第48話:同盟計画②

 それはひとつの賭けだった。

 イストリア女王とレイが、「あの人物」のことを知らないという確証はなかった。

 しかし、なんとなく思ったのだ。

 たぶん、2人は「あの人物」のことを知らないと。


 それは、あの事件で確信に変わった。

 レイがこの村にいるのに発生した盗難事件。

 最初は、レイが手引きしたという可能性も考えた。

 だが、それならばリスクを考えてレイは姿を消していたことだろう。

 レイがここに残っていた、その事実がロストに「あの人物」=【影の魔王ベツバ】とレイたちのつながりを否定させたのだ。



ロスト≫ ――というわけで、今はレイさんがシャルロット女王と相談中です。



 執務室にいるのは、ロストとフォルチュナ、シニスタとデクスタだった。

 レアは、フォルチュナの代わりに向かったラキナとともに、ソイソスの領主館に残っている。

 仕方ないので、会議はパーティーを臨時に組んでパーティー会話で済ませることにした。


 一部のメンバーは目の前にいるのに、声をださずにパーティー会話というのも変な感じだと思いながら、ロストは口を開かず話を続ける。



ロスト≫ そちらの返事を待って、同盟の交渉をするつもりです。


レア≫ あんた、とんでもないこと考えるわね……。


フォルチュナ≫ しかし、レイさん、シャルロット女王、さらに影の魔王までが運営の人だなんて。

フォルチュナ≫ シャルロット女王とかイベントで運営が動かしていたことがあるからわかるんですけど、魔王まで運営が動かせるとは思いませんでした。


ロスト≫ 八大英雄、八大国主、六大魔王はイベントで動かすこともあるかもしれないからと、プレイアブルキャラクターとして作られているのかもしれませんね。

ロスト≫ その他、レイさんのような一般にまぎれるプレイアブルキャラクターも何体かあるはずですし。


デクスタ≫ でも、そんな情報だけでシャルロット女王が同盟の話にのるとは思えませんですわ。


シニスタ≫ ちょっと弱い……かな?


ロスト≫ しかし、影の魔王がここから盗んでいったものを考えると、何かを企んでいることはまちがいありません。


フォルチュナ≫ 盗んでいったもの……えーっと……。



 フォルチュナが手にしていたノートを開く。



フォルチュナ≫ シャルフの日記、シャルフの悪魔召喚の資料、それから【幻像の鏡】ですね。

フォルチュナ≫ まさか別の箱にしまっていた【幻像の鏡】まで盗まれるとは……。



 ロストとしても予想外だった。

 第一報で聞いたときは、シャルフの悪魔召喚の資料だと聞いていたが、実際は日記も、そしてフォルチュナから寄付された【幻像の鏡】も盗まれていたのだ。



フォルチュナ≫ すいません。私があそこにしまったばかりに……。


ロスト≫ これはフォルチュナさんのせいではありませんよ。

ロスト≫ それよりもこれからです。

ロスト≫ やはり不気味なのは、影の魔王ベツバの存在です。

ロスト≫ もと運営の人間が何を考えて魔王として動いているのか……それが気になります。

ロスト≫ そしてそれはシャルロット女王も気になるところでしょう。

ロスト≫ レイさんによると、シャルロット女王もこの世界での平穏な生活を求めているようですし。


レア≫ なるほど! そこにつけ込むのね!


ロスト≫ つけこむって……言い方が気になりますが、まあそういうことです。

ロスト≫ 僕のドミネーター・クレストは強力な戦力を手にすることができる力です。

ロスト≫ なにしろただの一般兵士を冒険者にできてしまうのですからね。

ロスト≫ シャルロット女王が冷血でなければ、交渉の余地はあるでしょう。


ラキナ≫ 冷血だったらどうなるですの?


ロスト≫ 僕を殺して、ドミネーター・クレストを初期化しようとするかもしれませんね。


フォルチュナ≫ そ、そんな……。


デクスタ≫ 酷いですわですわ!


シニスタ≫ ロストさん……バラバラロスト事件……。


ロスト≫ まだ事件にしないでください。しかも、どうしてバラバラなんですか。

ロスト≫ ともかく今後の流れは、シャルロット女王次第です。

ロスト≫ ところで、レアさん。ソイソスの様子はどうですか?


レア≫ 正直、不気味ね。

レア≫ 街の人たち、ほぼこの状況を受け入れてんのよ。

レア≫ 支配者が数日前にいきなり変わったというのに、ほとんどの人が新しい支配者に従う姿勢を見せているわ。ありえないでしょ?


ロスト≫ 「ほとんど」ということは、やはり反発する人たちもいるわけですね?


レア≫ ええ。既得権益をもつ人たちの中で、ロストが決めた奴隷所持禁止法に反抗する人たちね。

レア≫ まあ、貴族の……なんだっけ?


ラキナ≫ ラハルト。


レア≫ ああ、それそれ。その人がわりとがんばってくれているけどね。

レア≫ わりといい人ね、ラハルトさん。

レア≫ でも、奴隷所持禁止法の施行は、もう少し落ちついてからの方がよかったんじゃないの?


ロスト≫ あれは、ラハルトさん、それにノーダンの兵隊を抑えるのに協力してくれた元奴隷の方々との約束でしたから。

ロスト≫ 後回しにしたいのはやまやまでしたが、約束を守る人間であると信用を早めに示しておく必要があるかなと思いまして。


レア≫ そうかぁ。


ロスト≫ 面倒ではありますが引き続き、そちらはレアさんとラキナさんでお願いします。


レア≫ 任してOK!


ロスト≫ 将来的には、管理をラハルトさんに委任してもいいでしょう。

ロスト≫ それを匂わせて、うまく手玉にとってください。レアさん、得意でしょう?


レア≫ あんたこそ、人聞き悪いわよ!


ロスト≫ それから、デクスタさんとシニスタさんは、この村の管理をお願いします。


デクスタ≫ はいですわ!


シニスタ≫ わ、わかりましたぁ~。


ロスト≫ フォルチュナさんは、お手数ですが僕と一緒に城までお願いします。


フォルチュナ≫ はい。

フォルチュナ≫ ……でも、それは登城が決まってからですよね?


ロスト≫ はい。

ロスト≫ それが決まりました。


フォルチュナ≫ え?


ロスト≫ まさに今、レイさんから連絡が来ました。

ロスト≫ シャルロット女王が謁見をしてくれるそうですよ。

ロスト≫ いや、これは謁見ではありませんね。

ロスト≫ 対等な国同士の首脳会談です。




   §




 イストリア王国は、八大国の中でも最も強大な勢力をもつ国だ。

 なにしろ、進んだ文化、優秀な技術、屈強な軍隊、そして八大英雄のうち2人の英雄が所属する。

 領土がもっとも広いというわけではないが、周囲を適度に山で囲まれ、海にも面し、肥沃な土地をもつ。


 そんな土地のほぼ中央にある街が、王都オイコット。

 人口20万人が住むという、この大陸で最も栄えた都市でもある。

 馬車だけではなく、数は少ないが魔導機関車という乗り物も行き交い、一般家屋でも上下水道完備に、水洗トイレに、湯沸かし器のついた風呂まである。

 よくある中世ファンタジーとは、少し設定の違う街並みをしていた。


 そのオイコットの中心にあるのが、イストリア王家の象徴たる城【マクスイストリア城】。

 プニャイド村と同等以上の面積があり、天空に届かんばかりに立ち並ぶ白亜の塔は見る者を圧倒する。

 周囲を囲む深いほりは、不埒な侵入者を拒絶する。

 巨大で荘厳な門は、悪意ある侵入者を威嚇する。

 それらの要素すべてが、八大国随一の城と呼ばれる所以ゆえんだった。


「お時間をとっていただき感謝いたします、シャルロット女王」


 ロストが深々と頭をさげるので、フォルチュナも同じように礼をする。

 フォルチュナは、ロストとレイと共にその城の中にいた。

 ただし、謁見の間にいるわけではない。

 対外的にも秘密裏に進めるべく応接の間にて、まるで日常的なお茶会のように場が設けられていた。


 城の外見にそぐう荘厳な内装は、白を基調とした壁に、赤地に金色の刺繍を施したカーテンがかけられている。

 その応接の間の中央には、白いテーブルクロスのかけられた巨大なテーブルがあり、その上にはティーセットとクッキーのような菓子が載せてあった。


「どうぞ、ロスト様、フォルチュナ様。おかけください」


「ありがとうございます」


 本来ならば、上座に女王が座るのだろう。

 しかし今は、女王とレイが並んで座り、その正面にロストとフォルチュナが座る形になっていた。


「初めまして。シャルロット・オ・イストリアです。前世ではWSDのメインプロデューサーをしていました。名前は……って、前の名前なんてどうでもいいですね」


 シャルロットは、そう言ってほほえんだ。

 見た目の年齢は、かなり若い。

 16歳ぐらいか。

 それはゲーム時代の設定でそうだったのだから当たり前だが、確かWSDのメインプロデューサーは、女性で20後半から30代のはずだ。

 頭の上で丸くまとめられた金髪は艶やかで、柔らかな白い肌のうなじが年齢以上に色っぽい。

 凜とした佇まいに、漂う気品。


(この人の転生キャラは、大当たりですよね……)


 前世の名前を「どうでもいい」と言った彼女を見て、フォルチュナはなんとなくそんなことを考える。


「改めて自己紹介すると、私はユニオン【ドミネート】のユニオンマスター兼、【ドミネート国】の国主ってことになりますかね。ロストと言います。こちらは、私の秘書のようなことをしてくれています、フォルチュナです」


 ロストの紹介にあわせて、かるく会釈する。

 すると、シャルロットも微笑しながら会釈を返す。


「まあ、お互いに立場はわかっているのですから、もう少しざっくばらんに話しましょう。人は近づけないようにしていますから」


「ありがとうございます。では、あまり畏まらず、そうさせていただきます」


 ロストが応えると、レイが立ちあがって白いポットからティーカップに琥珀色を流しこむ。

 この世界ではハーブティーの扱いが多い。

 だが、これは高級な紅茶のようだった。

 一口だけ呑んでみると、心落ちつく香りにフォルチュナは少しリラックスする。


「では、さっそく気になっていることから聞いていいですか?」


 シャルロットも紅茶を一口だけ飲むと、そう口火を切った。

 ロストがうなずく。


「どうぞ」


「なぜわたくしが運営の人間だとわかったのです?」


 確かにそれは気になるだろう。

 というか、フォルチュナも理由を聞いてはいないので気になっている。


「クレスト会議の時、あの神様が自分を『創世神』と名のったのを覚えていますか?」


「ええ。覚えているわ」


「あの時、ほとんどの者が嗤っていました。僕も実は鼻で嗤っていました。みんなとは別の意味で。しかし、あの中で嗤わない者が何人かいた。その内の1人があなたでした」


「創造神の存在を疑っていない者……それはつまり転生者。だからと言って……」


「無論、嗤わない者は『創世神がいる』とわかっている者だけではありません。あくまで可能性です。しかしその後、創世神が創世神だとわからせようと、我々の頭に認識というか、記憶を上書きしてきましたよね」


「ええ。確かに」


「あれは我々がこの世界に転生したときに植えられた認識と同じ感じだと思うのですが、シャルロット女王は慌てていたのか、あの時に驚いて声をあげてしまっているのです」


「え? わたくし、なんて言っておりました?」


「『また催眠術、というか洗脳ですか?』と」


 ロストの言葉に、正面のレイが「あちゃぁ~」と声をだしながら片手で額を覆う。


「『また』というのは、以前にやられた記憶があるからです。それは転生者しかありえない。そして、『催眠術』『洗脳』という言葉は、この世界にありません」


「な、なるほど……確かに失言でした」


「あともう1つあります。『バージョンアップと言っているが、それはあなたがやるつもりなのですか?』と神様に聞いていましたけど、この世界の人たちに『バージョンアップ』という言葉は謎のはずです。また万が一、意味がわかったとしても、『あなたがやるつもりなのか?』という質問はでません」


「な、なぜです?」


「その質問は、『神様以外にやる候補がいる』と考えているからこそ、出てくる質問では? 普通、世界の仕組みのバージョンアップをやれるのは神様だけで、質問する余地はないかと」


「スイーティア様がやるとは考えられませんか?」


「スイーティアの神話に一通り目を通しましたが、あの神様に世界を創造する力はないし、そもそも創世神クリアが最上の存在と認識している我々が、スイーティアを思い浮かべるとは思えません」


「……まあ、そうですね」


 シャルロットが大きなため息をつく。


「なるほど。確かにレイの報告通りの方のようですね」


「どんな報告なのか気になります」


「細かいことを気にする人……でした」


「それは、あながちまちがっていないので否定できません……」


「ごめんなさい。冗談です。物事をよく見ている人と聞いています。観察し、見えないものを見ようとし、その意味をよく考える人だと」


「そうしないと、ハズレスキルの活用はできないもので……」


「そうそう。ハズレと言われるスキルを上手く使うのだとか。シャルフの第二形態を倒したのも、ハズレスキルを応用したのですか? それに村人たちを冒険者にしたのも」


 やっと本題に入ったと、フォルチュナは平然を保つようにしながら話を聞く。


「まあ、そのようなものです。ともかく、僕は一般人を冒険者にする能力があります」


「そんなスキルあるはずがないのですが……」


「でも、事実です」


「そのようですね。では、どのように?」


「申し訳ないが、それはまたの機会に。それによりも先に話したいことがあります」


 ロストはシャルロットの質問をはぐらかして、自分の話のペースを掴もうとする。


「同盟の話……ですか?」


「ええ。そうです。お察しいただけると思いますが、この話に猶予はありません」


「サウザリフ自由同盟の報復があるでしょうしね。しかし、その争いにイストリアが巻きこまれるのは困るのです。最初にお断りしておきます。わたくしに、同盟の意志はありません」


 シャルロットは、先手をとるとばかりキッパリと断ってきた。

 その意志は固いとばかり、強い目力をロストに向けた。


「なるほど。女王としては当然かと思います」


 ロストは、その視線を微笑で受けとめる。


「ならば、僕からプレゼンさせてください。影から迫る危険についてを」

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