第44話:ロスト暗殺計画④

 ノーダンが唐竹を割るように振りおろした刃は、ロストに数歩届かぬくうを斬った。

 しかし直後。

 ロストの頭上、その虚空へ、5つの亀裂が扇状に横並びとなって現れる。

 その亀裂から、光となった刃が降りそそいだのだ。


 神懸かった反応で、ロストは横っ跳びしながら剣で虚空を薙いだ。

 おかげで4振りの光の刃までは防げたが、残りの1振りが脇腹に少し食いこんだ。


 ロストは小さく呻きながらも回復魔術スキルを使用する。

 おかげで傷はすぐに癒えた。


「ほう。すごいものだな。4斬も避けるとは。それとも刀でおこなうべきスキルを両刃剣でおこなったから攻撃が浅かったか?」


 WSDにおいて、スキル名は「造語」という設定になっているが、基本的に英語が元となっている。

 しかし、すべてではなく例外がある。

 そのひとつが、【アマティアス流剣術】系のスキル名であった。


 イストリア王国の北にある【アマティアス国】では、日本刀タイプの【刀】という武器が使われているという設定になっている。

 そして刀で使う剣術スキルは、雰囲気作りのためかすべて日本語で表記されていた。

 だからこそ、フォルチュナは驚いた。


(まさか、ロングソードで刀スキルを使うなんて……)


 日本刀で使う日本語名のスキルという統一した強いイメージ。

 このイメージのため、フォルチュナはロングソードのような両刃剣で、アマティアス流剣術を使うとは欠片も思わなかったのだ。

 そしてたぶん、ロストも同じ事を思っていたのだろう。


「驚いているな」


「ええ。いい戒めになりました。ゲーム時代に使えないから、今も使えない……というのは、『可能性を捨てる思考』という一番、僕が避けていることでしたね」


「ゲーム時代? なんのことか知らんが、冒険者時代にアマティアス流剣術を【かた】まで苦労して身につけた甲斐はあったようだ。10レベル差程度なら、スキルを上手く使えば埋めることができる」


「仰ることに同意します。しかし意表を突かれなければ、すべて避けてみせましたよ」


「オレが覚えた最高のスキルである【かたてんこう】をか? 負け惜しみを。5連撃ものスキルはなかなかない。それにアマティアス流剣術には10連撃も存在するしな」


 アマティアス流剣術は、礎之型いしずえのかたと呼ばれるスキル系統が【一之型ひのかた】から【十之型とうのかた】まであり、SPを使って順番に覚えることになる。

 つまり、少なくともノーダンは他に【一之型ひのかた】と【二之型ふのかた】も使えるということだ。

 しかし強力なスキル故に、連続して使えるわけではない。


「連撃数だけなら別に大したことはないですよ」


「なに?」


「ただ【かた】は、さすがに怖いのは確かです。次に使えるまで約6分でしたか。なるほど。お喋りしての時間稼ぎ。それには、つきあいたくありません!」


 ロストが走りよりながら、ノーダンの顔に向かって炎の弾を放つ。

 ノーダンは、それに対して剣先を向ける。

 炎の弾は、ノーダンの魔紋が現れた彼の剣に吸いこまれていく。

 だが、それはロストの計算どおりなのだろう。

 その隙にロストは疾風のように駆けより、プラチナ・ロングソードでノーダンの胴を薙ごうとする。


「あまい!」


 ノーダンがすばやく剣を縦にして、ロストの薙ぎを受けとめようとした。


「――!?」


 たまゆら、ロストの刃が数多に湧く。

 横薙ぎにされた刃の部分だけが、ノーダンの全身をくまなく襲うほど縦に並んでいた。

 その多くはノーダンの刃に弾かれ、激しく連なる金属音が響く。

 しかし弾かれなかった一部は、ノーダンの体に当たる。


「なっ、なんだ……今のは……」


 ノーダンの腕、頬に赤い筋が滲み出る。

 だが、刃のほとんどは彼が着ていたチェーンメイルに防がれて彼の肉体まで届いていない。

 せいぜい鎧についた飾り布を切り裂いたぐらいだった。

 ほぼダメージとして受けてはいないだろう。


「今のはなんでござるミャ!?」


「初めて見たニャン」


 ジュレとチュイルにフォルチュナはかるく首を横にふる。


「ごめんね。私も知らないの。たぶん、レプリケーション系のスキルだと思うけど……。もうちょっと待って。もう少ししたらデータベースに記録されるから」


 レプリケーション系とは、攻撃を複製して一撃を複数攻撃に変化させるスキルである。

 それは幻覚ではなく、物理的な複製を意味する。

 刃を複製したり、矢や弾、さらに盾などを増やすスキルも存在する。

 先ほどノーダンが使用した【かたてんこう】も、形は違えどレプリケーション系と同じ効果と言えるだろう。


(あっ。だから使った……?)


 ロストの戦闘スタイルは、まず相手を自分のペースに引きこもうとする。

 それは彼と練習をする中でフォルチュナも気がついていた。


(相手が使ったスキルと、似たようなハズレスキルを使って、相手を挑発したり油断させたりするのが、ロストさんの常套手段)


 ならば、あの刃が数多に増えたスキルも、もちろんハズレスキルのはずである。


「今のは、【スプリット・ハンドレット】。攻撃を100等分して撃ちこむスキルです」


「100等分だと?」


「ええ。あなたの5連撃に対抗してみました」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【スプリット・ハンドレット】

 レア度:★5/必要SP:10/発動時間:0/使用間隔:60/効果時間:1

 説明:敵への攻撃時、刃、矢、弾丸をほぼ同時の100連撃に変化させる。ただし、1撃の攻撃力は元の攻撃力の100分の1程度となる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一度見たスキルは、二〇秒後ぐらい経つと自動的にスキルデータベースに記録される。

 だからフォルチュナもノーダンも、その情報は簡単に確認できた。

 はたしてこれもまた、なんとも微妙なスキルである。


「どうです? 5連撃や10連撃どころではなく、100連撃ですよ」


「ふっ、ふざけるな! なんだ、このゴミスキルは? 100等分の威力では直撃しても、薄皮一枚を切る程度。革鎧さえ貫けないぞ。アマティアス流剣術の連撃は、1撃の威力が落ちたりしない!」


 実際、【かた】の1撃は、ロストの革鎧ごと横腹をそれなりに斬り裂いた。

 ところが【スプリット・ハンドレット】の1撃は、ノーダンのチェーンメールに細かい傷を作った程度である。


「HPバーも少し削られた程度……。こんなゴミスキルでオレの【かたてんこう】と対抗するとか、バカにしているのか?」


 そう言いながら、ノーダンは自分の頬の傷をかるく指でなぞる。

 赤い染みがズルッと太い線となって伸びる。

 この程度の傷ならば、冒険者の治癒能力ですぐに塞がってしまうだろう。


「いえいえ。あなたが連撃数を自慢なさっていたので」


「ふざけるな! 【一之型ひのかた武雷貫ぶらいかん】!」


 ノーダンが低く構えた位置から、一気に右足を大きく踏みこんだ。

 その足が地面にかるく沈む。

 同時に、すべてを貫くよう右手に握っていた剣がやや斜め上に向かって突きだされる。


「――ふんっ!」


 剣先からほとばしる迅雷。

 それは天から降るのではなく、天を貫くように斜め上に剣先からジグザクというラインで伸びている。


 ロストは、その迅速の剣先をノーダンの右へ少し距離をとって避けていた。

 彼は、【一之型ひのかた武雷貫ぶらいかん】というスキルを知っていたのだろう。

 ぎりぎりで避けていたら、雷に触れていたかもしれない。


 そのままロストは、がら空きとなったノーダンの背中に踏みこみながら斬りかかる。


 しかし、左前方に回転受け身をとるように転がりながら、後方へ威嚇のため下から刃を振るうノーダン。


 そして剣先がロストに向いた時、先ほど吸収していた火の弾を魔紋とともに放つ。


 今度はぎりぎり上半身を横に反らして避けるロスト。


「【二之型ふのかたしろてっ】!」


 ノーダンの猛攻は続く。

 U字を横にしたような軌道で振り抜かれる剣。

 その刃は、ロストを筒状に包むような白い霧を生む。


「――まずい!」


 霧の壁に触らぬよう、大きく飛び退くロスト。

 しかし、霧の筒からわずかに抜けられない。


「でやっ!」


 ノーダンがその霧を薙ぐように剣を構えて走りこむ。


 刹那、刃が発火。

 直後、霧が引火。

 刃で斬られたところから、霧の壁が炎の壁と化していく。


「――【ウォーター・シュート Lvレベル1】!」


 ロストの掌から水のラインが飛び出る。

 それは正面に広がる猛炎には焼け石に水。

 しかし、ロストの目的は鎮火ではなかった。


 ロストの体が急激に背後にふっとぶ。

 その現象は、まさにノックバック。

 結果としての緊急回避。

 ぎりぎり、ロストの体は炎の壁から脱出する。


 しかし、わずかにロストの胸元をかすめるノーダンの剣先。


 両方に訪れるわずかな膠着。

 解放直後、鍔迫り合いになる2人。

 ただし、そこでSTRの違いがでる。

 ノーダンは両手を使っていたが、ロストは右手のみ。

 左手が空いていた。


「【ウィンド・カッター Lvレベル1】!」


 その左手に魔紋が現れる。

 超接近での魔術スキルの発動。

 ノーダンはどこに撃たれるのかと警戒する。


 ところが、ロストの左掌はロストの背後に向いていた。


 発動する風の魔術。

 しかし、それはロストの背後に向かって飛ぶ。

 そして発生するノックバック。

 否、ノックフロント?


 ノーダンに向かって激しく突き進むロストの体。

 ノーダンは予想外の力に弾き飛ばされる。


「ぐはっ!」


 衝撃を受けながら背後に転がるノーダン。

 しかし、そこに追撃はこない。

 ロストもすぐには動けなかったのだろう。


「はぁはぁ……。き、貴様、何をした? 魔術スキルを撃ったからといって衝撃などないはず……」


「普通はないですね。ただ、わざわざ使を発生させるハズレスキルがあるんですよ」


「なっ……今のはノックバックだと!?」


「ええ。常時発動なので使いにくいのですが、幸い僕には【ディセーブル・スキル】という一時的にスキルを無効化できるスキルがありましてね。普段はそれで発動しないようにしているのです」


「め、面倒なことを……」


「2メートルのノックバック中は行動不可なので使い勝手は難しいのですが、こういうハズレスキルでも緊急回避などには使えるのですよ」


「はぁはぁ……。ふざけたマネを……」


「それよりも息切れしているようですね。普段の運動不足がたたりましたか?」


 いくら強くとも、やはりその力を使わなければ衰える。

 政務に追われていたノーダンのスタミナは、かなり少なくなっていたのであろう。


「ハ、ハラハラしたけど、さすがロスト様でござるミャ!」


「ボクは信じていたからハラハラなんてしてないニャン」


「嘘つけでござるミャ! 無表情にしていても顔がひきつりまくっていたのは知っているのでござるミャ!」


 ジュレとチュイルが言いあいをしているが、フォルチュナも同じような気分だった。

 ロストは強いしレベルも上だ。

 しかし、さっきノーダンも言ったとおり、10レベルぐらいの差ならば技術でカバーできてしまう。

 実際、ロストも技術でカバーして10レベル上の魔物をソロで斃すことができる。

 逆に言えば、ノーダンも立派な実力者であったということだ。


 しかし、ここに来てスタミナ切れが露見した。

 息切れを始めているノーダンに対して、ロストはほとんど息が乱れていないのだ。

 この差はレベル以上に大きいはずだ。


「まあ、確かにオレはそろそろスタミナ切れだな。だが、それをオレが計算しないとでも?」


 そう言うと、ノーダンがロストの胸元を指さした。

 さっきわずかに斬りつけた部分だ。


「これは……呪紋じゅもん……」


 そこには、禍々しい紫と赤の入り交じった魔紋に似た紋様が浮かんでいた。

 そして胸元だけではなく、最初に斬られた脇腹にも同じ物が浮かんでいる。


「知っているなら話は早い。そう、呪紋じゅもんだ。2撃で条件発動し、3撃目で完遂。つまり、オレは貴様にあと1撃いれればいい。それだけで貴様は即死するのだからな!」

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