第39話:ソイソス調査記録③

 この元【ワールド・オブ・スキルドミネーター】という世界では、スキルという謎の力が存在する。

 このスキルの分類方法にはいろいろあるが、もっとも使用される大分類だと4種類にわけられる。


 冒険者が最初からもっていて、忘れることのできない【標準スキル】。

 お店で簡単にスキルエッグとして手に入る【一般スキル】。

 レアなスキルエッグもある、クエスト報酬等で手に入る【報酬スキル】。

 特別な取得条件等に当てはまると強制的に覚えさせられる【特殊スキル】。


 この中で標準スキルの一部に関しては、冒険者以外に一般人(元NPC)も使えるスキルがあった。


 たとえば、物品や金銭を取引するトレーディング・ボード。

 これも扱い的には、【トレーディング・ボード】というスキルを使用することで表示されている。

 そして金銭が電子マネー化しているこの世界では、誰もがこの機能を使えることになる。

 ただし、一般人はアイテム・ストレージ(これも実は【アイテム・ストレージ】というスキルで利用している扱い)等がないため、物品をトレーディング・ボードに載せるときは、物理的に載せることになる。


 同じように、【ビュー・プロフィール】も一般人が使えるスキルのひとつである。

 そこには、いろいろな個人情報が掲載されていて自分で見て確かめるだけではなく、身分証明として他人に見せることも可能だった。


「どうぞ見てください、ご主人様」


 だから、彼女――ロストが買い取った奴隷である【オランジェ】という少女も、自分の情報を表示することができていた。


 2階建ての宿屋の中にある、ベッドが2つあるだけの質素な部屋。

 ロストとオランジェは、別々のベッドに腰かけて向かいあっていた。


 そして彼女の目の前には、彼女のプロフィール情報が赤裸々に表示されている。

 普通は非表示に設定すべき、身長、体重、スリーサイズ、誕生日、その他もろもろすべてだ。

 年齢は、11才。

 そして職業欄には、「奴隷」の文字が書いてあった。

 彼女を買い取ったときにも確認はしていたが、やはりまちがいない。


(この世界の奴隷がどの程度か知りませんが、この様子だと人権の欠片もなさそうな感じですね……)


 実は奴隷売買をしていたワルフ族の男から、他の「奴隷」の情報も聞いていた。

 その情報を聞く限り、使い捨ての駒扱い。

 命の価値は、かなりかるく扱われているように感じられた。


「エレファ族の奴隷は、結構いるのですか?」


「ワルフ族には人気があるらしいです、エレファ族は」


「そうなんですか……」


 もちろん、ゲーム時代に聞いたことのない設定だ。

 だが、ロストは妙に納得してしまう。

 ゲームが元になっているとしても、、そういうことなのだろう。


「ワルフ族ではなくメインレイス族が本当の姿なのですか、ご主人様は?」


 考えこんでいたロストは、初めてオランジェから質問された。

 これは少し落ちついて慣れてきたのかと、ロストは優しく微笑してから答える。


「ええ。僕はメインレイスです」


「どうして化けていたんですか、ワルフ族に」


「この街の中に獣人以外の人を見なかったもので、妙に目立つのも困ると思いまして」


「街自体にはけっこういます、メインレイス族の方。確かにこっちは少ないですけど、ワルフ族。街のもう少し南の方ですけど、多いのは」


「ああ、そうなんですね。それはよかった」


 ロストは、少し安心する。

 ワルフ族に化ける幻想魔術スキルの効果時間は3分ほど。

 化けて調査するのも限界を感じていたのだ。

 メインレイス族がいないわけではないなら、さほど困ったことにはならないだろう。

 少なくとも、問答無用で奴隷にされることはないはずである。


「オランジェさん、答えたくなかったら答えなくともかまいませんが質問させてください。あなたはどうして、いつから奴隷に?」


「……旅の途中で魔物に襲われた、オランジェとパパとママ」


 顰めた顔で話しだす。

 もしかしたら、奴隷である彼女に「答えない」という選択肢はなかったのかもしれない。

 辛そうな彼女の顔を見て、ロストは質問したことを後悔する。


「パパとママのおかげで助かって、ワルフの冒険者に拾われたの、オランジェだけ」


「その時のあなたのここには、なんて書いてありましたか?」


 ロストは、彼女のプロフィール情報の職業欄の部分を指さす。


「【一般人】って書いてあった、そこに」


「パパもママも?」


「うん」


 つまり彼女たち家族は、冒険者でもないのに旅をしなくてはならなかった何らかの理由があったのだろう。

 冒険者資質があれば、職業欄には冒険をしなくても「冒険者」という単語が入る。

 職業というより、これは存在の種別がはいる欄だということになる。

 逆に言えば、「奴隷」は「冒険者」どころか「一般人」とも別の存在として扱われるということに他ならない。


 ちなみにロストの職業欄には、もう「冒険者」とは入っていない。

 これは周りに伝えていないが、彼の職業欄には「支配者」と入っていた。


「そのワルフの冒険者というのは、さっきの奴隷商人?」


「違う、別の」


「そうですか。では、そのワルフの冒険者に連れられて、どこかで奴隷として売られたのですか?」


「うん。売られたの、1年ぐらい前に。いろいろやらされた、掃除とか嫌なこととか……」


 オランジェが泣きそうな顔になったところで、部屋のドアにノック音が響いた。

 買い物に行っていたジュレとチュイルが帰ってきたのだ。

 いいタイミングだと、話をそこで打ちきった。


 ロストは3人と一緒に、まずは宿の風呂を借りることにした。

 旅をしてきたロストたちも汚れていたが、オランジェも身なりが酷かったため、まずは体を洗わせることにしたのだ。


 宿の風呂は、あまり大きくないため部屋ごとに時間を決めて貸し切りになる制度だった。

 これはロストたちにとって幸いだった。

 チャシャ族ということがばれないで済むし、ロストとしてもあまり目立たないで済むからだ。


 先に女の子3人に入浴してもらおうとしたが、逆に「ロスト様が先に」と言われてしまった。

 しかたないので、ロストは烏の行水だったが入浴をすませた。

 そして、念のために見張りとして風呂場前の休憩所で待つことにした。

 しばらくすると、女の子3人が入浴をすませて爽やかな顔で休憩所に現れた。


「すごくかわいいの買ってきた」


 風呂から出ると、チュイルが自慢げに新しい服を着たオランジェをロストに見せてきた。

 それはロストがジュレとチュイルに頼み、選んで買ってきてもらった服である。


 確かにその姿は、愛らしかった。

 オレンジの髪も光り輝くように艶やかになり、タンポポの花びら色をしたワンピースともマッチしてた。


 ジュレに「回って、ロスト様に見せるでござるニャ」と言われると、オランジェは真新しい革靴でクルリと素直に回ってみせる。

 裾についたフリルがふわりと広がり、まさにタンポポが開花したかのようだと、ロストには感じられた。


「うんうん。かわいいですね、オランジェさん」


「…………」


 褒められたオランジェは、長い耳を赤くしながら照れくさそうにモジモジとしながらうつむいた。

 娘がいたらこんな感じなのかもしれないと思いながら、ロストはその頭をかるく撫でてやる。


 するとその横で両腕を下に突っぱるようにして、耳をピンとさせながらプンプンとジュレが頬を膨らませた。


「ず、ずるいでござるミャ。ジュレだってかわいいと頭を撫でて欲しいでござるミャ!」


 思わずロストは笑いそうになってしまう。

 やはり彼女もまだ子供なのだ。

 だが、自分を敬慕してくれるのは素直に嬉しい。

 仕方がないと、ロストは頭を撫でてやろうかと思った。

 そこに、ため息が割りこむ。


「ふぅ。まったくジュレは、まだまだお子様ニャン。ロスト様にそんなことをねだるなんてニャン」


 いつも通り一本調子で話すチュイルだった。

 彼女は、顔色を変えないまま首を横にふる。


「そんなことでロスト様のお手煩わせてどうするニャン」


「あうっ……」


「まったく困ったものですニャン」


 そう言いながら、なぜかチュイルはロストの片方の手首を掴んだ。

 なんだと思っていると、彼女はロストの手を自分の頭の上に載せて、まるで「よしよし」と自分の頭を撫でさせるように動かし始める。


「チュ、チュイル!? なにしているでござるミャ!?」


「見ての通り、ロスト様のお手を煩わせないように撫でてもらっている……ニャア~ァ」


 いつも無表情のチュイルの顔が、少し目元と口元が歪んで頬が赤らむ。


「ずるいでござるミャ!」


「ボクはロスト様のものだから、撫でてもらう権利があるだけニャン」


「それなら、ジュレもでござるミャ! こっちの手はジュレがもらうでござるミャ!」


 ロストの両手が、2人の少女に孫の手のように使われ始める。

 なんともまぬけな姿だが、その様子を横で見ていたオランジェが楽しそうにクスクス笑いだすものだから叱ることもできない。


 しかし、ここは風呂場前の休憩所、小さなロビーみたいな場所だ。

 他の客が来れば変に注目を浴びてしまうし、素の口調でしまうかもしれない。


「ほらほら。みんなお腹が空いたのではありませんか?」


「空いたでござるミャ!」


「ボクも空いた」


「ま、まだ耐えられます、オランジェは」


「耐えなくていいんですよ。さあ、早く食事に行きましょう」


 ロストは3人を急かして、その場を離れることに成功した。


 外にでると、すっかり空は暗幕がかけられたように暗くなっていた。

 しかし、宿屋前の酒場通りの辺りは多くの外灯が立ち並び、歩くのに困るどころか煌々としている。

 左右にカラフルな看板がいくつも掲げられ、呼び込みをする女性店員の姿もよく見かけた。

 王都オイコットにも負けない賑わいである。


 ロストたちは宿に近い、食事ができる酒場に入って腹をたっぷりと満たしてきた。


 メニューは魚料理と、サウザナッツをふんだんに使ったサラダなどだ。

 魚料理は、イストリアとあまり変わらなかった。

 味は、端的に言うとサンマの塩焼きである。

 サウザナッツの方は、サウザリフの特産品だが、端的に言えばピーナッツだ。

 ロストもゲーム中に、サウザリフ自由同盟の首都【エイビック】に行った時に食べている。

 両方ともロストにとっては、よく知っている味であった。


 だが、ジュレとチュイルには両方とも非常に珍しい料理だった。

 海の魚は、プニャイド村で味わうことのできないものだった。

 もちろん、サウザナッツも食べたことなどない。

 2人は大喜びで黙々と食べ続けていた。


 そしてオランジェも大喜びだった。

 彼女自身、こんなにお腹いっぱいに食べさせてもらえるとは思っていなかったらしい。

 食べ始めるときに、彼女はロストに本当にいいのか、あとで叱らないかとなんども確認していた。

 ところが食べ始めると止まらなかった。

 彼女は満面の笑みを浮かべながら、ジュレ、チュイルと一緒に何度も食事をおかわりして食べ続けた。


 3人のお腹が妊娠でもしたのかと思うほどふくれたあと、ロストたちは宿に戻った。

 疲れているし満腹だしで、本当はこのまますぐにでも眠りにつきたいところだ。

 しかし、その前に確認したり明日にはしなければならないことがある。


「さて。大事な話をしますよ」


 だからロストは宿にはいると、3人を片方のベッドに腰かけさせた。

 向かい側のベッドには、ロストが座る。

 この部屋には、小さなテーブルはあるが椅子などはないため、こうしてベッドに腰かけるしかなかった。

 本当はもっと広い部屋を借りたかったのだが、ここしか空いていなかったのである。


「大事な話とは、これからのことです」


「わかっているニャン」


 そう返したのは、チュイルだった。

 ロストにとって、それは意外な反応だった。

 自分の考えを読まれるとは思わなかったのだ。

 ロストが興味津々に視線で続きをうながすと、彼女は無表情のまま言葉を続ける。


「大事な話と言えば、これからロスト様のベッドで誰が一緒に寝るかということしかないニャン。そして、それならボクが同衾すれば解決ニャン」


「……はい?」


 一瞬、ロストは何を言われているのかわからず固まってしまう。

 あまりにも予想外のことを言われたせいで、思考が追いつかなかったのだ。


「いや、あのぉ……」


「また、ずるいでござるミャ! ジュレもずっとどうやって寝るのか気になっていたのでござるミャ! だから、ジュレがロスト様と……いっ、一緒に、ね、ね、ね、ね……寝るのでござるミャ!」


「そんなに照れているなら無理しなくてもいいと思うニャン。ボクに任せておくニャン」


「照れずに、真顔で言えるチュイルがおかしいでござるミャ!」


「おかしくないニャン。ボクはロスト様のものだから照れる理由がないニャン」


「ぶれないでござるミャ! でも、『あるじを守るのはシノビの掟』とおばあちゃんに習ったでござるミャ。そして寝ているときがもっとも危険だから、シノビは主の側で寝るようにしなければならないでござるミャ!」


「わかったニャン。なら、ジュレは床に寝て見張っていてニャン」


「ミャっ!? 床っ!?」


「そう、床ニャン。誰かがロスト様を狙って迫った時に、床に寝ているジュレを踏めばジュレが悲鳴をあげてくれるから気がつけるニャン」


「ジュレ、捨て身の警報装置でござるミャ!?」


「そして、ボクはロスト様に抱きついて見張っているニャン」


「本当にぶれないでござるミャ! ……そこまで言うなら言わせてもらうでござるミャ。だいたい、抱きつくならジュレのが適役でござるミャ!」


「どうしてニャン?」


「忘れたのでござるミャ? 勇者様としてロスト様を迎えるとき、ブロシャも村長も言っていたでござるミャ。『男はみな、おっぱいに弱い。だから押しつけろ』と」


「……言っていたニャン。だから今夜も、ロスト様に抱きついてボクが押しつけるニャン」


「あまいでござるミャ! 同時に村長が言っていたでござるミャ。『おっぱいは大きいほどパワーアップ』と!」


「うニャン……」


「ジュレとチュイルとでは、その差は歴然でござるミャ! つまり我が主であるロスト様に抱きつくのは、ジュレの役目でござるミャ!」


「……とうとう、それを言ってしまったニャン」


「言わせたのは、チュイルでござるミャ」


「ジュレ……ボクたち、仲が良かったニャン?」


「そうでござるミャ。まるで姉妹のようだと言われたこともあったでござるミャ」


「それも今日まで。戦いの火蓋は切られたのニャン」


「あ、あのぉ~……」


 そこでやっとオランジェが口を開いた。

 今まで2人の間に挟まれて、身を小さくして強ばらせていたのだ。

 しかし、ここで勇気をもって割りこんだ。

 2人の怒りの炎を鎮めるために。


「ど、奴隷であるオランジェが筋だと思います、ロスト様に身をさしだすのは」


「却下でござるミャ!」


「棄却ニャン」


「はい、3人ともストップですよ」


 キリがないので、ロストがわってはいる。

 オランジェは、2人の怒りの炎を鎮めるどころか、炎に油を注ぎかねない。


「僕は、野宿用のマットを敷いて床に寝ます。いつもアイテム・ストレージにいれてあるから大丈夫です」


「そ、そんな! ベッドを使えないです、奴隷であるオランジェが。ご主人様を床に寝かせてなんて……」


「それですよ、大事な話の1つは」


「え?」


「あなたの奴隷契約を排除してみようかと思います。ちょっと変わった方法で」


 やっとロストは、言いたいことを1つ告げることができた。

 まだまだ伝えたいことはあると言うのに。

 若い女の子たちのパワーに、完全にやられたロストであった。

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