第37話:ソイソス調査記録①

 朝方にシャルフの館にあった地下道を抜けて、途中に休憩をはさみながら歩き、夕方になる前には着いていた。

 サウザリフ自由同盟の北西にあるソイソスの街である。


「なるほど。確かに思ったよりも大きな街ですね……」


 ロストは深めにかぶったフードの顔を少しあげて周りを見わたす。


 2~3階の家屋が建ち並び、通り沿いには多くの商店が連なっている。

 売っている商品もなかなか豊富だ。

 果物やら魚、肉、さらに日用雑貨や工芸品などの店も存在している。

 同じ辺境でも、プニャイド村とは天と地の差がある。

 イストリア王国の王都オイコットの6分の1程度の敷地だが、密度で言えば負けていない。


 唯一、大きく違うのは、行き交う人々がほぼ獣人であるということだろう。

 しかも、多種多様な獣人の姿を見ることができた。

 逆にロストのようなメインレイス族や、フォルチュナのようなエレファ族の姿は、今のところ見つけられていない。

 そして元プレイヤーらしき者の姿も皆無であった。


(やはり全体的にワルフ族が多めですか……)


 この辺り一帯は、シミーズ領と呼ばれる領地で、今はノーダンという人物が治めているらしい。

 そしてノーダンを始め、主要な役職に就いている者はほぼワルフ族で構成されていると事前調査ではわかっていた。

 実はシミーズ領の北に、ワルフ族だけで構成されるソンキャスル王国がある。

 たぶん、そのことが大きく影響しているのではないだろうか。


「ロスト様。あまり顔をあげると気がつかれるでござ……気がつかれます」


 袖の端をツンツンと引っぱられ、ロストは視線を落として横に立つジュレを見た。

 彼女はフードはかぶっていないものの、外套を羽織って体を隠している。

 その理由は、尻尾を見られないようにするためだ。


 ワルフ族の男性は、顔がまるっきりオオカミなのだが、女性の方はかなり人間に近い形をしていた。

 そのためちょっと見たぐらいでは、女性のワルフ族とチャシャ族は区別がつかなかった。

 唯一、尻尾の形がかなり違うのでそこだけ隠す様にしていたのである。


「調べたいことがあったら、ボクたちが調べてあげるから言って」


 反対サイドにいたチュイルも、ロストの外套をツンツンと引っぱってくる。


「ありがとうございます、2人とも」


 ロストはかるく2人の頭を撫でる。


 今回のお供は、この2人だ。

 本当は、まだ子供でレベルが低い彼女たちを連れてくるのは抵抗感があったし、ましてや2人も連れてくるつもりはなかったのだ。

 しかし2人はロストの話を聞いたとたん、自分たちが一緒に行くと2人で立候補してきたのだ。

 そして半ば強引に2人でついてきてしまったのである。


(とはいえ、確かに紛れこみやすいチャシャ族の女性がいるのは、情報収集には助かりますね)


 見た目をワルフ族に変える幻想魔術スキルも念のために覚えてきたが、効果時間は180秒しかなく、使用間隔は300秒というあまり使い勝手のいいものではない。

 2人の協力は必須であった。


 ロストは2人と共に、まずは店舗を回ってみた。

 しかし、やはり表だってイストリア・ピッグを扱っている店はなかった。

 唯一、肉屋でイストリア・ピッグの干し肉が置いてあったぐらいである。

 しかも、馬鹿みたいに高い。

 掌サイズ1枚で3,000ネイぐらいの値段がついていた。

 確かにこれならば、高級品と言えるだろう。


 そこで試しに高級そうなレストランの外に置いてあったメニューを覗いてみたところ、イストリア・ピッグのステーキが存在した。

 しかし、100グラムで10,000ネイの値段がついていたのには驚いてしまった。

 さらに決まった日に限定5食しか用意されないらしい。


 それを見たジュレは引きつった笑いを浮かべ、チュイルは少し青ざめた。


「ロ、ロスト様。もしかしてジュレたちってすごくお金持ちではありませんか?」


「ボクたちの村、こんなに高い物をシャルフに渡していたの……」


「まあ、イストリアとでは価値観が違いますからね」


 そう2人に答えるが、その差は確かに大きすぎる。


(調理品だから原価を少なく見積もって半額としても、1キログラムなら5万ネイ? 豚1頭が100キログラムだとしたら500万ネイ。でも、品薄ならさらにプレミア価格がつきそうですね)


 確かにこれならば、金稼ぎとしては十分すぎるだろう。

 そして、ここの住人たちがイストリア・ピッグがどれだけ好きなのかの指針にもなる。

 つまり、レイの情報はまちがっていなかったということになる。


(しかし、生かしたまま飼っていては目立つから、どこかで加工しているはずですが)


 イストリア・ピッグは、イストリア王国が認めていない限りは禁制品扱いである。

 不正に手にいれた肉は、きっと加工してから出回っているはずだ。

 それも目立たないように、一部の金持ちの家だけに売られているのではないのか。


 ちなみに食堂をやっているカティアもイストリア・ピッグの肉を扱っていたらしいが、冷凍加工されてくるらしい。


 冷凍というと、精霊魔術スキルの水属性で温度を下げて凍らす方法がすぐに思いつく。

 しかし、あれはある意味で加水だから、肉の風味が著しく低下してしまうらしい。

 解凍したときに、べちょべちょに水に浸かってしまうわけだ。

 それにさほど冷凍が長持ちするわけではない。


 そこで存在するのが、料理魔法スキルだった。

 料理魔法はゲーム時代から存在し、料理を作るのに必要なスキルが揃っている。

 その中に冷凍加工するスキルが存在するが、解除すれば冷凍前となんら変わりない状態に戻してくれる。

 さらに解除しない限り、10日間は冷凍が続くという優れたものだった。


「明日は、裏で料理師をしている人を探した方がいいかもしれません」


 夕焼けの明かりも薄暗くなった頃、ロストは周囲を見まわした。

 もう大通り沿いの多くの商店が閉まり始めてしまっている。


「料理師ってカティアさんみたいな方ですか?」


 ジュレに尋ねられ、ロストは首を横にふる。


「いえ。WS……この世界でカティアさんは調理師と呼ばれます。スキルを使わずに料理していますからね。まあ、カティアさんも目的を達したら料理魔法スキルも覚えたいと言っていましたが」


「なるほどです。でも考えてみると、どうしてスキルを使わなくても料理はできるのに、料理魔法なんてあるんですかね?」


「まあ、建築も見ててわかると思いますが、簡単で便利で早いからです」


「効率がいいわけですね」


「でも……」


 と続けたのは、黙って聞いていたチュイルだった。

 彼女は物憂げな様子で口を開く。


「一生懸命、練習して料理が作れるようになっても、スキルで簡単に料理ができる人に負けるのって、なにか哀しい」


 そう。それは、この世界の不公平であり真理だ。

 WSD――ワールド・オブ・スキルドミネーター――は、スキルが支配する世界。

 どんなに努力して技術を得ても、スキルを持つ者が上に立つ世界。

 ここでは、努力して得た技術など「ハズレ」として嘲笑を受けることもある。


「そんなことはないと思いますよ」


 だが、ロストはそれを認めたくなかった。


「スキルで作れるメニューは、どうしても決まってしまいます。たとえば焼くスキルを使っても、たしか火加減は3種類しか選べない。しかし、調理師は火加減を自由に調整して料理を作ることができます」


「つまり料理師より調理師の方がいろいろと作れるということ?」


「それは調理師の努力次第でしょう。失敗も多くなるということですからね。ただ、料理師はことしかできませんが、調理師はことができるのです。もちろん、両方を極めればさらに凄いでしょうね」


「それよりロスト様」


 ジュレが腕にしがみつき、茶髪の頭をロストの方へすり寄せてくる。


「そろそろ宿を決めた方がいいと思うのです。夕飯にありつけなくなるかもしれませんよ」


 そんなジュレに、チュイルは無表情でツッコミをいれる。


「ああ。ジュレは食べ物の話をしたのでお腹が空いていたことを思いだしたのですね」


「そっ、そんなことはないでござるミャ! そういうチュイルこそ、お腹が本当はすいているのでござるミャ!」


「ええ、確かにボクも減っている。それはそうと口調が戻っているけど」


「うっ……。と、ともかく宿を探しましょう」


 確かにもう日が暮れる。

 飲食店や酒場を探る必要もあるが、今日はさすがにみんな疲れている。

 もう宿をとって休むのが先決だろう。

 幸いサウザリフ自由同盟は商業国家で、行商が各領土を行き来している。

 だから宿は多くあるはずだが、それでも部屋がとれないと面倒なことになる。


「そうですね。宿はどっちでしょうか。裏道の方……ですかね」


 そう、横道を覗きこんだとたんだった。


「――いやっ!」


 女の子の悲鳴が道の先から聞こえた。

 なんだと思っていると、すぐ正面から小さな影がこちらに走りよってくる。

 白い飾り気のないワンピースを着た、明るいオレンジの髪をした女の子だ。

 彼女はロストを見つけると、腰にしがみつき長い耳をすりよせながら背後に隠れた。


「逃げんな!」


 正面からワルフ族の男が1人で迫ってくる。

 ロストはまずいと思い、慌てて幻想魔術スキルを使用してワルフ族に化けておく。


「おい、アンチャン。そのエレファ族の娘を捕まえてよこしな」


 妙にドスが利いた声だった。

 男の片手は、腰に下がった長剣にかかっている。

 もちろん、脅しだろう。


「……この子は?」


 ロストはオオカミの顔で尋ねた。

 自分が今、どんな表情をしているのかわからないが、とりあえずあまり感情をださないつもりで話す。


「ああ。奴隷だ。だから、テメーには関係ねぇぞ」


「奴隷? サウザリフ自由同盟は奴隷禁止ではなかったのですか?」


「ああ? おまえ、他国から来たワルフ族か? サウザリフ自由同盟は奴隷の売買を禁止しているだけで、所有を禁止しているわけじゃねぇ」


 ロストは脚にしがみついた少女を見つめる。

 まだ、12か13才ぐらいだろうか。

 エレファ族特有の整った顔立ちだと思うのだが、今は恐怖で歪みきってしまっている。

 だが彼女は、その震える唇をなんとか動かす。


「う、売られるの、オランジェ……」


 そのとたん、ワルフ族の男が舌打ちをする。


「どういうことですか?」


「ったく、うっせーよ。口出しするなって」


 そう言いながら、男が剣をスラリと抜いた。

 同時に、ジュレとチュイルも構えようとするがそれをジェスチャーで抑える。

 ここで争いはおいしくない。

 むしろ、これはチャンスだ。

 ロストは、怯える少女の腕を逃げないようにしっかりとつかんだ。

 少女の顔に絶望が浮かぶが、ロストはそれを無視して男の方に向く。


「まあまあ。僕は別に責めているわけではないのです。ただ、ちょっとだけ教えて欲しいのです」


「はぁ~?」


「この子ぐらいだと、いくらで売られるんですか?」


 女の子の腕がビクッと震える。

 そして逃げようと引っぱるが、ロストは逃がさないようにしっかり抑える。

 横でジュレとチュイルが不安そうな顔をするが、今はそっちにかまっている余裕がない。


 化けていられるのは、3分。

 つまり交渉時間は、2分程度にしなければならない。

 ロストは、【ネゴシエーション・イベント】を発動させる。


「……なんだ、あんたも奴隷に興味があるのか?」


 いつもの握手アインコンが反応する。

 話にのった。


「ええ、そうなんですよ」


「そうか。こいつは別の所で奴隷として働いていたんだが、珍しい髪色をしているからな、高く売れそうだから買い取ってきたわけさ。今のところ、600万ネイで買いたいっていう客がいてな」


「豚より安いですね……」


「んっ? なんだって?」


「いえ、なんでも。で、この子は今から売られるところなのに、逃げようとしたと?」


 そう言いながら、ロストはオランジェと名のった少女を見る。

 すると彼女は応じるように口を動かす。


「こっ、今度のご主人様……こ、怖い人……だから……」


「怖い人?」


 尋ねるようにワルフの男を見ると、わざとらしくロストに向かってため息をもらしてみせる。


「ああ。貴族様なんだが、ちょっと変態野郎でな。まあ、金払いはいいからどうでもいいさ」


「なるほど」


 ロストに教える必要のない情報までペラペラ喋ってくれる。

 もちろん、握手のアイコンは点滅をくり返す。

 やはり【ネゴシエーション・イベント】は、この世界でかなり有用だった。


「あんたも欲しい奴隷がいるなら探してやるぜ?」


「では、この子を売ってください」


「はぁ~? おいおい、これから貴族様に紹介しに行くところなんだぜ」


「まだ紹介していないのでしたらいいではないですか。もちろん、600万ネイなんてけちくさいことは言いませんよ」


「けちくさい……だと? なんだ? 1,000万ネイでもだしてくれるのか?」


「いえ。2倍の1,200万ネイだしましょう。いかがですか?」


「ほほほほほっ、本当か……?」


 ワルフの双眸がまん丸に見開く。

 その驚いている隙に、トレーディング・ボードを目の前に展開して1,200万ネイを片方に載せた。

 ワルフの喉仏が固唾を呑みこむのがわかる。


「ただし、もしあなたがこの辺の裏事情には詳しいなら、ちょっと他にもいろいろと教えて欲しいことがあるのですよ。たとえば、イストリア・ピッグの裏取引の話とか……ご存じですか?」


「あ、ああ。知っている。いいぜ、その情報ごと、売ってやろうじゃねーか」


「ありがとうございます。よい商談ができましたね」


 ロストはオオカミの顔のまま、ニッコリと笑って見せた。

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