Quest-007:精霊の径庭

第51話:キリティカル

 ダンジョン名は、【精霊のけいてい】。

 生成タイプは、オートインスタンス型。

 設置タイプは、地下型。

 構造タイプは、土肌と煉瓦で作られた、通路と部屋で構成されているネスト型。

 魔物タイプは、精霊系と獣系。

 攻略対象は、レベル50の1パーティーを想定だが、同時に6パーティーまで挑戦可能。

 ただし、未クリアのボス系部屋には1パーティーしか入れないため、協力プレイは一部できない仕様。

 その他の特徴は、独自ギミックのトラップあり、宝箱あり、ワープポイントあり、対人戦闘プレイヤーキルあり。

 ゴールは中心にある宝物庫で、そこから地上に戻ることができる。


 これが今回、元ノーダン領を巡ってドミネート国、アービコック領、ヤーマストレイ領、カシワン領の4勢力で争う、【VSダンジョンエクスプロレーション】の舞台であった。


 そしてすでに戦いの幕は切って落とされていた。


「【アレスティブ・オーラ】!」


 黄金の大盾【断絶の境界アイソレイティア】を正面に構えたレアの体が、赤い陽炎に包まれる。


 それは目の前に6体もいるイヌ型の魔物【エレメント・ドッグ】を威嚇し畏怖させる。

 エレメント・ドッグは、足首や尻尾、そして口の周りに電気のスパークをまとわせている魔物だった。

 その黒いイヌたちが、ビクッと体を震わせて一瞬、硬直する。


 だが、畏怖があまり働かなかった個体が3体いた。

 その3体は、吠えながら容赦なくレアに襲いかかる。


「来なさい!」


 イヌと言っても、大型犬よりもさらに一回り大きい。

 それをレアは、剣と盾で迎え打つ。


「【フォッグ・ウォール】!」


 シニスタが唱えた幻想魔術スキルは、硬直していた残り3体を幻の濃霧で包む。

 されど、それは本物の霧ではない。

 敵からこちらの姿は見えないが、こちらからは丸見えである。


「【スラスト・スタッフ】!」


 そこにフォルチュナは、一気に間合いをつめられる両手杖によるスキルを放つ。

 霧に包まれたと思い、キョロキョロと周囲を見まわすだけの1匹に、横から突き入れる。


「【スイング・スタッフ】!」


 そこから得意のキャンセル技をつなげて、エレメント・ドッグの体を弾き飛ばす。

 黒いイヌが、甲高い鳴き声と共に赤土の壁に叩きつけられる。

 そこに、デクスタの精霊魔術スキル【アース・アロー Lvレベル3】がトドメを刺す。


 エレメント・ドッグは、精霊寄生された動物の一種だ。

 弱い精霊は、この世界に単体として長く存在できないため、他の生物に寄生することがある。

 このイヌたちも、精霊に寄生されて精神を汚染されてしまったなれの果て……という設定だった。

 精霊は火・水・雷・土・風の5種類が存在するが、目の前にいるのは雷属性。

 下手に攻撃されると、電撃による麻痺攻撃をされてしまう。

 だから、手早く倒さなければならない。


 今日、フォルチュナが身につけているのは、前衛型の軽量アーマー。

 手甲や肩当て、胴、腰、脛当てなどの間に隙間が大きく空いていて動きやすい。

 しかも移動速度アップの効果がある。

 これならば、素早く動くことができる。


(このままあと1匹――って!?)


 だが振りむいて、フォルチュナは驚く。

 残り2匹はなんと、すでにロストが葬っていた。

 しかも、2匹とも首が一発で斬られている。


(なら、残りは――)


 レアの方に顔を向ける。


 しかし、そちらもすでに終わっていた。

 レアとラキナが倒したのだろう。

 3匹とも斬り傷と共に、石の槍に貫かれて地面で転がっていた。


(やっぱり強い……。特にロストさんとレアさんは別格だ)


 このダンジョンで、突入した部屋はここで3つめだ。

 前の2つの部屋でも、ほぼこの2人が片づけてしまった。


 今まで練習やレベル上げも一緒にしてきたが、それはあくまでフォルチュナたちにあわせた内容だった。

 しかし、ここでは完全に本気モードである。

 本気モードなら悪魔戦やノーダン戦も見ていたが、同じ土俵に立って初めて実感できることもある。


「す、すごいですね。まさかロストさんが【ボーパル・スラッシャー】を使えるなんて思いませんでした」


 首を斬られたエレメント・ドッグが光と消えるところを見ながら、フォルチュナはつぶやいた。

 【ボーパル・スラッシャー】は、一定の確率でクリティカルを発生させ、さらに狙いが的確なら敵を一撃死させる剣術スキルの1つだ。

 対人では使用できないが、かなり強力なスキルには違いない。


「いいえ。そんないいスキル、もっていませんよ」


 だが、ロストは首を横にふった。


「え? なら、使ったクリティカル系はまさか、【アマティアス流剣術】かなにかですか? そう言えば詳しかったですよね、【アマティアス流剣術】について」


 フォルチュナはノーダン戦を思いだす。

 だが、ロストはまた否定する。


「違います。アマティアスに関しては、スキルに関して調べていたから詳しかっただけですね。別に習得はしていません。それに考えてみてください。クリティカル系スキルは、連続でだせるものはありませんよ」


「あ……」


 そういえばそうである。

 しかしロストは、確かに2匹のエレメント・ドッグの首を斬って斃していた。


「じゃあ、どうやって……」


「これは、普通に首を斬っただけです」


「え? 剣術スキルではなく?」


「違います。自分で言うのもなんですが、そんなまともな剣術スキル、僕が覚えているわけがありません」


 あまりにきっぱりと言われて目を丸くするが、まったくその通りだった。

 彼が、そんなまともなスキルを覚えているわけがない。


「フォルチュナは、まだわかってないのねぇ」


 いつの間にか背後に立っていたレアが、小さくため息をついてフォルチュナの肩に手をかるく乗せた。

 金属のガシャンという音が、耳元で響く。

 フォルチュナはその音が、どこか挑戦的に感じてしまう。


「わかっていないって……何をですか?」


「ロストのことよ」


「わ、私だってある程度は、ロストさんのこと――」


「そもそもハズレスキルなんて、いつも使える便利なスキルじゃないわ」


 フォルチュナの言葉を聞いていないかのように、レアが説明を続ける。


「ハズレスキルをどう工夫しても、使えるシーンは限られてんの。それをロストは、使えるシーンを見極めて使ったり、使えるシーンを作りだして使ったりしているわけ」


「そ、それはわかります……」


「でもね、いつもいつもそう上手くシーンは用意できない。そうなればハズレスキルは使えない。なら、どうする?」


「どうするって……スキルを使わずに戦うしか……」


「そう、そういうことよ。ロストの本当の強さはね、ハズレスキルを上手く使うところだけじゃない。スキルを使わずに戦うりきの強さがすごいってことなの」


 まるでレアは自分のことのように自慢げに説明する。


「今のティカルも、本人の技術力プレイヤースキルよ」


「キリティカル? なんですか、それ?」


「あれ? 知らない? クリティカルはわかるわよね?」


「もちろんです。防御行動や防御意識を無視したダメージですよね」


 WSDの被ダメージは、簡単に言えば「防御力-攻撃力」である。

 近接ならば「DEF-STR」が基本となる。

 実際はこれに、複雑な補正値計算がおこなわれる。


 補正値計算には、武器補正値や速度による潜在ステータス補正値などが入るが、その中に物理なら防御行動補正値、魔術なら防御意識補正値というのが存在する。

 それは敵からの攻撃をガードしようとしていたか、不意に食らってしまったかを表す数値である。


 要するに、不意打ちの方がダメージが大きくなるという仕組みとなっていた。


 そして「クリティカル」「クリティカルヒット」と呼ばれる攻撃は、不意打ちだったり、不意打ちと同じ効果が付加されるスキルを指している。


「キリティカルはね、俗称で『キリング・クリティカル』の略。『必殺のクリティカル』のことで、あなたが言っていた【ボーパル・スラッシャー】による首斬り効果もキリティカルになるわけ」


「ああ、そういうことですか。聞いたことありませんでした」


「どちらかというと、ガチ前衛が気にするハイレベルの話だしね。キリティカルは、別の言い方で『クリティカル・ウィークポイント』とも呼ばれているわ。要するにに的確に当てる必要がある。【ボーパル・スラッシャー】みたいなスキルは、クリティカル効果に加えて、その技と敵ごとに定められたウィークポイントへヒットさせやすい補正がかけられているの」


「なるほど……って、まさかロストさん、補正なしで正確に2体のウィークポイントへ連続攻撃できたということですか!?」


 思わず目を見開き、フォルチュナはロストの方を見てしまう。

 そんなことは、フォルチュナから見たら神業だった。

 しかし、ロストは事もなしに「ええ」と応じる。


「まあ、不意打ちクリティカルの条件部分は、シニスタさんが【フォッグ・ウォール】でいい仕事をしてくれました」


 ロストの賛する言葉に、シニスタがモジモジと照れてみせる。


「さらに畏怖で敵の動きも止まっていましたし、狙いやすかったですね。あのぐらいならば練習すればできるようになりますよ」


「練習って……どれだけやったんですか!?」


「聞かない方がいいわよ。気持ち悪いから」


「気持ち悪い?」


「だってコイツさ、ゲーム時代にはリアルで運動して体を鍛えたり、武道を習ったりしていたらしいのよ。WSDでスキルを使わなくとも、ある程度まで戦えるようにするためだけにね。バカみたいでしょ?」


「バカみたいとは失礼な。現実世界で体を動かすイメージを作っておくと、ゲーム中で再現しやすいからでして……」


 ロストの反論を聞きながらも、フォルチュナは本気で驚いていた。

 まさかハズレスキルを使うために、ゲームだけではなくリアルでも努力しているとは思わなかったのだ。


「反射神経がリアル肉体の性能に左右されるということは知っていましたが、までも影響するんですね」


「そりゃあ、モロ出るわよ。そういう意味ではロストよりもすごい人、知っているし。……あれ? そう言えば、あの人もサウザリ――」


「なるほどですわ! ロストさんが全然、ハズレスキルを使わない理由がわかったのですわ!」


 デクスタが口を挟む。


「出発前に【センド・ランダムアイテム】や【サーチ・チョイストラップス】などなどなど、ダンジョン向けのハズレスキルをあんなに説明してくださったのに、まったく使わなかったから変だと思ったのですわ」


「その例に出したスキルは、そもそも今まで使うタイミングがありませんでしたから……」


「あ、あらですわ?」


 デクスタが頭を掻いて目をそらした。

 やはり突貫で勉強した内容は、あまりきちんと頭に入っていないのだろう。


 このダンジョンに挑戦する前、フォルチュナとシニスタ、デクスタの3人は、ラキナからパーティー戦での後衛役の動き、レアからダンジョン戦での心得、そしてロストからダンジョンでのスキル活用について、詰めこめるだけ詰めこまれていた。


 とにかく短期でレベル50まで上げた3人は、長いことハイレベルを経験している3人とは実際の経験量が違いすぎる。

 完全にその差を埋めることはできなくとも、少しでも追いつけるようにフォルチュナたち3人は必死で学んで訓練してきたのだ。


「とりあえず、このフォーメーションで問題はありませんが、中衛のフォルチュナさんとラキナさんは役割を入れ替えながらやっていきましょう」


 基本的にSPエスポイントさえあれば、どんなスキルでも覚えられ、どんなステータスにでもできるWSDには本来、「敵と直接戦う前衛職」「回復などで前衛をサポートする後衛職」などという、ゲームシステム的な役割は存在しない。

 しかし、どうしてもパーティー戦では、偏向させた性質を持たせた方がキャラクター性能として優秀になりやすいのだ。


 ちなみに、もともとパーティー向けだったシニスタとデクスタは後衛向きのステータスとスキルになっていた。

 また、盾役を好むレアは前衛型、レアをサポートするためラキナは後衛寄りの中衛型、シニスタたちとプレイするスタイルのフォルチュナは前衛寄りの中衛型、そしてほぼソロが多いロストは完全にソロ型として能力をチューニングしていた。


 全体で見れば、立ち位置的なバランスはかなりいいはずだった。

 しかし、実力的なバランスで言えばやはり偏っている。

 対して、他の3チームは実力的なバランスは申し分ない万全の体制で望んでいた。


(本当に私たちでよかったのかなぁ……)


 訓練中に不安になったフォルチュナは、ロストに「自分たちではなく他のメンバーを雇った方がいい」と周囲には内緒で進言していた。

 戦いたくないわけではないが、自分たちでは力不足だと思ったからだ。


 しかし、ロストは「どうしてもやめたいなら無理にとは言いませんが、今さら新規にメンバーをいれても動きが読めないのです」と、やんわり断ってきた。

 フォルチュナたちとは、それなりに長くレベル上げをやっている。

 だから、癖や動きなどがわかるためやりやすいというのだ。


(でも、敵のパーティー……みんな強そうだったからなぁ)


 フォルチュナは、このダンジョンにもぐる直前のことを思いだしていた。


 ランカー5位がいるカシワン領代表パーティー。

 ランカー8位がいるアービコック領代表パーティー。

 ユニオン【ダンジョン・サバイバー】により構成される、ヤーマストレイ領代表パーティー。


 彼らとの顔合わせは、まさに殺気立った雰囲気の中でおこなわれたのである。

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