第52話:ハイランカー

 そこは異様な風景だった。

 カシワン領内にある荒れた平地に、高さ1メートル程度の巨大な石舞台が設置されている。

 100人程が余裕をもって乗ることができる広さで、真ん中に直径5メートルの魔紋が赤く明滅している。

 それはまるで血脈のように生命を感じさせ、曇った空の下で不気味さを醸しだしていた。

 だが、その不気味な空気を感じる者は、その場にほとんどいなかっただろう。

 それよりも、別の張りつめる空気が場を支配していたからだ。


 ダンジョン【精霊のけいてい】、突入前。

 緊迫感を放つのは、魔紋の周囲四方向にそれぞれ1列ずつに並んでいる、各パーティー。

 フォルチュナはそのメンバーを確認していく。


 うち1列が、ロスト、レア、ラキナ、シニスタ、デクスタ、そしてフォルチュナのドミネートパーティー。


 うち1列が、ヤーマストレイ領代表のユニオン【ダンジョン・サバイバー】のパーティー。

 先頭に立つリーダーは、【味付けのり】。

 メンバーの装備は、どれもダンジョンでドロップするレア度の高いものばかりだ。

 しかも装備を見る限り、前衛寄り、後衛寄りのような偏りはなさそうに見える。

 もしかしたら全員がソロ装備で、どんな状態でも生き残れるようにしているのかもしれない。


(強そう。リーダーの名前は、アレだけど……)


 名前を面白おかしくしてプレイしている人は多かったが、キャラクターが自分自身となってしまった今では、冗談ではすまなくなってしまっている。

 つくづく、普通の名前にしておいてよかったとフォルチュナは胸をなでおろす。


 その隣の1列が、アービコック領代表パーティー。

 十強の1人、ゲーム時代最終ランキングで8位の【TKG】と彼のユニオンメンバーで構成されているらしい。

 鳥の頭と背中に鳥の翼をもつ【バト族】のキャラクターで、極短時間の飛行能力がある代わりに、重たい装備は着ることができなかった。

 そのため、ロストと似たような革鎧を身にまとっている。

 ただし、真っ黒なその革鎧は、ロストの愛用する市販品ではなくダンジョンでのレアなドロップ品だろう。

 顔も鴉のようなので、全身黒ずくめで決まっていた。


(でも、名前がTKGかぁ。「卵かけご飯」だとしたら、味付けのりと相性は良さそう……)


 どうでもいいことを考えながら、フォルチュナは最後のパーティーを見る。


 最後の1列は、カシワン領代表。

 ロストもフォルチュナも、最も警戒していたパーティーだ。

 率いるのは、五強の1人。

 最終ランキング5位の【ゆう】。


 まず、その見た目が独特だった。

 頭には紐で縛ってあるのか、巻き角の横で小さなシルクハットが斜めにちょこんと乗っている。

 さらに黒いマントを羽織り、白いシャツに黒のベスト、白のガウチョパンツと異様な取り合わせだ。

 フォルチュナから見て、とても防御力がある装備とは思えない。


 さらに容姿も特徴的だ。

 左右2つにわけた三つ編みを後頭部で、黒いビロードのような光沢をもつリボンでまとめている。

 細い開いているのか閉じているのかわからない目に、筋の通った鼻、小さい唇にはうっすらと紅がのっているように見える。

 その顔は一見すると女性のようにも見えるが、デモニオン族のその体に胸の膨らみはなく双肩も幅があった。


 男なのか女なのか、フォルチュナには判断できない容姿をしていた。


 さらに彼の仲間も不気味だ。

 全員、白いマスクをつけて黒いフード付きのマントをかぶっている。

 種族や性別どころか、どんな装備をもっているのかもわからない。

 中には、どうみても子供という、オランジェぐらいの身長も混ざっていた。


「ようこそですぞ、参加者の皆さん!」


 魔紋の中央に、魔法具が1つおいてあった。

 金色のカップの上に、水晶のような魔石がのっている。

 そこから上方に、4面あるフローティング・モニターが現れた。

 表示されたのは、牛の角をもつホンアニ族の中年男性。

 立派な黒い顎髭に、強くカールした黒髪。

 まん丸な双眸と、それに見合った丸い輪郭。


 彼こそが、この【VSダンジョン・エクスプロレーション】の主催者。


「手前がサウザリフ自由同盟の総代表【チバルス・ラカ・ナッツ】でございますぞ。この度のドミネート国のノーダン領侵略にて、ドミネート国から領土戦宣戦布告がされていないままおこなわれていた件について、我々は異議申し立てをいたす。いかがかな、ドミネート国の国王ロスト殿?」


「クレスト持ちである私に決闘を挑んできたのは、ノーダン氏でございます。クレスト所持者に領土管理者や領土支配者が勝負を挑み敗退すれば、クレスト所持者に領土を奪われるのは神の定めた掟。異議があるならば、神に申し立てをおこなうべきでしょう」


「人の法と神の法は異なりますぞ」


「人の法というならば、我がドミネート国は八大国連合に所属しておりません。宣戦布告制度の適用外と思われますが」


「なるほど。我らの法に従えないと。ならば、こちらも紳士的にVSDEバーサードなどおこなわずに全軍をあげて攻めさせていただきますぞ」


 周囲の空気がざわめく。

 VSDEバーサード参加パーティーの他にも、実は各領土の見届け人とその護衛の兵士たち数十人が、周囲に配置されていた。

 下手すれば、その兵士たちとさらに目の前にいるサウザリフ自由同盟に雇われた3パーティーと戦闘しなければならなくなる。

 そうなれば、さすがに生き残ることは難しいだろう。


「かつての蕃国のように、被害も気にせず殺戮の限りをおこないますか?」


 だがロストは、その張りつめた空気を自ら破るように超然とした態度で、チバルスに話しかける。


「そのような方法では八大国の他国から何を言われるかわかりませんよ」


「……大した被害など出ぬと思いますぞ。戦力が圧倒的に違いますからな」


「はたしてそうでしょうか」


「なに?」


「ところで、そろそろ我が国の見届け人が到着するはずなのですが……」


 そう言えば、フォルチュナも誰を見届け人にするのか聞いていなかった。

 ロストが自分で手配したらしいのだが、ぎりぎりだったので誰が来るのか聞いていなかったのだ。


(ドナさんには村の守りをお願いしたし、あの4人じゃまだ危ないし。……いったい誰を?)


 フォルチュナも気になって、周囲をキョロキョロと見まわす。

 すると、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、ドミネートパーティーの列の背後から声が聞こえる。


「もう、来ている」


 それは淡々としていたが、女の子の声だった。

 全員がそちらの方を振りむく。


 そこにいたのは、魔術用の杖を握った真っ黒なフードにマントを身にまとった小さな女の子だった。

 年齢は、たぶんジュレやチュイルと同じぐらいか、もう少し幼い。


「遅くなった」


 そう言いながらフードをとると、左右に結ばれたみかん色の長い髪がふわりとこぼれる。

 右目は眼帯で、左目は紅玉のような瞳。

 幼い姿に似つかわしくない威圧感。


(あの中二病ルックスは……嘘でしょ……ロストさん、なんて人に頼んでいるの!?)


 この世界であったことはないが、フォルチュナもよく知っている人物。

 それどころかプレイヤーで知らない者はいない、元有名NPCの1人。


「イストリア王国シャルロット女王の命により、ミミ・ナナがドミネート国パーティーの見届け人のめいを授かった。このVSDEバーサードで悪い子がいたら、ミミがおしおきする」


「は、八大英雄……だと……」


 チバルスの顔がひきつる。

 いや、チバルスだけではない。

 周囲の兵士たちだけではなく、冒険者たちも緊迫した空気をまといだす。

 自分たちよりも強い英雄が、一部の暴徒と化した冒険者たちを討伐していたことは誰もが知っていた。

 ここに彼女に逆らえる者などいないだろう。


 そしてもうひとつ。

 彼女は、イストリア王国にとって英雄という重要人物だ。

 それが、イストリアの女王の命令で見届け人として来ているという。

 これがどういう意味かわからぬ者は、ほとんどいないだろう。


(事情を知らない人からしたら、ドミネートとイストリアが繋がっているとしか見えない。まだ正式に同盟を結んだわけではないのに……。ロストさん、まさか八大英雄を頼むなんて)


 もし、この状態でドミネートに全面戦争を仕掛ければ、イストリアとも戦争をしなければならない可能性がある。

 そもそも、ドミネートの土地の一部はイストリアの土地でもあるのだ。

 このミミの派遣は、一方的にそれを奪いに行けば、イストリアも黙っていないという牽制と捉えることもできるだろう。


「初めまして、ミミ・ナナ様」


 列を外れながら、ロストがミミの元に向かう。


「私がドミネートの代表であるロストです。この度はお忙しい中、遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」


 ロストがミミの手前で深々と頭をさげた。

 対してミミは、さして興味なさそうにフードをかぶりなおす。


「女王の命ならば仕方ないこと」


「シャルロット女王にも感謝を。本日はよろしくお願いいたします」


「わかっている。でも、かんちがいしないように。ミミはあなたが悪い子でも容赦なくおしおきする」


「その公平さに期待しています」


 返事と共に微笑してから、ロストは元の位置に戻った。

 そして彼は、フローティング・モニターに映るチバルスに話しかける。


「お話中、大変失礼しました。というわけで、我が国の見届け人はイストリア王国所属・八大英雄が一人のミミ・ナナ様です。さて、チバルス様。先ほどの話の続きですが……」


「ふん。手前はそもそも商人で争い事は好みませんぞ。従って、なるべく蕃国のようなマネなどしたくありませぬ。ここはやはり、VSDEバーサードでけりをつけることにしましょうぞ」


「ご英断、感謝いたします」


 苦虫を噛みつぶしたような顔を見せながらも、チバルスは説明を続けた。


「細かいルールなどは、もう説明済みだからよいであろう。勝利条件は、宝物庫を開けてこの魔紋から最初に現れた者が勝者ですぞ。サウザリフ自由同盟のパーティーが勝利した場合は、パーティーの依頼主がドミネート国のすべての領土を手にいれることができますぞ。万が一にでも、ドミネート国パーティーが勝利した場合は、他の3つの領土がドミネート国の領土となりますぞ。よろしいか?」


 どう考えても平等とは言えない条件をどうどうと言い放つ。

 いや、商人らしいと言えば、商人らしいか。

 実質、3対1で負けるわけがないと思っているのだろう。


「まずはドミネート国から入口を選ぶが良い。その後、他のパーティーの入口を決めることとする」


 それから1時間後に開始することとなり、各パーティーは入口に向かうように言われた。


「ひさしぶりやな、ロストはん」


 そこに声をかけてきたのは、自分のパーティーから1人離れてきたTKGだ。

 鴉の嘴なのに、不敵に笑っていることが不思議と伝わってくる。


「ご無沙汰です、TKGトーキングさん」


 ロストの返事に、フォルチュナはつい小さく「え?」と声をもらす。

 どうやら、「卵かけご飯」ではないらしい。


「いったい、どーなってんや。あんはんが国王って。わいもなりたいわ。国王になってハーレム作りたいわ。どーやったん?」


「成りゆきとしか……」


「成りゆきで、そないなハーレムパーティー作れるんかい! 1年も経たず国をもてるんかい! 相変わらず、どんな幸運の星もっとるんや! かわいい娘勢揃いのうえ、あのレア様まで手にいれてからに!」


「手にいれたわけでは……」


 横で話を聞いていたらしいレアが、TKGへ猫かぶりモードで意味ありげな微笑を送る。

 つられるように、フォルチュナもつい同じようにしてしまう。


「……めっちゃかわいいやん。めっちゃムカつくわ……」


「そう言われましても……」


「ともかくな、あの時の屈辱、今日ははらさせてもらうで! まあ、あんはんが悪いわけやないけど、でもムカつくからな!」


「相変わらず、すがすがしい感情論ですね……」


「わいらが行くまで、やられたりするんやないで!」


「……はい」


 最後は鼻で笑うと、背中を向けて去って行った。

 そのTKGが去ったのを見計らったように、今度は別の人物が近寄ってくる。


「やあ。お久しぶりですね、レアさん」


 五強の1人である雌雄だった。

 見た目は性別不詳だが、その声は男性寄りに聞こえる。


「お久しぶりですわ、雌雄さん。あなたもこちらに来ていたのですね」


 完全に猫かぶり姫モードのレアが、艶やかとしか言えないような笑顔で応じる。

 同じ女性ながら、その変貌ぶりにフォルチュナは唖然としてしまう。


「ええ。ちなみに五強は4位の【ミスト・シャワー】以外は全員、こちらに転生していますよ」


「あら、そうなのね。みなさん、お元気なのかしら?」


「わたくしが知る限りでは。みなさん、レアさんのことも心配なさっていましたよ。噂でハズレ男と行動を共にしていると聞いていましたが……本当だったようで」


「いろいろありましてね」


「正直、つきあう相手は選んだ方がよろしいかと。あまりいいお相手ではないと思います」


「やっぱり、そうかしら……」


「もちろんですとも。我々のようなハイランカーが関わる相手ではないでしょう。そのせいであなたは今、窮地に立たされているのですから」


「ええ。確かに……」


「もし、あなたがお望みでしたら、わたくしのユニオンにお迎えしますよ。わたくしのユニオンでしたら、ハイランカーたるレアさん専用の自宅もご用意できます」


「あら、素敵ね。ありがとう。前向きに考えておくわ」


 レアの返事に満足したのか、雌雄は一礼すると優雅に踵を返して去って行く。

 なびくマントがなんとも、フォルチュナには腹立たしさを感じさせる。


「レアさん!」


 その怒りをぶつけるようにフォルチュナは口を開く。


「どうしてロストさんを悪く言っているのに、それを認めちゃうんですか!」


「だって、事実でしょ」


「事実って……」


「それにね、わたしはわたしをより気持ちよくしてくれる人のそばがいいの」


 確かにロストは、レアを優遇したり、必要以上にかまったり、もちあげたりと、レアが喜びそうなことはしていない。

 それどころか、レアを注意したり、働かせたり、口げんかすることの方が多いぐらいだ。


「ロストさん……」


 フォルチュナは不安を胸にロストを見つめる。

 しかし、ロストは仕方がないとばかりに、かるく両肩をすくめた。


「彼女は誰の思い通りにもなりませんよ」


「そ、そんな……」


 大切な戦いの開始前。

 フォルチュナに生まれた不安は、殺気立った雰囲気によるものだけではなかったのかもしれない。

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