第19話:ハズレなきヒーロー
「カティアさん! なんてこと……あっ! 今、回復を……」
フォルチュナは自分を庇ったカティアを抱えたまま、急いで【ヒール・ライフ】の魔術スキルを使用する。
だが、使用してから思いだして愕然とする。
本来、これはHPを少しずつ回復していく魔術だ。
冒険者ならHPが回復すれば、千切れた腕も治るし、死にかけでもしばらく待てば元気に戻ってしまう。
しかし冒険者ではないカティアには、そもそもHPバーなど存在しない。
(そうだった……冒険者以外にヒールは傷の悪化を遅らせるぐらいしか効果がなかったんだっけ……)
冒険者以外のキャラクターは、ゲームの演出上、簡単に回復したり、蘇生できたりすると、ストーリーが破綻してしまうことがある。
ストーリー上、死ぬ運命のNPCを蘇生されては運営側としてはたまらないわけだ。
だからこのような仕様になっていると、一般的にプレイヤー間で言われていた。
(でも、もうNPCではないのに。ここでも同じだなんて……)
やはり傷口が塞がるようなことはない。
わずかでもなんとか出血を抑えようとヒールを何度も使うが、効果がでているのかも怪しい。
これではすぐにMPが尽きてしまう。
(――このっ!)
フォルチュナは、怒りと責めをこめた目でラジオンを睨む。
だが、ラジオンの方も予想外の事だったのだろう。
彼は血に染まって震える、剣を持つ己の手を呆然と見ていた。
周囲の者たちも、ゲームのエフェクトとは違う初めての赤い血しぶきを見て動揺しているのか、誰も動こうとしない。
「だ……いじょう……ぶかい……」
カティアが顔をあげて途切れ途切れにつぶやく。
「私はもちろん! でも、なぜ……出会ったばかりの私をかばって……」
「娘が……いてね。育っていた……ら、あんたぐらいかな……て思っ……たら……」
苦しげなカティアの話に、フォルチュナは食事をふるまってくれた時の彼女を思いだす。
あの自分を慰めてくれた笑顔の瞬間、彼女はいったいどういう想いを抱いていたというのだろうか。
「ああ! そうか、思いだした。どっかで見たことあると思ったら、こいつ、【ネコのおひるね亭】のクエストキャラだ」
唐突にラジオンの仲間の1人、プレートアーマーで全身を包んだ小柄な男が手を叩いた。
「確か死んだ娘の形見を拾ってきてくれっていうクエストの……」
「ああ、あったね。思いだした!」
横に立っていた女騎士が今度は手を叩く。
「確か、レベル30ぐらいのクエストで、報酬は大したことないアイテムだったから記憶に薄いけど」
フォルチュナは、そのクエストを受けたことはなかった。
だから、詳しいことはわからない。
ただカティアは、冒険者が楽しむクエストのためだけに、愛しい娘が死んだことにされた存在だということはわかった。
そして今、さらにその作られた想いのために、自らも死にそうになっている。
(そんなの酷すぎる……)
だが、フォルチュナとて今まで考えたこともなかった。
ゲームの中のNPCの喜劇や悲劇の人生は、すべてプレイヤーである冒険者のため作られたものであると。
カティアの娘が死も、彼女の悲しみも、下手すればプレイヤーの記憶に残らないかもしれない出来事。
その程度の扱いで、彼女の人生は狂わされた……そんなこと、欠片も思わなかった。
「バ、バカバカしい! なにが娘ですか! 全部、作り物じゃないか!」
爆発したように、ラジオンが吼える。
そして、先ほどカティアのクエストを思いだした鎧の男を指さした。
「おい、そこのあなた! このNPCを殺しなさい!」
「……えっ!? ななな、なんでオレが!?」
とばっちりのように指名された男は、1歩後ずさる。
フルフェイスの兜のために表情は見えないが、その者が狼狽していることだけはよく伝わってきていた。
「貴様もライデンのメンバーだろう! ならば、働いてみせなさい!」
「い、いや、そんなこと言われてもよぉ。殺す理由なんてないんだしさ」
「ライデンに逆らったんです。十分、処刑理由になるでしょうが!」
「で、でもよ、処刑って……いくらなんでも……」
「NPC相手になにを遠慮しているんです! まあ、やらないなら、ユニオンから脱退してもらうことになりますけどね」
「くっ……」
ラジオンの冷笑に、鎧の男が低く唸る。
ラジオンが権威を振るうことができるのは、大規模ユニオンのマスターであるということが大きい。
半日しか経っていなくても、多くのプレイヤーたちは気がついていた。
この世界で生き抜くのに、一番確かな方法は大規模ユニオンに入ることであると。
たとえば、大規模ユニオンならば住居を得ることができる可能性が高くなる。
この世界で生きていくのに、住まいの確保は大きな問題である。
さらに冒険者として働くならば、これからは命がけの戦いに身をさらすことになる。
そんな時でも、やはり仲間が多い方が有利なのは当然だ。
万が一、他のユニオンとの争いになった時でも、人数が多いほど単純に戦力はあがっていくものだ。
これからはそういうことも考えていかなければならない。
そして、受け入れる大規模ユニオン側もそのことは十分に理解している。
だから大規模ユニオンは、新規加入希望者からは、すでに高額な加入金をとりはじめている。
またユニオンによっては、会費を取っているようなところも存在し始めていた。
この流れが次の段階に行けば、今度は大規模ユニオンによる小規模ユニオン潰しや吸収などの動きが始まるだろう。
つまりユニオンから今、除名されるというのは非常に生きていくためのリスクが高いのだ。
「ちっ。意気地なしめ。なら、きみがやれ!」
今度はラジオンが、鎧の男の横にいた女騎士を指さした。
指された女騎士は、顔を思いっきりしかめる。
「――はぁ~っ!? いやよ!」
「逆らうな! 除名するぞ!」
「なら、おまえがやれよ!」
女騎士とは別の所から、男の声が上がる。
「いやなこと、周りに押しつけんじゃねー!」
その罵声を皮切りに周りから一気にラジオンを責める声が噴きあがる。
「てめー、偉ぶりやがって! だいたいリーダーの器じゃねーんだよ!」
「アイテムがいいだけで、プレイヤースキルは大したことないくせに!」
「誰もテメーなんて尊敬してねーぜ!」
積もり積もった不満なんだろう。
連鎖反応を起こすように、次々と路地を塞いでいた者たちからラジオンに叩きつけられる。
それはまるで弾劾される罪人のようだ。
(こ、これは……)
フォルチュナはカティアを回復させながらも、ラジオンの様子をうかがう。
そして、逃げる好機が来たのかもしれないと考えた。
しかし、彼女は逃げることができなかった。
カティアがいるからだけではない。
ラジオンの顔をうかがったとき、フォルチュナはゾッと身の毛がよだってしまったのだ。
彼は見たこともないような表情をしていた。
泣きそうなオッドアイ、荒い息を放つ鼻、歯を食いしばりながら口角をあげる口。
そのうち片手で金髪を掻き乱し始めると、「嫌っている」「認めない」「オレだけ」とよくわからない言葉を口にし始める。
まるで狂気により錯乱しているようにしか思えない。
「あん……た……」
そんなラジオンにカティアが、なぜか話しかけた。
すると、虚ろな目のままでラジオンがカティアに目線を向ける。
「あんた……ダメ……な自分を……認めた……くないんだろ……」
「…………」
話すこと自体、苦しそうなのでフォルチュナはラティアを止めようとする。
が、彼女はそれを拒んで口を動かす。
「自信は……ない……から……周り……の評価を求め……て……自分をよく見せ……たがる」
「うるさい……」
「ダメな……自分を感じ……ると……周りのせ……いにする……」
「うるさい……」
「最後……に自分……を計るのは……自分だ……よ……それには……」
「うるさいっ! うるさいっ! NPCがうるさああぁぁぁぁい!!」
ヒステリックに叫びながら、ラジオンが剣を振りあげる。
咄嗟、フォルチュナはカティアをかばうように体をかぶせる。
瞬間、死を覚悟する。
だが。
「――ぐはあぁっ!」
聞こえたのは、なにかが落ちてくるような音と打撃音。
そして、ラジオンのものと思われる悲鳴。
(なっ……なに?)
顔をあげれば、正面にはワインレッドの革鎧を着た男性の背中。
そしてその横には、黄金の鎧を着た女性のシルエット。
「なっ、なんだ、てめーら!」
誰かが叫んだ。
その声に、突如現れた2人が反応する。
「僕はドミネーター仮面1号!」
「同じく2号! 正義のために推して参る!」
フォルチュナのピンチに颯爽と現れたのは、白い仮面をかぶった変な二人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます