第9話:ハズレなき交渉

「な~ぜ、用意ができていないのかなぁ~?」


 村の門をくぐったところにいたのは、ネコというよりトラという方が近い見た目だった。

 黄土色の髪が顎鬚にまで繋がって、前にでた口元でより獣的な顔をしている。


(鼻とか、完全にトラとかのそれですよ)


 そして、かなりの巨漢だ。

 そのまま前に倒れれば、ただ1人で立つ村長のことをのし紙のように潰せてしまえるのではないだろうか。

 何を食べたらあんなに大きくなるのかと、ロストは呆れ気味に見てしまう。


 話によると、彼もまたチャシャ族らしい。

 しかし、同じ獣系だがちょっと同族とは思えない。


(どちらかというと、半端だけど人虎ワータイガーに近い気がしますね)


 そして服装もまったく村人と違う。

 紺色の燕尾服のように後ろが長く伸びたジャケットは、いくつもの刺繍が施され、レリーフのはいった金のボタンが無駄にたくさん並んでいた。

 首元には、幅広の白いスカーフを巻いたようなネクタイをつけ、艶やかな紫のダブレットを身につけている。

 一言で言えば、中世の貴族っぽさのある、高級さの漂う服装だった。


「早~く、今月の地代分の食料をだしてもらおうかぁ~」


「申し訳ございません。シャルフ様が本日、いらっしゃるとは……」


 謝罪する村長に、頭3つ分は大きいシャルフは前屈みになって顔を近づける。

 その目は、まさに肉食獣が獲物を狙っている色に見えた。


「村長ぉ。このオレが今日、来ちゃいけない理由でもあるのかぁ~?」


「い、いえ。滅相もございません。そういうことではなく、ただ……」


 村長が顔を背後に向ける。

 その視線の先は、背後に向けられる。

 そこにいるのは、建物の陰に隠れているロストとレアだ。


(わかっていますよ。出番ということですね)


 手元に開いているフローティング・コンソールの情報から、なんとシャルフのレベルは60もある。

 もし彼がボス敵ならば、予想していたレベルよりは低い。

 しかし、ボス系は2段階目とか3段階目の変化があるのがお約束である。

 だから、ロストは油断しない。


「レアさんは、待機しててくださいね。あと例のものが届いたら、パーティー会話で教えてください」


 一緒に隠れていたレアが、コクリとうなずく。


「わかったわ。あんたこそ危なくなったり、レアアイテムが手にはいりそうになったりしたら、すぐにわたしに教えるのよ!」


「危なくなったら、助けてくれるんですか?」


「すぐに【ムーブ・ホームポイント】で都市に帰るつもりだけど?」


「…………」


「そ、そんな顔しなくても、ほとぼりが冷めたら戻って【リバイブ・ライフ】してあげるって!」


「そのぶれのなさ、ある意味で安心します」


 ロストは、クスッと笑ってしまう。

 何度も彼女とはクエストを共にしている。

 しかも、その時の成功率は高い。

 そのいつもの成功する時の空気を感じ、ロストは肩の力が抜ける。


「失礼、シャルフ様。そのお話、少しお待ちください」


 ロストは建物の陰から歩みでて、シャルフにその身をさらした。


「ああ~ん? なんだ、貴様はぁ~?」


 野太い声で威嚇してくるシャルフに対して、ロストはにこやかに微笑して敵意がないことを示してみる。

 開きなおると、彼は妙に冷静になる。


「初めまして。大地主シャルフ様」


「貴様……冒険者か?」


「はい。今日はシャルフ様にお話があって参りました」


「あぁ~? まさか貴様ごときが、このオレ様に説教たれようってんじゃねーだろうなぁ~?」


 ヤクザも尻尾を巻いて逃げだしそうな肉食獣の眼光だ。

 しかし、それさえもロストは涼しい顔で受け流す。


「あはは。まさかまさかですよ。あなた様に意見できるような立場ではありません」


 そして、スキルを発動する。



――【ネゴシエーション・イベント】



 視界の右上に、意識しないと見えない握手のアイコンが緑で表示される。

 効果時間は180秒。

 そこで効果が切れてしまう。

 使用間隔は3600秒のため、もし効果が本当にあるならチャンスは3分。


「僕は、あなた様と交渉しに来ました」


「交渉ぉ……だと?」


「はい。本当はあなた様もわかっていますよね。これ以上、この村から搾りとれないということは。この村、もう長くありませんよ」


「…………」


 すぐに拒絶も否定もしてこない。

 これは逆に言えば、ということだ。

 ふと視界の隅で握手のアイコンが数回明滅している。

 これは効果が発動した時のサイン。


(このということ自体が、【ネゴシエーション・イベント】の効果ってことですかね……)


 ロストはそう予想する。

 なにしろ見るからに自我が強く、会ったばかりの馬の骨の話を聞くタイプには見えないからだ。

 期間限定イベントが終わってゴミ扱いされて捨てられた、このスキル。

 一縷の望みをかけた賭けだったが、こっちの世界では非常に使えるのではないだろうか。

 とにかく効果があるうちに、決着をつけなくてはならない。


「なにが言いたい?」


「たとえば、もう少し毎月の地代を安くし、村人の生活を裕福にしてみたらどうでしょう? まずは彼らがきちんと働けるようにすれば、もっと長く徴収できるようになりますよ」


「あ~ん? なんでオレがそんな面倒な方法をとらなければならない? それにこっちは急ぎで金がいるんだよぉ~」


 シャルフがこの提案を断ることは予想していた。

 だが、足らない情報を得るためには、少し会話をしてみる必要があった。


(「急ぎで金がいる」ですか……)


 おかげで欲しい情報が引き出せた。

 これは、朗報だ。


「なるほど。村の延命よりも急ぎで金が欲しいと。でも、この村は見るからに、もう金になりませんよね?」


「なんだ貴様……だから、なにが言いたいんだ?」


「はい。話は簡単でございます。この村の地代をチマチマと徴収するのではなくて、バーンと誰かに売ってしまうのはいかがでしょうか?」


「売るだとぉ~? おまえ、バカだろう?」


 首を少し振り、トラの鼻で嗤ってみせる。


「誰がこんな村を買うんだ? こんな国外れにあり、魔物のいる森の中にある、領主にさえ見捨てられた村だぞ?」


「もちろん高くは売れませんが、この村から搾取できるのもあと1年がいいところでしょう? ならば今すぐ、その1年分の値段から少し値引きしたぐらいで売ってしまうのですよ。そうすれば大金が、すぐにシャルフ様の手にはいります」


「だからぁ~、誰が買うっていうんだ?」


「僕が仲介しましょう。実は購入希望者がおりまして、そのためにわざわざこんな場所まで来たのです」


 握手のアイコンが、また点滅を始めた。

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