第18話:ハズレだったラジオン

 ラジオンというキャラクターを作った前世リアルの彼は、常に自分に不安を、周りに不満を、世界に不平を感じていた。


 内心で、自分は何事にも力があると思っていた。

 最低でも、普通に生きていく力はあると考えていた。

 しかし、現実は彼の予想と異なっていた。

 自分はやればできるはずなのに、周りは認めてくれない、信頼してくれない。


――やっぱ、オレはダメな奴なんだ。どうせオレなんて。


 自信がなくなれば、ついつい自虐し始めてしまう。

 だが、その気持ちを吐露しても、誰も慰めてくれない、褒めてくれない、かまってくれない。

 おかげで、さらに自分を責めさいなみつづけてしまう。


 すると、しばらくして疑念がわいてくる。


 自分の仕事ばかり難しい内容だから、自分だけ成果がでなかっただけじゃないか。

 自分の予定があるときばかり呑み会が開かれたせいで、自分はつきあいが下手になっただけじゃないか。

 自分の悪口ばかり広められたために、自分の評価が下がったんじゃないか。


 よく考えてみれば、これは自分ではなく環境に悪因があるのではないか?

 もしかしたら、才能がある自分を妬む周囲から嫌われているだけではないのか?


 そう考えると、いろいろとつじつまがあう。

 自分のことを慰めてくれる人、認めてくれる人なんていない。

 自分の仕事の評価を正しくしてくれる人、将来を考えてくれる人なんていない。


 そうだ。

 全員、敵だ。

 全員、オレを馬鹿にしているんだ。

 自分が信用できる者なんて、いないのだ。

 そもそも自分が置かれている環境が、自分を拒絶しているのだ。


――ならば、そんな環境リアルなど捨ててやる。


 彼は仕事をやめてしまい、実家に帰ると引きこもった。

 そして現実とは縁を切って、ひたすら仮想世界バーチヤルゲームをプレイしはじめた。

 別の環境で、別の自分になれると考えていたのだ。


 ところが、結局は同じだった。

 リアルからバーチャルに場所が変わっただけで、自分という存在は変わらなかった。


 自分のアイテム集めは、いつも後回しにされてしまっていたと思う。

 自分だけあまりクエストに誘ってもらえなかったと思う。

 自分が落ちこんでも、あまり慰めてもらえなかったと思う。


 やはりまた、自虐し、それを否定し、環境が悪いという結論に至る。

 周りが悪いのに、自分だけが悪者で、自分だけが助けてもらえない。

 同じ答えをぐるぐると巡る負の周回ルート。


――オレは、どうせ認められないんだ。

――オレは、どうせみんなに捨てられるなんだ。


――


 そう終焉を決心する寸前のことだった。

 彼は【ワールド・オブ・スキル・ドミネーター】に出会ったのである。


 すべてがスキルで管理される世界というのも新鮮に感じたが、それよりも興味がひかれる要素がWSDにはあった。

 それは代替仮想現実SVRを使ったロールプレイングシステムRPSという、「キャラクターを演じる」ことができる補助システムだった。

 それを見た時、彼は考えた。


――RPSなら、今までと違う自分になれるのではないか?

――認めてもらうのではなく、認めさせる力がある自分になればいいのではないか?


 RPSで自分とは違う、強気で自信にあふれた性格設定にして、ラジオンというキャラクターを作りだしてみたのである。


 そして、彼は狂喜した。


 ロールプレイしてみたところ、自虐することがなくなっていたのである。

 不思議なことに、自分が悪いとは欠片も思わなくなったのだ。

 これならは、負の周回ルートから抜けだせる。


 だから彼は、ハズレな自分リアルなど捨て去った。


 自分を認めない周囲は、力ずくで認めさせる。

 自分を嫌う周囲は、徹底的に潰していく。

 自分がされたように、ラジオンはハズレを拒絶し、嫌悪し、排除する。


 こうして四六時中、WSDにログインし、レベルを上げて、金を貯めて、レアアイテムを集めて、それを元にユニオンを作ってここまで力をつけてきたのだ。


(それが今や、ラジオンこそが本当のオレ。もう完全に前世と違う!)


 ラジオンは、広めの路地の行き止まりで目の前に転がされているフォルチュナと、NPCのカティアという女を見てそのことを実感していた。

 路地の出口は、集まったユニオンの部下たち15人ぐらいが塞いでいる。

 逃げ道などありはしない。


(やっと手にはいる……)


 ゲーム時代、このWDSで唯一、自由にならなかったのが女である。

 女性キャラクターだろうと、中身が女性だとは限らない。

 中身が女性だとしても、ゲーム中のセクハラ行為は禁止されている。

 ましてや、中の人をゲーム中の自分ラジオンの力で自由にすることなど到底できないことだった。


 ところが、この世界が現実になった今なら話が違う。

 とびっきりの美女でさえ、自由にできる。


「ところで、なぜNPCまで一緒なんです?」


 連絡受けてすぐに【ムーブ・フレンド】で飛んできたラジオンは、ロールプレイを続ける。

 すると、革鎧を着た男が答えた。


「なんかこいつがNPCのくせに、フォルチュナをかばおうとしやがって……」


「おい。なに呼び捨てにしているんですぅ?」


 ラジオンは、革鎧の男の襟首を掴みあげた。


「フォルチュナさんっと、ちゃんと敬称をつけなさい」


「お、おう。すまん……」


 フォルチュナはラジオンがWSDで見つけた理想の女性像だ。

 そこでなんとか手にいれようと、今までは慎重に外堀から攻めていた。

 彼女に近づく男性キャラクターを脅したり、自分のユニオンに引きいれて彼女のユニオンにいれないようにしたり、そして彼女の仲間を陥落しようとしたり。

 だが、もうここならそんな回りくどいことはしなくていいのだ。

 大事な宝が、やっと手にいれられる。


「カティアとか言いましたっけぇ。NPCは大人しく自分の役割だけ果たしていなさい」


「なんなんだい、さっきからエヌピーシー、エヌピーシーって。役割もなにもあるかい! お強い冒険者様が、よってたかって女の子1人を狙って恥ずかしいと思わないのかい!」


 ラジオンは、やれやれとばかり首を振る。

 恥ずかしいとは、意味がわからない。

 自分の力を恥ずかしいと思うわけがない。

 所詮はNPCである。

 話が通じない。


「フォルチュナさんも、なぜ【ムーブ・フレンド】で逃げないのです? 【ムーブ・ホームポイント】は同エリア内だから使えないでしょうが、【ムーブ・フレンド】を使えば少なくともこの窮地は脱することができたのでは?」


「…………」


「あはは。もちろん、わかっていますよぉ。お仲間を巻きこまないためですよね。やはり、フォルチュナさんはお優しい」


 そう。彼女は優しい。

 たまたま一緒にパーティを組み、少し話しただけだったが、ラジオンにはすぐにわかった。

 今だって彼女は、身を挺してNPCなんかをかばっている。

 優しいからこそ、NPCごときを気にするのだ。

 そんな彼女なら、きっと自分のことも認めてくれる。

 きっと自分に優しくしてくれる。


「さて。フォルチュナさん。まずはクエストをキャンセルしてもらえませんかね。今、うちのユニオンの者がクエストNPCの前でクエスト待ちをずっとしているんですよぉ」


「ど、どうしてそんなことをしなきゃいけないんです!? これ、私が受けたクエです!」


「なるほどなるほど。ならば、やはり我らのユニオンにはいっていただきましょう。そうすれば、あなたがクエストを受けたままでも問題ないですし、あなたが受けとった報酬はユニオンのものとなりますから問題ないでしょう」


「あなたは何を言って……」


「大規模である我がユニオンでは、もっとも広い土地を手にいれて住居を建てるという目標がありましてねぇ。ただ、資金がわずかに足らない。そこで【幻像の鏡】を手にいれて売れば、その資金ができるだろうと」


「身勝手です! いくらなんでも――」


「――この世界はぁ!」


 フォルチュナの言葉を遮って、ラジオンは叫ぶ。


「この世界は、もうゲームではなくなった! 運営もいない! 力が全てだ!」


「ゲームではないというなら、なぜ彼女をNPCと呼ぶのですか!」


 そう言いながら、フォルチュナがカティアを一瞥する。

 やれやれ、まだわからないのかと、ラジオンはため息をつく。


「いいですかぁ、フォルチュナさん。ゲームではなくとも、NPCはNPCなんですよ。この世界での強者は、スキルをもつ我々冒険者。このゲームの名を忘れましたか? このゲームの名は【スキル支配者の世界ワールド・オブ・スキルドミネーター】。よりすばらしいスキルを支配した者の世界なんですよ! そう考えれば、冒険者ではない者なんて奴隷に等しい存在! ゲームシステムの奴隷であるNPCと変わらないでしょ!」


「な……なんてこと……」


「ああ、もう回りくどいことはやめて、あなたにもわからせてやりましょう。そのために、あなたはオレの女になってもらう」


 ラジオンは、腰の剣をスラリと抜いた。

 あの忌々しいハズレ野郎に壊されたため、先ほど大金を払って、鍛冶魔法で修復してきたばかりの剣である。

 その剣先をフォルチュナに向ける。


「な、なるわけありません! 生きている人をNPCと見下す人になんか……」


「断れないんですよぉ。冒険者同士の関係も、レベルが高く、より多くの高性能なスキルをもっている者が強いのが道理。それがわからないなら一度、教育のために痛い目に遭わせた方がいいかもしれませんね」


 この世界での痛覚は、ゲームの時と違って無慈悲に襲ってくる。

 確かに痛みは現実よりも弱く、HPさえ残っていれば簡単に死ぬこともないとわかっていても、暴力はやはり恐ろしいはずだ。

 だから、脅すために剣を振りあげる。


「さあ、どうします?」


 ラジオンの持つ刺突剣レイピアは突き刺すための剣だ。

 刃がついているので斬り裂くことはできるが、かなり深く斬らなければ重傷を負わせることはできない。

 だから、威嚇にはちょうどいい。


「ち、力尽くでどうにかなると思っているんですか?」


「……試してみましょうか!」


 薄皮一枚斬り傷をつけるため、ラジオンは剣を振りおろす。


「――ダメだっ!」


 だが、2人の間に1つの影が割りこむ。

 ラジオンに伝わる、肉を深めに斬る感触。

 噴きだす血しぶき。

 それをラジオンは、口元から下に浴びる。


「――なっ!?」


「……えっ? カ……カティアさん!?」


 ラジオンが斬ってしまったのは、彼がNPCだとさげすんだ女性だった。

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