第42話:ロスト暗殺計画②
ノーダンがラーフから聞いた話は簡単だった。
ソイソスの街の外れにある廃れた神聖教会で、ラーフとロストが密会する約束をしているというものだった。
もちろん、それはラーフがロストに張った罠である。
話を詳しく聞いた限りでは当初、ラーフにとってロストはおいしい取引相手だったようだ。
しかし、途中で状況が変わった。
ロストとかいう
それはラーフにとって生命線を断たれるのと同じ事である。
だからもともと、この罠はラーフ自身がロストを始末するために用意したものなのだろう。
(それを私に押しつけるとは……。やはり、ラーフの奴にもあとで仕置きが必要だな)
しかし、ノーダンとしてもロストという男の始末は自分でつけたかった。
だから、ラーフの口車に乗ってやったのだ。
「ノーダン様。第1から第5小隊まで配置につきました」
林の樹木に身を潜めていたノーダンは、小隊長の報告にコクリと頷く。
兵士は30人。
教会の周りの林の中に身を潜ませ、逃げる隙間もなく囲んでいる。
「中にいるのは我が国に密輸をおこなっていた凶悪な冒険者だ。全員に油断せぬように伝えよ」
「はっ!」
相手は1人のはずだが、冒険者だ。
レベル50の冒険者は、一般兵士30人でも斃すことは難しいかもしれない。
冒険者とは、それほど超人的な存在なのだ。
しかし、ノーダンには勝算があった。
(これでも昔は、いくつものダンジョンにもぐった経験があるんだ……)
貴族の生まれながら、ノーダンも冒険者の資質をもって生まれていた。
ちなみに冒険者の子供は冒険者の資質をもって生まれるとは限らず、また一般人から冒険者が生まれることもある。
ノーダンは、後者のパターンだ。
両親とも一般人であったが、彼自身は冒険者としての資質に恵まれ、レベルキャップの50まで経験を積んでいた。
それに彼は冒険の中で、STRを10パーセントもアップする指輪や、【★4】の大剣である【魔紋剣クレスティア・ゲート】、鎧も【★3】ながらDEFが10パーセントも上がる装備を手にいれていた。
むろん、最近は冒険などまったくしていない。
ブランクは否めないだろう。
しかし、それを差し引いてもこちらが有利であることはまちがいないはずだ。
ノーダンは、小さな教会を睨んだ。
×に縦棒を引いた形の紋(*)を建物の上に掲げる、かつて純白だった建物だ。
今では汚れて灰色となり、亀裂と欠損でかなり痛んでしまっている。
周囲の土地も雑草に包まれて、不気味な雰囲気になっていた。
神聖教会は、スイーティア神を崇める神聖教の礼拝所である。
特にスイーティア神の使徒である天使の血を引くと言われているアンジェン族や、スイーティア神の創りだした自然を愛するエレファ族に信者が多い。
昔、この辺りにもアンジェン族やエレファ族が住んでいたので、教会はその名残である。
今では2種族とも、この辺りではまったく見かけなくなっていた。
そのためにこの教会も廃れてしまったのだろう。
(スイーティア様の教会で血なまぐさいことはなるべくしたくないな……)
敬虔な信者ではないにしろ、ノーダンもそして兵士たちもスイーティア神への信心は少なからずある。
「おい! ロストとかいう小悪党! 教会から出てこい!」
周辺を取り囲んでいる兵士たちは、魔法の光が灯るランタンを一定間隔で灯していた。
魔法のランタンには反射板がつけられていて、教会に向けられている。
ここまで
「我はノーダン。この地の領主であり、ソイソスの町長でもある。貴様のしてきたことはわかっている。大人しく投降せよ!」
少しの間をおいて、教会の2枚ある扉のうち1枚がゆっくりと外に向かって開いた。
兵士たちに緊張が感じられるが、ノーダンはどっしりと構える。
所詮、ワルフ族の冒険者が1人だ。
恐るるに足らず。
「……ん?」
だが、扉から姿を見せたのは、メインレイス族の男性だった。
しかも、まだかなり若い。
安そうな革鎧と剣を腰に下げた、なんの変哲もない冒険者姿をしている。
おかしい。
ここに来るのは、ロストというワルフ族の男1人だけではなかったのか。
それともこいつはロストの連れなのか。
「貴様、何者だ? ロストという男はどうした!?」
「僕はクエストで『ここに来て金を受けとれ』と言われただけの冒険者です」
「なにぃっ!?」
もしかしたら、ロストという男にラーフは警戒されていたのかもしれない。
ならば、こんな所での密会など怪しいに決まっている。
だから、代理を立てた。
十分、考えられる話だ。
(くそっ! ラーフめ、使えぬ!)
兵士たちにも動揺が走る。
おかげで緊張感が解けてしまう。
「おい、貴様! 貴様に依頼したというのは、ロストというワルフ族か?」
「えーっと、名前は存じ上げません。念のためにコッソリとスクショを撮ってありますが、こちらの方でしょうか?」
「ほう?」
冒険者は視界に映った風景を画像としてスクショという記録に残すスキルをもっている。
教会から出てきた冒険者もそれを使ったらしく、フローティング・コンソールを操作し始めた。
「ええっと……。ああ、こちらの方なのですが」
ノーダンは男のスクショを見るために早足で教会の方に近づいていく。
「ん? どれ、見せてみろ……」
ノーダンが男に近づいた、その刹那だった。
何がどうなったのか、ノーダンには理解できなかった。
体をグルッと回されたかと思うと、背後から腕を締めつけられていた。
そして、喉元に短刀の刃が突きつけられている。
「き、貴様……」
「初めまして、ノーダン殿。僕がロストです」
「――なっ!? ワルフ族なのでは……」
「ああ。彼には幻術を使っていたのでそう思っていたでしょうね」
「では、ラーフが裏切ることも……」
「途中で裏切るように仕向けさせていただいたので」
「きっ、貴様……き・さ・まあぁぁぁ!」
「全員、動かないでください!」
ノーダンを助けようと一歩踏み出した兵士たちに向かい、ロストと名のったメインレイス族の男が叫んだ。
そして短刀の刃先をノーダンの喉元に少しめりこませる。
「かまわん!」
だが、ノーダンはその痛みに耐えながら叫ぶ。
「私は冒険者だ。誰かリバイブできる者を呼べば良い! それよりもこいつを――」
「――違いますよ」
ロストが言葉を遮る。
「命の危険があるのは兵士の皆さんです」
その言葉が合図だったのだろう。
周りの兵士たちが、悲鳴とともに、ある者は風で、ある者は爆風で、ある者は水圧で、外周からノーダンの方向に吹き飛ばされてしまう。
「なっ、なんだ!?」
兵士たちのさらに外周に何者かがいた。
暗い中のためによく見えないが、周りをとり囲むように立っている。
「魔術スキル……貴様、冒険者を雇ったのか!?」
「はい。僕の仲間も混ざっていますけど」
「きっ、貴様ら、わかっているのか!? 私はこの土地の領主だぞ! 私に攻撃を加えるということは、ノーダン領だけではなく、サウザリフ自由同盟に喧嘩を売っていることになるのだぞ!」
ノーダンは、殺意をこめた怒声を周囲に放った。
それは決して脅しなどではない。
場合によっては、本当に国家反逆罪となる行為だ。
「…………」
しかし周囲に立つ冒険者たちは、まったく動揺した様子がうかがえない。
それどころか、兵士たちと同じように魔法のカンテラを灯しながら、先ほどよりも強い殺意をまっすぐにノーダンへ向けていた。
「僕の仲間を除き、彼らは僕が解放した元奴隷たちです」
「……な、なんだと?」
行方が知れなくなっていた奴隷は20人。
そのうち幼い子供もいたが、15人ぐらいは青年以上だ。
「奴隷は過酷ですからね。丈夫な冒険者は適していると言われているそうではないですか。確かに解放した多くの元奴隷の方々は冒険者でした。そこでお願いしたのです。解放する代わりに、冒険者として少し手伝って欲しいと」
「……ほ、本当に奴隷を解放できるのか?」
「ええ、このとおり。みんなあなたを恨んでいますからね。喜んで協力してくれましたよ」
「う、恨むだと!? なぜだ!? 私が奴らを奴隷にしたわけでは――」
「――したのと同じではないですか。あなたがソイソスで裏取引を黙認するどころかコントロールしていたから、彼らは奴隷として売られてしまったようなものです」
「くっ……。そ、そんなことは知らん!」
「今さら惚けてもとおりませんよ。みんなご存じですし、あなたはさっき、自分から『ラーフ』という奴隷商人の名前をだしたではないですか。関わりがあると認めているようなものですよ」
「ち、違う! あれは……」
「条件は2つです」
ロストという若い男は、年齢不相応に悠然と語る。
「領主の座をラハルト様に譲っていただきます。そして二度とこの領地に戻ってこないでください」
「……ふんっ。そういうことか。ラハルトと手を組んだのだな」
ラハルトは、この領地にいる貴族の1人だ。
そして唯一、奴隷制度に異を唱えた男である。
「どうりでここのところ、威勢が良くなったと思っていたら。……ふざけるなよ。そんな条件をのめると思っているのか! 領主交代には、サウザリフ自由同盟代表の承認も必要なのだぞ!」
「お聞きしています。そこは後ほどいくらでもやりようはあります。ラハルト様に奴隷売買とイストリア・ピッグ密輸に関与したことがバレて、あなたが失踪したことにすればね」
「ふざけたことを!」
「ふざけていませんよ。実際、あなたは犯罪を犯して、これだけの者たちを不幸にしました。そういう道の
思わずノーダンは身震いする。
表情は見えないが背後から聞こえた声は、冷酷さを醸している。
背筋が凍るとはこのことだろう。
(なんだ、こいつ……)
この若さで、この迫力。
そして落ちつきと隙のなさ。
信じたくはないが、確かにたまにいるのだ。
経験とか教育とかに関係なく、こういう命の駆け引きの中で、強く光る才能を持つ者が。
しかも、精神面だけではない。
レベル50のノーダンが先ほどから抑えつけられて、ピクリとも身動きがとれないでいる。
(STR10パーセントの指輪をつけているのに……。STRに極振りか? なら、戦って勝てないとは限らない)
兵士たちも死んではいないが、ダメージを受けている。
それは肉体的なものだけではなく、精神的にもである。
人数が少ないとはいえ、自分たちの数十倍の戦闘能力がある冒険者たちが周りを取り囲んでいるのだ。
しかも、殺意を向けてである。
すでに抵抗の意思さえ失っている者までいる。
こんなことならば、ケチらずに冒険者を雇っておけばよかったと後悔する。
(後悔……などはあとだ。方法はただひとつしかない)
ノーダンは心を決めてロストに挑戦状を叩きつける。
「私と勝負しろ、ロスト!」
「勝負?」
「そうだ。デュエルマッチで負けた方が勝った方の指示に従うのだ!」
「決闘しろと? それ、今の僕が受ける理由も利点もない気がしますが?」
「貴様も男だろう! 正々堂々と勝負しろ!」
「……闇討ちしようとしたあなたが言いますか?」
「罠を張った貴様も同じではないか!」
「まあ、それもそうですね。……よし、いいでしょう。デュエルを受けて立ちましょう」
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