第26話:ハズレなかったレアの陰謀
レアはロストと共に、とりあえず後退してフォルチュナたちの所に集まった。
気持ち悪くてあまり見たくはないが、悪魔【シャルフ・デモナ】を観察する。
ハエの体は、ピンで刺された昆虫標本よろしく地面に串刺しになり、身じろぎひとつしない。
プレイヤーキャラと違い、魔物は倒すとわりと早めに消えていく。
だが、消える様子は一向に見えない。
そして、第二形態への変化もない。
「どうする? ロスト」
レアの問いに、ロストが両肩をすくめて苦笑する。
「困りましたね。本当に第二形態があるならば、このまま逃げるのが得策かもしれませんが変化しませんし……」
ロストの口調は、すっかり元に戻っていた。
たぶん、ロストの中にあった激しい怒りが、今は別の感情になってしまったのだろう。
先ほどまでの様子が嘘のように落ちついた雰囲気を醸していた。
「ロストさん……RPSが戻ったんですね?」
フォルチュナが怖々と背後から尋ねた。
まあ、あれだけ変われば、誰でも心配するだろう。
「すいません」と謝るロストの横で、レアは口を挟む。
「初めてだとビックリするわよね。ホント、極端なのよ、こいつ」
「い、いえ。その、普通のRPSのはずれ方とは少し違ったようなので、心配になって……」
そう。ロストのRPSの
普通の人は、「RPSの制御からはずれる」と言っても完全ではない。
たとえばラジオンの様に、本来の性格とキャラクターロールとして設定された性格が複雑に混ざってしまうものである。
本来の性格に戻ったとしても、あまり長く続かなかったり、口調が混ざったりする。
一言で表せば、
だが、ロストのハズレ方は、ある瞬間から完全に本来の性格に戻ってしまう。
しかも、それがわりと長く続くのだ。
「それに今回のキャラロストは、特に長かったしね」
「キャラロスト?」
「ええ。あの状態のロストのことをわたしはそう呼んでいるの。キャラクター
レアはそう言ってから、クスクスと笑う。
こう言えば、ロストがどう反応してくるかわかっているからだ。
「ですから、その呼び方はやめてくださいとお願いしたではありませんか。まるで、キャラクターデータがなくなったみたいで……」
「なら、ロールロストでもいいけど? あれだけ変わるんだから名前でもつけておいた方がおもしろいじゃない」
「おもしろいというなら、レアさんの変わり方もちょっとおもしろかったんですけどね? なんですか、あのギャルっぽい口調は?」
ギクリとレアは全身を強ばらせる。
果たしてこの世界にRPSが存在するのかよくわからないが、自分でもRPSがきれたように素がでてしまっていたことは気がついていた。
ごまかせるかと思っていたが、さすがに無理だったようだ。
こうなればと、レアは開きなおる。
「なっ、なんですかって……別にいいでしょ。年相応なんだし」
「……はいっ?」
「……えっ?」
「……まさかっ!?」
ロストだけではなく、ラキナやフォルチュナまでもが目を丸くする。
そんなにショックな事なのかと、レアは顔をしかめる。
「な、なによ?」
「も、もしかして、レアさんって……中の人……というか前世は高校生ぐらいとか?」
ロストの質問に、レアは腕を組んで答える。
「そうよ。元16才の高校生だけど……悪い?」
「と、年下……しかも16……」
なぜだかわからないが、ロストががっくりと肩を落とした。
まったく失礼だと、レアはふくれる。
こんなに若い女の子と、一緒に遊べていたのだから喜ぶべきではないか。
「そういうロストの中の人は何才だったのよ?」
「……26……」
「へぇ~。オッサンだったんだ!」
「うぐっ……」
先ほどの悪魔戦でも大したダメージを受けていなかったロストが、まるで大ダメージを受けたように片膝をつく。
なかなかクリティカルな一言だったらしいと、レアは少し楽しくなる。
「レ、レア様……JKだったなんて……」
ラキナも驚いているのか、愕然としている。
だが驚いたという意味なら、レアの方がラキナに対して驚いている。
「そうだけど、それよりもラキナの方が驚きよ。中の人、男だったのね?」
「あっ……い、いえ……そんなことは……」
レアは、ラキナが村人たちの惨劇を目の前にしてRPSがはずれたときの感じを思いだす。
その口調が男っぽかったので鎌をかけてみたのたが、見事に動揺しているところを見るとアタリだったらしい。
ラキナの目が右に左にとせわしく動いている。
「ふーん。やっぱ、そうなのね」
「あ、あの……ボクは……」
「まあ、いいわ。昔のことだし、今はネカマではなく、正真正銘の女の子だしね」
「お、女の子……ボク?」
「そうよ、立派な女の子! ……ほらっ!」
ラキナがあまりにも不安そうな顔をしているので、レアは正面に立つ彼女の胸を片手で揉んだ。
「――キャァッ! レレレッ、レア様!? なにをっ!?」
すぐさま、ラキナが動揺して自分の胸を両腕で隠す。
顔が真っ赤になり、涙目で口がアワアワと無駄に動いている。
胸を揉んだレアの方が、どことなく恥ずかしくなるほどだ。
「ほら、もう完全に女の子の反応じゃない」
「…………」
ラキナが大きな衝撃を受けたような顔を見せる。
絶句して言葉が継げなくなる口を両手で覆う。
その顔は青ざめていて、まるで死の宣告でも受けたかのようだ。
レアにしてみれば、大したことを言ったつもりはなかった。
今のポーズでさえ、レアにしてみればかわいらしい女の子のポーズだ。
なにがそんなに気になったのかわからない。
「み、みなさん……」
そこに申し訳なさそうに、シニスタの声がわってはいる。
「た、楽しそうにご歓談中ですが……おおお、お忘れではありませんか?」
「悪魔の第二形態はどうなったんですわ?」
それに続くデクスタの問い。
もちろん、レアたちとて忘れていたわけではない。
ただ、なにも変化しないのではやりようがないのだ。
「正直、わかりません。変化するならもう変化しているはずだと思うのですが、ゲームとはいろいろと違うところもあるので、もしかしたら第二形態はないのかもしれません」
ロストが顎に手を当て、思考を巡らせながら説明を続ける。
「とりあえず、MPの回復はしっかりとしておきましょう。それと逃げることも考えて、冒険者資質があった子供達だけはリバイブを」
「ちょっと待って、ロスト。その件なんだけど……」
レアは、動きだそうとするロストを呼びとめた。
そして念のために、ちらりとラキナを見る。
と、彼女は察したようにコクリと頷く。
つまりラキナは、
ならば、ばれるよりは自分から説明しておくべき事がある。
「どうしました?」
怪訝な顔を見せるロストに、レアは少し気まずそうに開口する。
「タグ表示、バトルモードよね?」
「ええ。もちろん」
タグとはこの場合、視界に映るアイテムに対する説明や名前などの注釈が出る機能である。
たとえば、落ちているアイテム名や、知っている人物の名前などが、注視することでその物や人物の上に表示される。
今、レアもロストを注視すれば、ロストの頭の上に「ロスト Lv50」と表示される。
ちなみに、バトルモードという表示設定にしていると、敵性魔物や戦闘中のキャラクター、そしてパーティーメンバーに対してしかタグが出なくなる。
戦闘中によけいなタグを表示させると、視界が悪くなるからだ。
「なら、ノーマルモードにしてみて」
「なんなんです? まあ、あの子たちを復活させなくてはならないから切り替えるつもりでしたけど……」
訝しげな顔をしながら、ロストがかるく瞬きした。
そして次の瞬間、目をまん丸にして仰天する。
「なっ!? ど、どういうことですか!?」
ロストにも見えたはずである。
すでにノーマルモードにしていたレアに見えている、たくさんの光の球が。
白色光の電球よりも白く、しかし優しく眩しすぎない、野球ボールぐらいの玉があちらこちらにフワフワと浮いているのである。
それは、WSDプレイヤーたちが通称「
そして、WSD公式が言うには、行動不能という死亡状態になった冒険者たちの上に現れる、【リバイブ・ライフ】指定可能オブジェクト。
つまり、それに向かって【リバイブ・ライフ】を使用すれば、その下にある死体がどんなに欠損していようが、欠片の一つもなくなっていようが、生前と同じように蘇生される事になる。
「ちょっ、ちょっと待ってください。なぜあの子供達だけではなく……まさか、これ村人全員!?」
「正解。実はさ、ラキナに言って村人全員、ロストのユニオンに加入させておいたんだよね♥」
「――なっ、なぜ勝手に……あっ! まさか、
凄い剣幕で、ロストが顔を近づけてくる。
その迫力に、思わずレアは顔をそらす。
「い、いや、ほらさ。【リリース・リミットレベル+1】がたくさん欲しいから、ユニオンは早く大きくした方がいいじゃない? だけど村人に詳しく話したら、もしかしたら嫌がる人もでてくるかもしれないな……なんて♥」
「……そういうことですか。カティアさんを冒険者にしたとき、妙に自信ありげだったのは、ラキナさんから実験結果をすでに聞いていたからですね。……あなたという人は、自分の欲望のために」
ロストがあきれ果てた顔で、額に手を当てる。
確かに承諾をとらずにやったことは悪かったが、冒険者になることに利点はあっても欠点はないはずだ。
生活だって冒険者になったからといって冒険に出る必要はなく、今まで通り暮らせばいい。
ただ村人の中にはそういう利点を理解できず、未知に対して抵抗がある者もいるかもしれない。
しかし
それに、今回のようなことがあれば役に立つ。
「で、でもさ。ほら、そのおかげでみんな蘇らせることができるじゃない♥ 死んでから1時間以内だから急がないといけないけど」
「はぁ……たしかにそうですが……」
「でしょ? 【支配者の加護】さまさまだね!」
村人が冒険者になった理由は、【支配者の加護】というあの特殊スキルのためだった。
その効果にレアは気がつかなかったが、さすがロストと言うべきだろう。
ハズレっぽいものから、利用方法を探す感覚だけは飛び抜けていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【支配者の加護】
レア度:★5/必要SP:0/発動時間:0/使用間隔:0/効果時間:-
説明:特殊スキル。常時発動。当スキル所持の
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このスキルのキモは「
逆に言えば、「経験値の5%を得る者は冒険者として認識される」ということになる。
それからもうひとつのポイントは、プレイヤーしか検索できないプレイヤーサーチで、同じ人間として扱われている元NPCたちも検索できてしまったことだった。
ロストは、そのことから考えたのだ。
本来はプレイヤーサーチで見つけたプレイヤーをユニオンに誘うのだが、同じように元NPCたちも誘えるのではないかと。
つまりロストが見つけたのは、「ロストのユニオン【ドミネート】に入った元NPCたちは、ロストが経験値を得た瞬間、自分たちも5パーセントの経験値を得るために、冒険者になってしまう」という可能性だった。
そして、それは実証された。
WSDでは敵を倒さなくても戦闘行為で経験値が少しずつ溜まる仕様である。
ロストがラジオンを殴ったとき、経験値がわずかにはいり、それが【支配者の加護】によってユニオンに加入していた村人たちに配布され、彼らはその瞬間に冒険者の資格を得ていたのである。
そのことはすぐに、ラキナからレアに伝達されていたのだ。
「今さら言っても仕方ないことですし、確かに村人たちを助けることができますけど、蘇らせたら村人たちにきちんと謝らないといけませんね……」
ロストがまた頭を抱える。
だが、そんなロストをレアは好ましく思う。
別にロストが悪いわけではないのに、彼は自分が矢面に立って謝罪するつもりなのだ。
本当なら「レアが悪いのだから」と押しつけてもいいのに、彼はこういう時にも自らハズレくじを引く。
(ホント、いいやつ……)
レアがロストに感じている魅力は、レアアイテムを手にいれやすいからということだけではない。
レアはみんなに見えないように頬を緩めた。
「では、まずあの……冒険者資質のある女の子2人をリバイブしましょう。あの2人は確か、【リバイブ・ライフ】が使えたはず。使えなくてもエッグは買ってあるので、覚えてもらいリバイブを手伝ってもらいましょう」
ロストの提案に、フォルチュナが同意する。
「そうですね。これだけの方々をリバイブするのは大変ですし」
「はい。それにレベル50の3人は、なにがあるかわからないのでMPをそのまま温存しておきましょう。フォルチュナさん、シニスタさん、デクスタさんでリバイブをお願いします」
指名を受けた3人が力強く返事する。
これで村人たちも蘇る。
さて、その後はどうやって生きていこう。
ロストと一緒に、なにをしよう。
レアがそう前向きに考えていたとき、誰にも気がつかれずに悪魔の肉体がピクリと一瞬、震えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます