第24話:ハズレたロスト
それは、刹那の間だったのかもしれない。
ロストはクエスト【プニャイド村の大地主】をクリアしたときに感じた、
もちろん、今までもクエストをクリアして嬉しかったことは何度もあった。
パーティーメンバーたちとの連携攻撃が決まり、関門を乗りこえたとき。
メインストーリー最後のボスを倒してレベル50になれたとき。
何度も挫折を味わいながらも、成し遂げた達成感。
ゲームを十分に楽しんだという満足感。
そのすべてのあふれる喜びを共有する一体感。
これらの喜びは、いわば自分への賛辞から生まれたものだった。
ところが今回のクエストクリアの喜びは、他者からの賛辞で生まれたものである。
「ほ、本当ですかロスト殿……いえ、ロスト様。地代を10分の1……ですと?」
クリアしたあと、村長の言葉にロストはうなずいた。
正確に10分の1にするわけではないが、ロストは地代をおおよそそのぐらいにするつもりでいた。
ロストは、金が欲しいわけではない。
しかし、しばらく拠点になりそうなこの村の整備をしなくてはならない。
それは彼ら村人のためでもあるのだから、最小限の資金ぐらいはだしてもらわなければならないだろう。
だから、地代を0にはできないと簡単に説明したところ、村長が感動して泣き始めてしまった。
「わ……我々を救ってくださっただけではなく、我々の今後のことまで……」
すると周囲に集まってきた大人たちも、口々に喜びを語る。
「まだ苦しいけど、これでなんとか食っていける! 助かったよ!」
「もう死ぬしかないと思っていたからね! 本当にありがとーよ! あんたのおかげで、明日に希望が見えたよ」
「さすが歴戦の勇者様だ! 見るからに雰囲気が違うって思ってたよ!」
多くの村人がロストを誉め殺しにしてくる。
しかし、全員というわけではなかった。
村長と一緒に話をした4人の少年少女たちは、思うところもあるのだろう。
少し離れたところで集まり、訝しげな視線をロストに投げていた。
(あれだけハズレスキルを見せて、信用度を自ら落としましたからね……)
だが、あの時は仕方のないことだった。
なにしろこのクエストは、受けるつもりもなく受けさせられたものであり、レベル的にも無理があるから断るつもりのものだったのだ。
要するに、後ろ向きで、村人たちの苦しみに背中を見せていた。
そんな彼にしてみれば、彼ら4人の態度の方が気が楽である。
村人たちの深謝は、むしろ後ろめたくなってしまう。
「ありがとうよ!」
それなのに、彼らの賛辞はなかなかやまない。
「本当に本当にありがとうよ、地主様。これで子供にも……ほら、あんたたちもお礼を言いなさい」
母親の脚につかまっていた6才ぐらいの男の子が、ぴくんっと反応する。
たぶん、その子にはなぜ大人たちがこんなに騒いでいるのか、そしてロストが何者なのかなどわからなかっのだろう。
周りの騒動に目をパチクリして、ポカンと母親の顔を見ていた。
「いいかい。ロスト様のおかげでね、これから食事がたくさんできるようになるんだよ」
その母親の説明で、男の子も少しは理解したのだろう。
彼は下からロストを見上げて、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとー! おなかすいてたから、いっぱいたべる!」
「……い、いいえ。どういたしまして」
ロストは、とまどいながらも自然と微笑を返していた。
そしてその男の子の笑顔を見ていると、先ほどまであった後ろめたさが川に流されるようになくなっていく。
別にやましさを感じることはなかったのかもしれない。
彼らと一緒になって素直に喜べばよかったのだろう。
(そうですね。これからは一緒に時間を過ごしていくのですから、仲良くやっていかなければ。あの4人とも、時間をかければきっと上手くやっていけるでしょう……)
そう思っていた。
数時間前までは。
村に戻ってきて、その惨状を目の当たりにするまでは。
「うそ……よね……」
レアが顔を引きつらせる。
ロストも同じ気持ちだ。
見ている現実が虚構であって欲しい。
しかし、それは
目の前に広がる地獄絵図は、気の弱い者なら卒倒してしまうだろう。
飛び散る血しぶき。
溜まる血だまり。
流れる流血。
家は崩れて燃えさかり、地面には欠損した死体が多数転がっている。
しかも剣で斬られた、矢で撃たれたという死に方ではない。
千切れ。
潰され。
燃やされ。
喰われていた。
わかっている。
すべての元凶は、目の前にいるハエの悪魔だ。
そいつは、少し離れたところでロストたち6人の様子をうかがっている。
「レ、レア様……」
ロストたちが飛んできたホームポイントの前に立っていたラキナが背中を向けたまま震える声をつぶやいた。
彼女の前には、スペシャルスキルである【フルシールド・サンクチュアリ】の効果である光のラインが地面に描かれている。
ラインはムーブポイントの石碑を囲む高さ6メートルほどの半球になっており、その内側は聖域と呼ばれ、無敵状態となっていた。
これはキャラクター作成時に、必ず1つだけ選ぶことができる強力なスペシャルスキルだ。
しかし60秒しか保たず、再使用が可能になるのはゲーム時間で24時間後である。
ラキナはこの
ならば、行動を急がなければならない。
「ラキナ、よくやったわ。で、聖域の残り時間は?」
「レア様……レア様……」
レアの問いに、ラキナがゆっくりと振りむいた。
「ラキ……ナ?」
泣いていた。
そして笑っていた。
両目からは大量の涙を流しているのに、口の端が思いっきりつり上がっているのだ。
頬を痙攣させながら、ラキナは息を詰まらせるようにしゃべりだす。
「みっ、みんなみんなみんなみーんな死んだ死んだ……死んだんです……の、レア様」
そう言いながら、なにかを耐えるように両手の爪を自分の頬に突き立てる。
「ボクの……
「落ちついてラキナ!」
「落ちついてられるか! ぼくはずっと見てたんだぞ! なにもしないでずっと!」
その口調は、すでにラキナのものではなかった。
完全に、RPSが働いていない。
「それで問題ないわ! 正しかったのよ! わかっているでしょ!」
「問題ない!? わかっていますよ!? でも、ぼくは見殺しにしたんだ! 見ているしか……なんなんだよ、これ……ゲームと全然違うじゃないか……」
「大丈夫!」
レアがラキナを抱き寄せて、自分と彼女の頬を重ねた。
そして彼女は、優しく囁くように告げる。
「ごめんね。ありがとう。大丈夫だから……」
「…………」
町や村にあるムーブポイントの石碑を魔物に壊されると、新規にホームポイント登録ができなくなるだけではなく、この土地が魔物の領土とされてしまう。
つまり村はなくなり、この場所から標準スキル【ムーブ・ホームポイント】が使えなくなってしまうのだ。
(そうなればたぶん、僕の領土ではなくなるから他の魔物も入ってきてしまう……)
それを防ぐために、ラキナは指輪のような石碑のムーブポイントを必死に守ってくれたのだろう。
だが、そのためには他を犠牲にするしかなかったはずだ。
あのレベル65の悪魔相手には、レベル50では逃げ回って時間稼ぎも限度がある。
よけいなことはせずに、きっとギリギリの戦いをしていたはずだった。
それはきっと、ラキナの精神を
(しかし、完全に読み違えました……)
ロストは後悔する。
連続クエスト【森の闇】が始まっていたから、シャルフとの再戦は覚悟していた。
そのために街へ行って薬をそろえたり、その他のアイテムをそろえたりしていたのだ。
とはいえシャルフとの再戦は、なんらかのストーリー的に進むイベントが発生してからだと考えていた。
このように脈絡なく、唐突に戦闘イベントが始まるとは思っていなかったのだ。
(クエストとはいえ、現実。わかってはいましたが、いくらなんでもクエストの流れを無視しすぎでは? こんなに前触れもなく仕返しにくるとは……あっ!)
そこまで考えて、ロストは気がつく。
すぐにシャルフが仕返しに来たのは、ロストとレアに怪我をさせられてキレたせいだとしたら?
本来のクエストのクリア方法では、シャルフは説教されて帰るだけだった。
しかし、ロストは
そのせいで、いきなり悪魔がこの村にやってきたのだとしたら?
連続クエストの流れを壊したのが、ロスト自身だとしたら?
(この惨事は……僕のせいということですか……)
その推論に、ロストは愕然とする。
よかれと思ってした行為で、最悪の結果をもたらしていたということになる。
そして、取り返しはつかない。
ここはゲームと違う。
クエストのやり直しなどできないのだ。
「レア様……」
だが、それをゆっくり後悔している暇などなかった。
ラキナが顔あげて、悪魔の方を振りむく。
「聖域が……終わります」
「――! デクスタさん、聖域をお願いします!」
一瞬の逡巡はあったが、ロストの願いに「はいですわ」と背後にいたデクスタが首肯する。
とたん、光のラインが消失。
ここぞとばかり、ハエの巨体が迫ってくる。
「――【フルシールド・サンクチュアリ】!」
デクスタがスペシャルスキルを実行する。
瞬間的にまたデクスタを中心に光の半球があらわれて、ムーブポイントごとその場にいた6人を包みこんだ。
ハエの目玉が光の半球にぶつかる。
とたんバシュッと光が弾けて、ハエの体が跳ね返る。
スペシャルスキルは、レベルに関係なく同じ効果を発揮するのだ。
「ひやゃああああああぁぁぁぁぁきひひひぃぃぃぃぃぃ!!」
目玉の間にある口から、異様な声が上がる。
それは苦痛による悲鳴ではない。
ロストが感じたのは、身勝手な怒りの感情だ。
「なんとか間にあいましたですわ……」
デクスタが安堵のため息をつく。
そんなデクスタとともに、ロストもため息をもらした。
フォルチュナ、シニスタ、デクスタは、「お礼に力になりたい」と強い意志で協力を申し出てくれていた。
しかし、あまりにもレベル差がありすぎて危険すぎる。
だから断ったのだが、彼女たちは役に立つことはあるからと熱心に訴えてきたのだ。
確かにスペシャルスキルと、回復補助や最悪の場合の蘇生役としてなら役に立つし、心強い。
そこで危険になったらすぐに【ムーブ・ホームポイント】で逃げることを条件に申し出を受けたのだった。
(しかし、来てもらって正解だったようですね……)
ラキナがこのようになっているとは、さすがのロストも想定していなかった。
本当は戦闘継続が苦しくなったときに使用してもらう予定だったが、こればかりは仕方ないだろう。
「もう……大丈夫ですの……ごめんなさいですの、レア様」
ラキナがやっとレアから離れる。
その緑の瞳はまだ潤んでいて、瞼は腫れぼったくなっている。
しかし、それでもしっかりまっすぐと立っていた。
「あの子たちのためにも……あの悪魔を斃さないといけませんですの」
そう言って、彼女は悪魔がいる方とは違う方向を見る。
つられるように、ロストもその視線を追う。
(あの子……たち?)
ロストが見つけたのは、2本の短剣だった。
それはありふれたデザインの短剣だったが、この村で身につけていたのを見たのは1人だけだった。
この村に来たときに腕に抱きついて歓迎してくれた茶髪の女の子。
食事を運んできて、甲斐甲斐しく世話をしてくれた愛らしい女の子。
ロストのハズレスキルを聞いて、「もういいですミャ!」と怒った女の子。
その女の子の姿を探そうとしてすぐに気がつく。
短剣の横に、炭化した
(まさか……じゃあ……)
ロストは視線を動かす。
炭化した
そこには、それに向かって手を伸ばしたようにして倒れている黒髪の少女。
こちらは形こそわかるが、それだけに痛々しい。
腕や脚、体など部分的に炭化しているようだった。
わかっている。
この惨状だから、あの子供達の状態とて想像はしていた。
そして彼女たちは冒険者資質があるのだから蘇生が可能なこともわかっていた。
しかし目の当たりにしてしまうと、さすがのロストも冷静さを失いそうになる。
ロストは、悪魔を睨む。
「うううううううううううぅぅぅぅっああああああひきひきひきひっ!」
まるでそのロストを煽るように絶叫し、地団駄を踏むように6本の手足で地面を揺らす。
地面が削れ、土塊が飛び散る。
それと同時に、ロストの目の前に丸い
「――っ!」
たまゆらに蘇る記憶の声。
――ありがとー! おなかすいてたから、いっぱいたべる!
「悪い、
感情が抑えきれず、ロストの中で心が切り替わる。
「
「……はあ~ぁ。久々ね」
なんだかんだとつきあいの長いレアには、それだけで通じる。
だから彼女はため息をついても、コクリとうなずいてくれる。
「まあ、わたしもムカついてたのよね」
レアがクリスタルの剣を抜いて構える。
「みんなよく聞いて! ここから先は質問なし。すべてロストの指示が優先、それ以外はわたしの指示に疑問なしで従うこと!」
レアの説明に4人は面食らっているようだが、それにかまっている暇はない。
ロストは遠慮なく指示をだす。
「デクスタ、聖域の残りは?」
「へっ!? は、はいですの……20秒きりましたの!」
「フォルチュナ、メイン回復! MPを20パーセント残してデクスタと交代!」
「はっ、はい!」
「シニスタはMP温存しつつ回復補助。ホームポイントをここに設定しておけ!」
「は……はい……」
「ラキナ、残MPは?」
「ま、まだたっぷりありますの!」
「よし。強化を一通り、レア、
「なっ、なにを偉そ――」
「――ラキナ!」
レアの叱咤に、ラキナが言葉を呑む。
「でっ、できますのっ!」
「よし! 聖域、切れるぞ! 急げ! レア、離れて
「
「さあ! こんなところにいきなり現れた、バカな
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