第47話:同盟計画①
「失礼するっす」
レイは、ロストの執務室を訪れていた。
扉を開ければ、書類の載せられた机の向こうで微笑しながら座っているロストの姿。
平然とした顔でドアを閉めながらも、レイは彼の微笑を見て心がざわめく。
ロストは「ソイソス偵察に行く」と言って出かけていった。
しかし、帰ってきてみれば隣の領土をまるまる手中に収めていたのだ。
もちろん普通の方法で、こんな短期間に領土をすんなりと手にいれられるわけがない。
彼が背負うドミネーター・クレストの力である事はわかっている。
しかし本来、ドミネーター・クレストを使っても、領土戦はこんな単純なルールになる予定ではなかった。
領土戦は、細かい仕様を相談中ではあったが、まず【外交カード】というアイテムを使ってドミネーター同士が簡単なカードゲームを繰りひろげることになる。
たとえば、「同盟違反:領土侵略疑惑」みたいなカードを相手に送る。
すると、相手はそれに対して「無実証明」のカードを切らなければならない。
もしくは、逆告訴のように「同盟違反」のカードで対抗するのだ。
無実を証明できれば、「嫌疑謝罪金」を払わなければならない。
また、「同盟違反」でお互いに責めあえば、話し合いで手打ちとなることもある。
これらの応酬ができなくなった時、どちらかが大義名分を得て、結果としては領土戦が始まる仕組みになるはずだったのだ。
しかし、その仕組みはまだ検討中でシステムにまったく実装されていない。
おかげでクレストを持つドミネーターが、その土地の管理者を倒すことで所有権が移ってしまうという、非常に乱暴な仕組みになっているようだった。
そして目の前にいるロストは、その仕組みをすでに理解してしまっているはずだ。
自分がもってしまった力の強大さもわかっているはずである。
つまり目の前にいるのは、すでにこの世界の支配者たる1人だと自覚した人間なのだ。
「ご無沙汰です、レイさん。この村は楽しんでいただけていましたか?」
「おかげさまで。長く滞在させてもらって本当に嬉しいっすよ」
大きめのテーブルを挟んで、椅子に腰かけるようロストにうながされる。
レイはそれに従って腰かける。
「なんなら、この村の住人になっていただいてもかまいませんよ」
「ありがたい話っす。ぜひ前向きに考えさせて欲しいっす」
愛想笑いをしながら、レイはロストをうかがう。
初めてロストを見た時、メインレイス族の初期デザインキャラクターという、可もなく不可もなしな容姿から威厳など感じられなかった。
バトルが得意で、少し頭がきれる人物。
ハズレスキル好きだけど、他はごく普通のありきたりな人物。
そんな人物なら、いきなり支配者の力を手にいれても手に余るはずだ。
そう思っていたのだ。
ところが今、目の前にいる人物は、もうあの時とは違ってしまっている。
ただ、支配者の力を手にいれただけの男ではない。
器もすでに整い始めている。
そんな男から、わざわざ2人きりで話したいと言われれば不安にもなってしまう。
なにしろ、レイにはやましいところがあるのだから。
「ああ、嬉しいですね。ぜひ前向きに考えてください。できたら、僕のユニオンにもはいっていただきたい。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいですから」
「そりゃあ、買いかぶりすぎっすよ。それにすぐには決められないっすし……」
「ああ、そうですね。シャルロット女王にもお伺いを立てないといけませんしね」
「……シャルロット女王? どうしてっすか?」
レイはまったく動揺を見せずに返せたと、自分では自信があった。
自分とシャルロットにつながりがあるという証拠は欠片もないはずだ。
どうして気がついたのかわからないが、勘などであるならとことん惚けてしまえばいい。
「レイさんは、シャルロット女王とお知り合いでしょ? もしかして、関係的には上司と部下とか?」
「へ? 意味がわからんっす。なんでわいみたいな一般冒険者が女王と知り合いなんっすか?」
「だって、2人とも元運営の人間ですよね? WSDの」
「…………」
さすがのレイも、つい息を呑んでしまった。
百歩譲って、自分がシャルロットにより送られてきたスパイだとばれたとしよう。
しかし、だからと言って前世が元運営スタッフだとわかる由がないのだ。
「ああ……えーっとっすね……」
すでに動揺を見せてしまっている。
今さら目の前の男相手にごまかせるとも思えない。
「ありきたりな台詞ですが、お惚けは時間の無駄だからなしにしましょう? あなたがシャルロット女王の関係者だからと言って、あなたに危害を与えるつもりはありませんから」
ロストはまちがいなく確信している。
たぶん、確信するだけの根拠をもっているのだ。
「……そうっすね」
レイは肩から力を抜く。
「じゃあ、わいもありきたりな台詞でお尋ねするっす。いつからわいのことに気がついていたんっすか?」
「ありきたりな返事になりますが、最初から怪しんでいましたよ」
「……確かによくある台詞っすけど、実際に言われるとわりとショックっすね」
「あははは。でも、仕方ないではないですか。そもそもなんでビスキュイの森のあんな奥まで来ていたのです?」
「そりゃあ、冒険っすよ」
「ビスキュイの森は初めて?」
「そうっす。初めてっす」
「でも、あなたはバイン・ピッグの【猪突猛進】をもろに喰らっていましたよね?」
「初めての場所だからわからなくて、ちょうど地図を見ていたんっす」
「レベルが10以上も上の魔物がいる危険な森の中にて、悠々と道の真ん中で地図を見ていたんですか?」
「ステルス系のスキルを使って安心していたんっすよ」
「では、ずっとステルス系を使ってあそこまで?」
「わいでは勝てそうにないっすからね、レベル10以上も上の魔物に」
「そんなに警戒していたなら、少なくとも道の真ん中で地図を広げたりしないで、たとえば丈夫そうな木を背中にするなり気にすると思うんですが……」
「ああ、そうっすね。そこまで気が回らなかったっす。ステルススキルあるから平気かなって思っていたっすよ」
「僕が知っている限り、ステルス系スキルはすぐに切れます。再使用にも間がある。だから、スキルがきれた時に備えて身を隠さなければならない。それに、あそこまで深く森にはいれるほど、ステルス系スキルをさすがに回せないと思いますけど」
「たまたまっすよ。たまたま見つからずにあそこまで……」
「偶然にずいぶんと命を賭けたものですね。それにそれだとおかしいことが1つあるのですよ。あなたは僕に『レベル60のバイン・ピッグをソロで斃せるなんて、こいつただでさえ強いから、なかなかできることじゃない』と仰った」
「そうっすか?」
「バイン・ピッグは、ビスキュイの森特有の魔物。しかし、あなたはこの森に入ってきてステルスしていたために戦闘はしていない。なのに『こいつただでさえ強い』ってどうして知っていたのですか?」
「……はぁ。言い訳はここまでっすかね。でも、どうして運営の人間だと?」
ちょっと面白いので反論してみたが、もちろんもうバレていることはわかっている。
レイとしては、ロストの考えを聞いてみたかっただけなのだ。
「それほど長いステルス系スキルが使えて、ゲーム時代には未開放だった、ビスキュイの森にいる魔物のことを知っている。そんなのは運営ぐらいしかいないのではないかと」
「なるほどっす。なら、女王との関係は?」
「女王とクレスト会議で話しましてね。クレスト会議については女王からきいているかもしれませんが、そこで彼女が失言をしていまして。おかげで先住人ではないとわかりました。そうなると、ゲーム時代のシャルロット王女にログインしたことになりますが、一般人には無理ですから運営しかいませんよね」
「確かに……」
「そして運営同士ならば、当然ながら連絡を取り合っているはずです。そうすると、あなたがここに来た目的もなんとなくわかります」
レイは微笑を絶やさずにロストの言葉を聞き続ける。
「この世界では危険な力をもつ、作りかけだったドミネーター・クレストが実装されてしまっていた。しかも、それを手にいれた者がいる。そのことをなんらかの理由で知ったあなたたちが、状況を調査したくなるのは当然ですからね」
「……そうっすね。仰るとおり、わいがスパイというわけっすよ」
「そうですか。はるばるお疲れ様です」
「どうもっす。……で、わいはどうなるっすかね? ここの状況はすべてシャルロット王女……じゃなく女王に伝わっているっす。わいを監禁しようが殺そうが、状況は変わらないっすよ」
「まだお惚けですか? あなたは今、逃げようと思えばムーブしてすぐ逃げられる。それを逃げないのは、僕にその気がないことをわかっているからですよね。それにさっきほども危害を加えないと言いましたし」
「まあ、やるなら情報を流す前にやっているっすよね。それなのにわいを泳がせてくれたのは、自分たちに悪意がないことをシャルロット女王に伝えて欲しいからっすよね?」
ロストが、ニコリとしながらうなずく。
「ただ、今回のサウザリフ自由同盟・ノーダン領侵略はそんな簡単な話じゃないっすよ」
「ええ。外交問題ですからね。今はとりあえずフォルチュナさんとレアさんたちに、ノーダン領を見てもらっていますが、サウザリフ自由同盟から接触がそろそろくるでしょう。まず、このままでは次の領土戦が始まります」
「あなたが領土を放棄すればいいんじゃないっすかね」
「理由としては2つ。ひとつは、村の経済的な理由を考えると、あの土地は正直欲しいです。もうひとつは、簡単に土地を放棄するような支配者では威厳が保てません。村人たちの盛り上がりは知っているでしょう?」
ロストがノーダン領を支配したという知らせを受けた時、村人たちの騒ぎようといったらそれはもう大変だった。
ロストを褒め称え、狂喜乱舞の大騒ぎだったのだ。
自分たちの信じた主が、やはりすごい力をもっていた。
その事実は、彼らに大きな希望となったことだろう。
レイはその騒ぎを目の当たりにしているわけで、これで領土を手放すと簡単に言えないことはよくわかっていた。
「なら、どうするっす?」
「まず、僕としては女王とぜひお話がしたい」
「女王と謁見したいと? イストリアの属国になるとかっすか?」
「いえ。同盟を結びたいのです」
「それ、イストリアに利点がないっすよね?」
「でも、女王にはあります。たぶん、あなたにも」
「……どういうことっすか?」
「情報をあげます。それもとびっきりの情報です」
「同盟を組んでもいいと思わせるほどのっすか?」
「ええ。あなたと女王、それ以外に少なくとも1人、運営の人間がいるという情報です」
「――なっ、なんですって!?」
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