第10話:ハズレた相場
ロストが作戦を説明した時、レアに「あんた、本当にバカね」と呆れ顔をされた。
同時に、「まあ、あんたらしいか」と納得もされた。
国
いわば、「ハズレにされた村」。
それは、なんともロスト好みの場所だった。
どうせこの世界で土地を手にいれるなら、みんなが欲しがる都市内部などよりも、こういう場所の方が欲しいに決まっている。
こういう場所を栄えさせてみたいではないか。
ただ、問題は多々ある。
問題その1は、もちろんこの交渉を成功させることである。
(もう効果アイコンが黄色に……)
すでに効果時間が3分の1過ぎてしまったらしい。
まだ訝しんでいるこのトラ顔相手に、ロストは話を急がなければならない。
「そいつ……おまえの依頼主は、なんでこんな村を欲しがる?」
「さあ。わかりません。
ロストは心臓に毛が生えているかのように、堂々と
「条件に合ったので村長に相談したところ、あなた様が地主と聞きまして。さあ、いかがなさいますか?」
「ふん……いいだろう」
そういうと、シャルフは両手の太い指をすべて立ててみせる。
「10億ネイなら売ってやる」
ネイは金の単位だが、10億ネイとはロストの予想よりかなりふっかけてきた。
もしこれが都市内の住居区ならば、土地の広さから言えば安いのかもしれない。
しかし先ほどからシャルフも言っているとおり、条件が非常に良くない。
その上、住人がすでにいる土地で自由気ままに活用することもできない。
そう考えれば、高すぎる。
ちなみにクエストの最低賃金(街中の簡単なお使いクエスト)は、1,000ネイ。
ソロ用クエストの最高額だと10万ネイがいいところである。
宿は素泊まりなら、一番安い相場で3,000ネイ。
食事は1品で500~1,000ネイぐらいの感覚だ。
そしてレアに聞いたところ、都市部の土地は1階2LDKに小さな庭ぐらいの広さであるSサイズで3,000万ネイかららしい。
もちろん、建物は別料金だ。
「シャルフ様、さすがにそれは高すぎます。ここの価値は、せいぜい1億ネイでしょう」
「ふざけんな! そんな安く売れるか! ……8億ならまあいいだろう」
握手のアイコンがまた点滅する。
この強欲な男に減額させているのは、スキルの力のようだ。
ならば、とことん交渉する。
「1億5,000万」
「7億。これで決定だ」
また、握手のアイコンが点滅。
「シャルフ様、ここは1世帯の地代が平均20万ネイだとお聞きしました。約50世帯が居住していますから月に約1,000万ネイ。年間で1億2,000万ネイ。ならば色もつけた1億5,000万は妥当ではありませんか?」
「だからと言って、そんなに安く譲れるか。5億だ。」
握手のアイコンが点滅。
「2億。シャルフ様、よくお考えください。こんな村を買ってもいいという人はもう今後現れませんよ」
「だめだ。ならば、4億」
握手のアイコンが点滅。
だが、握手のアイコンはすでに赤くなっている。残り時間、3分の1を切った。
それにレアから、パーティーを組んだメンバーだけに届くテレパシーのような会話機能で、あらかじめ頼んでおいた物が用意できたと連絡も来ている。
ならば、ここで勝負をかける。
「それでは仕方ありません。この話はなかったことで。別にここにこだわることはないので、僕は他の場所を探すとしましょう」
「なにぃ~?」
「致し方ありませんよ。なにしろクライアントから預かった金額は、このとおり2億ネイだけですので」
このタイミングで、トレーディング・ボードを展開する。
これは他のプレイヤーやNPCと物々交換や売買をするためのフローティング・コンソールの一種だ。
空中に浮かんだ長方形の半透明板は、左右で自分側と相手側のエリアにわかれている。
ここに互いに交換したい物を設定することで、詐欺や泥棒などの不正を防ぎ安全に取り引きをすることができる仕組みだ。
その自分側エリアに、ロストは2億ネイの貨幣を置く。
と言っても、ゲーム中の金銭のやりとりに貨幣オブジェクトは使われない。
基本的には数値だけなので電子マネー感覚なのだが、それは現実化したここでも同じだった。
ただ、イメージとしてトレーディング・ボードの上には、あふれんばかりに山積みされた金貨が表示された。
「――なっ!?」
完全にシャルフの目の色が変わる。
彼が「急いで欲しい」という大金を目の前に積んでやったのだから、当たり前だろう。
これは針にしっかりと引っかかった手応えだと、ロストはニヤリとする。
ちなみに頭の中では、レアの「あんた、そんなに金もってたの!? 実はわたし、欲しいアイテムが――」という声が響くが、それは無視する。
そっちに針は仕掛けていない。
「このようにお金はすぐにおわたしできたのですが残念です。このお取り引きはなかったことに……」
ロストは大きなため息とともに落胆を演出し、わざわざ手でトレーディング・ボードをゆっくりどけようとした。
すると、シャルフが割ってはいる。
「――ま、待て!」
ここでまた、握手のアイコンが点滅。
そろそろ効果時間が切れる頃だ。
ここで決めなくてはならない。
「…………」
シャルフの顔色には、明らかな迷いが浮かんでいた。
その視点は、山積み金貨の下に表示された「200,000,000ネイ」からまったくはずれていない。
(引っかけた釣り針、ハズレさせません……)
ここまで、ロストの作戦は見事にはまっていた。
こんな片田舎の地主が、不動産屋もないこの世界で、土地の相場をきちんと把握しているとは思えない。
ならば自信満々にこちらから金額提示してやれば、彼はそれを目安に折り合いをつけるしかないはずだ。
「最後です。どうしますか?」
「ああ、くそっ! いいだろう、2億で売ってやる!」
握手のアイコンが点滅。
その途中で、アイコンは消えてしまった。
ロストは内心でホッとする。
もちろん、ここまでスムーズにことが進んだのは、【ネゴシエーション・イベント】のスキルのおかげだろう。
そうでなければ、10億を提示してきた相手が2億で交渉に応じる可能性はかなり低いはずだ。
「お取り引きいただきありがとうございます、シャルフ様」
「ああ。だが、【土地所有権譲渡契約書】がなければ権利はわたせん。あとで用意してやるから、まずは先に金を……」
「それでしたら、ご心配なく。こちらで用意しております」
ロストはそう言うと、手で背後に合図を送った。
すると、建物の陰から現れたのはブロジャだ。
彼は走って、ロストの元にやってくる。
そして、A4サイズ程度の1枚の紙をロストに手渡した。
「くっ……それは……」
「はい。当然、土地購入のためにきているので用意しております」
シャルフの顔が苦渋に歪む。
これはシャルフも口にしていた【土地所有権譲渡契約書】という仰々しい名を冠した魔法のアイテムだ。
土地売買用に用意された新規アイテムらしく、レアに頼んでレアの知り合いに購入して運んできてもらったのである。
事前にこのアイテムの情報をレアから聞いていなければ、まずい状態になっていたことだろう。
(レアさんには感謝ですね……)
「必要事項は記載しています。さあ、シャルフ様」
ロストがシャルフに契約書をわたした。
受けとったシャルフは、小さく舌打ちしてから契約書を指でなぞる。
そして、それをトレーディング・ボードの左側に置いた。
見れば、売主欄に、「シャルフ」の名前が記載されている。
カタカナで記載されているところが違和感があるが、文字自体に淡い魔力の光が宿っているのでまちがいないだろう。
あとは契約書を受けとったあと、同じようにロストが買主欄を指でなぞればいい。
すると契約締結日にゲーム日時で値が書き込まれ、契約書自体が魔力の淡い光を放って契約が締結される仕組みだ。
ちなみに、ゲーム時代にもこのような契約書は別の取り引きで存在していた。
そのためロストは、契約書の有効性には信頼を置いていた。
(さて。ここからフェーズ2ですかね……)
ロストの手元に現れたフローティング・コンソールには、「トレーディング・ボードを実行しますか?」のメッセージが現れている。
これを実行すれば、金はシャルフのアイテム・ストレージにはいり、契約書はロストのアイテム・ストレージにはいるという仕組みだ。
だが、実行する前に手筈を整えておかなければならない。
ロスト≫ レアさん。トレード後にサインしますから、警戒をお願いします。
思考でおこなうパーティー会話は、こういう時にかなり便利だ。
レア≫ ああ、なるほどね。任せて。
レアの打てば響く返事に、ロストはつい口角を上げてしまう。
これだけで伝わるのは、さすが同じ強欲同士だ。
トラ顔がなにをするのか、ピンときたのだろう。
レア≫ なんか今、失礼なこと考えなかった?
ロスト≫ いいえ。さすがに鋭い方だと思っただけです。
危なかった。
パーティー会話をミュートしておかないと、油断すると思考がもれてしまう。
思考でおこなうパーティー会話は、こういう時にかなり危険だ。
レア≫ でもさ、わざわざニンジン……ってか、カツオブシを目の前に吊さなくてもいいんじゃない?
ロスト≫ 今後もあるので本当に
「おい!」
シャルフのいらだちが、ロストの意識を目の前に戻す。
「なんで実行しない。早く、トレードしろ。まさか、やっぱりやめるって言うつもりじゃないだろうな?」
「まさか、まさか。すいません。実行しますよ」
ロストは、フローティング・コンソールでトレーディング・ボードを実行する。
とたん、トレーディング・ボードの上にあったアイテムは消え失せ、「トレード成功」の文字が一瞬だけ浮かんだ。と思ったら、トレーディング・ボードごと消えてしまう。
「お取り引き、ありがとうございます」
ロストはかるく会釈してから、改めてフローティング・コンソールを確認する。
所持金は、がっつり2億円減っていた。
その代わりに、土地所有権譲渡契約書というアイテムがアイテム・ストレージにしまわれている。
「では土地をお預かりするため、とりあえず僕のサインをいれさせていただきますね」
そう言ってから、ロストは
刹那――
「フンッ!」
――と気合いのはいった鼻息とともに、素早く抜かれた剣がロストの横顔に向かって迫ってきた。
(――【アイソレート・ウェポン】!)
と、同時にロストもハズレスキルを発動していたのである。
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