Quest-006:蠢く陰謀

第41話:ロスト暗殺計画①

「どういうことだ!?」


 ノーダンは怒りに任せて机を激しく叩いた。

 拳の側面にジンジンとした痛みが広がるが、それさえも怒りが抑えつける。


「なぜ、こんなことに……」


 ここ1ヶ月の間に起こったことは、ノーダンの予想をすべて裏切ることばかりだった。

 なにひとつ思った通りにいかないどころか、状況は悪化の一途をたどっているのだ。


 最初のトラブルは、やはりシャルフが殺されたことだった。

 そのために、プニャイド村へ4人の部下を送ったのだが、そこからケチがついた。


 もちろん、プニャイド村にシャルフを殺した冒険者がいることは予想していた。

 しかしいたとしても、1パーティーぐらいの人数だろう。

 それならば、奇襲して1人ずつ始末すれば問題ないと考えていたのだ。

 送りこんだ4人は、には慣れている。

 ノーダンの読みでは、その日のうちに片がつくはずだった。


 しかし、その日の夜の報告どころか、1日経っても連絡がなかった。

 訝しんで4人の主従契約書を確認したところ、「対象者が見つからない」という表示が出ていたのだ。

 この表示が出るパターンでノーダンが知っているのは、奴隷が殺された場合だけである。

 つまり、彼らは失敗して殺されたのだろう。


 ただ、そこまでは予想の範囲内でもあった。

 あの見捨てられた村に対して、イストリア王国が今さら手を伸ばすとは考えにくい。

 ならばゆるりと、もう少し人員を整えて力押ししてしまえばいいだけのことだ。


 ところが、ソイソス内の情勢がそれを許さなかった。


 まず起きたことは、ノーダンの知らないイストリア・ピッグの裏流通が始まっていたことだった。

 しかもそれが、彼と不仲な商人たちの手によって、彼が仕切ったときよりも安い価格で出回っていたのである。


 取り締まろうにも、商人たちは非協力的で確かな証拠もでない。

 強引におこなえば、今までの自分の所業も明るみにでかねない。


 もちろん、これには黒幕がいるはずだとノーダンは確信した。

 その黒幕は、シャルフを殺した冒険者たちの可能性が高く、すでにこの街に入りこんでいることはまちがいないだろう。

 だから別の仕事から戻ってきた奴隷の部下2名を使って、その黒幕を調べさせたのだ。


 しかし、結果としてその2名からの連絡も途中で途絶えてしまう。

 そして先の4人と同じように、主従契約書から死亡したであろうと推測できた。


 ところがだ。

 死亡したと思われる奴隷は、ノーダンの奴隷だけではなかった。

 この領土には3家系の貴族が住んでいるのだが、その貴族の2家系が所有している奴隷が次々と姿を消したのだ。


 そう。それは死亡というより、まさに失踪だった。

 主従契約書を見る限り、契約書にある名前の奴隷はこの世に存在しないと死亡を告げている。

 しかし、どこにも事件が起きた形跡もなければ、死体も見つからない。

 すでにここ1ヶ月で、ノーダンの部下も含めると20人近い奴隷が消えていることになる。

 どう考えても異常だった。


 さらに奴隷取引の管理もノーダンの手を離れていった。

 何人かいた奴隷商人との連絡も取れなくなっていたのだ。


 それなのに奴隷を失った貴族たちからは、多くのクレームが寄せられてくる。

 自分の奴隷を殺したのは誰なのか、犯人捜しはどうなっているのか、新しい奴隷は手には入らないのかと責めたててくる。


 さらに奴隷制度自体に反対していた、ある貴族がこれ見よがしに奴隷所有の反対を訴え始めたのだ。

 おかげで、ノーダンに対する風当たりがさらに強くなる。

 そしてこのままでは、自分の権力と利益が減っていき、敵対する商人が力をつけていくだろう。


 むろん、表の仕事しかやらせていなかった兵士たちなど使えるわけがない。

 ノーダンは、じわじわと真綿で首を絞められるように手段を失っていった。


「くそっ……。いったいどうやって……」


 執務室で1人苦悩していると、そこにノック音が響く。


「ノーダン様、ランドルでございます」


 執事の声に、ノーダンは入室を許可する。

 するとドアを開けたランドルが頭をさげながら、客の来訪を知らせてきた。


「客とは?」


「それが、ラーフ殿が……」


「なに? ラーフが今さら……」


「はい。他の者に見つからないよう、待たせてございます。いかがなされますか?」


 執事のランドルは、ノーダンの裏家業も承知している同じワルフ族の者だった。

 だから、ラーフのことも承知していた。


 ラーフは、ノーダンがつながりをもつ裏商人のうちの1人だ。

 そして一番最初に連絡をよこさなくなった裏商人でもある。


 逆に言えば、彼ならこの状況の鍵を何か握っているのかもしれない。

 そう考えたノーダンは、ランドルにラーフを部屋へ連れてくるように命じた。


「ご無沙汰です、ノーダン様」


 しばらくして現れたラーフの顔は、相変わらずヘラヘラとしていた。


「なぜ連絡をよこさなかった、貴様!」


 そんなラーフに対して、ノーダンは挨拶もせずに怒鳴りつける。


「すいやせん、ノーダン様。実は動くに動けない事情がありやして」


「……どういうことだ?」


 やはり、この男はなにか知っている。

 そう感じたノーダンは、少し怒りを静めて質問した。

 下手に詰問して臍を曲げられても困る。


「へぇい。実はもうお気づきでしょうが、裏でいろいろとソイソスにちょっかいだしている輩がおりやして」


「そのクズをおまえは知っているのか?」


「というか、そいつについてバレないように、いろいろと今まで調べていたんっすよ、ノーダン様の為に」


「……貴様が手引きして商売させていたのではないのか? 貴様のルートが使われていた形跡があるぞ」


「まさか! 確かに情報を得るために少しだけ肉を流通させましたがね。オレがアイツに手を貸すなんてありえやせん! なにしろアイツ、奴隷の裏取引を潰そうとしてやがるんですから」


「なんだと? 奪うではなく潰すだと?」


「へぇい。だから、協力するなんてありえやせん」


 確かにそうだろう。

 この目の前にいる調子の良いラーフという男は、裏流通で食っているグループのリーダーだ。

 そしてその売上の半分は、奴隷売買で成り立っている。

 もし裏での奴隷売買がなくなれば、この男は食っていけなくなるだろう。


「まさか最近の奴隷失踪事件は、そいつの仕業か?」


 ノーダンの質問に、ラーフはコクリと首肯する。


「死体はどうしているんだ? あれだけの死体を処理しているのか?」


「違うんですよ、ノーダン様。アイツは奴隷を誰1人殺しちゃいません」


「なに?」


「方法はわかりやせんが、アイツは主従契約書を無効化できるんでさ」


「そ、そんなばかなことが……」


「オレは目の前でバッチリ見ましたからね、本当にアイツがやっているところを。そして奴隷を勝手に解放してやがるんですよ」


「……誰なんだ?」


「もちろん、お教えしやすが、情報はただではないことはご存じの通りで」


「いくらだ?」


 そのノーダンの問いに、ラーフは5本の指を立てた。

 思わずノーダンは、鼻で嗤う。


「ふん。50万とはふっかけてきたな」


「いえいえ。違いますぜ、ノーダン様。500万ですよ」


「なっ、なんだと!?」


 ノーダンは思わず立ちあがり、両手で机を叩いた。


「調子にのるのもいい加減にしろ、貴様!」


「調子にのるなんてとんでもない。なにしろ名前と正体だけではなく、アイツが今夜、1人で行動するという情報までおつけするんですから。わりとこちらもリスクを覚悟で近づいたんで、そのぐらいはいただかないと!」


「……足下を見おって」


 ノーダンは怒りを呑みこむようにして、椅子に腰を落とす。

 目の前の男を今にも斬り殺したいところだが、情報は確実に欲しい。

 もし情報が本当ならば、今夜にでも問題を片づけられるかもしれない。

 ならば目の前の男の始末など、そのあとでつけてもいい。


「わかった。その情報、買ってやる。その『アイツ』とは誰なんだ?」


「さすがノーダン様。では、手付けとして最初の情報を」


 ラーフが歯茎を覗かせて笑みを見せる。

 ノーダンは、その言葉を聞き逃さぬように耳をピンと立てた。


「アイツの名前は、ロスト。プニャイド村でシャルフを殺し、ノーダン様の街であるソイソスを狙う胸くそ悪い冒険者ですよ」




   §




 ロストがまずやったことは、イストリア・ピッグの肉を裏商人のラーフに流すことだった。

 オランジェを連れて戻ったジュレに、村から干し肉を運ばせたのだ。

 そして「たっぷりとうまい汁を吸える」と誑かし、ラーフにイストリア・ピッグの裏流通ルートを新たに作るよう依頼したのである。


 次に、ジュレとチュイルにソイソスで留守番をさせ、ロストは自分が村に戻った。

 そして、村を襲ってきたドナたちと交渉を始めた。


 ドナたち4人は、シャルフの館の部屋に監禁していた。


 ただ監禁といっても、もともとは普通の客間である。

 本来なら、ムーブ系スキルや魔術スキルを使える冒険者たちを閉じこめておくことなどできやしない。

 しかし、シャルフの館はそれが可能だった。

 なぜなら前提として、ゲーム時代にシャルフの館は、クエスト用の「迷宮ダンジヨン」と同じ扱いになっていたからである。


 ダンジョンの特性は、まず出入りが決まったルールでしか自由にできないことだ。


 たとえば窓があっても基本的に出入りすることはできないし、ムーブ系スキルでの出入りもすることはできない。

 ゲーム時代は、クエストリセットという機能があり、得たものをすべて捨てる代わりに脱出することができた。

 しかし、この世界においてその機能は失われている。


 また関連する特性として、ダンジョンは基本的に破壊不能オブジェクトだった。


 そのため壁を壊して脱出することはできないし、たとえ壊せる部分があっても時間が経つと自動修復される機能がある。

 別の言い方をすれば、ダンジョンは破損することも老朽化することもないという、永久建造物でもあった。


 そして今、そんなダンジョン【シャルフの館】はロストの所有物となっている。

 つまりロストは、シャルフの館に対してコントロール権限を得ていた。

 結果、冒険者を閉じこめるという難易度の高いことも、簡単に行うことができていたのである。


「それで我らと取り引きを希望?」


 ドナという女性を監禁した部屋で、ロストとレア、そしてラキナが向きあっていた。

 テーブルにはハーブティーが湯気を立てて4カップ並び、真ん中にはビスケットのような菓子も置かれている。

 雰囲気的には、さながら優雅なティータイムだった。


「あなたたちというより、あなたと取り引きをしたいのです。なにしろ、もう他の3人は奴隷から冒険者にもどすことを報酬として、知っていることを話してもらい、ここであったことを他言無用としてから、イストリア内へ解放させていただきました」


「……そんな約束を彼らが守ると思考? ノーダンに情報を売る可能性は考慮?」


「する必要はないですね。まずあなたたち、ここに捕まってからノーダンに連絡をとっていませんよね? 『囚われている』などと連絡すれば、情報をもらさぬように死ぬような命令を強制されるでしょうから」


「…………」


「しかし、僕のやり方であなたたちを奴隷から解放すると、ノーダンはあなたたちを死んだと思うはずなのです。つまり、あなたたちは追われることなく自由になれる。そんな状態で、わざわざノーダンに連絡を取りたいですか?」


「否定。ならばどうして我だけ違う条件?」


 彼女はかるく首を傾げる。

 ふわりと少しカールした黒髪が、デモニオン族特有の巻角と一緒に揺れたように見えた。

 吊り目のためにきつい表情に見えるが、鼻筋も通って輪郭もスッキリとしている。

 正確な年齢はわからないが、30才前後にうかがえた。

 ロストたちに囲まれても、わりと悠然としている。


「いえ、あなたも他の方と同じ条件で、奴隷から解放してさしあげます。それとは別に、僕はあなたにお願いしたいことがあるのです」


「依頼?」


「はい。あなたを冒険者に戻してクエストを依頼したいのです。もちろん、報酬も出します。それでしばらくは暮らしていけるだけの金額です。ただし、少しだけリスクがありますが」


「……なぜ我に?」


「レアさん……こちらの方が、あなたがいいと言ったので」


 そう言いながら、ロストはレアを一瞥した。

 するとレアがニコッと笑って応じる。


「戦いもあなたが一番慣れていたし、対応も理性的だったしね。わたし、わりと見る目はあるのよ」


 レアの説明を受けて、ロストが続ける。


「ということで、あなたにお願いしようかと。まずノーダンの部下には、あと2名の奴隷の冒険者がいると聞きました。その2人を奴隷から解放するので説得して欲しいのです」


「……疑問、理由不明」


「ノーダンの手足を潰しておきたいのです。そのために彼の手駒を潰し、流通の取引先を奪います。もちろん、この村へ手出しをさせないために」


「ノーダンには貴族の後ろ盾も存在」


「敵対するような貴族は?」


「存在」


「ならば、その貴族を仲間にしましょう。そして後ろ盾の貴族にも悪戯して、ノーダンともめさせましょう」


「そんなにうまくいくか疑問」


「大丈夫です。僕は交渉が得意なんですよ」


 そう。ロストには、交渉をうまく進めるためのスキルがある。


「とりあえず、奴隷からあなたをすぐに解放しましょう。連絡がなければ明日の朝にも、きっとノーダンからあなたに問い合わせがくるでしょうから。追加依頼の返事はさらに詳しい話をしてからゆっくりとで……」


「受諾」


「……え?」


 あまりにあっさりと受けられて、ロストの方が戸惑ってしまう。


「まだ詳しい話は……」


「奴隷として味わった数々の屈辱。ノーダンに一泡食らわせられるならなんでもやる決意。それに……」


 そう言うと、ドナは初めて口元を歪めて微笑を見せた。


「この村を見ていてわかった。あなたは若いけど、信用可能。それにあなた……愉快」


 そう言うと、ドナは静かに口角をあげた。

 浮かんだ感情は、たぶん期待感。

 ロストは、それを受けとるように微笑を返す。


「わかりました。ならば、とびっきり愉快なことをしてみましょうかね」

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