第62話:裏切り者

 フォルチュナはしばらく気づかなかったが、気絶していたデクスタとシニスタがすでに目を覚ましていた。

 ただし、白熱のバトルシーンは見ていなかったようだ。


「な、なんでロストさんが、誘われて……いる?」


「いったい、なにがどうなっているのですかですわ?」


 ちなみに「気絶」というのは、ゲーム時代だと「睡眠」と同じタイプのバッドステータスとして扱われた。

 ただし、「睡眠」は魔力MGPで、「気絶」は防御力DEFで耐性が判定される。

 そのためMGP多め、DEF少なめのデクスタとシニスタは、気絶時間が長くなりがちで、目が覚めるのに時間がかかったのだろう。


「貴方たち、面白いものを見逃して残念でしたの」


 そんな2人に、ラキナが今まであったことをかいつまんで説明した。

 事情を知った2人は動揺を隠さず、まるですがりつくような顔でロストを見る。

 そして自分ではわからないが、きっと自分も同じような顔をしているのだろうとフォルチュナは思う。

 不安だった。ロストはそんなことしないとは思っていても、一方では彼にとってはいい話なのではないかと考えてしまう。


「前半はありがたい話ではありますが、後半はいただけませんね」


 そんな周囲の視線に気がついているのかいないのか、ロストは微笑しながらそう言った。


「それに勝手なことを言うから、パーティーリーダーがすごい顔で睨んでらっしゃいますよ」


 そう言ってロストが、雌雄の方を一瞥する。

 ロストの言葉通り、雌雄はにがりきった顔つきでロストを見ていた。

 フォルチュナがその表情からうかがえたのは、不満と憤りと否定。


「なんじゃ、雌雄坊。おぬしはどんな素姓だろうと、男だろうと女だろうと、とにかく実力があれば認める主義ではなかったのか?」


「そ、それは……しかし……」


「ロスト坊の実力は、わしが太鼓判を押そう。荒削りだが逸材じゃ。たぶん、近接戦闘だけなら、この中でわし以外には倒せんじゃろうて。無論、魔術スキルまで使えば、おぬしもいるしわからんがのぉ」


 含みのある言い方に、フォルチュナは少しひやりとする。

 たぶん暗に、魔術スキルを使えば、雌雄の実力はロストに匹敵すると言っているのだろう。

 雌雄がどれだけ強いのか、フォルチュナは明確に知っているわけではない。

 しかし、これだけすごい戦いを見せたシュガーレスが言うと説得力が違う。

 もし、そんなに強いロストと雌雄が手を組んで、そこにレアとシュガーレスが加われば、とんでもなく強いパーティーができるだろう。

 きっと自分など用済みになるほどの強さを誇るパーティーが。


「まあまあ、待ってください。先ほども言ったとおり、お受けできません。僕はパーティーリーダーで、ユニオンのリーダーです。他のパーティーやユニオンに移籍するということはありえません」


「おやおや。残念じゃのぉ」


 そこでガッカリしたのは、シュガーレスだけだった。

 敵方の雌雄を始めとするメンバーも、シニスタもデクスタも、そしてフォルチュナも当然ながら安堵する。


 一方で、レアは無表情。

 それはロストが誘いを受けるわけがないと確信していたからだろうか。

 ならば、やはり自分はロストをレアよりも理解していない。

 フォルチュナは、そう


「せっかく面白そうじゃから、鍛えてやろうと思ったのにのぉ」


「ああ、そこはありがたいのでお願いしたいところですので、こういうのはいかがでしょうか。このダンジョン勝負であなた方が勝ったら、僕はあなたの指示に何でも従いましょう。その代わり我々が勝ったら、僕のユニオンにはいってメンバーに近接戦闘の指導を行ってください」


「ええええーっ!?」


 フォルチュナ、それにシニスタとデクスタ、そしてラキナまでもが一斉に大きな声で一驚を喫す。

 もちろん、勝つつもりではいる。

 しかし、いくらなんでも強気な発言すぎないだろうか。

 フォルチュナは生きた心地がしなかった。


「ふぅ……。おぬし、わしがなぜこちらに来いと言ったか、わからぬわけではあるまい?」


 顔を顰めたシュガーレスが、やれやれとため息をつきながら頭を掻いた。

 そんな彼女に、ロストは笑顔のままでうなずく。


「もちろんです。たとえ無事にこのダンジョンから出られても、たぶん僕は勝負の勝敗にかかわらず殺されるでしょう」


「――ロストさんっ!?」


 初めて聞いた予想に、フォルチュナたちは動揺する。

 しかし彼は、さも当たり前のことを語るように言葉を続ける。


「もともとこのダンジョン内で他のパーティーに殺せと命令するぐらいですからね。邪魔で邪魔でしかたないのでしょう。領土を奪ってしまえば、バックがないも同然ですから始末しやすい一介の冒険者に過ぎません」


「そっ、そんなことありませんわ! わたくしたちはロストさんの味方なのですわ!」


「そ、そうですよ。ロ、ロストさんが裸にされて馬で引き回された上に、ぜっ、全身の、皮を剥がれて、てててっ、手足を引っこ抜かれて、くっくっくっ……首を晒されるなんて……そそそそ、そんな酷いこと考えるのも怖いです」


「なっ、なら考えないで、シニスタ! というか、途中で『くっくっくっ』って笑っていませんでしたか!?」


 フォルチュナは、激しくツッコミをいれる。

 今はそんな冗談――シニスタは冗談のつもりではないのかもしれないが――を言っている暇はない。

 ついフォルチュナは怒顔どがんのままでロストを見てしまう。

 いや。もともと不吉なことを言うロストが悪い。


「今度は、私たちが助けます! それに【ムーブ・ホームポイント】で村に戻れば逃げられるではありませんか!」


 そうだ。ロストを殺すなど許さない。

 自分はいろいろと彼に助けてもらってきたのだ。

 だから、次は自分が彼を助ける番だ。

 そう決心して、フォルチュナは自分の胸に手を当てた。


「無理ですよ」


 ところが、ロストは首を横にふって返す。


「【ムーブ・ホームポイント】を使うには、出口から出てさらにダンジョンエリア外に出なくてはいけません。彼らとてそれは承知しているでしょうから、その手前で狙ってくるでしょう。だからと言って戦うにしても、このパーティーの戦力ではかなり難しい。だからこそシュガーレスさんは、パーティーに僕を誘ってきたのでしょう」


「……え?」


「あちらのユニオンになれば、仮にも僕は雌雄さんの仲間になります。一度でも認めて仲間にした者を雌雄さんはかるく扱う人ではないでしょう」


 雌雄が鼻で嗤う。


「ふっ。その答えはノーですね。なかなかよい推測ですが『智者も千慮に一失あり』というところでしょうか」


「おや。それは褒め言葉にもとれますね」


「その答えもノーですね。わたくしは『推測に油断がある』という意味で使ったまでです。私はね、自分が認めた者ならば、たとえ自分のユニオンに入っていなくとも、かるく扱ったりしませんよ」


 小さなシルクハットをかるく指で弾くように位置を直してから、雌雄はロストを指さす。


「しかし、私はあなたをまだ認めていません」


「なるほど。それは失礼しました。しかし、シュガーレスさんの言うとおり、そちらのユニオンに入ったとすれば、それはすなわち雌雄さんが認めたということとイコールでしょう。そうなれば僕を殺そうとする者は、雌雄さんたちにとっても仲間を狙う敵になる。高レベル2パーティーの冒険者相手となると、外で待ち伏せしている兵も、下手に僕に手をだせなくなることでしょう」


「……それはともかく、外の待ち伏せ部隊に気がついていたのには驚きました。ダンジョンに入る前には、まだいなかったはずですが」


「ええ。ですから気がついたわけではなく、当然そうであろうと推測しただけです」


「なるほど。『智者の一失、愚者の一得』と言った方がよいかもしれませんね」


「なかなか手厳しい。ともかく、シュガーレスさんは理由はどうあれ、僕を……いえ、僕のパーティーメンバーたちも救ってくれようとしたのでしょう。僕がユニオンを移籍するということは、ほぼ【ドミネート】の崩壊を意味します。まあ、そうなれば力尽くでこのパーティーメンバーを全滅させたりするより、反感が少なくなるように、しばらくは情勢をうかがいながらコントロールする手段をとるでしょう。つまりメンバーの生き残り率も高くなる」


「そこまでわかっていて勝負を仕掛けるとは。『うお釜中ふちゅうに遊ぶがごとし』です」


「勝てばよいのですよ」


「確かにそうですね。しかし、あなた方は勝てません。なぜなら――」


 そう言うと、雌雄はマントを広げながら手をさしだす。

 相手は、レアだった。


「――我々と来てくださいますね、レアさん」


 フォルチュナは、レアを見る。

 きっと箸にも棒にもかからないと、鼻で嗤って断ってくれるはずだ。

 ロストと共に、歩んでくれるはずだ。

 そうフォルチュナは願っていた。


「ふぅ……仕方ないですわね」


 しかし、レアの口からもれたのは、あきらめの色をともなうため息だった。


に勝てるわけがありませんから」


 そう言ったレアが、ロストの方に向きなおる。


「というわけで、ロスト。わたしはあちらに行かせていただきますね」


「そ、そんな――」


「レア様!?」


 デクスタとラキナが声を荒げた。

 だが、レアは相変わらずの落ちついたの口調だ。

 そしてフォルチュナから見てレアらしい、いつも通りのことを言う。


「ごめんなさいね。私は、負けたくないのよ」


「レアさん! わたしたちを見捨てるんですか!?」


 フォルチュナはいきり立ち、思わずレアに歩みよってしまう。

 それをシニスタに背後からしがみつかれて止められる。


「お、おちついてください、フォルチュナさん」


「で、でも!」


「レアさん――」


 そこに割って入ってきたのは、ロストであった。

 彼はさすがに神妙な顔つきで、レアのことのを見つめる。

 その瞳の色は、まちがいなく痛心。


「――そこまでするのですか?」


「ごめんなさいね。わたしは少しでも勝てる確率が高い方を選ぶの」


「まあ、知っていましたが……」


「そうよね。というわけで悪いわね」


「……仕方ないですね」


 フォルチュナは、驚きすぎて声が出なくなる。

 ロストが簡単にあきらめてしまったからだ。

 確かに彼は、レアが言いだしたら言うことを聞かないというようなことを言っていた。

 だからと言って、今あきらめれば残った者の命がなくなり、領土も失われるのだ。

 それは決して簡単にあきらめていいことではないはずだ。


「レア様! ボクも連れて行ってほしいの!」


 今度はラキナがレアに歩みよる。


「……そうね」


 レアが笑顔で雌雄に「この子は私のパートナーで、かなり使えるわ」と薦めた。

 すると雌雄はいとも簡単にラキナを受け入れることを認めた。


「というわけでロストさん。申し訳ありませんが、レアさんとラキナさんはわたくしがいただくこととなりました」


「まあ、本人の希望ですから……」


「往生際のいいことですね。しかし、これでも賭けを続けるつもりですか?」


「その答えはイェスですね」


 雌雄の真似をしてロストが答えする。


「賭けは続けますよ」


「その名の通り、てすべてをかもしれないのに?」


「僕の名前の『ロスト』は『負け』や『失う』という意味ではありません。『ハズレ』という存在で勝つという意味です。最初にゴールへたどりつくのは僕たちです」


「あはは。その答えはノーですよ。『腕無うでなしの振飄石ふりずんばい』に過ぎません」


「ならばあなたも賭けましょう。僕たちが勝ったら、あなたも僕のユニオンに加入してください」


「……あなたが負けたら?」


「僕がどうして国を作れたのか、その秘密をお教えしましょう」


「情報……ですか。なるほど、いいでしょう。その賭けに乗りましょう」


(主力の3人のうち2人が敵になったのに……どうしてロストさんはそんなに強気なんですか!?)


 フォルチュナは、本当に生きた心地がしなかった。

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