第34話:レイの報告書③

 雨と泥で汚れてしまったレイは、勧められたままに風呂にはいった。

 そして、アイテム・ストレージにしまっていた着替えをとりだして身につけた。


(こんなところで、お湯につかれるとは思わなかったっす)


 風呂は公共用のようで、10人ぐらいが入れそうな浴槽と洗い場が作られていた。

 温泉ではないため、別に沸かした湯を湯船へ少しずつ流しこむことで、お湯を循環させて温度を保つようにしているとのことだが、これは冬には使えない手だろう。

 どうやらこの仕組みは、あくまで臨時のようで、冬までには機器の工作ができる鍛冶師を招き入れて、もっと設備アップを図る予定らしい。


 そういう計画を聞かされると、ロストがどれだけ本気でこの地を豊かにしようとしているのかわかる。

 だが、一方でなぜこの村にそれほど力を入れているのかわからない。

 快適な生活をしたいだけならば、王都に住んだ方がよほど楽なはずである。


(まだ調査が必要っすね……)


 もともとレイは、シャルロットの命令で嫌々ながらここまできた。

 しかし、今は好奇心の方が強くなっている。


 斃せないはずの悪魔をどうやって斃したのか?


 村人たちは、どうして冒険者になっているのか?


 どうしてロストは、あれほど村人たちに好かれているのか?


 そしてロストは、これからどうするつもりなのか?


 この疑問の答えを知るまでは、シャルロットに帰還を命令されても断るつもりだった。

 もともと彼は、危険を冒すことをするタイプではないが、同時に人より好奇心が旺盛でもある。

 危なくないなら、調べられるだけ調べてから帰りたい。


 与えられた客間らしきところで、そんな思惑を抱いていると、しばらくして食事の用意ができたと招かれた。

 携帯食は持ってきているが、食事ができるならありがたいと招きに応じる。


(なるほどっす。彼らがドミネートの幹部っすか……)


 部屋に入り、長いテーブルに向かっている面々に、レイは会釈しながら挨拶する。

 座っているのは、6人。

 レイは目線を合わせないように、全員の顔を覗う。

 そして子供の冒険者たちから、世間話のようにして聞きだしていた情報を思いだす。


 ユニオン【ドミネート】には、ロストを含んで6人の幹部がいる。

 村人たちは、【六勇者】と呼んでいるらしいが、6人ということはつまり1パーティーということだろう。

 そして、このパーティーが悪魔を斃したのだそうだ。


(とはいえ、いくら強くても第二形態は斃せないはずなんっすよね。まだ調整中でレベル75に設定されていたっすから……)


 しかし、村人たちは悪魔を斃す彼らを見ているという。


 確かにレアなどは、強力なスキルと武具をそろえ、技術も高い5本指に入るランカーである。

 それにロストも、聞いたところによればハイレベルな強さを誇るという話だ。

 だが、他の者たちは平凡どころか、レベル50に達していない者もいたらしい。

 それならば、25レベル差は絶対に覆せない。

 いや。全員がレアと同じ強さを持っていたとしても6人では不可能なことなのだ。


「みなさん、彼が先ほど話したレイさんです。客人として招いていますので、そのように接してください」


 友好的な紹介をロストから受けるが、テーブルに着いた者たちは単純に歓迎ムードという感じではない。

 特に青く輝く髪をしたわかりやすい人物――レアは、その琥珀色の双眸に怪訝さを隠していない。


「では、こちらのメンバーも紹介しておきましょう」


 長いテーブルの上座に立つロストが、1人ずつ紹介していく。

 右横に座っているのが、サブマスターにあたるレア。

 その隣には、ラキナ。

 左横に座っているのが、ロストの秘書的な役割をこなすフォルチュナ。

 その隣には、シニスタとデクスタという少女の見た目をした姉妹。


「食事が冷めたらもったいないですから、他のメンバーはまた後ほど紹介しましょう。レイさんはあちらに」


 次々とチャシャ族により運ばれてくる料理を前に、ロストは微笑しながらそう言った。


 そして、レイはラキナの隣に座らされる。

 だが、その時にラキナの横顔を見て記憶に何かひっかかる。


(あれ? ラキナさん……どこかで見た気が。確か……あっ! あそこだ!)


 レイは、ラキナが王都のとある場所で男から女になってしまった苦悶を相談してるところをコッソリと見ていたのだ。

 確か、好きな相手に近づきたくて女性キャラを使っていたと語っていたが、その相手はきっとレアなのだろう。

 出歯亀っぽいが、こういう話は大好きだ。

 彼女の話は少ししか聞けなかったが、数いる強制性転換TSプレイヤーの中でも最も興味を惹かれた相手だった。


(また楽しみ……じゃなく調査対象が増えたっす! ……でも、あの時に話していた相手はいないっすね。このユニオンのメンバーじゃなかったっすかね?)


 レイは、さりげなく周囲を見まわす。

 小綺麗で長方形の白い壁に包まれた部屋。

 飾りつけもなく、決して豪勢ではないが、だいたい20畳ぐらいの広さはある。

 窓が横に3つほど並び、外から微風と陽射しが入りこんでいる。


(純朴でいい家っすね……)


 この建物はわりと大きく、部屋数もかなり多そうだ。

 少なくとも片手間に建築魔法スキルを手にいれた者が作れるレベルではない。

 これは、やはり建築師がいるはずだ。

 今、建築師は引く手あまただというのに、この村にわざわざ来ている人物にもぜひ会ってみたい。


「さて。食事しながらで悪いのですが、みなさん忙しいから報告会もかねさせてもらいますね」


 素朴ながらもしっかりした味付けの料理を楽しんでいると、ロストがそう口火を切った。

 てっきり、自分のことを根掘り葉掘り訊かれると思っていたレイは肩透かしを食らう。

 むしろ、報告会など自分から情報を流してくれるようなものである。

 ありがたいが、さすがに話がうますぎる。


「ちょっとロスト! それは――」


 レアがチラリとレイを一瞥し、そのあと無言でロストを見つめる。

 ロストもレアを見つめている。

 これは別に視線で愛を語っているとかいうものではない。

 2人は、直接チャットしているのだろう。


 しばらくすると、レアがかるくため息をつく。

 その後、ロストが一通り全員の顔を見わたす。


(なるほどっす。パーティー会話か何かで根回し中っすかね)


 ロストが何を考えているのかわからない。

 レイの予想では、ロストがこちらの正体に気がついたということはまずないと考えられる。

 しかし、ロストがレイに対して何か思うことがあるのはまちがいないだろう。


 レイは気づかぬフリをして食事を摂る。

 だが気になりすぎて、先ほどまで味わっていたはずのスープやサラダの旨味の感動が消え失せてしまう。


「……わかったわよ。じゃあ、抜け道の方の説明をするけど」


 レアが口火を切った。


「つながった先は、サウザリフ自由同盟のノーダン領だったわ。近くの街はソイソス。獣人系の街だったから、ちょっと目立ちそうなので中には入れなかったけど」


「なるほど。ゲーム時代にはなかった街ですね」


「でも、設定だけはありましたね」


 フォルチュナが顎に人差し指を当てながら考える。


「確か……自由同盟の北側は獣人系の種族が多くて、プレイヤーで選べるワルフ族もその辺りの出身という設定ではありませんでしたっけ?」


(その通りっす。よく覚えているっすね、そんな細かい設定)


 レイは顔にださずに感心する。


 話にでた「抜け道」とは、シャルフ屋敷地下からの抜け道だろう。

 あれはビスキュイ森の端の方に出口があり、そこから少し歩くとイストリアと自由同盟をつなぐ街道に出ることができた。

 今はほとんど使いものにならない、ビスキュイの森を抜ける街道である。

 レイがロストに助けられた場所だ。


 そしてフォルチュナの言うとおり、サウザリフ自由同盟の北側には獣人系種族が多い。

 獣人系でプレイヤーが使えるワルフ族(オオカミ獣人)の他、バト族(トリ獣人)、ホンアニ族(動物の角をもつ獣人)、クア族(クマ獣人)、そしてチャシャ族(ネコ獣人)が明確に設定されている。

 リュド族(ドラゴン型の人)や他にも獣人がいるらしいということになっているが、そこはあくまで裏設定だ。


「僕がまず知りたいのは、シャルフがソイソスの誰と取り引きしていたかです。それを確かめる必要がありますね。シャルフがなぜ悪魔召喚の研究をしていたのか、はっきりとした理由がわかっていませんが、ヒントは取引先にあるような気もしているのです。まあ、あくまで勘ですが」


 それはいい勘だと、レイは口角が上がりそうになるのを抑える。

 これはまだではない。


「それと、メイン商材はなんだったのかが気になりますね」


 ロストの言葉に、レアたちが首を傾げる。


「え? 田畑で採れた穀物とかじゃないの?」


「そうかもしれませんが、商品として弱すぎます。それだけなら、別にこんなところでわざわざ作ったものでなくても、自由同盟内で作ればよいことになりませんか?」


「なら、自由同盟内で生産が間にあっていなくて、少しでも手にいれたかったとか?」


「可能性は否定できません。ただ、しっくりとはしませんよね。たぶん、作物も売っていたとは思うのですが、シャルフの金稼ぎとしては大した金額にはならないはずです」


 本当にさいかんぱつを見せる男である。

 レイは思わず舌を巻く。


「何を売りにしていたのか、その情報が欲しいですね」


「豚じゃないっすかね」


 そこでレイは、ロストの問いに答えてみた。

 なぜならその問いは、自分に挑んでいるのだと思えたからだ。


 情報戦は、一方的に引きだすだけではなりたたない。

 賭けるチップが必要なのだ。

 ただポーカーフェイスが苦手なので、レイは惚けてかるい感じで語ってみる。


「ああ、横から部外者がすいませんっす。ちょっと思いだしたことがあったもんっすから」


「いえ。情報はありがたいです。豚とは、イストリア・ピッグですか?」


「そうっす。それっす。えーっと確か……ムックだったっすかね。いや、ネット? 詳しくは忘れたんっすが、なんかの設定資料で見た気がするんっすよ」


 あくまでおちゃらけた感じで、すこしニヤつきながら口を動かす。


「確か『イストリア・ピッグはイストリアの土地でしか育てられない』という設定があったはずっす。理由までは忘れたんっすけど……」


「そういえば、イストリア・ピッグって他の地方で見ませんの。というか、他に豚みたいなのって見ませんですの」


 横でラキナが同意してくれて、レイは少しテンションが上がる。


「そうなんっすよ、ラキナさん。イストリア・ピッグは、いわばイストリアの特産品なんっす。そして、イストリアでは普通に食べられているんっすが、他国にはほとんど流通されていないんっす。流通しても高い関税がかけられているっす」


「なるほど。他では手に入らない貴重な豚肉に希少価値をつけているってことね?」


 レアの補足に、レイは首肯する。


「そうっす。そしてもうひとつ。獣人たちは、イストリア・ピッグが大好物なんっす。それなのになかなか手には入らないっすから、彼らにとっては贅沢品。獣人たちは、みんなイストリアに住みたいと思っているくらいっす。まあ、イストリアは開かれているとはいえ、冒険者以外の移住を許していないっすし、国内に入るにも厳しい条件をクリアしないと検問所を突破できないっす」


「……しかし、ここには検問所がない」


「そのとおりっす、ロストさん。ここは高レベルの魔物がウヨウヨといるビスキュイの森があるっす。豚を連れて通りぬけられるわけもないっす。そのおかげで、国のチェックは入らないわけっすよ」


「だが、シャルフはこの村で養豚しているイストリア・ピッグを抜け道から、ソイソスに流すことができた。それはきっと、高く売れたことでしょう」


「そういうことっすね。まあ、これはあくまで設定資料からの推測っすけど」


 嘘だった。


 いや。イストリア・ピッグに関する情報は本当ではあるが、「設定資料に載っていた」というのは、レイの真っ赤な嘘である。

 公開されている設定資料には一切、掲載されていない内容だ。

 掲載されているのは、非公開の設定資料。

 運営だけが知っている情報だった。

 しかし今さら、「どこかに載っていた」という虚実を確認することはできないだろう。


「貴重な情報ありがとうございます、レイさん」


「いえいえ。助けていただいたお礼にでもなればっす」


「非常に助かりました」


「それはよかったっす。……ところで、食事の後、村の中を歩かせてもらってもいいっすか?」


「もちろん。ただ、村の中は少し荒れていて危ないところもあるので、案内人をつけましょう」


「おお。それは助かるっす」


 レイは、ほくそ笑む。

 これは、タヌキとキツネの化かし合い。


 レイは観察が趣味で仕事だったおかげか、相手の意図を読むことに優れていた。

 そして、レイは感じとったのだ。

 ロストは、わざと自分に情報を流していると。

 そのために目の前で、自分たちがなにをしているのか知らせていると。


 だが、それは強制的な交換条件の提示でもあったのだ。

 取り引きするとも言っていないのに、情報を一方的に聞かせて、レイにも情報をだすことを求めている。


 むろん、レイは情報を流さず黙っていることもできた。

 しかし、そうすれば新たなる情報を得ることは難しくなっただろう。


 今、ながらも村を調べることを許可されたのは、この流れがあったからこそのはずだ。

 レイの正体に気がつくことはないにしても、情報を欲していることは勘づかれていると思う。

 その結果、取引先として試されている。


(でも、機微に聡い人は嫌いじゃないっす……っと。チャット呼びだし?)


 視界の隅に、小さな人の横顔マーク。

 思考操作でそれを選ぶと、相手の名前が横に表示される。

 それは、あまり話したくない上司の名前。



レイ≫ はいっす。どーしたんっすか?


シャルロット≫ どうしたも、こうしたもないの! 大変なのです!


レイ≫ なんっすか? 珍しく慌てて……。


シャルロット≫ それは慌てるに決まっています!

シャルロット≫ 先ほど、お父様が息をお引き取りになったのです……。


レイ≫ お父様?

レイ≫ 部長のですか?


シャルロット≫ お馬鹿!

シャルロット≫ シャルロットの父親に決まっているでしょう!


レイ≫ それはご愁傷様っす。

レイ≫ 香典でも贈った方がいいっすか?


シャルロット≫ それどころではありません!

シャルロット≫ 父親……国王が亡くなったのですよ!


レイ≫ ……あ……。

レイ≫ じゃあ、もしかして?


シャルロット≫ そうです。わたくしが、王になることになったのです。


レイ≫ マジっすか……。



 レイは固まった笑顔のまま、ロスト達に気がつかれないよう食事を続けていたが、とうとう味をまったく感じられなくなっていた。

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