第7話:ハズレ・フレンド
これは、いわばバーチャル世界の都市伝説。
嘘とはわかっていても、大昔からゲーマーには信じられてきた
人の
その業火を察し、鎮めたもう見えざる神の御手。
運命への畏怖と、魂への自戒をこめて、人々はそれをこう呼んだ。
――【物欲センサー】。
それはまさに、神か悪魔か運営の
とあるゲーム辞典には、こう書いてあるという。
――ゲームシステムに実装される謎のセンサー。プレイヤーの強い物欲を感知し、欲しがっているアイテムをドロップさせずに、何度もプレイを強要させる破滅の仕組み。これにより、「全員ゲットまで無限
超簡単に言えば、プレイヤーが欲しいと思っているものほど、ドロップアイテムやガチャシステムで得られないというジンクスである。
しかし、WSDではただのジンクスとは少し話が違っていた。
このゲームでは、スキル生成、アイテム生成、クエスト生成、それにドロップ管理の一部をA.I.ゲームマスターにより処理されていた。
そしてA.I.ゲームマスターはSVRシステムと連携し、脳波に直接アクセスすることができてしまう。
このことからプレイヤーたちは妄想した。
このA.I.ゲームマスターなら、本当に物欲センサーが導入可能なのではないか?
というより、もう導入されているのではないか?
だから欲しいものがなかなかでないのではないか?
そう。プレイヤーの間では、妙な真実味を増して語られていた。
もちろんそれに数字的な根拠などなく、ただの思いこみか、勘違いと言ったらそれまでという信憑性のない話である。
しかし、ロストも物欲センサーの存在を信じている1人だった。
なにしろ彼自身、その物欲センサーに魅入られているとしか思えなかったのだ。
彼はいろいろなハズレスキルが欲しかった。
だから宝箱を開ける時、報酬がもらえる時などには、こう心から祈っていたのだ。
――面白い、いい感じのハズレなスキルエッグがでて欲しいです。
しかし、彼の願いは神にいつも届かなかった。
いや、システムという神に届いていたというべきなのかもしれない。
なにしろ彼が得るのはいつも、「面白さではなく実用性重視」で、「いい感じではなく極めた感じ」の「ハズレではなくアタリ」なアイテムばかり。
つまり一般プレイヤーにとっては、喉から手がでるほど欲しいスキルエッグや武器、防具などのアイテムの数々が、ロストの元に大量に転がりこんでいたのだ。
しかし彼にとっては、アタリはすべてハズレだ。
だから、片っ端からオークションで売りさばき、それを資金にして安くたたき売られているハズレスキルを買い集めていたのである。
一方で、そのロストが売り飛ばしたアタリアイテムをよく購入している、とある女性プレイヤーがいた。
彼女はとにかくレアアイテム大好きで、最強アイテム大好きで、自分が大好きで、自分が特別じゃないと我慢できないタイプだった。
そのためならばいくらでも金をだすし、なんでもやりかねない、物欲の塊みたいな存在。
願っているのは、いつも同じ。
――レア度が高くて、強いアタリアイテムが欲しいわ!
しかし、彼女は少なくともソロでアタリアイテムがドロップしたことはないという。
たとえパーティーでドロップしても、アイテム取得のダイス勝負で必ず負けるという運のなさ。
手にいれるのは、平凡なありふれたハズレアイテムばかり。
まさにロストの対局で物欲センサーに囚われた1人。
それこそが、唐突に目の前に現れたプレイヤー【レア】であった。
「あなたも被害者になっていたんですね……」
突然の訪問者に動揺する村長たちへ、なんだかんだと上手いことを言って、とりあえず人払いしてもらった部屋に2人きり。
そこでロストは、とびっきり大きなため息をついた。
しかし、そんな彼を彼女は鼻で笑う。
「はぁ~ん? なに言ってんのよ、あんた。被害者ではなく、神に選ばれた人間、つまりわたしたちは選民でしょ? しかもわたしなんて、こんな理想の自分にマジなれたんだから、神様に感謝しているわ。鏡を見て、しばらく見とれて身動きできなかったぐらいよ」
他に人目がないせいか、彼女の口調が素になっている。
「レアさんはそうかもしれませんけどね」
「ああ、そうね。あんたの容姿は、キャラメイク時のメインレイス男子
「ほっといてください。それより呑気ですね、レアさん。家族ともう会えないんですよ。しかも、ここで死んだら終わりだというのに」
「家族と会えないのは残念だけどね、あっちで貧……つまらない生活するよりは、こっちで思う存分、派手に楽しく生きていく方がわたしには合っているのよ。残った家族も助かるだろうし。……それに呑気に油断をしているつもりはないわよ」
確かに油断はしていないようだった。
なにしろ、室内にいるのに鎧を脱がずに椅子に腰かけている。
いつもの彼女ならば、オシャレな普段着にでも着替えていたところだろう。
未知のエリアにいるという緊張感の表れなのかもしれない。
「そう……みたいですね。まあ、それはいいです。ところで、どうしてここに?」
「もう。それはさっき言ったでしょ♥ あなたのそばにいたかったからよ♥」
「はいはい。もう、それはいいですから……」
「なによ、つまんないわね。そんなの決まっているでしょ。フレンドリストを確認していたら、あんたの名前があったけど、都市部にいなかったから心配になって……」
顔を赤面させうつむき加減に上目づかい。
でも、ロストは二度とだまされない。
「心配になったのは、僕の身ではないですよね?」
「うん♥ あなたがまたおいしいクエに当たって、レアなアイテムを手にいれようとしているんじゃないかって心配になったの♥ だから、急いで【ムーブ・フレンド】で飛んできちゃった!」
これが、彼女がロストにつきまとう目的である。
ロストはとにかくレアアイテムが当たり、そしてそれを手当たり次第にオークションで売っている。
しかし、オークションだと当然のことながら、値段はどんどんつりあがっていく。
それは彼女のようにレアアイテムが欲しい人にとっては、手にいれにくくなるということでもある。
だから、彼女は考えたらしい。
オークションにだす前に譲ってもらえばいいんじゃないかと。
そこで目をつけたのが、大量出品しているロストだったわけである。
初めてロストがレアと会った時は、もちろんそんな理由などわからなかった。
なにしろその時の彼女は、なんの変哲もない一般装備。
その姿で自分の運の悪さをアピールし、「ひとつでもレアアイテムが欲しいから安く譲ってくれませんか」と涙ながらに接触してきたのである。
なにも知らなかったロストは、つい情に流されてレアなアイテムを安く譲ってしまったわけだが、それがまちがいだった。
あとでお礼がしたいからと強引にフレンド登録をさせられてしまい、その後も彼につきまとうようになったわけである。
しばらくして彼女の正体に気がついたけど、もうすでに手遅れだ。
しかも正体がばれても悪びれず、むしろ開きなおって素のままで彼女はロストに接してくる始末である。
「で? なんであんたこそ、都市ではなくこんなところにいるのよ? あの村人たちからクエも受けたんでしょ? わたしにも一口、噛ませなさいよ」
「はいはい。五強の1人である、【姫プ】のレア姫様に手伝ってもらえるのはありがたいですけど、問題が……」
「一言多いわよ」
レアはこめかみをヒクッとひきつらせる。
ちなみに【姫プ】は、【姫プレイ】のこと。
かわいこぶってお姫様のようにチヤホヤされるようにして、周りに貢がせるプレイ方法のことだ。
みんな、見事に彼女の見た目と態度にだまされている。
「んで? 問題ってなによ?」
「このクエはアタリというより、ハズレかもしれないということです」
「どーいうことよ?」
琥珀色の双眸で、ロストをジッと見る。
「まずは、僕がここにいる理由から話しますよ」
ロストは、彼女に今までの経緯を話した。
スキルで森に飛んだこと。
村を見つけて入ったこと。
そして村人たちに頼まれたクエストのこと。
説明が面倒だったので、魔物と戦ったことは省いたが、魔物を見かけてレベルが60だったということだけは伝えておいた。
一通り説明すると、今度はレアが大きなため息をつく。
「はぁ~。【ムーブ・ランダム】って……あんた、本当にハズレものばかり使って、それでいてアタリを見つけるわよね。そういうところにも、物欲センサーって働くのかしら?」
「知りませんよ。それにアタリとは限らないと……」
「ううん。たぶん、アタリよ。あんたの言うとおり、未解放クエが解放されちゃっているんだと思う。しかも、かなり先の……」
「先……そうですよね。レベル60用ですし」
「ねえ。あんた、この前のデベロップメント・レポートの動画は見た?」
「いいえ。見ていませんが」
レアが言っているのは、いわゆるWSDの開発者たちが、現在の開発状況や、次回のバージョンアップ情報についてプレイヤーに向けて話すサービス動画である。
先週、ちょうどやっていたのだが、まだロストは見ていなかった。
「どーりで。見ていたら、あんたがピンときていないわけないしね」
「なんか関係あることを言っていたんですか?」
「そうよ。その動画で、ちょうどレベル60の解放の話をしていたんだけど、西の方にある納品クエで【リリース・リミットレベル60】がスキルとして追加されるって」
「なるほど。それなら、その60解放クエストもこの世界にある可能性が高そうですね」
「まず、確実にあるわよ」
「でしたら、そのクエストをクリアしてレベル60になってから、こちらのクエストをクリアすれば……」
「そうしたいところなんだけど、話はまだあるのよ。問題はここからね」
一呼吸置いてから、レアが言葉を続ける。
「その動画でポロッと開発者がこぼしていたんだけど、次のレベル解放は東の方にするって。しかも、ちょっと変わったクエにする予定で、すでにテストを始めているって」
「……まさか、このクエがレベル70解放のクエではないかということですか?」
「可能性は大だと思う」
「なるほど。しかし、なおさら難易度を考えたら、60解放のクエストをクリアしてから……」
「それじゃ間にあわないかもしれないの」
「間にあわない? それはどういう……」
「あんたは知らないだろうけど、大混乱ながらも都市では2つの大きな現象が起きてるのよ。ひとつは、土地取り合戦」
「土地取り? ……あ。住居ですか」
「そう。土地の所有権が実装されている。いい土地を得ようと、ユニオン同士で競争状態よ」
「ユニオンということは、やはり個人では買えないぐらい高いのですね」
「まあね。わたしのところにもいろいろなユニオンから連絡が来たわ。一緒に住みませんかって」
ゲームの時は大して問題ではなかったが、この世界で暮らすとなれば当然ながら寝床が必要となる。
その拠点をいかに早く確保するかは、確かに生きていくのに重要なことだろう。
一応、宿屋なども存在するが、宿代を毎日支払わなくてはならないとなると、住居は絶対に欲しいところだ。
「もちろん、一番いい家を手にいれたユニオンにお邪魔しようかと思っているけどね」
「相変わらずですねぇ。というか、未だにどこのユニオンにも所属していないのですか」
「当たり前じゃない。わたしは、誰のものでもないもの。ま、とりあえず、こっちは付加情報。問題は、もうひとつの現象よ」
「なんなんです?」
「それは『クエスト狩り』よ」
「ん? 狩りのクエスト……ではなく?」
「違うの。プレイヤー同士で、クエストを奪いあっているの」
「え?」
「ものによって、クリアされたクエストが消えちゃうの。二度と受けられなくなっちゃうのよ」
§
「シニスタ、そっちはいかがでした?」
シニスタと呼ばれた鮮やかなスカーレットの髪をもつ少女は、三つ編みの髪を揺らしながら首を横に振った。
頭の両サイドから角を生やし、背中にコウモリのような羽を生やした悪魔の姿。
しかし、その丸めがねの下には、今にもこぼれそうな滴を溜めている。
「どうしよう、どうしよう、デクスタちゃん。フォルちゃんになんかあったら……」
シニスタの見た目は、実年齢とは違って12才前後である。
そのため路地裏にいる彼女は、まるで迷子になった小学生だ。
「だっ、大丈夫なのですわ。まだ、フォルチュナさんはラジオンのバカに捕まってはいないと思いますわ」
一緒にいたデクスタも、強気の姿勢を見せるが内心では不安で仕方なかった。
突然、自分たちは死んだと告げられて、ゲームの世界に投げこまれた状態で、頼れる姉貴分がいなくなったのだ。
しかもその姉貴分が今、ピンチになっているらしい。
(だめだめですわ。気弱になってはいけませんわ)
頭に輪こそないが、天使の羽を生やしたデクスタは、天使のようにみんなを癒やして助ける存在になりたくて、このアンジェン族を選んだ。
見た目はシニスタと同じ年齢だが、精神年齢は自分の方が上だと思っている。
「とにかく、まだユニオンメンバーリストのフォルチュナさんは、クエスト中のままですわ」
フローティング・コンソールに表示させたフォルチュナの情報は、相変わらず「クエスト進行中:【幻像の鏡】」になっている。
クリアすると、このレベル30以上推奨のクエストでしかもらえない報酬アイテムが手にはいる。
ただし条件は厳しい方で、クエスト中に受注者が一度でも行動不能になると失敗となる。
そうなれば、受注からやり直さなければならない。
つまり、もしフォルチュナがラジオンに捕まっているなら、クエストに何らかの動きがあるはずなのだ。
なにしろレベル50の彼らにとっては、簡単なクエストである。
フォルチュナを脅してクエストをキャンセルさせるなり、フォルチュナをHP0の行動不能状態にしてクエスト失敗にさせるなりするはずだ。
「で、でもぉ……ラジオンさんは、フォルちゃんのクエスト狩りだけでなく、フォルちゃん自身も狙っているし……な、なにかあったら……」
「わかってますわ。とにかくサーチはできなくても、この都市オイコット内にいるのはまちがいないですわ。聞きこみしながら探しますわよ!」
ひとまとめにしたインディゴブルーの長髪を激しく振りながら、デクスタは力説する。
「う、うん。そうだね。で、でも、私たちも気をつけないとね……。もうなにかされても、『ゲームの中の話だから』ではすまないし……」
「そ、そうですわね……」
シニスタの言葉に、デクスタは固唾を呑みこみ体を強ばらす。
(ここ、大丈夫かしら……)
つい怖くなり建物の隙間から身を乗りだし、市場の並ぶ大通り沿いを覗いてみる。
ちょうど、そこを駆け抜ける見知らぬ冒険者の姿が見えた。
デクスタは、慌てて建物の隙間に体を戻す。
(ラジオンの仲間に見つかったら……。いいえ、他の人でも……)
心配なのは、ラジオンの仲間だけではない。
この世界にはもう、不正行為を取り締まるGMや、訴えればなんとかしてくれる運営という存在はいないのだ。
そして冒険者は、一般のNPCよりもはるかに強い存在である。
街の衛兵10人ぐらいなら、冒険者1人で相手ができてしまう。
そのことに気がつき始めたプレイヤーたちの中には、
まだ弱い自分たちでは、レベル50相手だとどうすることもできやしない。
「もう、フォルチュナさんったら、なんで
「き、きっと私たちを巻きこみたくないんだよ……。街から逃げろって言っていたし」
「そうかもしれませんけど、仲間なのですわ! 3人だけの同じユニオンなのですわ! それにわたくしたちもフォルチュナさんがいないと……」
「同じユニオン……。あ、そうだ! デクスタちゃん、ユニオンだよ!」
シニスタが、フリルが多数ついたゴシックロリータ風の黒い服の胸元に手をあてて訴えかける。
「ラジオンのユニオン……ええっと……なんだっけ?」
「ライデンですわね」
「ああ、それ。そのライデンの他の仲間の動向も探ってみたらどうかな……って」
「なるほどですわ! ライデンのメンバーもある程度は転生しているはずですし、それなら連絡をとりあっているはずですわね。中にはサーチ無効にしていない人もいるかも」
「うん。サーチで見つけられれば、街のどのエリアにいるかまでわかるし。いきあたりばったりで探すよりは、確率高いと思うよ」
「そうですわね。なら、とりあえずライデンのメンバー、覚えている名前を検索かけますわよ!」
2人はフローティング・コンソールを開いてプレイヤーサーチを始める。
(クエスト狩りなんて……。神様、ゲーム世界ならゲーム世界らしくして欲しいですわ!)
デクスタは心で愚痴るが、それが神に届くことはやはりなかった。
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