第40話:ソイソス調査記録④

 そのスキルを実行したとたん、テーブルの上に置いておいた奴隷の主従契約書に異変が起きた。


 羊皮紙をまねてある紙質の主従契約書を注視すると、通常はフローティング・コンソールに「契約済」「未契約」との表示が出る。

 「契約済」の場合は、契約書の種類によっては「契約破棄」「契約変更」「契約期限変更」などのオプションメニューが表示されるはずだった。

 しかし今は、「契約内容に問題が発生しました。対象者が見つかりません。本契約書は無効です」と表示されていた。


「どういうことなのでしょうかご主人様、これは?」


 驚くオランジェに、ロストは微笑する。



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【ストック・エクスペリエンス100】

 レア度:★1/必要SP:1/発動時間:1/使用間隔:1/効果時間:-

 説明:発動後に取得した経験値を100まで自動的に蓄える。蓄えた経験値は、任意に経験値に還元することができる。

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 今、使用したスキルは、このハズレスキルである。

 正確には、このスキルで溜めていた経験値を10だけ移動してみたのだ。


 ちなみにアタリは、【ストック・エクスペリエンス10000】で、レベルキャップ時に利用すると、経験値の無駄を減らせるというスキルだった。

 ロストに言わせれば、ゲームを停滞させないための延命処置だが、10000あれば魔物100匹以上の経験値をストックできて便利だ。

 しかし、延命処置にしても100では魔物を1~2匹も倒したらほぼ終了である。


 さすがにロストも、このスキルの使い道は見つけられなかったが、ドミネーターになった今では非常に便利に使えていた。


「プロフィールを開いて見せてもらえますか?」


 オランジェが首肯すると、すぐに【ビュー・プロフィール】を実行する。

 それをみた全員が、目を剥くようにその職業欄を見つめた。


「ど、どうして【奴隷】から【冒険者】になっているの、職業欄が」


 オランジェが動揺してキョロキョロする中、ジュレとチュイルが「ロスト様、さすが」と賞賛する。

 だがロストにしてみれば、予想通りの結果でしかない。


 おこなったことは簡単だった。

 オランジェをユニオン【ドミネート】に参加させたのだ。

 これは、村人たちを冒険者にしたのと同じ理論だった。



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【支配者の加護】

 レア度:★5/必要SP:0/発動時間:0/使用間隔:0/効果時間:-

 説明:特殊スキル。常時発動。当スキル所持の支配者ドミネーターが作成したユニオンに所属する者は、冒険者として支配者ドミネーターが取得した経験値の5%を得る。※【ドミネーター・ゲーム】テスト用のため本番使用禁止。

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 村人たちは、このスキルによって職業欄が【一般人】から【冒険者】に変更された。

 ならば、【奴隷】から【冒険者】に書き換わる可能性もあるのではないかと考えたのだ。

 そして、その予想はまさに的中していたことになる。


「これでオランジェさんは奴隷ではなくなりました。あなたは自由ですよ」


「自由……なのですか、オランジェ?」


「はい。あとはあなたの好きにしてくださって結構です」


「えっ? でも、ご主人様に買われて、オランジェは……」


「僕はこの実験をしたかったために、あなたを買っただけなんです。そして目的は達成できましたから、お金を出した分は満足できました」


「で、でもでも……どうしたら……」


「もし行くところがないのでしたら、僕の村に住みますか?」


 もちろん、ロストは最初からそのつもりだった。

 彼女に身寄りがいるならそれでよかったが、誰もいないのなら面倒を見ようとは思っていたのだ。


「もう奴隷じゃないから、オランジェ。1人で生きていかなくてはならないのですか?」


「いきなりは無理でしょう。ですから、まずはいろいろと覚えて、働いて1人で生きていけるようになってください。それまでは僕が、親代わりとして責任をもって面倒を見ましょう」


 ロストの言葉に、オランジェは驚きと喜びの顔を同時に見せた。

 しかし、すぐに顔を曇らせてうつむいてしまう。

 どうしたのだろうと、ロストが声をかけようとすると、その前にオランジェが口を開いた。


「……なんでですか?」


 その質問の意味がとっさにわからなくて、ロストは「ん?」と首を傾げる。

 すると、オランジェはサッと顔をあげてまっすぐにロストを見た。


「どうして、そんなによくしてくれるんですか、オランジェに。なにもできないです、お返し……」


 ロストは幼いながらも、相手の思惑を気にするオランジェに感心する。

 このぐらいの年齢の子ならば、素直に「よかった」「助かった」としか思わないのではないかと考えていたのだ。

 それは子供だからというあなどりなのかもしれない。

 ロストは申し訳なくなり、思わず静かに「ごめんなさい」と謝ってから話しだす。


「あなたに、わけではないのです。これは善意などではなく、いわば偽善なんですよ」


「ぎぜんって?」


「本当にあなたのことを想ってしているわけではなく、別に理由があるということです」


「よくわからないけど、オランジェは。さっき言っていた、奴隷から一般人に戻す実験ですか、理由って?」


「それ以外にもあります。一番の理由は、あのあなたを売ったワルフの男とコネクションをもちたかったことです」


「こねくしょん?」


「簡単に言えば、仲良くなりたかったのですよ。彼には情報を売ってもらう他に、いろいろと顔つなぎもして欲しかったので」


 ロストは、ワルフの男がオランジェの売り先を「貴族だ」と告げてきた時にチャンスだと思ったのだ。

 貴族相手に商売できるということは、彼にはそれなりに力があるのではないかと考えたのである。

 いろいろとコネや情報網があるのではないかと予想したのだ。

 ならば、この街を攻略するのに使い道がある。


「だから買い取る奴隷は、別にあなたである必要もなかったのです。別の誰かでもよかった。ただ、あなたが目の前にいたからというだけなのです」


「……なら、どうして親代わりに面倒を見るっていってくれるのですか、ロスト様は」


「それは買い取った責任のような意味も……いえ、違いますね」


 ロストは自嘲する。


「オランジェさんの人生が、ハズレだったからです」


「ハズレ? ハズレなのですか、オランジェは?」


「ロ、ロスト様、その言い方はあまり……」


「ジュレ、口出しダメニャン」


 とまどうジュレをチュイルが抑える。

 ただ、ジュレもロストの意図を理解はしているのだろう。

 オランジェの様子を心配しながらも口を閉じた。


 ロストは言葉にせず2人に感謝すると話を続ける。


「ええ、ハズレの人生でしょう。魔物に両親を殺され、自分は奴隷にされてつらい目に遭わされて……ハズレもいいところです。そして僕は、ハズレがハズレのままなのが許せないというか、腹が立つのです。だから、ハズレを拾う。それだけです」


「……えーっと。ハズレに怒りたくなるのですか、ご主人様は?」


「ええ。ハズレだけでなくアタリにも。つい、から……って、それはいいです。ともかく、こういった自分勝手な理由なのです」


 冷たい言い方だが、変に懐かれるよりはいいかもしれないと考えていた。

 オランジェを預かるのは、あくまで一時的な話だと思っている。

 プニャイド村に生まれたわけでもないのだから、同じエレファ族がたくさんいる街に行ってもいいし、冒険者になったのだから好きに旅をしてもいいだろう。


「だから、オランジェさんはなにも気にすることはないのですよ」


「…………」


 オランジェが、沈むようにうつむく。

 その様子に、ロストは陰りを感じた気がした。


 いくら利発だといっても、子供に対する言い方としては意地が悪かったかもしれない。

 しかし、やはり自分にもプニャイド村にも執着はもって欲しくない。

 たぶんプニャイド村は、そのうちに激しい争いに巻きこまれるのだから。


「ち、違う……」


 唐突にそう言って、オランジェが顔をあげる。

 その表情に、ロストが思っていたような陰りの欠片はなかった。

 むしろ、柔らかくほほえみを浮かべて、喜びに満ちた表情をしていたのだ。

 ロストは、少しその笑顔に怯んでしまう。


「アタリだと思う、オランジェは」


「え?」


「だって買ってもらったから、ご主人様に。少なくても、これはハズレじゃなくアタリ」


「ど、どうしてですか? 僕なんかに――」


「アタリ。だって優しいし、ご主人様。だから、よかったと思っています、オランジェは」


 あまりに無邪気な笑顔で言われて、ロストは言葉を失った。

 彼女は絶対に相手の心情を読んで媚びを売ったり、会話の主導権を握ろうとしたりしているわけではない。

 ロストのように、重箱の隅をつつくように会話していることは決してない。

 素直に真っ正面から思っていることを言っているだけ。

 ロストがいつも読もうとしている言葉の裏なんてどこにもないのだ。

 だから、言葉が詰まればロストに次の一手はもうでてこない。


「そうそう。我が主、ロスト様はお優しい方でござるミャ。ジュレたちの村のためになにができるのか、村のために希望を見せられるのか、いつもいつもいつも考えてくれているでござるミャ」


「うん。ロスト様は優しいニャン。だからオランジェは正しいニャン。ロスト様の負けニャン」


「負け……ですか。あははは」


 ジュレとチュイルにまで言われては、ロストは笑うしかない。

 下手な駆け引きをする大人より、素直な子供の方がよっぽど手強いのだ。


「では、とりあえずオランジェはプニャイド村にしばらくは住んでもらいましょう。それで、これからの予定です。プニャイド村はたぶん、明日の夕方ぐらいまでの間に襲われます」


「……えっ!?」


「本当ですかニャン?」


「あのワルフ族の奴隷商人、名前はラーフでしたかね。彼から先ほどフレンド会話で受けとった情報です。順序立てて話しましょう。まず、シャルフとイストリア・ピッグの取引をしていたのは、この街に住むこのあたり一帯の領主、ノーダンという男でした」


「おお。いきなり大物が出てきたでござるミャ」


 ジュレは驚くが、ロストにしてみれば予想の範囲だった。

 国として禁止しているものを頻繁に扱うのに、この規模の領地で領主が気がつかないとは思えない。


「ワルフ族の奴隷商人……というより裏商人のラーフは、領主ノーダン筋の情報として、『止まっていたイストリア・ピッグの流通が明日の夜にはどうなるか決まる』という話を聞いていたそうです。すでにレアさんたちには警戒するように伝えてありますが、ラーフの予想では今夜の夜襲ということはないのではないかという話です」


「なぜですかニャン?」


「ノーダンには、奴隷を使った裏仕事専門の手下がいるそうです。その中の3人ぐらいが、昼過ぎぐらいから景気よく呑んだくれていたところを見たそうです。まあ、その状態で今夜にも夜襲はないでしょう。しかし、結果は明日の夜にわかるとすれば、狙うのは視界が悪くなる明日の夕暮れ時ぐらいでしょう」


「でも、どうして村を襲うでござるミャ? やはりイストリア・ピッグを奪うつもりでござるミャ?」


「それでは一時の稼ぎにしかならないでしょうから、村を支配する気でしょう。そうすれば流通を自由にコントロールできます。まあ、これは予想していたことですが、タイミングがわかってよかったですよ」


「でも、それならさっさとシャルフを始末すればよかった話のような気がするニャン」


「正確な理由はわかりませんが、結局は現地で管理する人間が必要だったからそのままにしたのかもしれませんし、万が一を考えたのかもしれません」


「万が一ニャン?」


「もし、イストリアの大地主……元領主の家系の者を殺したのが、八国連合のサウザリフ自由同盟の人間だとわかったら、戦争になりかねませんからね」


「……あれ? そうしたらジュレたちって、シャルフを殺したから王様に逆らったことになるのでござるミャ?」


「殺したのは僕たちだから、あなたたちは被害者ですよ」


「そっ、そんなことないでござるミャ! 我が命は主様とともにあるでござるミャ!」


 たまに忠臣っぽい台詞を言うジュレに、ロストは笑って「ありがとう」と礼を言う。


「まあ、そもそも『悪魔を退治した』と証明できれば罪にはならないでしょう。そのあたりは対策があるので心配ありませんよ」


 そう。

 あの神様のおかげで、対策の目星はついている。

 それに村には、手札まで揃っているのだ。


「とりあえず明日の朝、ジュレさんには一度、街に戻ってもらいます」


「ジュレだけでごさるミャ!?」


「重要な物を持ってきてほしいのですよ。戻ってくるときは、この街のムーブポイントで待っていますから、【ムーブ・フレンド】してきてください」


「わ、わかったでござるミャ」


 ちなみに【ムーブ・フレンド】は、その該当フレンドのすぐ横にワープできるような便利なものではなかった。

 その該当フレンドがいる一番近い場所にあるホームポイントに移動できるのである。

 たとえば、森の中でピンチになってフレンドに助けに来てもらうとしても、すぐに助けられるとは限らないのだ。


「ノーダンの部下の襲撃を撃退後、今度はチュイルさんがオランジェさんを村に送ってください」


「そのあとはどうするニャン?」


「やることはいろいろあるので、その度に指示します」


「いったい、ロスト様は何をする気ですニャン?」


「大したことではありません。二度と村に襲ってこさせないようにするだけです」


「ロスト様……なんか悪い顔しているでござるミャ~」


「悪い顔とは人聞き悪い。ただ単に、ちょっとこの街の流通を裏から頂くだけですよ」




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「Quest-005:交差する思惑」クリア

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