第14話:ハズレなき手助け

 冒険者ギルドに行くと、ロストはさっそくユニオン作成の手続きを行った。

 ユニオンの名前は、考えるのも面倒だったので【ドミネート】とした。

 サブリーダーとしてレアを登録し、一般メンバーとしてラキナも登録した。


 ところが、レアから一時的でいいからラキナもサブリーダーにしてくれと頼まれた。

 理由は「その方がしばらくは勧誘とか便利そうだから」というものだった。

 確かにそうかもしれないし、断る理由もないので、ロストはレアの言うとおりにした。


「しかし、冒険者ギルドの受付嬢は大人気でしたね」


「ああ、ロリーカちゃんね。ゲーム時代から『ロリーカちゃんはオレの嫁』とか言っている奴が多かったからね。実現できるとなれば、そりゃあ群がるでしょ」


 クエスト募集と受付嬢狙いで大混雑の冒険者ギルドをあとにすると、2人は外周部の街並みに移動した。

 開いている店をなんとか探し、大量の食料と初級クラスのスキルエッグなどを手にいれることができた。


 ちなみに買い物は、すべてアイテム・ストレージ等に格納できてしまう。

 このおかげで、冒険者たちは大荷物を抱えて歩くようなことはほぼしなくていい。


 対して元NPCの一般人たちは、アイテム・ストレージなんて持っていない。

 こういう一般生活の面でも、WSDが現実になると一般人と冒険者の格差は大きくなってしまう。


 その上、冒険者の多くが元NPCに対して、NPC時代と同じく高圧的に話しかけてしまっている。

 さらに今では、一般人に対してぼうじゃくじんなふるまいをする者たちまで出始めていた。

 おかげで一般人の冒険者に対する感情は悪くなる一方だった。


 それは街を歩き、買い物をしていたロストも、肌で感じた。

 すべてではないが、店員の態度があからさまに冒険者に対して悪い店がいくつかあったのである。


(これは大暴動も時間の問題かもしれませんね)


 レアはさっき、「街で1人で行動するのに限界を感じた」と言っていた。

 特にレアは外面そとづらがいいため、多くの男性から狙われている。

 ゲーム時代はゲーム内のセクハラ行為やストーカー行為は運営が取り締まってくれたが、今は自己防衛しなければならない。

 しかし、いくら個人として「五強」と呼ばれるほど強いレアでも、数で押されればひとたまりもなかっただろう。


 少なくとも今の王都オイコットは、そんな状況であった。


「さあ。そろそろ戻るわよ。長居は無用。ラキナも寂しがっているだろうしね」


 アイテム・ストレージの中身を確認したレアが、フローティング・コンソールを閉じる。

 ロストも同じように、フローティング・コンソールを閉じたところだった。


「そうですね。早く戻ってクエストの続きがどうなるかシャルフのところに調査しにいかないといけませんし、その後に60制限解除のクエ……どうしました?」


 ロストは仮面の下のレアの視線が固定されていることに気がつく。

 2人がいるのは、派手な装飾などない民家が並ぶ、下町のような雰囲気の街角。

 細い十字路のところに立っていた。

 レアの視線を追うと、ロストたちから少し離れた少し開けた場所にいた5~6人の集団を見ていたようだった。


「からまれてるわね」


 レアに言われて改めて見ると、確かに2人の少女が4人の男に腕を掴まれている様子がうかがえた。

 少女たちは嫌がっているが、男たちは無理矢理連れて行こうとしているらしい。


「面倒事は避けたいですね」


 ロストがボソッとつぶやくと、レアが同意とうなずく。


「それにあの女の子たち、低レベルでしょ。たぶん30ぐらい。あれじゃ、助けても戦力にもならなさそうだし、レアアイテムも金も持ってないだろうから、見返りも期待できないし……」


「まあ、それはともかく我々も時間がありません。ここは自己責任でがんばってもらいましょうか」


「そうね」


 意見が揃ったところで、ロストは【ムーブ・ホームポイント】を使おうとする。

 ロストのホームポイントは、プニャイド村に設定されていた。

 レアの【ムーブ・ホームポイント】と組み合わせれば、王都と村の間を自由に往復することができる。


「では、飛びまし――」


 響く金切り声が、ロストの言葉を遮る。

 それは「きゃー」だったのか「イヤーッ」だったのかわからない。

 しかし、その後に続いた言葉は、2人の耳にハッキリと飛びこんできた。


ーっ!」


「――!」


 次の瞬間に、ロストは走っていた。

 同時に、レアが片手を前に向ける。


「――【サンダー・スタン Lvレベル1】」


 走るロストを後ろから雷の弾丸が追い抜く。

 それは少女の手をつかんでいた男の側頭部に命中。

 真横に弾かれるように倒れる男。

 彼の抵抗力であるMGP(魔力)値がどのぐらい在るかわからないが、少なくともしばらくは動けないはずだ。


 その男の仲間たちは、動揺しながらもこちらに顔を向ける。

 彼らの視界に、そのままロストはつっこむ。


「なんだ、貴様ら!?」


 敵2人は、慌てて剣を抜こうとする。

 残り1人は、魔法のためか腕を前に向ける。


(しかし、遅いですよ!)


 すでにロストは、腰にあった剣を抜いている。

 まずは剣を最初に抜きかけた者に、ロストは刃を走らせる。

 胴体が横から半分ほど切断。


 ゲームのエフェクトとは違う、血しぶきがあがる。

 今までにない感触に、動きが止まりそうになる。

 その抵抗感を一刹那で振り捨て、体を動かす。


 斬られた男のHPはかなり減っただろうが、まだ死んではいないはずだ。

 そしてこれがもしゲームならば、わずかな衝撃硬直時間がとければ、すぐさまロストへ反撃が来ていたことだろう。


 しかし現実になったWSDでは、そうはいかない。

 ゲームの頃には「チクリ」とダメージ食らったことを知らせる刺激だけだったが、今は痛みがそのまま伝わってくる。

 そのため、斬られた男はのたうちまわる。


 すぐさまロストは、剣を構えるもう1人へ斬りかかる。

 魔法を使おうとしている方は無視だ。

 間に剣を構える味方がいるから、撃つことはできない。


(それに……)


 ロストは2人目と剣を交える。

 一撃、二撃としのぎを削る。


 ハズレスキルだけで生きてきた彼。

 そのコツは、計算高く行動することだ。

 しかし、それだけではない。


 彼はそもそも、反応速度が優れていた。

 それは肉体の動きというより、脳の処理速度と反射神経の優秀さだ。

 さらにそれを活かすため、現実でいくつか武術をかじり、基本的な体の動かし方も学んでいた。


 すべてはハズレスキルを活かして遊ぶために、彼の戦闘スキルはかなり高められている。


「アーキン、そこをどけ!」


 かかげた掌の上に、大量の氷の杭を構えた敵が叫ぶ。

 ロストと剣を交えていた男が、反応して横に飛び退く。


 敵の目の前に晒されるロスト。

 氷の杭を構えた男が、ニヤリと笑う。

 もちろん、この距離から食らえばロストは大ダメージを食らうだろう。


「…………」


 しかし、ロストは対応しない。

 その攻撃が成功することがないことはわかっている。


レア≫ 【アサルト・ウィークポイント Lvレベル5】!


 魔法を放とうとした男が一瞬で固まる。

 彼の胸に、レアのスキルによる投げナイフが2本も刺さった。

 弱点への2本分のダメージはHPを2~3割り減らす。

 その痛みで魔法を放つことができず、男が呻きつつ倒れる。


 そして残った仲間に、さらなる動揺が走った。

 おかげで難なくロストは、刃を走らすことができる。

 男の両腕をバッサリと切り落とす。

 剣をもった腕が回転しながら、中空に弧を描く。


「今です!」


「――【スリープ・ウィンド Lvレベル5】!


 レアの魔術スキルが発動する。

 すると水色の煙がどこからともなく現れ、4人の男を包んでいく。

 それは相手を眠らせる効果がある。


 本来ならば、同レベル相手だと抵抗レジスト率が高くなり、なかなか眠らないか、眠ってもすぐに目を覚ましてしまう。


 しかし、これには2つのポイントがある。

 まず、魔術スキルに対抗するためには、意識的に標準スキル【レジスト・エレメント】を実行しなければならない。

 スキルが実行されると、術を受ける者のMGP(魔力)と、術をかける者のMGP(魔力)との比較時にボーナスが加算され、レジストの成否が決定される。

 もうひとつのポイントとして、【レジスト・エレメント】は他の魔術スキル使用中には使用できないのだ。


 だから、ロストとレアはまず全員に手傷を負わせた。

 それにより「斬られた」という意識で、【レジスト・エレメント】の発動を遅れさせることができる。

 リアルの今ならば、痛みで発動を忘れるかもしれないと狙ったのだ。。

 さらに自分がダメージを受ければ、普通はHPを回復する魔術スキル【ヒール・ライフ】を唱える。

 そうなれば、【レジスト・エレメント】することができなくなるわけだ。


 その作戦は見事にはまった。

 4人は全員、その場で眠ってしまったのである。


 ロストは刃についた血糊を払い、味わいたくなかった手応えを記憶から払う。

 現実世界になってから最初に戦ったスコーピオン・アントとの戦闘で、手に伝わる感触がまったくゲームとは別物だということはわかっていた。

 しかし実際に対人戦闘をしてみると、それは如実に異なる。

 さらに戦闘後の凄惨さがまったく違う。


 周りには血を流したまま倒れている人間がいるのだ。

 しかも、自分が手にかけている。

 たとえ殺していないとしても、気分がいいものではない。


「面倒事は避けたかったんじゃないの?」


 近寄ってきたレアがそう皮肉を口にする。

 彼女もまた、平静を装っているようにみえた。

 ロストは仮面の下で、その彼女の気持ちを察しながら口角をあげてから答える。


「あなただって、見返りを期待できないから見捨てるつもりだったのでは?」


「だって報酬のある仕事ならまだしも、すべて自己責任が基本の冒険者に、横から他人が手をだすのは野暮でしょ」


「そうですね。……しかし、『助けて』と言われて助けないのでは、冒険者失格です」


「そういうことね。……ちなみに、これはゲームの時みたいに放置しておいていいのかしら?」


 そう言って、眠っている男たちを彼女は見る。

 眠っているといっても、中には血の海で倒れている者もいる。

 普通なら、このまま放置していたらまずいだろう。


「そうですね……」


 ロストは、彼らを注視して彼らのHPを確認する。

 数値が見えるわけではないが、HPを表すバーの長さでどのぐらい残っているかは確認できる。


「ゲームの時と同じで、傷が大きいと継続ダメージでHPが減っていくみたいです。継続ダメージがなくなるまで回復魔法をかけた方がいいでしょう」


 レアがうなずき、【ヒール・ライフ Lvレベル5】を実行する。

 ロストも続いて、別の男を回復する。

 すると、斬られた腹の傷が塞がり、失われた腕は復活を始める。

 同時に、飛び散った血しぶきや切り落とされた腕などは光の粒子となって消えていった。

 こんなところもゲームとまったく同じだった。


「ところで、そっちのオチビちゃん2人は大丈夫?」


 回復スキルを使用しながらのレアに、先ほどからずっと抱き合って震える少女2人はコクコクと素早くうなずく。

 そう。見た目はまさに小学生ぐらいの少女だ。

 しかし、WSDの年齢制限は15才以上のため、本当に小学生ということはないはずである。

 それでも怯える2人を見ていると、本当の子供に残酷なシーンを見せてしまったようで、ロストは少し忸怩じくじたるものがある。


「怖がらせてすいませんでした。怪我がないならよかったのですが」


「だ、大丈夫……です」


 黒いゴシックロリータ的な服を着ていた少女がそう応える。

 小さな羊のような角が生えているので、彼女はデモニオン族と呼ばれる魔人と人間の亜人という設定の種族だ。

 彼女は声を震わしながらも、「ありがとうございます」と礼を述べる。


 そんな彼女にレアは少しためらいながら応じる。


「ああ、うん。それよりも教えて欲しいんだけど」


「なっ、なんでしょう?」


「事情がよくわからなかったから、とりあえず男の方を倒したけど、状況を説明してくれる?」


「えっ? さ、最初から見ていて事情をご存じで助けてくれたのでは……」


「いいえ。『助けて』って聞こえたから、相手をとりあえずぶっ倒しただけよ」


「じ、事情もわからないのに、とりあえずでこの方々を斬っちゃったんですか……」


 レアが、ロストに目を合わせてくる。

 その双眸が語っているのは、「面倒」。

 仕方なく、ロストは後を引き継ぐ。


「事情を聞いて結局、戦わなくてはならなくなったとき、4対2ですと不利ですからね。なら、とりあえず先手をとって動けないようにしてから、ゆっくり話を聞けばよいかとおもいましてね」


「む、むちゃくちゃですぅ……。あ、あなた方は、な、何者なんですか。そんな仮面をかぶって……」


 そういえばと、ロストは2人で白いマスクをかぶりっぱなしだったことを思いだす。

 確かに、このままでは不審人物に見えても仕方がない。

 しかし、ここで名前を明かしてしまっては、それはそれで面倒なことになりかねない。


「僕たちは……えーっと……ド……ドミネーター仮面?」


「は、はいっ!?」


「ドミネーター仮面1号です」


「んじゃ、私が2号ね」


 レアが乗ってくる。

 しかし、黒い服の少女の方は乗れないらしく、呆気にとられた顔をしている。

 さらに先ほどまで黒い服の少女にしがみついたまま口もきけなかった、白い服に白い天使の羽をもつ少女まで、涙目が点になっていた。


「ま、まあ、僕たちの話は置いておきましょう。それよりあなた方です。睡眠効果がガッツリはいっているとはいえ、あと数分でこの男たちが目を覚ましてしまいますよ。あなたたちが一方的に襲われていただけでしたら、すぐにお逃げなさい」


「逃げる……で、でも、私たち、フォルちゃんを助けないと……」


「フォルちゃん? お友達ですか?」


「は、はい。フォルチュナという名前の……」


「え? フォルチュナさん……ってまさか、緑の髪のエレファ族の?」


「フォルチュナさんを知っているのですかですわ!?」


 突然、白い服の少女の方が、ロストの方に詰めよった。

 彼女は、天使と人間の亜人であるアンジェン族なのだろう。

 その白い羽を広げながら、まるでロストを逃がさないと服の裾をつかんでくる。


「え、えーっとですね。まだゲーム時代にユニオンに入らないかと冒険者ギルドで誘われまして……」


「あっ! じゃあ、あなたがレベル50のくせにボッチの冒険者!?」


「うぐっ……」


「だ、だめよぉ、デクスタちゃん。……すいません、失礼なことを」


 謝ってきたのは、黒服の少女だった。

 背中のコウモリのような羽が見えるまで頭を深々とさげる。


「だ、大丈夫ですよ。気にしていませんから」


「ごめんなさい。……ほら、デクスタちゃんも謝らないと。こ、この方はお優しい方みたいだから、『気にしない』……と言ってくださっているけど、そそ、そういう方ほど本当は……すご~~~く気になさっているのよ」


「うぐっ……」


 悪魔っの言葉が深くえぐるようにロストの胸に突き刺さる。

 さらにロストの後ろで、レアが腹を抱えながらも声を殺して笑っている。

 本当ならばレアの頭を叩いてやりたいところだが、ロストにはそれよりも気になることがある。


「それでフォルチュナさん、どうかしたんですか?」


「あ! そうなのですわ! フォルチュナさんを助けて欲しいのですわ!」


「助ける?」


「ラジオンのバカに狙われているのですわ!」

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