第33話:レイの報告書②
――プニャイド村。
魔物のいる森に囲まれ逃げることもままならず、悪巧みをする大地主シャルフに苦しめられる村。
村人たちは、大地主シャルフに暴利を貪られ、村の田畑の収穫だけでは足らず、家畜と川で捕れるわずかな魚、それに危険な森で採れる山菜でなんとか食いつないでいた。
そのために貧相な建物が建ち並び、いつか訪れる勇者を待つことしかできない、悲しいチャシャ族の住まう村。
この村は、そんな見捨てられた村として設定されていた。
クエストのシナリオ的には、ここに勇者が現れてシャルフを諭すところから始まる。
しかし、シャルフは取り立てをあきらめないと捨て台詞を残して去って行く。
村長から詳しい話を聞いて、勇者たちはシャルフの館に行ってもう一度、話をすることにする。
しかし、そこには低級ながらも悪魔がいて、それを退治しなくてはいけなくなる。
そして、勇者たちはシャルフが悪魔召喚を実現しようとしていることを知る。
館にシャルフがいないため、勇者は慌てて村に戻る。
すると、村はシャルフ・デモナに襲われていて壊滅状態である。
そのシャルフ・デモナを斃すと、殺した村人たちの魂を使ってシャルフ・デモニという第二形態に変化。
最終的にシャルフ・デモニを斃すと、村人の中で4人の冒険者の子供だけは蘇らせることができる。
かくして、クエストのエンディングでは4人の子供達以外、誰もいなくなったこの村と屋敷だけが残る。
レイにしてみれば、なんとも後味の悪い、シナリオライターの性格の悪さを露見するようなストーリー展開だった。
しかも、そもそも少数民族のチャシャ族は、これで全世界で10人ぐらいしか生き残っていないという設定になるはずだった。
チャシャ族は戦闘に秀でた種族のひとつで、これでチャシャ族の希少価値が増えて、今後のストーリー上の展開にも大きく影響する予定だったのだ。
(村が襲われるのも、もともとチャシャ族の戦闘力のせいという裏設定があったっすよね、確か。なのに……)
レイが考えていた荒廃した景色は、そこには欠片も見られなかった。
「こんな所に村があったのも驚きっすけど……すごいきれいっすね」
驚いたふりをするつもりが、レイは本気で驚いてしまう。
村へ入ると、中央にまっすぐな道が延び、手前には整地された広場が広がっていた。
王都のように立派な噴水などはないし、きれいな石畳などはないが、ちょっとした日よけ用の屋根にベンチなどが設置してある。
きっと将来的には、ここにいろいろと作られるのだろうと感じさせる。
その向こうに数はすくないものの、きれいで立派な建物が整然と並んでいる。
この付近だけ見れば、村と言うより町という雰囲気がある。
だが、おかしい。
この村に、これだけの建物を建てる資金などないはずだし、そもそもこの短期間にこれだけの建物を建てるには専任の建築師が必要なはずだ。
いや、ベンチなどもあるということは、木工師もいるはずである。
少し進むと、建物の奥もうかがえた。
そこには広大な田畑が広がっている。
そちらの方まで見ると、やっと争った形跡がうかがえた。
一部の田畑が荒らされていたり、焼け焦げた廃材の山なども隠すようにだが見えていた。
(やっぱり、襲われたことはまちがいなさそうっす……)
それなのに、村には多くの村人の姿が行き交っていた。
しかも、明るい笑顔であふれている。
「ロスト様、この雨の中もレベル上げ……ありがたいですが、お気をつけくださいませ」
「ロスト様~。お疲れ様です! おや? また、お客様ですかい」
「ロスト様、山菜がたくさん採れたから、あとで調理して持っていくよ」
老若男女関係なく、誰も彼もがロストを見つけると、頭をさげてから嬉しそうに話しかけてくる。
その村人たちから感じるのは、ロストに対する敬愛、心酔、
(完全に村人の心を掴んでいるっす……)
ゲーム中の噂では、ハズレスキルばかり好んで使うために、変わり者として爪弾きにされていたと聞いていた。
だが少なくとも、ここの元NPCたちにはかなり人気があるようである。
「ロスト様~!」
そこにまた、おのおのにロストを呼びながら近づいてくる者たちがいた。
実物を見るのは初めてだが、その4人の
この村で最後まで生き残るはずの4人の子供たちだ。
「ロスト様! ずるいですよ、なんでオレたちもレベル上げに連れて行ってくれないんっすか」
「ぼくたちには、まだ森は早いじゃない、ブロシャ」
「なに言ってんだ。もう行けるって。まあ、おまえは留守番した方がいいかもな、クリシュ」
「な、なんでそういうこと言うのさ……」
男の子の2人が言いあっている横で、2人の女の子がそろってロストにタオルをさしだす。
「ロスト様、早く濡れたお体を拭くでござるミャ」
「ボクが拭いてあげるニャン」
「ずるいでござるミャ、チュイル。ジュレも拭いてあげるでござるミャ」
されるがままになっているロストを2人の女の子は、尻尾を振りながらも甲斐甲斐しく世話をする。
先の男の子2人も尻尾を振りながら、自分が扱えるようになったスキルの自慢を競うようにロストにアピールしていた。
チャシャ族の設定をつけるときに「ネコが元ならイヌと違ってこんなに尻尾を振らないのでは?」という意見があった。
しかし、設定チームのリーダーが「尻尾を振った方が絶対かわいい!」と押しきったというエピソードは、開発チームで有名だ。
だが、なるほど。
確かにその通りだと、レイは今の様子を見て納得してしまう。
ぶんぶんと振られるネコ尻尾が並ぶ様子はなんとも愛らしい。
(しかし、この4人は冷酷非道な復讐の鬼となって、悪魔狩りを始め、プレイヤーたちとストーリー上でぶつかる予定だったっすよね……。この様子をシナリオライターが見たら、どう思うんっすかねぇ)
レイは思わず含み笑いしてしまう。
「ところでロスト様。あの方はお客様ニャン?」
淡々とした口調の女の子が、まるで今、初めて気がつきましたかのように尋ねた。
「ええ。お客様です。レアさんたちは、どこにいらっしゃいますか?」
「レア様はラキナ様と、雨で汚れるのはイヤだからって訓練所で練習してたぜ」
「では、ブロシャさんとクリシュさんは、レアさんたち幹部に、しばらくしたら私の家に食事に来るように伝えてください。ジュレさんは村長にお客人が来ていることを念のために連絡を。チュイルさんは先に僕の家で、お客人を迎える用意をしておいてください。昼食の準備もお願いします」
4人ともハキハキと返事をすると、ぱっと蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
その様子をレイは、ほほえましく眺める。
「すいません。騒がしくて」
「いいえっす。すごく懐かれているっすね。ところで、レアさんって方はもしかしてあの五強のレアさんっすか?」
「ええ。あのレアさんです」
「へー。有名人とお知り合いなんっすね。他にもここには冒険者さんがいらっしゃるんっすかね」
「ええ。まあ」
「ほう。どれどれ……」
その話の流れで、レイはフローティング・コンソールを開いてすばやく検索をかける。
正直、この村の様子は想定外だ。
どうしてこうなったのかわからない。
とにかく情報が足らない。
まずは、いったい何人で高レベルの悪魔を撃退したのか、そして村人に一体どのぐらいの被害が出たのか確認しなくてはならない。
(かなりの人数が……へっ!?)
レイのプレイヤーサーチ機能は管理者用のため、プレイヤーが「サーチに表示しない」設定にしていても、すべて問答無用で表示される。
その結果、この村にいる人数は、130人。
限界を突破して、レベル50超えが3人もいる。
最高レベルは、ロストの60。
ゲームとは違い、寝食を忘れて引きこもることなどできない状態で、このレベル上げ速度は驚異的だ。
しかし、そんなことよりも驚くべき結果がそこにはあった。
ここにいる130人全員が、なんと冒険者として表示されているのだ。
元プレイヤーらしきものたちを除いた110人強がレベル1桁の冒険者になっていたのである。
そしてこの人数を考えるに、たぶん死者は誰1人としてでていないのだろう。
「どっ、どういうことっすか、これ……」
思わずレイは、ロストを問いただすような目を向ける。
「な、なぜ、一般人だったはずの元NPCが冒険者になっているんっすか!?」
「……ここでは、『元NPC』という言い方は禁句です。『先住人』と呼んでください。我々は『異界人』なんですから」
「そんな呼び方はどうでもいいっす! それより事情を教えて欲しいっす! しかも、村人全員があんたのユニオンメンバーって……いったい、あんたは何をしたっす!?」
空恐ろしさを感じて、レイはむきになる。
もし、本当にロストが一般人の元NPCを冒険者に変えてしまったとしたら、それはほとんど神の所業ではないか。
下手すれば、部長――シャルロットが言っていたとおり、世界の秩序を壊すことになりかねない。
なにしろ、ロストはユニオンメンバーのレベル限界をあげることができる【支配者の寵愛】をもっている。
それを使えば、この村人全員が強力な戦力になりかねないのだ。
「まあ、いろいろとありました」
「い、いろいろってなんっすか!?」
「そうですね。気になるならお話ししてもいいですよ。ただ……」
ロストの双眸に剣呑さが浮かんだ気がして、レイは固唾を呑む。
相手はレベルにして10は上の存在。
まともに戦えば、負けは必然だろう。
ただ、いざとなれば村の中からならば、【ムーブ・ホームポイント】で逃げることも可能である。
「ただ……なんっすか?」
「ただ……まずは着替えて、みんなで昼飯でも食べませんか?」
「……え?」
「濡れて寒いですし、僕は朝抜きのため、お腹も空いてしまいましたからね」
そう言うと、ロストはとっとと背中を向けて歩きだしてしまったのである。
(つかめねぇ人っすね……)
レイは小さなため息と共に強ばっていた肩の力を抜くと、その後を黙ってついていくことにしたのである。
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