第50話:同盟計画④
「どれでくるかと思ったら、【VSダンジョン・エクスプロレーション】ですか」
ロストは椅子の背もたれにぐたっと体重をかけた。
眼前の執務机の上には、サウザリフ自由同盟の総代表【チバルス・ラカ・ナッツ】の魔力のこめられたサインが入った書状が広げてあった。
まるでそれを囲むように、今では【ドミネートの六勇者】と呼ばれる残りの5人が立っていた。
「大がかりな戦争にはならずゲームになるとは思っていましたけど……」
この世界の戦争は、ほぼ小競り合いで安定している。
死んだら終わりの一般兵士ではなく、冒険者が国同士の争いを代理して戦うことで勝敗を決するようになっているのだ。
もちろん、負けた方がその結果を気にいらず、少し戦争の規模が大きくなることもある。
しかし、多くの場合はそうならない。
大規模な戦争の被害が馬鹿にならないからだ。
(それに今回の書状には、創世神クリアの名前が出ている。たぶん、この勝負の結果には強制力が働くのでしょうね……)
これにより、負けたことに関してごねるようなことはできなくなっているのかもしれない。
勝負は、単純にパーティー同士で戦闘をおこなうだけの場合もあれば、それ以外の方法もある。
迷宮の奥でリバイブされずに放置されない限り、死んでも蘇る代理戦争。
ある意味で平和な戦争と言うこともできるものだった。
敵の条件は簡単だ。
要求は、サウザリフ自由同盟として領土の返還。
それを拒否する場合は、隣接領地の代表から領土戦をしかけるという旨の内容だった。
もちろん、ロストとしては領土返還の意志はない。
村のためにも元ノーダン領は助かるし、奴隷所有制度の復活も阻止したい。
領土返還してしまえば、元の木阿弥になりかねない。
「あの、すいませんですわ」
吊り紐がついた長ズボンに白シャツ姿、そして蝶ネクタイというボーイッシュな服装のデクスタが、手をあげて発言する。
インディゴブルーの長髪と相まった中性的なかわいらしさは、ヒラヒラとしたドレスとは違う魅力があった。
「この、サウザリフ自由同盟が言ってきている、領土戦の内容……VSダンジョン・
「エクスプロージョンじゃ爆発しちゃうでしょ。
レアがデクスタにツッコミをいれて説明を続ける。
「パーティー戦だったり、個人戦だったりするけど、簡単に言うとダンジョンのクリアを競うゲームでね。ルールはその時によってまちまちだけど、たとえば別の入口から同時に突入して誰が一番のお宝をゲットできるかとか、誰が最初に出口にたどりつくかとか、そういうのを競うのよ」
「レア様が『五強』と呼ばれていることはご存じだと思いますの」
両肩が露出したピンクのサマードレス姿のラキナが、レアの説明に補足する。
すでに季節は、日本で言えば7月の初夏。
涼しげな薄い生地のドレスを揺らしながら、ラキナはレアを讃えるように両腕を開く。
「レア様は、このVSダンジョン・エクスプロレーション――通称【
続けざま、ラキナがレアに向かって拍手を送る。
すると「おおっ!」と素直に驚いたフォルチュナとシニスタ、デクスタまで手を叩いて褒め称える。
どうやら彼女たちは、レアが「五強」となぜ呼ばれているのか知らなかったらしい。
「いっ、いやねぇ~。そんな大したことじゃないわよ♥」
無論、レアは鼻高々だ。
谷間が覗く胸元の下で腕を組み、頬がゆるみそうになるのを引きつらせながら抑えている。
もともと彼女は、目立つのが大好きだ。
あからさまでも褒め称えられれば、嬉しくて仕方がないのだろう。
「そう言えば、ロストさんは
純白の七分袖のパンツドレスでタイトに決めたフォルチュナの問われ、思わずロストは自分を指さす。
「僕ですか?」
「ええ。ロストさんなら、上位に入ったのではないかと思って……」
「あのねぇ、ロストがそんな競技に出るわけないじゃない」
答えようとするロストに、レアが横から割りこむ。
「レアアイテムにも名声にも興味ない、ハズレ好きの男よ」
どこか酷い言い方にも感じるが、事実なので仕方がない。
ロストは黙ってかるく首肯する。
「あ、なるほど。競技になんて出たりするタイプではないですよね。なら、ロストさん的に経験が少ないこの勝負は不利じゃないですか?」
「そうですわ、そうですわ。それに向こうがダンジョンを指定してきているのも不利ですわ。そのダンジョンに詳しい人が有利なのですわ」
「と・こ・ろ・が、一概には言えないんだよねぇ~」
レアが腰に手を当てながら胸を張る。
彼女の今日の服装は、少しゴシック調のフリルが多いドレス姿だ。
ただ胸元は大きく開き、腰の部分もメッシュで透けているというかなり色気のある服装である。
その姿で執務机の横に腰をかけて、網タイツの脚を組んで見せる。
「第一に、ロストはダンジョンに不慣れなわけではない。それどころかこいつ、ソロで誰もクリアしたことがないダンジョン、唯一クリアした記録をもっているしね」
「お、おお……さすがですわですわ」
「第二に、ダンジョンは4タイプあってね。まず、シナリオの為に内容が固定されたシナリオダンジョン。これは該当シナリオ進行中じゃないと入れないから、今回のには関係なし。シャルフの館もこれに属するわね」
「はい。わかりますわ」
「次に、ダンジョン自体の構造は変わらないのだけど、中のトラップや宝箱、魔物などの種類や配置が変わるタイプ。イベントに使われることが多いから、通称でイベントダンジョン」
「あ、あのぉ~……」
デクスタとおそろいの姿をしたシニスタが、オドオドと手を上げた。
スカーレットの三つ編みをいじりながら、丸眼鏡の下からレアを上目づかいに見る。
色白のデクスタと違い、少し褐色のシニスタは対照的だ。
同じ服装をしているのに、また違ったかわいらしさをまとっていた。
「そ、そのイベントダンジョンって、今は誰がコントロールしているのでしょうか?」
「さあね。あのテキトー神様あたりがやってるんじゃないの?」
「は、はぁ……」
「それから次がオートインスタンスダンジョン。ダンジョン全体の構造から、内部のトラップや宝箱の内容まで、人工知能のA.I.GMが自動的に生成するタイプね。そう言えば、今はこれもどうなっているのかしらね?」
「一部のA.I.GMの代わりをテキトー神様がやっていますからね。もしかしたら、そちらもやっているのかもしれません」
苦笑しながらロストがこぼすと、レアは「確かに」とやはり苦笑で返す。
「それから最後に、ユーザーインスタンスダンジョン。これはユーザーが設定した条件でインスタンスダンジョンが作られるタイプ。ユーザーイベントなどでよく使われるダンジョンね」
「今回のは、その中でオートインスタンスダンジョンが指定されているわけです」
「ということは、条件は平等ということですか?」
怪訝さを伴わせたフォルチュナの問いに、ロストは首を横に振る。
彼女も「平等」ということに疑問をもったのだろう。
「いえ。いくらオートでも、そのダンジョンによって規模、敵対する魔物の種類、トラップタイプやレベル帯などもある程度、決まっています。だから、情報をもっている方が有利なことはまちがいありません。しかも……」
ロストは、書状のある場所を指さす。
「ここに参加パーティーが書いてありますよね」
全員の視線が、そこに集まる。
「ドミネートは1パーティー。そして、サウザリフ自由同盟から3パーティー参加です」
「え? それはさすがに……」
「これはあくまで国対国ではなく、領地レベルの戦いという
「そんな。ムチャクチャではないですか……」
「まあ、まともに戦争すれば、戦力差は1:3どころではありませんから。十分、こちらにもこのゲームは利がありますよ」
「そうかもしれませんが……」
フォルチュナは不服そうに書状を睨む。
ロストとしては、もっと最悪のパターンも想像していただけに、これでも御の字だと思っていた。
このようなゲーム性が残ってくれているおかげで、まだ勝負ができる余地がある。
「ともかく我々は、シャルロット女王がイストリア王国内で同盟の話をまとめるまで時間が必要です。この勝負は受けて勝利する必要があるでしょう」
「でもさ、ロスト」
レアも同じように、書状のチームのところを指さす。
「これ、出てくるよね?」
「そうでしょうね……」
レアの言わんとすることは、ロストに伝わっていた。
さらに横で、ラキナもうなずく。
経験が長い者たちはピンとくることだった。
しかし、他の者たちはそもそも経験がないのだからわからないのも仕方ない。
「出てくるって……な、なにがですか? あ、悪霊とか? 人食い鮫とか?」
「その2つを並べるシニスタさんのセンスがよくわかりませんが……違います」
ロストは苦笑してから否定した。
相変わらず、彼女のセンスはわからない。
「出てくるのは、サウザリフ自由同盟所属の元プレイヤーたちですよ」
「あっ……」
「つまり、次は元プレイヤー同士の戦いになる可能性が高いというわけです」
「それだけではないわ」
執務机から降りて、レアが続ける。
「サウザリフ自由同盟には、五強の1人が所属している。十強ならば2名もいることになるわ」
「え? それはレアさんみたいに強い人が敵にいるということなのですかですわ?」
「そういうことね。わたしがランキング3位だけど、ランキング5位とランキング8位が自由同盟にいる。もしかしたら、その2人も参加してくるかもしれない。それに自由同盟には、
「そ、それは強敵ですわ……」
「ランキング5位は、レアさんのお知り合いですよね?」
「まあ、顔なじみではあるわね。それよりも確か、8位の方とは因縁があるんじゃなかったっけ、あんた」
「ええ、まあ……。と言っても、たまたま彼のパーティーの空きに補充員として入った時に、彼の欲しがっているアイテムを手にいれてしまっただけなのですけどね」
「それってどういう状況ですの?」
自分の知らないエピソードに興味があったのか、ラキナが珍しく質問してきた。
ロストはそれに苦笑いしながら答える。
「クリア後に6つある宝箱を1人1つずつ開けられ、その中に大当たりとして彼の欲しいアイテムが入っている可能性があるというダンジョンクエストでした。もともとそのパーティーは彼の欲しいアイテムのために集まっていたので、大当たりが6つの中にあれば彼が手にいれられる確率は、6分の5だったわけですが、大当たりが入っていたのは6分の1の僕の分だったんです」
「……お、恐ろしいの、物欲センサー……」
「あはは……」
そう言えば、あのアイテムはまだ手元にある事をロストは思いだす。
競売にだそうとしたが、その時の出品枠がいっぱいで、手元に置きっぱなしになっていた。
「まあ、それはともかく。こちらから参加するのは、たぶんこの6人。フォルチュナさんたちも、すでにレベル50に達しています。もちろん、無理にとは言いません。ドナさん他、レベル50の人たちも何人か仲間になりました。気が向かないなら交代する手もあります」
そう言ったロストは、全員の顔を順番に見まわす。
だが、誰もが参加の意志を見せていた。
「……そうですか。開催は3日後。ルールは、6つある入口のうち選んだ4つから各パーティーがダンジョンへ同時に突入。ダンジョン奥の宝物庫を開けたパーティーの勝利。魔物との戦闘もありますが、他チームとの遭遇戦も可能。勝利時の報酬は、元ノーダン領所有の承認」
「しょぼいわね……」
レアが眉を顰める。
「承認もなにも、もううちの領土じゃない。それにイチャモンつけてるだけでしょ。どうせなら、こっちは挑戦してきた3つの領土をもらうぐらいに条件を変えなさいよ」
「そんな条件をだすなら、この村もベットしないといけなくなりますよ? そうすれば相手は勝ちを確信していますからのってくると思いますが。なにしろ、イストリア・ピッグという利点がありますからね」
「なら、いいじゃない。こっちだって負ける気はないんでしょ?」
「勝つ気でいますよ」
ロストは自然に口角をあげてしまう。
すると、レアは上唇を少し舐める。
「なら、いただいちゃいましょ」
「欲張りですねぇ。まあ、それならそれで条件をこちらからもだしてみますか。では、勝つために作戦と、ダンジョンのコツや注意点、それにダンジョン向けのスキルの説明などしておこうかと……」
「あ、ロストさん。それはまたあとにしませんか」
フォルチュナが割ってはいる。
「そろそろ、時間ですよ。ロストさんだけ支度できていないのですから、早くしないと」
確かにロストは、クリーム色のシャツに、紺の綿ズボンというラフなカッコをしていた。
それに対して、他の5人はかなり着飾っている。
「みなさん、きれいですねぇ。華としては、それで十分ではないですか」
「なに言ってるんですか。ロストさんは主役ですよ。村の人たちが、せっかくロストさんの勝利とドミネートの領土拡大を祝うパーティーをしてくれるというのに」
「正直、ここのところイベント続きで……。昨日はシャルロット女王と会談して、その前には決闘、さらにずっとソイソスで活動……さすがに少し疲れました」
「わかっています。ですから、せめて顔出しだけでも――」
「なーに言ってんのよ、ロスト」
レアがまた割りこむ。
「あんた、両手に華どころか、ハーレム状態でパーティーに参加できるのよ。それで元気がでないって、それでも男なの?」
「ハーレム状態って……別に望んでこの状態になったわけではありませんし、僕としては男の仲間が欲しいです。レイさん、帰ってきて欲しいですよ」
「ああ、もう! 贅沢者ね!」
レアがささっとロストの横に寄ってきて腕を掴む。
その豊満な胸に挟むように腕にしがみついた。
腕に感触を感じるが、殺意が宿るラキナの視線にそれを楽しむどころではない。
「ほら。サービスしてあげるから、行くわよ。前世でもこんな美しい女子高生にエスコートしてもらったことないでしょ」
「あなた、今は見た目18~20歳ぐらいでしょ……」
「そ、それなら私もエスコートしますよ!」
フォルチュナが反対の腕にしがみつく。
あからさまに対抗して、胸を押しつけている。
さすがのロストも少しだけ動揺してしまう。
「こ、これがハーレムの修羅場というものですかですわ……」
「デ、デクスタ、子供は見ちゃダメ……」
「お姉ちゃんも今は同じ歳ですわ。ところでわたくしたちもハーレムの一員として加わらなくていいのかしらですわ」
「わ、私たちは、犯罪っぽくなるからダメ……。ロストさん、性犯罪者になって、刑罰でアレ切られちゃう」
「こ、怖いこと言わないでください!」
ロストは思わず叫んでしまったのだった。
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「Quest-006:蠢く陰謀」クリア
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