナだけではなかった。
「ど、どうしてなんでしょう?」
MPが回復したのか、シニスタがデクスタと共に腰をあげた。
その問いかけに、ロストは苦笑する。
「僕たちは、入口を最初に選ばされましたからね」
「……あっですわ! も、もしかして、わたくしたちの左右に敵が配置されているということですかですわ!?」
シニスタが天使の羽を少しパタパタと動かしながら言うと、ロストは小さく首肯した。
「ええ、そういうことです。我々の左右から1パーティーずつ入ってきているでしょう」
「でも、それならもう1パーティーはどうなるのですわ?」
そのデクスタの質問にフォルチュナは、はたと気がつく。
「もう1パーティーは、一番離れた場所……私たちの対角線上の入口からスタートしているとか?」
「たぶん、正解です」
「そしてそのパーティーは、雌雄のパーティーよ、きっと」
ロストにレアが補足した。
だが、その横でラキナが首を捻る。
「どうしてですの、レア様?」
「だって、ここはカシワン領よ。カシワン領代表が一番有利だと思わない?」
「ああ! さすがですのレア様!」
「というより、もともと雌雄さんのパーティーが一番勝率が高いと踏んで、カシワン領のダンジョンにしたというのが正解でしょうね。2パーティーで足止め……否、僕たちを斃して、残り1パーティーがゴールするというシナリオでしょう」
ロストの言葉に不穏を感じて、フォルチュナは少し身震いする。
「斃して……わたしたちを殺すという意味ですか?」
「それはそうでしょう。ここで僕たち……いえ、僕を始末するのが一番手っ取り早い。土地を奪えたとしても、クレストもちなんて邪魔でしかない。もちろん、リバイブさせないようにパーティーメンバーも全滅がシナリオでしょうけど」
「そっ、それがわかっていて……」
「ええ。というよりも、だからこそ勝機があると踏んでいます。彼らが僕たちにこだわらないでクリアだけ目指すなら、きっと勝つことはできなかったでしょう。しかし、彼らが僕たちにちょっかいを出してくれるのでしたら、逆に彼らを負かせば勝利に繋がります。作戦会議の時に言ったではないですか。全パーティーと戦闘になると」
「い、言っていましたけど、まさか自分たちを囮にするという意味だとは……」
「問題は、雌雄さんのパーティーのメンバーですね」
「そうね。姿を隠しているのがすごく不気味。あいつ、自分が実力を認めた相手には敬意をもって接するから、実力者たちのコネクションはすごくもっているのよね」
「……レアさんも認めてもらっていましたよね」
ふとフォルチュナは、ダンジョンに入る前の会話を思いだす。
「そうね。あいつにも何度か誘われているわ。ま、私はいろいろと大勢から誘われまくっているけどね」
「さすがレア様!」
ラキナのヨイショにレアは胸を張る。
だが、フォルチュナの胸にはモヤモヤとした気持ちが残る。
レアに対する「もしかしたら」という想い。
それは不信や不安という、嫌悪すべき感情になってしまう。
(いけない! そんなこと考えちゃ……)
フォルチュナは所詮、レアと出会ってまだ1年も経っていない。
本当の彼女のことなどわかっていないのだ。
(そうだ。もっと知りたい、レアさんのことも……)
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