第15話:ハズレなき英雄たち
ロストとレアは概要を聞くと、とりあえず倒れている男を1人だけ抱えてその場を離れた。
魔術による睡眠効果は普通の睡眠と違い、効果がある間は少々の衝撃を与えても新規ダメージを与えないかぎり目が覚めない。
その代わり、MGPの抵抗力で睡眠時間が変動してしまうため、起きるまでの時間を正確に知ることはできなかった。
それでもロープで束縛して、
途中、元NPCたちに見られたりしたが、彼らは冒険者に自ら関わろうとしない。
また、この辺りがそもそも低レベル用のクエストしかないエリアのため、他の冒険者があまりこないことも幸いした。
「おや。目が覚めましたか、アーキンさん?」
到着してしばらくすると、両手をロストに斬り落とされたアーキンという男が目を覚ました。
今は復活させた両手を背後で縛って、地面に転がしている。
「なっ、なんなんだ、おまえたちは!?」
彼は怯えながら、キョロキョロと周囲を見まわし始める。
そして状況を把握したのか、少し怯えた色を隠すようにロストたちを睨みつけてきた。
「おい、仮面野郎! いきなり、人の腕を斬りやがって、死ぬかと思ったぞ! あんなに痛てぇなんて、神のクソめっ!」
「まあまあ。落ちついて。まずは手を斬ったお詫びとしてこれをお収めください」
このアーキンという男が、サーチに見つからない設定になっていることは確認していた。
だからまず、彼にサーチ設定を変えられないよう、意識をそらす必要がある。
そのためにロストは、トレーディング・ボードをあらかじめ表示させて、そこに100万ネイの金を積んでおいたのだ。
「な、なんのつもりだよ、これ……」
「お詫びの慰謝料です」
「…………」
狼狽するアーキンを見て、ロストは手応えを感じる。
(また神様に「金で解決した」と言われそうですね)
だが、仕方がない。
今はとにかく、アーキンの思考から「すぐ逃げる」というコマンドを選択させないようにしなくてはならない。
それには、助けが来なくても火急の危険がないとわからせた上、むしろ助けを呼ぶと損をするかもしれないという、わかりやすい材料を提示するしかないのだ。
「なにが慰謝料だよ! 人を縛ったままで!」
「失礼しました。話を聞いて欲しかっただけなので、今からほどきますよ」
ロストが目で合図すると、レアが手筈通りアーキンを縛る紐を剣で斬る。
するとアーキンはすぐに立ち上がり、アイテム・ストレージから剣をとりだして構えた。
「ふざけた野郎どもが。オレが、そんな季節はずれのハロウィーン仮面をつけた怪しい奴を信じるとでも思ってんのか?」
そう言いながら、アーキンはロストとレアを順番に観察するように見る。
ロストはまだしも、レアの標準装備は目立つので一般的な鎧に変えさせている。
また、目立つ髪の色も一時的に黒に変えさせていたので、そうそうバレることはないだろう。
ただ、やはりレアはロストよりもはるかに有名人だ。
あまり話させるわけにはいかない。
(それに僕が話すことで、これも試してみたいですしね)
ロストは意識操作で、【ネゴシエーション・イベント】を実行する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ネゴシエーション・イベント】
レア度:★1/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:3600/効果時間:180
説明:イベント会話を有利に進めることができる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このスキルの説明を読むと、対象はとくにNPC等に絞っていないことに気がついた。
ゲームならそれはありえなかったが、今ならばスキルとして働くのかもしれないと考えたのだ。
「てめーら、なにもんだよ!? あの2人の仲間か!?」
アーキンは、ロストとレアの後ろに離れて待機している少女2人を指さした。
魔人の亜人であるデモニオン族のシニスタと、天使の亜人であるアンジェン族のデクスタの2人だ。
「いいえ。僕たちはただの通りすがりの正義の味方です。僕のことは、ドミネーター仮面1号とお呼びください。あちらは2号です」
「ふっ、ふざけてんのか!?」
「まあまあ。正体は明かせませんが、この慰謝料に他意はないのですよ。ぜひ受けとっていただければ」
「……まあ、いいや。受けとってやるよ」
そこで握手のアイコンが点滅する。
(効果が……。まさか本当にプレイヤーに働くとは)
ほぼ失敗前提で試したため、ロストはこの結果に驚く。
なにしろこのスキルは、言い換えればマインドコントロールだ。
また、この結果が示すのはそれだけではない。
(通常スキルは、自分や自分の武器に対して効果が働くもの。相手側に効果が働くスキルは、MPを消費して発動する魔術スキルか、特殊な魔法スキルだけがルールのはず。つまりこの世界では、本来のゲームシステムとは違う、こういう例外もできてしまうわけですか)
予想以上の効果。
しかし、これはチャンスである。
「アーキンさん。アルバイトをしませんか?」
「アルバイト……だと?」
「この100万とは別にアルバイトしていただければ、成功報酬でもう100万払いましょう。こんな状態ですから、お金はあった方がよいでしょう?」
「100万……。オレにスパイでもしろというのか? 仲間を売れと?」
「いえいえ。そんな大それた話ではありません。たかが100万ネイぐらいでは、あなたを寝返らせるには安すぎます。ただ僕たちは、あなたに助けていただきたいのです。かわいい女の子たちが泣かないように、つらい思いをしないように。あなただって、みんなの役に立つために働く冒険者の1人。彼女たちが泣くのは本意ではない……ですね?」
「ま、まあ、それはな……」
「それにあなたの仲間だって、別に罪を犯したいわけではないでしょう。ならば、彼女たちを救うことは、間接的に仲間を救うことになります。もしかしたら彼女たちを苦しめることで、彼女たちと交流のある他のユニオンと争いになることもあるかもしれません。そうなれば、先ほどのような痛みを伴う戦いにあなたの仲間まで巻きこまれます」
「……しかし……ラジオンさんを……」
「ラジオンさんとて、こんな世界にいきなり投げこまれて平常心を多少、失っているのでしょう。落ちつけばきっとわかってくださいます。それに100万ネイぐらいのアルバイトですよ。これ以上の大金はあれですが、このぐらいなら大した問題にもなりませんよ」
「…………」
先ほどから、握手のアイコンがチカチカと点滅をくり返している。
だが、ロストはスキルだけに頼るわけではない。
彼は頭をフル回転させ、自分なりの交渉術を駆使していた。
狙いは、相手の罪悪感の軽減だ。
仲間を裏切るのではなく、仲間を助けるため、正しいことのためという大義名分を与える。
大義名分は「金のため」という自分の
また、報酬金額も「大したことない」と思わせようとしていた。
100万ネイが大金だとわかっていても、適正価格をもらっていると思わせることで罪悪感が薄れていく。
さらに本来ならば、PvP(対人戦闘)が認められているゲームで、慰謝料などというものを払う必要はない。
つまり慰謝料としての100万ネイも、いわば報酬の前払いみたいなものなのだ。
アーキンもそのことは内心でわかっている。
だが、それをあえて慰謝料という名義にして分解することで、「報酬金額は100万だけだから」と自らにいい聞かせているのだ。
(それにこの言い方ならば、報酬の値上げ交渉も心理的にしにくくなりますからね)
すべては計算高いロストの思い通りに。
そしてその計算結果の精度は、スキルによって高精度にされていたのである。
「アーキンさんに、ご迷惑をおかけしないように配慮いたしますので」
「……オレになにをやれと?」
握手のアイコンが、また点滅した。
§
冒険者の大男が、大広場の端から中央にある噴水の中までふっとんだ。
グルグルと落下する
もともとゲームである以上、見た目とステータスは別物のため、大男だからといって怪力だというわけではない。
しかし、その大男は見た目通り多くのSPをSTRに振っている、レベル50の冒険者だったのだ。
それがいとも簡単に吹き飛ばされる様は、普通なら信じがたいシーンだっただろう。
ところが隠れながら様子を見ていた周囲の住民や他の冒険者たちは、さもありなんと見ていた。
それは、その冒険者に敵対していた者が何者なのかよく知っていたからだ。
「なんだ? 一撃で死んじまったのか? まあよし! 冒険者なんて本気で止めるなら殺さないとならんしな!」
大男を殴り飛ばした男は、拳をゆっくりと引き下げる。
その者もまた、同じぐらいの大男だが、かなり変わった風体をしていた。
額と頭に動物のサイのような角を生やし、顔のほとんどは黒い仮面で隠されている。
見えるのは、2つの穴から覗く鋭い目と、不敵に歪む口元だけだ。
「やっぱオレ、最強!」
灰色の鎧の背中に、巨大なハンマー状の武器を背負っている。
が、それを使う様子はない。
なぜなら、彼はそんなものがなくても勝てると確信していた。
そして遠巻きで見ていた者たちも、同じように確信していた。
「おお! さすが八大英雄リーノ様だ!」
「ありがとうございます、リーノ・ホーン様!」
周りから声援と拍手がわきあがる。
それは先ほど吹き飛ばした大男を倒したことだけに対するものではない。
大広場には、その大男の仲間たち10人ほどが、点在するように倒れていた。
彼らはすべて、住民に危害を加えて傍若無人にふるまっていた冒険者たちだ。
そのような無頼漢すべてをリーノが、あっという間に倒したのである。
「ガッハハハハハ! よしよし! この調子でどんどん倒すかぁ!」
「調子にのりすぎ。めっ」
抑揚のない幼い声と共に、リーノの側頭部にいきなり巨大な金属の金平糖がぶち当たる。
ズゴッというエグい音が響く。
「――ぐはっ!?」
金平糖は、リーノの頭の数倍の大きさがある
その棘のひとつが、リーノの側頭部に刺さっているように見える。
「いってーなっ!」
頭からはずした鉄球をリーノは投げ返す。
そして側頭部から血しぶきを噴きだしながら怒鳴る。
「ミミ、なにすんだ!?」
投げられた鉄球は、すぐにその勢いを失い、繋がった鎖を揺らしながら、フワフワと空中に浮いていた。
そしてゆっくりと、鎖でつながれた魔導の杖に引っぱられていく。
魔導の杖は、先端にC型のパーツがついたものだった。
そのC型部分の内側に鎖が、吸いこまれるように収納されていく。
さらに鉄球もだんだんと縮んでいき、最後はアメジストの宝玉のようになり、C型パーツの中心でフワリフワリと浮きながら収まってしまった。
「リーノ、やりすぎだから、おしおき」
その杖を握っていたのは、まだ幼い無表情な少女だった。
真っ黒なマントを身につけ、深くかぶったフードの左右から、みかん色の長い髪をこぼしている。
右目を眼帯で隠しているが、左目には真っ赤に燃えるルビーのような瞳が輝いていた。
幼い容姿がまとう空気は、神秘的な妖しさをもち近寄りがたい。
ただ唯一、なぜか左胸に黄色いひよこの名札のようなものをつけていることだけが違和感を醸しだしていた。
「おお! ミミ・ナナ様まで!」
「八大英雄様が2人も来てくださったぞ!」
建物に隠れていた住民たちまで明るい顔で姿を見せる。
先までの緊迫していた空気が嘘のように、安堵に包まれていく。
「兵隊さん。悪い子たち、捕まえて」
「はっ!」
背後に控えていた数十人の王国兵士が、一斉に大広場に散って倒れている冒険者を捕らえ始めた。
それを確認して、ミミは大きくため息をつく。
「ここ、これで終わり」
「終わりじゃねー! オレの頭、どーしてくれるんだ! 血が出ているぞ、血!」
「大丈夫。気のせい。血は出てない」
「なんだとー! 気のせいだと言うのか!?」
「うん。気のせい」
「そうか! 気のせいか! よしよし、ならよし! 確かにもう痛くないし!」
本当は部下となった王国兵士数人が、リーノに後ろから回復魔術スキルを実行したおかげなのだが、ミミはそれを語らない。
そしてリーノは気がつかない。
「それより、王女様のご命令。今日中に、わるいこ冒険者たち、みんなおしおき」
「わかってんよ! しかし、どうしていきなり一部の冒険者たちは暴れだしたんだ?」
「ミミ、知らない。ミミ、わるいこのおしおきするだけ」
「まあ、それでよしか! まずは沈静化ってやつだな。各国でこんな状態みたいだが、各地にいるほかの八大英雄たちや、各王国兵団が動いてやがんだろーしな」
「うん。そう。ただの冒険者では、【リリース・リミットレベル80】をもつ八大英雄に勝てない。安心」
「だな。それに兵団総長クラスでさえ、【リリース・リミットレベル70】をもってんだからよ。まあ、よし! なんとかなる。よしよし!」
「うん。ミミたちがいれば、秩序は保たれる」
ミミはそう言って、昨日と変わらない青空を見上げた。
他の八大英雄たちも、各国の王族たちも、その時はミミと同じ予想を立てていた。
世界には、確かな抑止力が存在していると。
原因は不明だが、冒険者の豹変は一時的な混乱であると。
しかし、彼らは未来を知らない。
確かに、運営管理者という首輪がなくなった冒険者たちによるカオスな世界へのルートは免れることになる。
それでも50万人からの冒険者たちの一部は、この出来事から八大英雄や王国に対抗することを考え始めるのだ。
このままでは自由だけではなく、命までも掌握されてしまう危険性を感じてしまったからである。
対抗策の初手として、冒険者らは人数を集め始めた。
すなわち巨大なユニオンを作り始めたのである。
ただしそれは、今までのように友達同士で仲良く遊ぶための集団ではない。
より支配的に、より強さを求め、封建制度の国や、軍隊を模倣した組織へ変化していくことになる。
この世界で欲望を満たし、自由に、楽しく暮らすために。
この世界で平和に、自由に、楽しく暮らすために。
この世界で縛られず、自由に、楽しく暮らすために。
それぞれの目的に合わせて、ユニオンはここから統合され、淘汰され、魔物だけではなく国や他のユニオンとの争いを始める。
煙る灰色の空が広がる、群雄割拠の時代の幕開けであった。
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●協力:キャラクター原案
【リーノ・ホーン】……Mr.R様
【ミミ・ナナ】……yushiRa_Minto(@minon_pomun)様/https://kakuyomu.jp/users/minon_pomun
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