Quest-003:ラジカルマインド

第12話:ハズレ・マスク

 MMORPGでは、標準では他人が入れないマイルーム空間に家具をコーディネートして遊ぶことができる場合が多い。

 しかしWSDには、そのような他のプレイヤーが入れないマイルームが用意されていなかった。


 もちろん、実装予定がなかったわけではない。

 むしろ運営は、さらなるリアリティを求めていた。

 箱となる土地を好きな場所に購入させ、好きな形の家を建てられるようにして、内部をコーディネートできるように実装する予定だった。


 奇しくも、「リアリティ」というよりも「リアルそのもの」として実装されてしまったのだが。


(こんなことなら、リアルにしなくてもいいからマイルームが欲しかったなぁ。そうすれば籠城できたんだけど……)


 フォルチュナは、建物の陰に身を隠しながら周囲の様子をうかがう。

 ここは、王城からかなり離れた下町のような場所だ。

 細い道が入り組んでいて、ちょっとした迷路のようになっている。

 簡単には見つからないと思うが、見つかった時には簡単に追い詰められてしまうだろう。


(どうして、こんなことに……)


 エレファ族のフォルチュナという存在として生まれ変わったのは、このなじみのある世界の昼前ぐらいだった。

 気がつけば、王都にある5つのムーブポイントのうちの1つに、ほか大勢のプレイヤーと共に立っていたのだ。


 混乱しながらも状況を確認した彼女は、別のホームポジションに転生したユニオンの仲間であるデクスタとシニスタへ連絡をとって落ち合うことにした。

 合流ポイントは、自分が受けたクエストを進めるための元NPCの家の前。

 1人だけその近くにいたフォルチュナは、先に着いてそこで待っていたのである。


(それがまちがいだったなぁ)


 そこで運悪く、ラジオンと出会ってしまった。


 ラジオンは最初、懲りもせずに自分の仲間になるように勧誘してきた。

 このような世界になれば、極小ユニオンでは生きていけない。

 強いユニオンにはいるべきだと、説得してきたのだ。


 そしてさらに彼は、充実した装備をもち、ユニオンリーダーで権力もある自分のものになれば、安心に暮らせるとまで言いだした。


「レベルの低いあなたは、強い者に頼るしかないでしょう?」


 そのラジオンの言葉は、ある意味でまちがいではない。

 しかしそれしか方法がないとしても、フォルチュナは彼に頼りたいとは思わなかった。

 だから、頑なに断った。


 ところが、話はそれではすまなかった。


 ラジオンは、フォルチュナが立っていたのことを思いだしてしまったのだ。

 そして、彼女がその家で受けられるクエストを受注していると勘づいてしまったのである。


 とたん、ラジオンはかぶっていた羊の皮を脱いで強硬姿勢を取り始めた。


 なぜならクエストでもらえる報酬は、クエスト名と同じ【幻像の鏡】というアイテム。

 それは簡単に言えば、キャラクターメイキングをやり直せる権利である。


 この世界でそれがどのように働くのかわからない。

 もしかしたら、効果がない可能性だってある。


 しかし、もしキャラクターメイキング――すなわち、自分自身の種族も性別も見た目も変えられるとしたら、このアイテムはとんでもない価値となる。


 自分のキャラクターの容姿になりたかったわけではないプレイヤーも多々いた。

 実際、自分の姿に嘆いている者は街中にたくさんいた。


 欲しがる者は50万人中何万人いるだろうか。

 もし【幻像の鏡】をオークションにかけたら、いくらになるか予想もつかない。


 だから、ラジオンはクエストを譲れとフォルチュナに迫ったのだ。

 それは最初から脅しであり、最後は力尽くで奪おうとしてきた。


 ところが連れ去られそうになる寸前、フォルチュナは運良く逃げることに成功する。

 そして、なんとか追っ手を撒くことはできたのである。


 その後、フォルチュナは仲間2人に事情を簡潔に話し、街から逃げるようにだけ伝えて連絡を絶った。


(私を助けようとしないで、2人とも逃げてくれたかな……)


 念のため、2人にもサーチに引っかからないよう設定しろと言ってある。

 だが、フォルチュナからも2人の位置がわからなくなるため、それはそれで心配だった。


 自分は2人の姉のような存在だと自負している。

 そして、ユニオンリーダーでもある。

 こんな状態になってしまった以上、なんとか2人は守りたい。


(と言っても、私もまだ二十歳前なのに……。お父さん、お母さん……もう会えないなんて)


 つい、考えてはいけないと思っていたことを考えてしまう。

 おかげで涙腺がゆるみだす。


(いけない、今はそれどころじゃないし。……でも、お腹空いたなぁ。お腹空くんだ、やっぱり……)


 建物の壁に寄りかかり、アイテム・ポーチを覗いてみる。

 そこに食べ物は入っていない。

 あとで、どこかで調達しないといけない。


(あ。ショップでいろいろ売りきれおこしているって言ってたなぁ。こんな所でも買い占めとか転売とかやっている人がいるのかなぁ)


 不安にはなるが、さすがに食料は大丈夫だろう。

 イストリア王国の王都オイコットは、かなり広いマップの街だった。

 街の周辺を1周するのに、歩きづめてもゲーム内時間で1日はかかる。

 食料売り場の他に、飲食店もかなりの数が設置されていた。


(とにかく逃げるのが先。街から一度、出て別の街に行こう。北のアマティアス地方に行けば逃げられ――!?)


 どこからか、「居たか!?」という大声がフォルチュナのいる建物の間にまで響いてきた。

 思わず、フォルチュナはビクッと体を震わせて固まってしまう。


 これだけ広ければ隠れる場所もそれなりにあるのだが、相手はもともと数十人いるユニオンだ。

 その中で転生している者が何人いるかわからないが、見つかったとしても不思議はない。


(ど、どうしよう……声が近づいて……)


 さっきの声がフォルチュナが隠れる路地の出口あたりからしている気がする。

 このままでは、見つかってしまうかもしれない。



――ガシャ……



「きゃぁっ!」


 慌てて口を抑えるがすでに手遅れ。

 フォルチュナは背後でした物音に、思わず少し悲鳴をあげてしまう。


「ん?」


 フォルチュナが振りむくと、怪訝な顔をしたメインレイズ族の女性と目があった。

 年齢的には30才ぐらいに見える、エプロン姿の清潔感のある女性である。

 彼女は建物の扉から半身をだして呆気にとられている。


(あ、NPCか……びっくりした……)


 また路地の出口あたりから、「悲鳴が聞こえたぞ」という声が届き身を強ばらす。


(まずい。この先は行き止まりだから見つかったら……)


 一気に顔から血の気がひく。


「そこの冒険者さん」


 そんなフォルチュナに声をかけてきたのは、さっき扉からこちらを見ていた女性だった。


「逃げてんなら匿ってやるよ。はいりな」


「…………」


 フォルチュナは一瞬だけ逡巡してから、彼女の指示に従った。


(あぁ、そうか。本当に……生きているんだ……)


 その瞬間、フォルチュナは「もうNPCなどいない」ということを心から理解したのである。




   §




 王都オイコットについたロストは、その想像を絶する騒然とした様相に愕然とした。

 それはレアも同じだったらしい。


「なんかすごく悪化してる……」


 レアのホームポイント登録は、イストリアのままだった。

 そこでパーティーを組んだまま、レアの【ムーブ・ホームポイント】でロストも一緒に転移してきたのである。


 ちなみに誰もがもっている標準スキル【ムーブ・ホームポイント】の転移先として、1つだけ設定できるホームポイントは、どこでもいいわけではない。

 街や村、一部のダンジョンや遺跡などに設置されているムーブポイントという、指輪型のモニュメントの魔術建造物にのみ設定ができる。


 ロストとレアが飛んできたのは、イストリアにある5つのムーブポイントのうち、中央大広場であった。

 目の前には、イストリア中央通りがあり、その先には王城がそびえ立つ。

 ゲーム時代の大広場では多くのNPCが優雅に過ごし、周囲にある店はいつも賑やかに栄えていた。


 しかし現在、元NPCたちは1人も見当たらない。

 ゲーム中、昼間はムーブポイントの横に必ず立っていたNPCさえ姿を消していた。

 目に映る人影は、元プレイヤーだけだ。

 さらに円形の大広場を囲むように並んでいた店は、すべて軒先の扉を閉めてしまっている。

 まるで夜中の風景のようだった。


 ただし、それだけならだ。

 集まっている冒険者たちの中には、焦燥し、殺気立ち、もめている者も少なくない。

 閉まっている店舗のドアを叩いて「店を開けろ」と騒いでいる者までいる始末だ。


「取り締まる者がいないから、無秩序状態ですね」


「しゃれにならないわね。まあ、レベル50の冒険者に勝てるNPCなんて、八大英雄と王国兵団の総団長ぐらいでしょ。あ、あとはか」


「六大魔王のメインストーリーに現れた八大英雄ですか。ちゃんといるんですかね、あの個性的なNPCたち」


「いなかったら、この騒動をとめる奴いなくなるかもね」


 このまま放置したら、あちこちで暴動でも起きそうな雰囲気である。

 だからといって、ロストもレアもかまっている余裕はなかった。

 2人も自分たちのことで手一杯である。


「まずは冒険者ギルドで手続きね。それから買い物だけど、薬品はたぶん今日は無理だと思うから、まずは食料ね。あ、金はあんたが出してよね。金持ちだとは思っていたけど、まさかWSDナンバーワン長者があんただとは思いもしなかったわよ」


 ロストは苦笑して返す。

 シャルフから土地を買い取った金は、もちろんロストの所持金のだった。

 そしてロストの手元には、まだ億万長者を名乗れるほどの金が残っている。

 なにしろ、彼は装備やスキルにほぼ金を使わない。

 その上、手にはいる大人気のレアアイテムははいるたびにオークションで売っていた。

 おかげで彼の手元には、多額の金が流れこんでいたのである。


「あんたの所持金には、わたしのお金だって流れていってんだからね」


「レアさんには稼がせていただきましたよ」


「……なんかむかつくわ」


 ぷくっと頬を膨らませるレアは、性格を知らなければかなり魅力的だろう。

 しかし、今の流れでロストが彼女をかわいいと思えるはずもない。


「買い物は、あとスキルエッグですかね。でも、この辺りの店の様子だと……」


「なら、外周近くの市場に行ってみましょ。中央部より人はすくないでしょうし」


 レアの提案に、ロストはうなずく。

 今は連続クエストのために、村のために、そしてのために準備をしなければならない。


「レアさん、面倒事は勘弁してもらいたいのでフードとかかぶって顔を隠してくださいよ」


「あんたね、人のことをトラブルメーカーみたいに。ロストだって、悪目立ちしてるんだからね」


「わかりました。では、僕も顔を隠しましょう」


 そう言うと、ロストはアイテム・ストレージを操作して仮面をかぶった。

 真っ白で目の部分に2つ穴が空いているだけのマスクだった。


「あんた、それ、ハロウィーンイベント用のアイテムじゃない。そんなの大事にとってるの?」


「捨てるのはもったいないではないですか」


「……もしかして、あんたのハズレ好きってただのじゃないの?」


「違いますよ。あ、もうひとつあるので使いますか?」


「なんでそんなにもっているのよ! ……借りるわ」


 白いマスクをした怪しい2人は、悪目立ちしながら冒険者ギルドに向かって走り始めた。

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