第36話:2つの計画書

「シャルフが……殺されたというのか?」


 サウザリフ自由同盟の北東に位置するノーダン領を支配するノーダンは、使いの者の報告に眉をひそめた。

 ただ、その顔はオオカミのそれのため、鼻が上がって歯茎と牙がむき出しになる。


「はい、領主様。わたくしがいつもの場所で待っていたのですが現れないため、例の通路に侵入してみたのです。すると見たこともない冒険者たちがおりまして……」


 同じワルフ族の部下は、その後に彼らの後をつけて会話を盗み聞きしたらしい。


 ワルフ族は、いわゆる狼男の姿よりも少し普通の人間タイプメインレイスに近い。

 頭部こそオオカミのものだが、背筋はほぼまっすぐにのび手足が少し獣じみているのと、体毛が人より濃く生えているぐらいだ。


 ただ、その耳と鼻はメインレイスよりも少し優れている。

 だから、その部下も離れたところから声を聞くことができたのだろう。


「ふ~む……」


 ノーダンは、執務机の上で頬杖をついて低く唸る。

 これは、ノーダンにとって青天の霹靂だった。

 せっかく確保できていた資金源が途切れてしまう。


「その冒険者たちは何者で、目的はなんなのかはわからんかったのか?」


「申し訳ございません。なにぶん、向こうは人数がいたためわたくし1人では……」


 確かに危険度が高すぎる。

 もし万が一、捕まりでもしたら、下手すればこちらの動向までバレてしまう。

 ノーダンにしてみれば、これはイストリアにもサウザリフにもバレては困る話なのだ。


「仕方ないか……」


 灰色の頭を何度か掻いてからため息をもらす。

 今日は予定通りならば、イストリア・ピッグの取引日だった。

 高く売りつけるついでに、旨い肉を食えるチャンスでもあったのだ。


 イストリア・ピッグがなぜイストリアの地でしか育たないのかは、魔力の影響だと言われているが、正確なところはわからなかった。

 そのためにイストリアから仕入れるしかなかったのだが、イストリア・ピッグには高い関税がかけられて、しかもわずかな数しか出荷されず、競りではいつも高額な価格がつく。


 対してシャルフが治めていたプニャイド村は、サウザリフには稀少なイストリア・ピッグの養豚を順調に成功させている。

 ここから関税をかけずに購入できるイストリア・ピッグは、転売すれば非常にいい商売になったのだ。


「わかった。下がれ。あと、しばらく1人で考えたいから、部屋に誰も近づけさせるな」


 部下を部屋から追いだすと、ノーダンは背もたれに深く背を寄りかからせる。

 広い執務室に、ノーダン以外は人の気配がない。


「あなた様は……どう思われますか?」


 だが、彼は誰もいない部屋で語りかけた。

 それに返事をする者はいないはずだ。


「そうだな。たぶん、それは事実だろう」


 ところが、声が返ってくる。

 それはソファの影から聞こえてきていた。

 その影が不意に高さを得ると、一気に人型になる。

 影はそのままソファに腰かけた。

 輪郭しかない、光を返さない真っ黒な人型のシルエットだ。


「ずいぶんと自信があるのですね」


「確かにほとんどの冒険者がまだ50台のタイミングでは、シャルフが斃されるなどとても信じられない事だ。が、おれには確証がある」


「確証……ですか。どうせ伺っても答えてもらえぬのでしょうな」


「答えぬというより、答えられないな。あんなふざけた神を名のる者の話など……」


 影の言葉に、珍しく苦々しい感情を感じる。


「神? よくわかりませんが、それよりシャルフはそれほど強かったのでしょうか? 確かに腕は立ちそうでしたが、さすがに冒険者1パーティもいれば余裕で斃せたのでは?」


「もし第二形態になっていたら、それでも不可能だろうな……」


「第二形態? 例の悪魔化の力ですか」


「ああ。ともかくシナリオが想定よりも早めに進んだにすぎない。おれは奴に依頼していた実験の成果が欲しい」


 影の言葉に、ノーダンは鼻で嗤ってから応じる。


「それもたぶん、シャルフを殺した冒険者どもが奪ったに違いないでしょう」


「かもしれん。そちらはおれがなんとかしよう」


「畏まりました。何かありましたら、またご連絡をいたします」


 ノーダンの言葉を最後に、影は溶けるように消えてしまった。


「ふん。相変わらず不気味な……」


 ノーダンは席をすっくと立ち、背後にあった窓に近づいた。

 斜陽が彼の服を照らす。

 青地に金の刺繍のベストがきらきらと赤銅の光を返す。

 それにはソイソスの紋章が描かれているが、もちろんクレストではない。


(私が望むのは、サウザリフ・クレスト。金の力が物をいうこの国で頂点に……)


 そして夕暮れの街を眺める。

 ノーダンが育てた商業の街。

 サウザリフ自由同盟の中で唯一、奴隷とイストリア・ピッグが手に入りやすい街。

 両方とも闇市場だったが、やはり需要があるのだから商売になる。


(こちらも少しシナリオが早まっただけか。もともとシャルフは始末して村を奪う予定だったしな。流れの冒険者にあの村の価値はわかるまい)


「私が有効に活用してやろう……」


 最後は感情が高ぶり、独り言ちてしまっていた。




   §




 創世神クリアによるクレスト会議で決められるバージョンアップ内容は、毎回たった1つらしい。


 バージョンアップの提案者は、勇者魔王ソルト。

 提案内容は、「冒険者にしか効果がない各種ポーションを冒険者以外の全種族にも効果があるようにして欲しい」というものだった。


 ちなみにこのソルトという魔王は、かなり変わった設定のキャラクターだ。

 もともと古き時代に人々から「勇者」と称された、最強の戦士だったらしい。

 しかし戦いの末、悪魔の力を受けすぎて自身も魔物となってしまったのである。


 以来、彼はその力から魔王となり、積極的に人間の国と交流はしなかったが、争うこともせずに人との共存を目指す国を作っていた。


 そんな彼がずっと望んでいたのが、冒険者と同じように他の者の怪我を簡単に治す手段だった。

 ポーションで誰でも手軽に傷を癒すことができるようになれば、多くの国民が助かるという想いが、提案する彼からはうかがえた。


 そしてそれは、クリアにより承認された。

 直後、提案は事実となる。

 ポーションは、冒険者以外にも効果があるようになったのだ。

 ただし、リバイブ・ポーションという行動不能状態からの復活薬だけは認められなかった。

 なぜなら、冒険者以外に行動不能状態というのが存在しないからだ。

 それでも、ポーションで救われる者も多くなるだろう。


「そして、死ぬ者も増えるでしょうね」


「そうね」


 ロストの言葉に、レアが同意した。

 クレスト会議があった日の夜、幹部である6人でロストの仕事部屋に集まっていたのだ。

 ソファにレアとラキナ、シニスタとデクスタが座っている。

 ロストは自分の執務机につき、その横にはフォルチュナが立っていた。


「どうして死ぬ者が増えることになるのですかですわ?」


 デクスタが首を捻ると、横に座っていたシニスタが答える。


「そ、それはね、普通の兵士さんたちも、たくさん戦場にでることになるから……」


「わからないですわ。兵士さんはもともと戦う人たちではないですかですわ」


「そ、そうなんだけど、そうじゃなくて……」


 うまく説明できないシニスタの代わりに、ロストが説明を続ける。


「国同士の争いでは、一般兵士はサポートで、戦いのメインは冒険者資質のある者による少人数先鋭による戦闘だったのです。だから、国家間戦争は小競り合いだったとも言えます」


「冒険者の方が強いからということですかですわ?」


「強いというより、コストパフォーマンスがいいからです。ポーションや魔術で回復はできますし、行動不能状態になってもそうそう死ぬことは少ない。互いに冒険者ですからね。戦って相手を倒しても、普通はリバイブを邪魔するようなことはしませんから」


「なるほどですわ」


 納得するデクスタに、レアが説明を引き継ぐ。


「それに対して、一般兵士は怪我をしたら戦力が低下で、死んだら終わりだったでしょ。ぶっちゃけ冒険者よりも数がいても、無駄な消費が多いわけ。でも、ポーションが使えるとなると話が変わってくるわ」


 横でラキナがうなずく。


「そうなの。ポーションがあれば、死にかけの兵士も簡単に元通りにできるの」


「そういうことね。冒険者ほどではないにしろ、今までとは比べものにならないほどの戦力になるわ」


「そ、それって、戦争が激しくなるってことですわ」


 顔を強ばらせるデクスタに、シニスタが横でうなずく。


「そ、そうね……死人がぁ、たくさん……たくさん……うふ……でるかも」


 なぜ途中で笑いがもれたのか気になるが、ロストは話を続ける。


「というわけで、助かる命も増えるかもしれませんが、戦況が激変すればそれ以上の死人がでる可能性が出てきました。その前に、我々が早く動かなければならないことが2つあります」


 ロストはそう言ってから、話題を受け渡すようにフォルチュナを見た。

 その指示を受けとった彼女は首肯する。


「はい。まずは、ポーションの確保……というより、ある薬師の保護です」


「保護ですの?」


 ラキナの問いに、フォルチュナはまた深緑の髪を揺らしながら首肯する。


「はい。実はカティアさんに王都の薬師の話を聞いたら、4人いる薬師の1人が彼女の親戚だというのです」


「食堂のカティアさんですの? へぇー。けっこう、細かい設定があるものですの」


「はい。それがゲーム時代からの設定なのか、創世の女神クリア様が作ったのかわかりませんが、ともかくカティアさんも親類の薬師を保護して欲しいと」


「まあ、ここからはポーションをどれだけ確保するかの奪い合い。薬師は重要な役割になるものね」


 レアが肩をすくませながら語った。

 ちなみにポーション等の薬の調合を行うためのスキルは存在する設定にはなっていた。

 しかし、今のところまだスキルエッグは発見に至っていない。


 となれば各国は、薬を作る知識と技術のある薬師の確保に走るのは明白だ。

 場合によっては、他国に奪われないように幽閉までするかもしれない。

 力尽くでもしなければ、国の危機にもなりかねない。


「ならば放ってはおけませんから、カティアさんに王都へ行ってもらって薬師の方と話をしてもらいました。すべてを信じてはもらえませんでしたけど、つい先ほどドミネートへの加入には応じてもらえました。これで【ムーブ・フレンド】なども使えますし、フレンド会話もできますから、いざとなれば助けることも可能でしょう」


 そしてロストは、視線をデクスタたちに向けた。


「というわけで、そっちは解決しましたが、もうひとつの問題があります」


「はいですわ。シャルフ屋敷の探索ですけど、ほぼ済みましたですわ。ですけど、やはりソイソスの中にはわたくしもシニスタも入りにくいのですわ」


 確かに獣人が多い中で、天使や悪魔のような姿の2人は目立つだろう。

 一番の問題は、そのサウザリフ北部エリアがゲーム時代に未開放だったことだ。

 プレイヤーが混ざれるならば、多種多様な種族がいてもおかしくなくなる。

 しかし、サウザリフ自由同盟の中で開放されていたのは南の半分ぐらいだけだったのだ。


「あの抜け道を活用するには、ソイソスとのつきあいを考えなければいけません」


 ロストは意を決して告げる。


「ソイソスは僕が行きましょう」


「えっ、ずるい! わたしが行くわよ!」


 レアがガバッと席を立った。

 そして横でラキナも「行く」と続く。

 だが、それを認めるわけには行かない。


「何があるかわからないので、少しでもレベルが高い僕が行きます」


「うっ……痛いところを。なら、一緒でいいじゃない。それとも、相棒を置いていく気なのかしら?」


「すいませんが、相棒として留守をレアさんに任せたい」


「へー。相棒って認めちゃうの? ずっと違うって言っていたくせに」


「認めますよ」


「……へっ?」


「今さら否定しませんよ。サブマスターのレアさんは頼れる相棒です」


「……ずるい」


 レアがうつむいて席にストンッと座る。


 その顔色は見えないが、ロストとしてみればそれは正直な気持ちだ。

 この中でもっとも長く時間を共にしてきた戦友である。

 誰かを頼らなくてはならない今、一番頼れる相手は彼女をおいて他にいなかった。


「ご、ごほんっ……」


 横でフォルチュナがわざとらしく咳払いをした。

 どうしたとロストがふり向くと、どこか少しふくれた感じで彼女が開口する。


「えーっとですね! あ、あの……そう、レイさんはどうするんですか? ロストさんは『泳がしておいて』と仰いましたけど」


 ちょっと口調がきつい気がするが、ロストはあえて受け流す。


「そうですね。今回のクレスト会議で彼の裏もわかった気がするので、もうしばらく泳がせましょう。好きに調べさせてください。ただし、悪魔第二形態を止めた方法と、村人たちを冒険者にした方法に関しては話さないようにしてください」


「レイさんに関して……いい方法……あるの。に、逃げちゃわないように、い、淫夢に閉じこめてぇ……瀕死にしておくぅ……とか」


「それ、いい方法じゃありませんから。なんで瀕死にするんですか……」


 いつも通りのシニスタの怖さに、ロストは頭を抱える。


「彼は逃げようと思えばいつでも逃げられますからね。むしろ、とどまるようにするためいろいろな情報を少しずつ与えて飽きさせないようにしてください」


 ロストは、少し楽しくなって口角をあげる。


「たぶん、彼にはあとで大事な役割を担っていただくことになりますからね」


 自分で言っていて、まるで悪党のような台詞だなと思うロストであった。

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