第27話:ハズレにしないリバイブ
「【リバイブ・ライフ】!」
フォルチュナとデクスタの声が重なる。
とたん、2つの光の玉が強い輝きを放ち始めた。
ゲーム中には思いもしなかったが、それはまさに魂の光なのだろう。
柔らかく、生き生きとした、生命力の輝き。
それは大きく膨らむと、人型にモーフィングしていく。
そして色づく。
茶色い髪と、黒い髪、そして肌色の全身が弾ける光と共に現れる。
名前は、ジュレとチュイル。
彼女たちは、生前となんら変わらないきれいな柔肌の姿を包み隠さず見せていた。
まだ瑞々しく幼い、しかし女性らしいラインを包み隠さず。
「――うおっ!?」
「ロストさん、見ちゃダメです!」
フォルチュナに叱られ、ロストは慌てて回れ右。
しかしすでに、ロストはしっかりと見てしまった。
WSDゲーム時代、【リバイブ・ライフ】で蘇生させると、装備が壊されていたプレイヤーキャラクターはアンダーウェア姿で蘇る。
アンダーウェアは破壊されることはなく、キャラクターメイク時に必ず何パターンかあるデザインから選ぶのだが、元NPCである彼女たちは、アンダーウェアの設定などしていないのだろう。
つまり、すっぽんぽん。
(あれ? 今はきっと、元プレイヤーたちも裸になれますよね。するともしかして、元プレイヤーたちもアンダーウェアがない可能性があるのでは?)
背中で2人の小さい悲鳴を聞きながら、ロストは予備の装備を持っておこうと決心した。
「はい。とりあえず大丈夫です、ロストさん」
ロストが振りむくと、ジュレとチュイルはどこからか持ってこられたらしい毛布を体に巻いていた。
その下はもちろん、すっぽんぽんなのだろうが、想像しないのが紳士であると、ロストは露骨に視線を向けないようにする。
横ではシニスタとデクスタが2人にヒールを使用していた。
「あ、あの……」
まだ朦朧としていそうなジュレが、気だるそうに口を開く。
「あの悪魔は、どうしたでござるミャ!?」
「ござるミャ?」
初めて聞く奇妙な口調に、ロストは思わず聞きかえした。
すると、ジュレが顔を真っ赤にして激しく動揺を見せる。
「ミャッ!? ちちちちち、ちがうミャ! そそそそんなこと言ってないでご……ミャ」
動揺を見せるジュレに代わって、チュイルが問いを続ける。
「悪魔……シャルフはどうしたニャン?」
行動不能状態の間、意識はあるもののいわゆる五感は失われる。
他者の情報を得られるのは、パーティー会話、ユニオン会話と呼ばれる通話機能と、レーダーと呼ばれる感知機能だけだ。
レーダーは標準スキル【ビュー・レーダー】により使用可能で、いわゆる円形のレーダーに自分の周りにいる敵や味方の位置情報が表示される。
ただ、レベルが低いと半径3メートルぐらいしか反応しない。
その状態で意識があったとしても、周囲でなにがあったかなどわかるわけがなかった。
「斃しましたよ。たぶん……」
だからロストは、状況を理解させるために彼女たちの背後を指さした。
その指につられるように、2人は背後を振りむき、そして息を呑む。
巨大なハエの体は、相変わらずそこに磔にされている。
だが、2人にはまだ恐怖が残っているのだろう。
彼女たちは、震える体で寄り添いあう。
「あ、あれを……あんな凄い悪魔を……た、斃したニャン?」
驚いている割りに抑揚のないチュイルの問いに、ロストはうなずく。
「はい。ここにいるみんなで協力して。まだ油断はできませんが」
「うそ……ロスト……様以外で斃したニャン?」
「なぜ問答無用で僕を排除するのですか、失礼な。きちんととどめは僕が刺しましたよ」
「ホントミャッ!?」
興奮気味のジュレが前のめりになり、かぶっていた毛布がずれ落ちそうになる。
慌てて横にいたフォルチュナが毛布を抑えるが、ジュレはまるでそれを意に介さないかのように、双眸は大きく見開いてロストに迫る。
「ホントに……ホントに、ロスト様が斃したミャ!?」
「
「す、すごいミャ……」
ジュレがあからさまな尊敬の眼差しを向けてくる。
しかし対照的に、その横でチュイルの眼差しは冷たくなっていた。
「でも、手遅れニャン……」
淡々と言葉を刻むように、チュイルは口を動かした。
その言葉で、ジュレの顔色が豹変する。
「あっ! そうだミャ! おかあちゃんとおばあちゃんは!?」
ジュレが改めて辺りを見まわすが、もちろん周りはまだ炎の上がる建物があちこちに見えている状態だ。
そして、自分たち以外に人の気配はまったくない。
ジュレが、がっくりと膝を落とす。
「どうして蘇らせたニャン」
なぜかラキナを一瞥したあと、チュイルはロストを睨む。
「ボクたちを犠牲にした罪滅ぼし? でも、みんなが死んでいるのに、ボクたちだけ生き返っても意味がないニャン」
「いいえ。意味があるのです」
ロストは、はっきりと答える。
「あなた方に、たくさんいる他の方々の蘇生を手伝ってもらわないといけないのですから」
「えっ?」
ロストはかいつまんで事情を説明した。
ユニオン【ドミネート】に入れば、冒険者になれるということ。
そして冒険者なのだから、【リバイブ・ライフ】で蘇生ができるのだということ。
初めのうちは、あまりにも途方もない話で、ピンとこなかったのだろう。
2人は怪訝な顔のまま、信じようとはしなかった。
しかし、百聞は一見に如かず。
冒険者としての行動になれていない2人に、方法を教えて村人たちの魂たる白い光の玉を見させる。
すると、たちまち2人の表情が晴れやかになり、協力すると立ちあがった。
まずは、近くにいたクリシュとその両親を蘇生した。
もちろん、蘇った3人とも驚いていた。
しかし、両親は「自分たちが冒険者になったのかもしれない」と悪魔が襲ってくる寸前に気がついていたらしい。
視界にHPバーが映れば、さすがにおかしいとは思うだろう。
ただ、一般人が冒険者になった例はなかったから信じられなかったらしい。
それでも蘇った事実から「やはり」と納得し、涙ながらに家族の無事をお互いに喜んでいた。
ところが、中には素直に喜ばない者もいた。
それは次に復活させた者たちの1人だった。
「なぜ、わしを蘇らせたりしたんだ……」
ブロシャの祖父であるバニシャである。
彼は服を失っていたのか、上半身だけは裸の姿であった。
そして横に立つ、同じように蘇ったブロシャの頭に手をのせている。
ボロボロの服を着たブロシャは、ボロボロとこぼれる涙を抑えきれずにいた。
その彼に一言、「泣くな」とつぶやくと、バニシャは自分に【リバイブ・ライフ】を唱えたフォルチュナへ睨みを利かせる。
「悪魔を斃してくれたこと、孫を蘇らせてくれたことは礼を言う。しかし、わしはもう老い先短い。今さら蘇らせて、また辛い思いをしろというのか?」
「そ、それは……。あっ、ロストさん!?」
言葉に詰まるフォルチュナをかばうため、ロストは彼女の前にでる。
責められるなら、フォルチュナたちにお願いをした自分であるべきだ。
「なら、あのまま死んでしまった方がよかったと仰るので?」
「さっきからそう言っている。わしは、あ、あの悪魔に……あの恐ろしい悪魔に、くっ……喰われたのだぞ!」
強がりながらも言い放つが、その体は震えていた。
たぶん、死の瞬間を思いだしているのだろう。
ブロシャが驚いて顔をあげるが、バニシャはそれに気がつかないのか歯を食いしばり瞼を強く瞑る。
「皆の恐ろしい死に様を見て、そのうえあんな……あんな怖い思いをして……。貴様ら、魔物に喰われたことはあるか!? 意識があるまま喰われるのが、どんなに恐ろしいかわかるか!?」
「…………」
実際、ロストは魔物に喰われたことがある。
いや。今、ロストのパーティにいる者たちならば、1回は最低でもあるだろう。
しかし、それは痛みも伴わず、苦しみもともなわない。
その先に在る結末も、失う物は経験値や時間、アイテムぐらいの「行動不能状態」という擬似的な死だけだ。
もちろん、リアルなゲームのために恐怖はあるが、痛みも苦しみもないのだから慣れてしまえばどうということはない。
だから、ロストはあえて首を横にふる。
「だろうな。あの恐怖を味わったら蘇りたいなど思わないはず。あのような悪魔はいなくても、この村の周りは強い魔物だらけだ。生きていれば、またいつか同じように襲われるかもしれない。またあの恐怖を味わうかもしれない……。わしは……わしは、もう眠ることもできない……」
「じーちゃん……」
バニシャが心配そうに見上げるブロシャの頭を撫でる。
「孫はまだ若いからこれからいろいろあるだろう。しかし、もうわしは死を待つだけのようなもの。抱えた恐怖と戦いながら生きようと思えるほど、明るい未来などない……」
「…………」
ロストは、すぐに反論できず言葉を詰まらせる。
一方で、パーティー会話ではみんなが好き勝手に言いだす。
レア≫ めんどくさいわねー。いいじゃないね、蘇ってラッキーで!
デクスタ≫ そうですわ! なんでリバイブさせてあげたフォルチュナさんを悪く言うのかわかりませんですわ!
シニスタ≫ こ、このおじいさん……少し怖いですぅ。も、もう一度、行動不能にして静かになってもらったほうが……いいですよね?
レア≫ いや、あんた、その考え方のが怖いわよ……。
ともかく、彼女たちが言うほど単純な問題ではなかった。
ロストにしてみれば、もっとセンシティブな話である。
(これだけ酷いありさまですから、リバイブしても死の恐怖は強く残る。トラウマになる人も出てくるでしょう……。そう考えれば、果たして蘇生することが正しいのかどうか)
ロストの感覚では、死んだ冒険者は蘇らせるのが常識だった。
しかし、それはゲーム世界の常識で、現実世界では非常識極まりない。
死んだら生き返らないのが当たり前だ。
それどころかロストの知る物語などでも、無理に蘇らせたりすれば不幸がくるのがお約束だ。
(そうか。この世界で冒険者は非常識な存在。そう考えれば、冒険者にしておいてよかった、蘇生できてよかったとは、手放しで喜べない話で……)
ロストは、ラジオンに殺されかけたカティアのことも思いだす。
あとで詳しいことを話すからと言って別れてきたが、あの時も勝手に冒険者にして死から逃れさせたことは果たして正しい行為だったのだろうか。
他人の人生を、生死を、自由気ままに左右していいはずがない。
そう考えれば、紡ぐ言葉など見つからない。
「だから、わしはあのまま……」
「じーちゃん、オレは生きてくれて嬉しいぜ!」
先ほどまで幼子のように泣きじゃくっていたブロシャは、背筋を伸ばして立つと祖父の肩を正面から両手でつかんだ。
見れば、彼の目からは、もう涙などこぼれていない。
その瞳は強い光を抱いて、なにかを心に決めたことを感じさせた。
「じーちゃん、ごめん。じーちゃんは怖い思いをして嫌かもしれねーけどさ、わがまま言わせてくれ。オレはどーしても、じーちゃんに生きて欲しいんだ。じーちゃんは『明るい未来なんてない』なんて言ったけど、オレさ、約束したじゃんか。強い冒険者になって金を稼いで楽させてやるって!」
「ブロシャ……」
「とーちゃんもかーちゃんも死んじゃったけどさ、その分もオレが守るし、楽しいこといっぱいしてやるから! いや、させてくれよ、じーちゃん! それがオレの夢なんだからさ!」
若く熱い誠心誠意の言葉。
輝きを失ってしまった銀髪をもつバニシャに、その熱を含んだ輝きの欠片が浮かんでいく。
だが、その言葉が影響を与えたのはバニシャだけではなかった。
必死なブロシャの心は、ロストにもある決心を促せた。
「バニシャさん。僕からもお願いします。あなたや他の方々が、今までよりももっと楽しく安全に暮らせるよう、今日の不安や恐怖など吹き飛ぶほどの力で、僕はあなたを、そして村を守ります」
ロストは深々と頭をさげる。
「ですからどうか、彼の夢を叶えるために、そして僕の自己満足のために生を受け入れてください」
すると横で、なぜかフォルチュナまでもが頭をさげる。
それにシニスタとデクスタが続き、なんとレアにラキナが続いた。
さらにジュレとチュイルまでもが、なぜか一緒に頭を垂れる。
それは彼女たち全員が、ロストと同じ決心を抱いたことに他ならない。
「……フンッ。自己満足とはなぁ。身勝手な」
ロストたちの予想外の行動に圧倒されたのか、バニシャの声に勢いがなくなった。
「僕は元々、身勝手な人間なんです。ですが、たぶんこれからもっと身勝手に生きなくてはならない……そう感じています」
「なんだそれは。意味がわからない。……が、仕方ない。孫の頼みでもあるからな」
「じーちゃん、オレも強くなるからさ。あんな悪魔くらい斃せるぐらい!」
バニシャは、そう言ったブロシャを見てやっと破顔する。
もちろん、まだ恐怖は残っているのだろう。
しかし彼は、きっと孫のためにも、その恐怖と戦うと決心したように見えた。
「しかし、なぜ悪魔は……シャルフは、我々を……」
「たぶん、もともとは僕に仕返しに来たのでしょう。しかし、悪魔に支配されてしまったらシャルフの意識はなくなります。あとは悪魔の本能かと」
ロストはそう説明しながら、心にもやっとした
「悪魔は人の魂を奪うことで、成長を早めて強くなることができます。ですから、多くの人を殺そうとします」
説明すればするほど、そのもやっとしたものは大きくなる。
簡単に言えば、なにかひっかかるのだ。
「やれやれ、恐ろしいものだ。なぜそんな悪魔なんていうものを呼びだしたんだ、シャルフの奴は……」
「なぜ……そうですよ! まだ、
ロストの中でもやっとしたものが形を成す。
「レアさん、ラキナさん。ストーリークエストのラスボスの悪魔の話って覚えていますか?」
「覚えてるわよ。確か魔王の1人で、レベル100の最強最悪な奴だったけど、八大英雄がそろってなんとか力を封印して弱め、レベル65まで落とした。しかし、八大英雄は力を使いすぎて逃がしてしまう。それをわたしたちプレイヤーが討伐することになる」
「その後です」
「その後?」
フォルチュナが首を捻ると、ラキナが答える。
「そのあとはプレイヤーたちが65の悪魔になった魔王を一度討伐。するとイベントが始まって、わりと長い『堕とされた魔王の物語』が語られるの。魔王の過去になにがあったかとか、伏線の回収がされるの。さらにそこで、実は生け贄が用意されている事実がわかるんだけど、助けることができず魔王の部下に殺されてしまうの。おかげで、死にかけた魔王が魂を食らってしまうの」
「ああ。そうね。それで魔王は急速復活と強化ができて、第二形態のレベル70になるのよ……ね……って、ちょっと、まさか同じだって言いたいの!?」
気がついたらしいレアに、ロストは大きくうなずく。
「ええ。たぶん、今は謎解きイベントタイムです。本当なら、我々はシャルフの過去とか動機、真実などをここで知るのでしょう」
「でも、なにも起きてないわよ」
「それは正規ルートでクリアしていないからです。要するにチート的クリアのツケでしょう。きちんとクエストを進めていたなら、たぶん僕たちはシャルフのことを調べて動機のヒントをつかんだり、なにかキーアイテムを手にしたりしていたのかもしれません。それらの伏線を元に、ここで伏線回収の謎解きイベントが見られるはずだった」
「しかし、わたしたちは伏線を持っていない。だから、イベントを見る権限がない」
「はい。つまり……」
まさにそのときだった。
申し合わせたかのように、串刺しになっていた悪魔【シャルフ・デモナ】の背中を突き破り、植物のような茎がミシミシという音を立てながら伸びだした。
それは、まるで冬虫夏草。
人の背丈ぐらいまで一気に伸びると、先端部分がぷっくりと卵のように膨らんだ。
卵のようと言っても、殻にあたる部分は半透明だ。
曇りガラスのようになっていて、下の方には赤い液が少しだけ溜まっている。
そして中央には、胎児のように見える物体が存在していた。
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