第25話:ハズレスキル・コンボ
レアが聖域を跳びだして横に走りながら、左手に身を隠せそうな盾を装備する。
やはり金色をした豪勢な作りの【★5】の大盾【断絶の境界アイソレイティア】。
見た目に違わず、最強クラスの防御力を誇る盾である。
彼女は、その尖った下部を地面へ刺して構える。
そして、スキルを発動。
「【アレスティブ・オーラ】!」
彼女の全身を赤い
光は金の鎧に反射し、熱せられた鉄のような色を表面に走らせる。
それは敵を威嚇し畏怖させるオーラ。
敵の注意を引きつけたうえに、しばらくの間だけ動きを鈍くさせる効果がある、一般スキルだ。
この世界でも、もちろんその効果は発揮された。
ハエの悪魔の頭が、グイッとレアの方を向く。
直後、脚を曲げたかと思うと、レアの方に跳びあがる。
「――ぐっ!」
悪魔の脚が、レアを踏み潰そうと襲った。
しかしレアは、その踏みつけを盾で受けとめる。
「汚い足、乗せないでもらえるかしら!」
本来なら潰れてもおかしくない状態なのに、悪魔の足は盾に乗って止まっている。
否、乗ったように見えたが、実際には盾に触れてさえいないのだ。
レアの盾【断絶の境界アイソレイティア】には、武器スキルとして100MPを消費することで敵の攻撃を3秒間だけ完全遮断する性能がある。
それは空間的に遮断されるようで、今のレアの盾に悪魔の足の重量さえかかっていないのだ。
レアは悪魔の足を横に受け流し、自分はバックジャンプして距離をとる。
それと同時に、すでに駆けだしていたロストも悪魔に斬りかかった。
「――せいっ!」
レアのせいでバランスを崩していた脚の1本に数撃叩きこんでみる。
しかし、敵のHPはわずかに減ったぐらいだ。
(さすが15レベル差だな。攻撃が通るだけましか……)
さてどうするかと悩んでいると、ラキナからパーティー会話で情報がもたらされる。
ラキナ≫ 使う魔法は、レベル3の炎か雷。これを4つ同時で広範囲攻撃化。なので弱点は土の可能性なの。物理で確認したのは、さっきの踏みつけ、それから正面の手を使った、はたき、殴り、掴み。掴みは
それを聞いたロストは、試しに土の魔術スキル【アース・アロー
狙いは、ハエの背中に生えている、かつてシャルフの上半身だった部分だ。
しかし中央から生えている脚代わりになっていた腕が素早く上に曲がると、シャルフの体を掌で包むように隠した。
(ふんっ! 隠したか。やはりあそこが弱点だな……)
ロストから飛びだした土塊でできた矢は、手の甲に当たってしまっていた。
それでも弱点属性のおかげか、斬りつけるよりダメージは稼げる。
レアもまた、ロストが生んだ隙を見て【アース・アロー
彼女の狙いは、ハエの顔部分。
それは見事に全弾命中する。
しかも現在設定されているMGP(魔力)がロストより高いため、かなりの減りを確認できた。
しかし、レベル5は発動までに時間がかかるし、MPの消費も高いときている。
気軽に連射できるものではない。
それに敵のターゲットになっているレアのHPの消費も激しい。
ダメージを食らった悪魔は、激しい反撃にでる。
レアは巨大な手で叩かれる。
ぶっ飛ぶ。
しかし、踏ん張る。
範囲魔術で雷を落とされる。
痺れながらも、盾でガードする。
他の者にダメージが行かないように、少し離れて戦うレアは一身に攻撃を受け続けていた。
彼女は、とにかく注目を浴びたい女の子である。
もちろん戦いでも、中心にいて目立ちたい。
だからパーティー戦のときは、好んで敵の攻撃を一身に受ける盾役と呼ばれる役割をこなしていた。
そしてスキルも、それに適したものを多めに集めている。
だから今も、当然のように盾役をやっていたのだが、ゲームと違って痛覚は現実的だ。
レア≫ このレベル差、つらっ! 信じられないんですけどっ!
レア≫ っていうか、超マジ痛いんですけど! なにこれ!?
レア≫ ちょっ! まっ! マジマジマジ!? これ、ちょーヤバい系でしょ!
レア≫ 血ぃ、出てるしぃーっ! アザできるでしょ、これ!
さすがの彼女もゲームとの違いに動揺しているのか、口調がどこかおかしい。
それでも耐えてみせている。
これが前世の肉体ならば、このような軽口も叩いていられないだろう。
今の肉体はかなり丈夫で、元の世界ならば超人とも言えるほどに強化されている。
そのため痛みもかなり軽減されて感じるが、それでも痛いものは痛い。
(しかも、強力な被ダメージ初体験だからな。あまり保たないか……)
このままでは、じり貧というやつである。
どう考えても、短期決戦を図るしかない。
ラキナ≫ 回復交代しますの!
フォルチュナ≫ はい!
ロスト≫ ラキナ、レアに強化のかけ直ししたあと、敵に弱体を!
ラキナ≫ わかってるの!
ロスト≫ レア、大丈夫か?
レア≫ かなりヤバい! 死にそう! マジ苦痛!
レア≫ でも……
ロスト≫ なんだ?
レア≫ なんか、よけいムカッ腹立ってきた! ありえなくない?
レア≫ 好き勝手やってくれて! 痛いしぃ!
レア≫ このハエ、絶ぶっころ!
ロスト≫ ……大丈夫そうだな。なら、
レア≫
レアの承諾で、ロストは大きく深呼吸をする。
そして何度も練習してきたことだが、頭の中で手順を確認する。
1つでも失敗したら、そこで終わりである。
このWSDの世界に転生して、すぐスコーピオン・アントに使った技。
あれの強化版を行えるチャンスは、一度しかないだろう。
ロスト≫ 全員、俺になにがあっても、レアの回復に全力をかけろ!
ロスト≫ レア、頼む!
レア≫
レアの返事を受けてロストは、ハエの悪魔に向かってまた走りだす。
とたん、悪魔の上に魔紋が4つ描かれ始める。
それは範囲魔術攻撃の兆し。
「あまいしっ! 【アース・クェイク】!」
レアが使ったのは、敵の立つ地面だけを一瞬だけ激しく揺らす魔術スキル。
そのスタン効果で、描かれかけていた魔紋が消えてしまう。
「グッジョブ!」
ロストはそのまま速度を落とさず、悪魔に近づく。
悪魔の手が振りあげられる。
「――ロストさん!?」
フォルチュナの悲鳴に近い声がロストに届いた。
同時に、ロストを潰そうと巨大な掌が地面に打ちつけられる。
「【ムーブ・スカイハイ】!」
だが、その寸前にロストはスキルを使用し、その場から消えていた。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【ムーブ・スカイハイ】/報酬取得
必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:180/効果時間:―
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:はるか上空に転移する。フライ系スキルと同時に覚えられない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ロストが現れたのは、上空3,000メートル。
下に見える雲。
遠くに見える地平線。
そこへ沈みかけている太陽。
少し寂しい夕焼けの空。
闇が訪れる少し前。
地面を見れば、点々とした炎の中に黒い標的が浮かんでいる。
落下が始まる。
空気抵抗をつけるため、体を広げてバランスをとる。
落下まで60秒ちょっと。
ここからひとつのミスも許されない。
ロストは攻撃タイミングをレアに知らせるため、パーティー会話で使用スキルを知らせる。
ロスト≫ 【リセット・ステータス】!
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―
【リセット・ステータス】/報酬取得
必要SP:30/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:―
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:ステータスのSPを一瞬で初期値に戻せる。減ったSPはストックに移動する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このスキルにより、一瞬でSTR/DEF/MGP/maxHP/maxHPのすべての初期値がレベル1のときと同じ100に統一される。
今、敵の攻撃を受ければ、一瞬で行動不能となるリスクがある手段。
だが、さすがに上空3,000メートルに攻撃は来ないはずだ。
ロスト≫ 【マクロ01・STR極振り】実行。
マクロは、いくつかの処理を自動化する機能だ。
これにより、あまったSPはすべてSTRに振られたことになる。
レベル50で取得できるSPは3,000。
普通のプレイヤーは、このうち最低でも1,000SPはスキルに使用している。
しかし、ロストがスキルに使用しているSPは、わずか200程度。
つまりマクロにより、約2,800がSTRに振られたことになる。
基本値100とあわせて、ロストのSTRは実に約2,900。
ロスト≫ プラチナ・ロングソード×30装備!
ロストの頭上に掲げた両手に現れたのは、なんと99本のプラチナ・ロングソードが螺旋状に繋がりまるで巨大なドリルのように融合した剣だった。
これはあらかじめ、ロストがスキル【コンバイン・ウェポン】で作っていた武器である。
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★――
【コンバイン・ウェポン】/報酬取得
必要SP:10/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:10
消費MP:0/属性:なし/威力:0
説明:総計99個まで、まったく同じ武器を自由にくっつけて1つの武器とすることができる。基本攻撃力・特殊効果・耐久度などは変わらないが、攻撃回数だけはくっつけた分だけカウントされる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ややこしいスキルだが、どことなく使えそうなスキルに見える。
実際、このスキルが発見されたときは、使えるのではないかと噂になった。
しかし、実際に使ってみるとわかるのだが、武器をくっつけただけでは単に使いにくくなるだけなのだ。
しかも、その割には効果が薄い。
たとえば攻撃力100の剣があるとする。
これを2つくっつければ、攻撃力が200の剣になる……わけではなく、攻撃力100の剣で2回攻撃したのと同じになるのだ。
攻撃力自体が高くなるならば、防御力が高い敵に有利になる。
しかし、攻撃力が変わらないならば、わざわざ使いにくい武器を使うより、使いやすい武器で2回攻撃した方が実用的なのである。
結果、ハズレスキルとみなされたのだが、
巨大な螺旋状の剣の束が空気を切り裂く音が耳をつんざく。
どんどん落下が加速していく。
ロスト≫ 【エイム・ウィークポイント
――――――――――――――――――――――――――レア度:★―――――
【エイム・ウィークポイント Lv.1】/一般取得
必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:60/効果時間:10
消費MP:0/属性:物理/威力:0
説明:効果時間内に、投げた武器、発射した弾丸・矢などが、敵の弱点に向かって自律的に飛ぶ。1度の使用で誘導されるのは、1つの攻撃のみ。敵の弱点以外に攻撃が当たった場合は、その時点で停止する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これで、たとえ体が風で流されていたとしても、投げた剣だけは敵の弱点に向かって進んでいく。
ロスト≫ 行くぞ、レア!
レア≫
ロストからは見えないが、悪魔の足はすべて地面の中に吸いこまれて動けなくなっているはずである。
レベルが高い相手だけに長くは保たないが、投げた剣が届くまで動かなければそれでいい。
だが、事故は起こる。
レア≫ うそっ! ちょ、
ロスト≫ ――なっ!?
さすがのロストも動揺する。
レベル差で悪魔のMGPが高いせいもあり、運悪く【アース・バインド】が通用しなかったのだろう。
スコーピオン・アントは大してトリッキーな動きはなかったため、あまり問題はなかった。
しかし、このハエの悪魔は跳びはねることがある。
そうした場合、このあと使うスキルに影響がでてしまう。
(このままエイムを活かして一か八か……ギリギリを狙って……)
瞬きひとつ分の間、ロストは賭けにでるか悩んだ。
その直後だった。
フォルチュナ≫ 【アブソリュート・オラクル】!
それは30秒間なら、どんなレベル差があっても、相手に100パーセントの魔術スキル効果を与えるスペシャルスキル。
フォルチュナ≫ 【アース・バインド】!
つまりこのコンボで、悪魔の固定は絶対に成功している。
ロストはフォルチュナの一瞬の機転に舌を巻くのと同時に感謝する。
彼女のおかげで、ハズレスキルのアタリが確定したのだ。
「――貫け!」
ロストは落下速度を味方にし、
螺旋の剣には、1つの武器ながら複数の剣先がある。
そしてこれはある意味でバグなのかもしれないが、この剣先はすべてが順番にエイムの影響を受ける。
結果、螺旋は回転を始める。
「【スローイング・アースブレード】!」
――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★――
【スローイング・アースブレード】/報酬取得
必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:3600/効果時間:30
消費MP:0/属性:物理/威力:100
説明:地面に向かって投げた剣が地面に刺さる。勢いをつけるほど深く刺さり、場合によっては埋まってしまう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
巨大な剣は、まさにドリルとなりシャルフの上半身に向かう。
悪魔が、それに気がつく。
慌てて空いていた頭部につけられた両手を背中に回して、器用にシャルフの体を覆い隠す。
悪魔のレベルは、15レベルも上の敵だ。
いくらSTRを強くしても、プラチナ・ロングソードの攻撃力では悪魔の両手を貫くことはできても、シャルフの核には届かなかったかもしれない。
しかし、関係ないのだ。
【スローイング・アースブレード】の説明には、「地面に向かって投げた剣が
そこに防御力もなにも計算されない。
スキルに書いてあることは、基本的に必ず実行される。
店で普通に購入できる武器、プラチナ・ロングソード。
レア武器を持っていない者が仕方なく持つ、いわばハズレの武器。
その変哲もないハズレ武器が、白銀の渦となりて天空より降りそそぎ、高レベルの悪魔を軽々と引き裂いて大地を穿つ。
「うぎゃらぼぼぼぼぶばばばばばああぁぁぁぁぁ!!」
悪魔から放たれる断末魔の奇声。
それを無視して、螺旋は進んだ。
全体のほとんどが大地に埋まったところで、白銀のドリルは動きをとめた。
同時に悪魔も動きをとめた。
そして、その横にロストが落下してくる。
――ところが、悪魔がまた動く。
最後の力とばかり、千切れた腕を振りまわし、落下してきたロストを狙いを定めた。
「【ムーブ・ワンフィンガー】!」
それは1センチメートルだけ瞬間移動するスキル。
同時に、それまでの運動エネルギーを0にするスキルでもある。
つまりロストの落下速度は突如0となる。
タイミングがずれた悪魔の腕は、空振りして大地を叩く。
ロストはそれを横目で見ながらも、悠々と着地した。
「ロストさん!」
フォルチュナとシニスタ、デクスタが駆けよってくる。
だが、ロストはすぐにそれを止めた。
「まだ来るな! 終わってない! HPとMPの回復を急げ!」
「――えっ!?」
ロストはマクロを実行して、ステータスを通常のSP割りに戻し、減った体力を魔術スキルで回復する。
さらにアイテム・ポーチから【
つまり、次の戦闘の用意をしていた。
「で、でも、た、確か悪魔は核を潰せば……」
シニスタの怖々とした言葉をレアが首をふって否定する。
「核を潰したけど最後にコイツ、腕を振ってロストを狙ったでしょ」
そう。それがポイントだった。
この悪魔は核が潰されても絶命していないのだ。
悪魔戦はレベル50への道のりで何回かあった。
登場したのは55と60、65の悪魔だった
その中で55は、核を潰せばすぐに動かなくなった。
しかし、中ボスの60と、大ボスの65は核を潰してもしばらく動いていたのだ。
そのボスクラスの違いは何か。
「それは第二形態があるってこと。しかもレベルが上がってね。ストーリークエストの大ボスなんて65から70になったのよ」
レアも
だが、それはロストも同じだった。
(この状態で70の悪魔が出てきたら……終わるな)
ロストの頭に、「撤退」という言葉がよぎっていた。
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