第45話:ロスト暗殺計画⑤

 通称【呪紋じゅもん】。

 それは、ある特徴を持ったスキル群を使用したときに現れる魔紋だ。

 転じて、そのスキル群を指す言葉でもある。


 特徴とは、「決まった回数の攻撃を決まった時間内に撃ちこむことで敵を即死させることができる」という「呪い」のような効果である。

 そして撃ちこまれた箇所には、禍々しい魔紋が現れるのも共通していた。

 いによる魔だから【呪紋じゅもん】と呼び、呪紋を使うスキルを【呪紋系スキル】、もしくは頭に「グラッジ」と付くため【グラッジ系スキル】と呼ばれている。


 これだけ聞くと、HPに関係なく相手を即死させるというチート的なスキルであるが、もちろんそこまで単純ではない。

 呪紋系スキルを成功させるにはいくつかの条件をクリアしなくてはならない。

 まず絶対にある条件が、回数と制限時間。


「たとえば、ノーダンが使ったスキルは彼の言うことを信じれば、回数は3回ということになるわけ」


 フォルチュナは、呪紋を知らないジュレとチュイルに説明する。


「ただ、本当かどうかはわからないの。2回目で呪紋が発動したでしょ。呪紋が発生するのは、完遂回数の半分以上。つまり、全部で4回の可能性もあるってこと」


「回数ならスキルデータベースを見れば……あれ? スキルが掲載されていないですニャン」


 チュイルがフローティング・コンソールを操作しながら首を傾げる。


「スキルが完全に実行されるまでは、データベースは更新されないの。つまりラスト1撃がはいらないと出てこないから」


「条件が不明のままロスト様は戦わなければならないニャン? それは不利ニャン」


「相手にばれる前に使用するのが一番効果的なのは、スキル戦全般でそういうものだから」


「でも3発目で勝てるなんて、ずるすぎるでござるミャ!」


 ジュレが横で地団駄を踏む。

 フォルチュナはその子供らしい仕草に微笑しながらもうなずいてみせる。


「そうだね。確かに呪紋系は、魔物には効かない対人専用とはいえ、凶悪なスキルとして有名だけど。ただ呪紋3発で完遂というのは、いくら何でも少なすぎる。普通は9撃ぐらいは必要だから」


「それはつまり、どういうことですかニャン?」


「たぶん、簡単ではない複雑な条件があるんだと思う……」


 そこまでは、フォルチュナにも予想がついた。

 だが、そこから先はわかるわけがない。


 フォルチュナは、物語や世界設定とかは大好きで、WSDの世界観に関してはかなり精通しているつもりだった。

 しかし、数千種類あると言われるスキルで知っているのはほんのわずかである。

 スキルデータベースでスキル掲載コンプリートを目指している人たちもいるが、彼らでも半分もスキルを網羅できていないらしい。


(しかも、珍しい呪紋系。情報が少なすぎて……)


 フォルチュナは、少しだけ下唇を噛む。

 戦闘では、ロストの役に立つことはできそうもない。


 そう口惜しさを感じていると、ロストの声が聞こえてくる。


「2撃のあとに、わざわざお喋りして時間稼ぎですか」


 あと1撃で死ぬという状況ながら、ロストはかるく笑っている。


「最初の2ヒットは短時間で叩きこみ、ラストの1ヒットまで時間を稼ぐ。間を置いて撃ちこまないといけないタイプですかね。呪紋で条件が異なるとすればラスト1ヒットだから、素直に3ヒット判定で考えればいいでしょうか」


 ノーダンの目尻がぴくりと動く。


「まあ、僕なら4撃と嘘をつきますが。どちらにしても予告されれば、こちらも警戒して動きが硬くなったり、逃げ腰になったりしますからね。それが呪紋の怖いところでもありますし。そう言えば、あなたはアマティアス国にも行ったことがあるのでしたね……」


「……何が言いたい?」


「あちらの方で取得できる、条件に当てはまりそうな3撃のグラッジ系スキル。う~ん……この辺りですかね?」


 ロストがフローティング・コンソールをプレゼンテーションモードで大画面にしてノーダンに向かって表示させた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【グラッジ・バックアタック】

 レア度:★4/必要SP:200/発動時間:0/使用間隔:21,600/効果時間:540

 説明:スキル発動後から180秒以内に、武器による攻撃を敵へ2ヒットさせ、360秒から540秒以内に、敵の背後から1ヒットさせることで、敵のHPを0にすることができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――なっ!?」


 目と口をグワッと開き、あからさまな動揺をノーダンが見せた。

 それだけで、図星であるということはフォルチュナでもピンとくる。


 しかし、なんとわかりにくいスキルだろう。

 フォルチュナは、こんなスキルを見たことがなかった。


「き、貴様……まさか、同じスキルをもっているのか!?」


「正確には、このスキルエッグをもっていたことがあるですね。すぐに売ってしまいましたが」


「売った!? これはなかなか手には入らないのだぞ! ……と言うことは貴様、これよりもいいスキルを持っているというのか!?」


「もちろん。僕が覚えたグラッジはこれですね」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【グラッジ・スリーセコンド】

 レア度:★5/必要SP:3/発動時間:0/使用間隔:43,200/効果時間:60

 説明:スキル効果時間内に、武器による攻撃を敵へ30ヒットさせることで、敵のHPを0にすることができる。ただし、その30ヒットは3秒以内にヒットさせなくてはならない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……30撃を3秒以内だと? ふざけているのか、貴様? どこまでクソスキルが好きなんだ?」


「クソスキルは酷いですね。せめてハズレスキルと呼んでください」


「そんなことはどうでもいい! 貴様は【グラッジ・バックアタック】を売って、こんなスキルを代わりに覚えたというのか!?」


「ちなみにグラッジ系でしたら、もっと凄いスキルエッグももっていましたよ。たとえば……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【グラッジ・フォーアタック】

 レア度:★5/必要SP:400/発動時間:0/使用間隔:86,400/効果時間:600

 説明:スキル効果時間内に、敵の頭、胴、右腕、左腕、右脚、左脚のうち4カ所に、攻撃を1ヒットずつさせることで、敵のHPを0にすることができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こっ、このスキルは【グラッジダンジョン】で手に入る最高峰シリーズスキル……しかも4ヒットは、その中でも最高の物だぞ!?」


 あからさまにノーダンの目の色が変わる。

 今まで獲物を狙うようだったオオカミの瞳が、好物の肉を目の前に吊されたかのように輝きだす。


「オレもそれを求めて3度ほどもぐったが、なんとか手にいれられたのは【グラッジ・バックアタック】だけだった。50回以上もぐった冒険者もいたが手には入らなかったという伝説級の……そんなスキルエッグを手にいれたのか!?」


「ええ。グラッジ系が手に入るという呪われた【グラッジダンジョン】とやらに1度、挑戦したことがありまして」


「い、1度……だと?」


「ええ。その時に、【グラッジ・バックアタック】【グラッジ・ファイブアタック】【グラッジ・フォーアタック】の3つを手にいれました」


「うっ、嘘つけ! 確かにチャンスは3回あるが、あの宝箱からグラッジのアタリが出る確率は果てしなく低いのだぞ! それを3回ともアタリが出たとほざくか!?」


「そうなんですよ。いらなかったんですけどね、そんなアタリスキル……」


「いらない……って、そのスキルエッグ、まだもっているのか!? それをよこせば今までの罪もすべて見逃してやるぞ!」


 一時的に、彼は戦闘中であることを忘れているようだった。

 欲しくて命がけのダンジョンに挑んだが手には入らなかった宝物。

 それがいきなり目の前に転がりこんできたように思えていたはずだ。


「すべて、すぐに売りました」


 しかし、ロストの返事は無残だった。

 その衝撃で、ノーダンが目と口をポカーンと開けっぱなしにする。


 フォルチュナにも、その気持ちはわかる。

 今では慣れたが、彼のアタリスキルに関する執着のなさは本当に驚いたものだ。

 目の前でアタリのスキルや武具を手にいれても、すぐに誰かにあげてしまったり売ってしまったりする。

 アタリに対する欲望が0……というより、所持したくもないというマイナス的な思考をしているのだ。


「売った……自分で覚えもせずか? どれだけ稀少で、どれだけ強力なのか理解しているのか!?」


「いらなかったので」


「いらなかった……だと?」


「そんな普通に使えば普通に強そうなスキル、面白くもなんともないと思いませんか?」


「ふ、ふざけるなよ、貴様……」


「ところで、そろそろお時間ではありませんか?」


「まさか、貴様……わざわざ待っていたのか?」


「いえ、そういうわけではないのですけどね。話をしていたら時間が経ってしまっただけです」


「どこまでもバカにしおって。後悔させてやる!」


 ノーダンがロストに向かって走り込みながら斬りかかる。

 しのぎを削る金属音が響く。

 激しい刃の交わりに、強い火花が飛び散った。


「――くっ!」


 ロストがバランスを崩してバックステップする。

 2人の距離が少し離れる。

 その機会を狙っていたらしい、ノーダンの口角がクイッと上がる。


「――【四之型よのかた風雷暴ふうらいぼう】!」


 ×の字を描くようにノーダンの刃が走る。

 その刃で風が起こり、一瞬でロストを竜巻が包む。


四之型よのかたですって!? 三之型みのかたまでだと言っていたのに!)


 フォルチュナが怒りをぶつけるが時すでに遅し。

 ロストは逃げ道を失っている。


「――でりゃあああぁ!」


 ノーダンが縦に一閃。

 同時に竜巻の真ん中に落雷。

 光り輝く爆風が視界を塞ぐ。


「もらった!」


 いつの間にかロストのいた場所の背後に回り込み、ノーダンは爆風ごと中にいるだろうロストを真っ二つにするように剣を横に走らせた。


 爆風が上下真っ二つに分かれる。


 たが、そこにロストの姿はなかった。


「――なっ!? ムーブか!?」


 慌ててノーダンが周囲をキョロキョロと見まわす。

 しかし、開けた視界の中にロストの姿はない。


(このタイミングでロストさんが使うムーブ系スキルと言えば……)


 フォルチュナは天を見上げたいのを我慢した。

 こっそりパーティー会話でも「上を見ちゃダメだよ」とジュレとチュイルに注意する。


「どこに隠れやがった!?」


 ノーダンがそう叫んだときだった。

 パーティー会話でロストの声が届く。



ロスト≫ 【エイム・ウィークポイント Lvレベル1】



 この流れは、いつもどおり【スローイング・アースブレード】につなげるのかとフォルチュナは考えた。

 しかし、しばらくして聞こえたのは別のスキル名だ。



ロスト≫ 【スローイング・サブトルシフト】!



 それはレアがロストのレベル上げ速度を下げさせるためにプレゼントしたハズレスキルだ。

 しかし、逆にロストはそれを活かしてしまい、狩りがよけいにはかどったというオチがつくスキルでもある。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【スローイング・サブトルシフト】

 レア度:★5/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:360/効果時間:60

 説明:敵に向かって投げた武器や、放った矢弾が、少しずつ外れる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これを見た時も、フォルチュナは酷いスキルだと思った。

 簡単な説明の中に、どう考えても救いはないように見えた。

 だがロストはこのスキルを見たとたんに、喜々として見せたのだ。


 ポイントは「少しずつ外れる」という部分。

 彼はここに法則性があるのではないかと感じたのだという。


「――なっ!?」


 キョロキョロと警戒していたノーダンの周りに、頭上から次々とブロードソードが降ってくる。

 ズンズンという激しい音を立てながら、巨大なブロードソードが地面に突き刺さり、気がつけば柵のようにノーダンを取り囲んだ。


 ロストの研究によって判明した【スローイング・サブトルシフト】の特性とは、狙った部分から時計回りにいくスキル。

 つまり連続して投げた武器は、敵を取り囲むように着弾する。


「なんのつ――」


 ノーダンが頭上を見上げた。

 すると、今度は外れそうにないブロードソードがまた1本、ノーダンを目指して降ってくる。


「――【ファイヤー・ボール Lvレベル3】!」


 慌ててノーダンは頭上に向かって手をかざした。

 掌に魔紋が広がり、炎の弾が生まれる。

 それを使って、降ってくる剣を打ち飛ばすつもりだったのだろう。


 だが、炎の弾が四散するように周囲に流れてしまう。


「――!?」


 誰もが瞬時には、何がおきたかわからなかった。

 周囲に突き刺さったブロードソードの刃が、ノーダンの魔術スキルを吸いとっていたとは思いもしなかったのだ。


 その状況を誰もが理解し終わる前に、周囲のブロードソードの柄から火の弾が噴きだして頭上に上がる。

 しかし、天を焦がそうとした火の弾も、ノーダンの頭上に降ってきたブロードソードの刃に吸われていく。


 そして、またそのブロードソードの柄から火の弾が噴きだす。

 結果、見上げるノーダンを狙い落下が加速する。

 このままなら、確実にノーダンを串刺しにする。


 ノーダンは慌てて頭上の剣を打ちはらおうと構える。



ロスト≫ 【スプリット・ハンドレット】



 刹那、降ってきたブロードソードの刃が増殖した。

 幅広な刃が雨のように降りそそいでくる。


「くっ!」


 打ちはらえた刃は半分にも満たなかっただろう。

 100に増えた刃は所狭しと、円柱形にならんでその頂点にいるノーダンに向かって次々と襲いかかったのだ。


 頭に、手先に、首元に、鎧に守られていないところからは、かなり出血していた。

 また勢いが強かったためか、鎧の関節など弱い部分は刃が貫いて、流血しているようだった。


「ヒ……【ヒール・ライフ Lvレベル5】!」


 思わずなのだろう。

 見た目ほどHPは減っていないはずなのに、ノーダンは最大回復の魔術スキルを使用した。

 しかし、それさえも周囲のブロードソードに吸いとられてしまって、効果が上空に飛び散らかされてしまう。


「くそっ!」


彼は囲んでいるブロードソードの1本を蹴り倒して柵から出てくると、ロストを睨む。


「どういうつもりだ?」


 ノーダンの疑問、それはフォルチュナにも理解できた。


「あのままブロードソードを突き刺した方がダメージ的には大きかったはずだ」


「でも、それではすぐに回復されてしまうでしょう?」


「なにを……ぐっ!」


 ノーダンがいきなり両膝をつく。

 HPが見る見るうちに減っていく。

 慌ててヒールをまた唱えるが、HPはまったく回復しない。


「こ、これは……」


「先ほどあなたは、僕の攻撃を、喰らいましたよね?」


「ま……まさ……か……」


「あなたがバカにした【グラッジ・スリーセコンド】を発動しておきました。あなたの負けです」


 ノーダンがその場で四つん這いとなり、そして崩れるように倒れ伏した。

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