第43話:ロスト暗殺計画③

(どうしてデュエルなんて……)


 ロストに呼ばれてノーダンの部下たちを取り囲む輪にいたフォルチュナは、怪訝な表情を見せていた。

 なにもノーダンの要望を受ける必要はなかったのだ。

 ロストはを押し通してしまえば良かったはずなのである。

 しかし、彼はあえてデュエルを受けた。


(なにか考えがあるんだろうけど……)


 ここしばらくロストという男の側にいて、フォルチュナにもいくつかわかったことがあった。


 彼は、いろいろなことをよく見ている。

 性格的に細かいことを気にする……というわけではなく、とにかく観察が細かいのだ。

 小さいこと、それどころか見えない行間を読むようなところがある。

 それはもしかしたら、物事の本質を見ようとする姿勢なのかもしれない。


 見た事象は、見たままなのか。

 なにかまちがっていないのか。

 ハズレは本当にハズレなのか。


 いつも疑問をもって物事を見ている。

 だからと言って、彼から疑心暗鬼さは感じられない。

 どちらかと言えば、慎重さと言えるだろう。


(でも慎重に見えて、わりと大胆な人だからなぁ。相手の口車に乗ってデュエルを受けて大丈夫なのかしら……)


 デュエルとは、1対1で戦うPvP(プレイヤー対プレイヤー)バトルのことである。

 お互いに相談してルール設定し、バトル技術を競ったり、何かを賭けて戦ったりすることができるサポートシステムだ。

 しかし、さすがに先住人がデュエルを申し込むとは、フォルチュナも思わなかった。


(やっぱり、ゲームのシステムもこの世界の一部に溶けこんでいるんだ……)


 自分の知っているこの世界はまったく知らない世界ではない。

 自分がよく知っている世界なのだ。

 そう考えると、つらいことも多いこの世界を好きになれる気がした。

 しかし、今回は素直に喜べない。


「ルールは基本的に規制なしのデスマッチルール。武器は所有できるだけ、スキル制限もなし。デュエルフィールドは使用する」


 デュエルフィールドは、デュエルプレイヤー以外の侵入を許さないエリアのことだ。

 直径100メートルの円筒形をした、見えない壁のようなものが展開される。

 天と地には無限にフィールドが広がっているが、四方の壁からは出入りが一切できなくなる。

 無論、ムーブ系スキルで円筒形の壁の外にでることもできない。

 デュエルが終わるまで、邪魔者を排除してプレイヤーを逃がさない檻となるのだ。


 ちなみにその壁は破壊不能オブジェクトとなっており、どんな攻撃を加えても外に被害が広がることはない。

 周囲にいる者も、安心して中の様子を見学することができる仕組みとなっていた。


「賭けるのは互いの命。すなわち、デュエル終了後に【リバイブ・ライフ】をおこなってはならない。また、どちらが勝っても遺恨なし。どちらの陣営も互いに手をださず、この場の争いは終了とする!」


 ノーダンがルールのキモを宣言する。

 つまり自分が勝利しても、必ず見逃せと言っているのだろう。

 ロストと戦ったあとに生き残っていても、周囲にいる冒険者から襲われればひとたまりもないはずだ。


「創世神クリアの御名に誓い、ロストはデュエル条件を承諾する」


 ロストが不思議な宣誓をする。

 フォルチュナもゲーム時代に、デュエルを何度か見学したことがある。

 が、神に誓うところなど見たことがない。

 そもそもWSD時代に、クリアという存在はいなかったのだから当たり前だろう。

 フォルチュナは、その宣誓に悪い予感を抱く。



フォルチュナ≫ ロストさん、その承諾の台詞は……。


ロスト≫ どうやらデュエルの部分は、あの神様が直接、噛んでいるようです。

ロスト≫ ノーダンが話したルールがフローティング・コンソールに自動記載されました。そして、先ほどのように宣言することでデュエルのルールが設定されると説明されていたのです。


フォルチュナ≫ それはつまり……。


ロスト≫ ええ。この約束には神の強制力が働くということでしょう。



 たぶん、ノーダンはそのことを知っていたのだろう。

 というより、この世界の先住人たちにとっては常識として植えつけられていたのかもしれない。


 ゲーム時代と同じこともあるが、異なることもある世界。

 この異世界には、まだ知らないことがたくさんある。


「デュエルフィールド展開!」


 ノーダンの宣言で、見えない壁がフォルチュナの前に展開される。

 心配しながら見ていると、そばにジュレとチュイルが歩みよってくる。

 彼女たちも、包囲網に参加していたのだ。


「ロスト様……デュエルなんて大丈夫なのでござるかミャ、フォルチュナ様」


 ジュレが不安そうに下から見上げてくる。

 その横で、チュイルがいつもの通り無表情で口を開く。


「当たり前ニャン、ジュレ。勇者たるロスト様が負けるはずがないニャン」


 チュイルが信じていると言わんばかりに言いきった。


 フォルチュナは、そんな彼女に感心してしまう。

 いくら大丈夫と信じていても、不安にはどうしてもなってしまうのだ。


「そうだね……」


 2人の肩に、フォルチュナはかるく手をのせた。

 それでやっと気がつく。

 手の下で肩が震えていた。

 ジュレだけではない。

 感情をあまり見せない、平然としていたチュイルの肩も震えていたのだ。

 だからフォルチュナは、今度こそ不安の欠片も見せずに2人にほほえむ。


「大丈夫。ロストさんのことだから、勝算と考えがあってのことに決まっているもの!」


(たぶん……)


 不安は見せない。

 しかし、ないわけではない。


 ロストのハズレスキルの活かし方はすごいと思うが、その方法はわりと捨て身だと感じていた。

 武器たる剣を投げたり、素手で刃に向かっていったり、はるか上空から落下してみたり。

 やはり慎重に見えてもやることは、かなり大胆な男なのだ。


(これも一か八かとか……ではないですよね。万が一、ロストさんが負けたら、ここにいる人たちだけではなく村の人たちだって……私だって……)


 フォルチュナは横を見る。

 すると照らされたカンテラのもと、ノーダンの部下はひとまとめにされていた。

 周囲をロストが雇った冒険者10人ぐらいで囲んでいるのだ。


 先ほどまでは数人が抵抗の意志を見せていたが、今は誰もが大人しくしている。

 自分たちの主である領主ノーダンに命運を任せたのだろう。

 確かに無駄に冒険者に逆らって脱出を図るより、このデュエルに賭けた方が勝率が高いはずだ。


(もちろん、私たちの命運もロストさんにかかっているのですけど……)


 勝利を祈りながら、フォルチュナは視線を戻す。

 その時、デュエルフィールドの中の2人が、すらりと剣を抜き放った。


(あ。そうだ。あれ、使えるかな……)


 フォルチュナはあることを思いだし、手を正面にかざした。

 それはゲーム時代に、みんな使っていた標準スキルだ。


「【ビュー・アクティブスクリーン3】」


 するとそのかざした手の先に、横並びの画面が3つ、空中に現れる。

 フローティング・コンソールと似ているが、半透明にならずくっきりとした映像が映しだされていた。

 その画面の中にいるのは、ロストとノーダン。

 2人の様子が、3つの画面にそれぞれのアングルで表示されている。


「フォルチュナ様、これはなんでござるミャ?」


「デュエルの様子をA.I.が……じゃなくて、ともかく自動的にいろいろな方向から見せてくれるスキルだよ。声も聞こえてくるから便利なの。……ほら」


 ちょうどノーダンの声が画面から聞こえてきた。


「貴様、頭はなかなか切れるようだが、冒険者としては大したことがなさそうだな」


 画面が近づいているおかげで、ノーダンの皮肉で歪んだ口元までよくわかる。

 ワルフ族の男はオオカミの頭をもつが、歯は人間と同じくほとんどが臼型をしていた。

 ただ牙がないわけではなく、前歯の一部にオオカミらしさが残っていた。

 ノーダンはその牙と歯茎を見せながら、鼻で嗤っていた。


「貴様の武器も防具もずいぶんと陳腐なものではないか。その様子では、冒険に行ってアイテムを手にいれたことがないのだろうな。普通はそのような貧相な武具ばかり持たぬ。私のように冒険で手にいれた武具を持つものだ」


「……たとえば、その剣。【魔紋剣クレスティア・ゲート】のような、ですか?」


「ほほう。知っているとはな」


 自慢げにノーダンが自分の剣先をロストへ向けた。

 形は片手剣で、青銅色をした刃が特徴的だ。

 闘牛の角を思わす鍔の中央には、ダイヤモンドのような魔石が埋めこまれている。


「知っていますよ。放たれた精霊魔術を刃に当てると吸収し、それを刃から自由に打ち返せる剣ですよね」


「その通りだ。つまり貴様の精霊魔術スキルはこれで潰されたことになる!」


「別に敵にぶつけるだけが精霊魔術スキルではないのですが……」


「なに?」


「それに僕も似たような物をもっていますよ。【魔紋剣クレスティア・ゲート】と言います」


「リングゲート?」


 ロストはプラチナ・ロングソードを片手に構えながら、もうひとつの手に両手用のブロードソードをとりだした。

 同じように青銅色の刃だが、幅が広く分厚い。

 斬るというより、叩き斬るというイメージの剣だ。

 鍔の部分も大きめで、円形をしておりそこに魔紋らしき模様が描かれていた。


「……見たことのない剣だな」


「これは刃の半径1メートル以内で発生している魔術スキルを1つだけ問答無用で吸いとります」


「いっ、1メートルだと!?」


 ノーダンも驚くが、フォルチュナもびっくりしていた。

 魔術スキルを吸収する盾というのも存在するが、それでもやはり当たらなければ発動しない。

 それに比べても、非常に高性能な武器だとわかる。


 だが、ロストがそんな高性能な武器を持っているとは思えない。


「つまり、刃に当てないでも吸いこむのか!?」


「ええ。そして吸いこみ終わって1秒後、鍔のつか側から自動的に同じ魔術が出力されます」


「……は?」


「握っている柄の周りに魔術効果が現れるんですよ。しかも、圧縮されたように勢いよく」


「…………」


「知らないで使ったときは、腕が半分ふっとんでビックリしましたよ」


「……【ファイヤー・ボール Lvレベル3】」


 おもむろに、ノーダンが掌を向けて火の弾を3つ発射する。


「おっと……」


 ロストはすぐさま、目の前の地面へブロードソードを突き刺して手を離す。

 3方向から攻めてきた火の弾は、轟々という音を立てながらロストに迫った。

 しかしロストの説明通り、火の弾は青銅色の刃に吸いこまれていった。


 そして瞬き1つの間を置き、鍔から上に向かって扇状に火の弾が3つ飛びだしていく。

 しかも、勢いが凄まじい。

 ノーダンから放たれた速度の2倍以上の速度で、圧縮された様に吹きだした。

 その勢いは、手から放ったときと違って衝撃があるらしい。

 刃が地面へ、より深く突き刺さる。


「このように魔術を吸収して吹きだすので、剣を手にしていると大変なことになります。もちろん自分の放った魔術も吸いこむので、この剣を持っているときは魔術スキルは一切、使えないわけです」


「……はは……あはははははっ!」


 ノーダンが片手を腹に当て、目を見開くようにして嗤いだす。


「なんだ、その酷い剣は! そんな剣を持つなら、魔術を吸いこむ盾や跳ね返す盾の方がましではないか!」


「まあ、そうでしょうね。だから叩き売られていましたので、10本ほど買い占めてしまいました」


「じゅっ……10本だと? 貴様、頭がおかしいのか?」


「よく言われますが、僕はこういうハズレた物が好きでしてね。ちなみにスキルもハズレスキルばかりですよ」


「……嘘つけ。私を油断させようとしているのか?」


「あなたこそ、デュエルの開始と同時に長々とお喋りしての武器自慢は、私を怖れさせるためですよね」


 そう言いながら、ロストは地面に突き刺さったハズレ武器である【魔紋剣クレスティア・リングゲート】をアイテムボックスに格納する。


「だから僕もあなたに見せたのです。あなたを斃すハズレた存在というものを」


「ふふふ……なにがハズレた存在だ。そんな無駄な存在に私が負けるはずがないだろうが!」


 ノーダンがロストに斬りかかっていった。

 激しい剣戟の響きが、高い音色を奏でだす。


 最初こそ、同等に見えた。

 しかし、すぐにその差が出てくる。

 力も、速度も、打ちこみの技もロストの方が上だった。

 しかも、ロストは蹴りや突きまで使った変則的な戦い方をしている。

 その動きに、すぐにノーダンがついていけなくなる。

 ノーダンの腕や脚に、滲む血のラインがいくつも現れる。

 息を乱していないロストに対して、ノーダンの呼吸はかなり激しくなっていた。


「――ちっ!」


 ノーダンが堪らず距離をとって、回復魔術スキルを使用した。

 滲んでいた血の跡が消えて、傷口も塞がる。


「さすがでござるミャ!」


「ロスト様、かっこいい」


 ジュレとチュイルが惚れ直したとばかりに、画面に見入っている。

 だが、フォルチュナはそこまで楽観していなかった。

 ロストが負けるわけがないとは思いながらも、まだノーダンはスキルをあまり使っていない。

 どんなスキルを持っているのかわからない以上、油断はできないはずだ。


「や、やるじゃないか、ハズレ男」


 ノーダンが余裕なのか虚勢なのか、ニヤリと笑って見せた。


「私にブランクがあるとはいえ、ここまで力の差があるとは」


「ああ、言っていませんでしたね。僕のレベルは60ですよ」


「……嘘……とは、一概に言いきれんな。貴様、何者だ?」


「何者というほどの存在ではないですよ。ただ少しハズレ好きな、ただの冒険者です」


「ふんっ。ハズレ好きか。……ならば私が、『ハズレはアタリの前では無意味』だと教えてやろう!」


 おもむろにノーダンが、右手に持っていた剣を左腰に構えた。

 それは、まるで居合いの構え。


「まさか、【アマティアス流剣術】スキル!?」


 フォルチュナが驚愕している隙に、ノーダンの刃はくうを走る。


「――【かたてんこう】!」


 次の瞬間、刃が届かないはずの位置にいたロストの脇腹から血が滲んだ。

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