第8話:ハズレた予測

 WSDにもいろいろなタイプのクエストがある。

 だが、実際にやることは限られている。


 預かった物や言葉を別のNPCに届ける「お使いクエスト」。

 依頼されたアイテムを何らかの方法で手にいれて収める「納品クエスト」。

 モンスターをたおして欲しいという「討伐クエスト」。

 他にも、ダンジョンのクリアや、謎解き、タイムアタックなどのクエストが存在する。


 ところがWSDが現実となったことで、これらのクエストの一部に制限ができてしまった。


 たとえば、「魔物をたおしてください」という討伐クエストがあった時、その魔物が多数いるなら何度もクエストをくり返すことができるのかもしれない。

 しかし、その魔物がこの世界に1匹しかいないという設定だったら、たおしてしまったらもう現れない。

 そこはゲームと違って現実のため、リセットされて蘇ったりしないようだ。


 納品クエストでも同じだ。

 単に「○○を納品して欲しい」というクエストならば、依頼主の手元から納品物がなくなれば、再発生する可能性もあるだろう。

 しかし、「息子の病気を治すために薬草を採ってきてください」というようなクエストの場合、誰かが薬をわたして息子の病気が治ってしまったら基本的には再発生しなくなってしまうわけだ。


「たとえば、必ず1人1回受けられるはずのクエストでも、誰かがそのクエストをクリアしてしまったら、他の人は受けられなくなる可能性があるということですか?」


「そういうことね」


「だから、クエストの奪いあいまつりになっていると。ここで生きていくにはアイテムやスキルは多いほどいいですからね。……あれ? レアさんは、そのクエスト狩りに参加しなくていいんですか?」


「わたしは、クエスト全クリア済みだもの。今さら慌てたりしないわ。あんたは?」


「僕もほとんどクリア済みですが残っていたのもありますね……。使い勝手のいいアイテムやスキルに興味がないのでいいのですが」


「みんながあんたみたいなら、争いも起きないかもね。ともかく、そういうことなのよ」


「言いたいことはわかりました。60解放クエストは単なる納品クエの可能性が高いから問題はない。けど、こちらのクエストを別の人がクリアしてしまったら、もしかしたらもらえるかもしれない、超レアな【リリース・リミットレベル70】を手にいれられなくなってしまうから、いち早くクリアしたい……ということですね?」


「さ~すが、よき相棒! わかってんじゃない」


「わかってしまうことが不本意なのですがね。というか、前にも言いましたが相棒になった覚えはありません」


「なによ? わたしが相棒って呼ぶのは、あんただけなんだから感謝しなさいよ」


「どうして感謝する必要が……。ともかく僕としてもクエストのキャンセルはできないし、食事もご馳走になったので、クエストのクリアを目指すことに異存はありません。しかし、問題があります」


「わかっているわ。戦闘になった場合の戦力でしょ? でも、あんたとわたしだったら、なんとかなるんじゃない?」


「いいえ、かなりリスキーでしょう。本当に予想どおりレベル65で、特殊な攻撃がなければ、ギリギリなんとかなるかもしれません。しかし、ゲーム時代とは違いますから、2人とも死んで蘇生不可能とかになったら目もあてられません。それに『蘇生が可能なのは、冒険者だけ』というゲーム設定が生きているのでしたら、この村人たちは死んだら完全におしまいです」


「ああ、そうね。確かに失敗してレアアイテムが手にはいらなかったら、目もあてられないわ」


「心配なのはそっちですか。まあ、わかっていましたが……」


「ああ。でも、戦力ならあてがあるわ」


「まさか、あなたの取り巻きですか?」


「それとは別口。今回はなるべく公にしたくないし」


「命がけですから、手練れで信用がある人でお願いしますよ。それとリスクを理解してくれる人です。敵のレベル65はあくまで予想。そもそも、このクエスト自体、作りかけだったり、テスト中だったりの可能性が大です。なにがあるかわかりませんから」


「大丈夫、大丈夫。すごーく素直でかわいい子でね。わたしの言うこと、なんでもよーく聞いてくれるのよ♥」


「……それ、リスクを理解させるつもりないですよね?」


「そんなことナイナイ♥ 今は街の安全なところで待機させているから呼んでみるわ。……でも、本当によかった」


「なにがです?」


「その子もだけど、あんたもこっちにきていた上に無事でいてくれて」


「便利な小間使いが増えるからですか?」


 レアが苦笑する。

 少し困ったような、少し照れたような、それでいて寂しそうで嬉しそうで。

 なんとも形容しがたい、ロストが初めて見る表情だった。

 もしかしたら、ここが現実になったからこそ、見られた感情なのかもしれない。


「それもあるけど、特にあんたはわたしが唯一、気楽に話せる相手だから……」


「レアさん……」


 いつにもなく真摯な彼女の瞳に、ロストは言葉を詰まらせた。


 その直後だった。

 外が突然、騒がしくなる。


「どうしたのかしら?」


 窓の向こうであがる声に「来たぞ!」というおののきを含むものが混ざっている。

 そして、しばらくすると馬のいななきが響く。


「おい、冒険者ども!」


 声とほぼ同時に、木製のドアが壊れるかというほど勢いよく開かれた。

 そこにいたのは、ブロシャと呼ばれていた銀髪のチャシャ族。

 彼はつりあげた目で口元を歪ませている。


「どうしました?」


「どうしましたじゃねーよ! 来たんだ。大地主シャルフの奴が来ちまったんだよ!」


「えーっ!? もう来ちゃったの!? 早すぎ! 勝手にストーリーを進めるなんて、とんだクソゲーじゃない!」


 レアが驚愕するが、ロストも同じ気持ちだ。

 これから薬品アイテムの準備やら、仲間との作戦タイムやら、まだまだやることはあるというのに。


 だが、わかっている。

 これは仕方ないことなのだ。


「クソゲーではありませんよ。現実なんです。だから予想外のことも起こるし、それを理解していないとこの先、生き残れません」


「まあ、そうね……。ともかく今から、わたしの知人にバトルの用意をしてもらって呼ぶか――」


「――だめです。3人だけでもリスクが高すぎます」


「じゃあ、どーすんのよ!?」


「…………」


 ロストはフローティング・コンソールをだして、プレイヤーサーチを実行してみる。

 偶然で近くに1人ぐらいないかと思ったからだ。

 しかし、サーチ結果に表れたのは、予想外の結果だった。


(大量に……って、全部これプレイヤーではない?)


 不可解なことに、そこには村人らしき名前ばかりが並んでいたのである。

 村長のギュスタの名前も並んでいる。

 もちろん、ゲーム時代は検索結果にNPCがでてくることなどなかった。

 ロストは不可解さに、眉をひそめる。


「どうかしたの?」


「あ、いえ。別に」


 今はそれよりも現状の打破が先である。

 たとえ村人をプレイヤー扱いで仲間にできたからと言って、彼らが戦力になるわけではないのだ。

 彼らは冒険者ではないし、スキルを使える者もいるがレベルが低すぎる。


「……ひとつだけ、考えていたことがあるのですが」


 それは、村長にクエストを断らせようとしたときにも考えたこと。

 ここがゲームではなく、現実だからこそできることもある。

 それを説明するためにロストは、【ビュー・プロフィール】であるスキルを表示させる。


「レアさん、このスキルって使えると思います?」


「どれよ……って、あんた、こんなスキル、まだ覚えていたの!? これ、去年のイベントオンリーのスキルじゃない。イベントが終わったら、こんなスキルはゴミでしょ。未だに後生大事に覚えている人なんていないわよ!」


「みんなのスキル一覧からスキル……だからこそ、なんか忘れるのがもったいなくて覚えたままにしていたんですが、これを大地主相手に使えないかなと思いまして」


「えっ!? だってこれ、イベントキャラに使うためので、他のNPCには効果がないでしょ?」


「でも、スキルの説明には、イベントキャラに限定するとは書いてないんですよ。それに彼らはすでにNPCじゃない。『イベント』というのも広義で考えれば当てはまらなくもないでしょう?」


「で、でも……あんた、まさか……」


「ええ。大地主を諫めるのは無理でも、自分の意志がある相手なら交渉の余地はあるかもしれないということです」



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【ネゴシエーション・イベント】

 レア度:★1/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:3600/効果時間:180

 説明:イベント会話を有利に進めることができる。

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