第6話:ハズレスキル

 ハズレスキルに唖然とした全員を見ながら、ロストは苦笑いする。

 彼にしてみれば、見慣れた光景だ。

 フォルチュナのように「すごい」などと言いだす人はまずいない。

 だが逆に言えば、その反応こそが彼らに自由意志がある手応えだった。


「あ、あの勇……冒険者様」


 右手にいた茶髪ショートの女の子が、恐る恐る尋ねてきた。

 表示されたスキル一覧を見る細めの目が、すでに怪訝な色を見せている。

 なんとか笑顔を作ろうとしているが、勇者からただの冒険者にランクダウンしているところは正直だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ムーブ・ワンフィンガー】

 レア度:★5/必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:-

 説明:自分の体をランダムな水平方向へ1センチメートルだけ転移させる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これ……ムーブ系スキルをおもちですのミャ。た、ただ、この1センチというのは……な、なにかのまちがいではないかミャ?」


「まちがいではなく本当です。必ず1センチは転移できますが、わずかですから端から見ると一瞬だけ体が震えたようにしか見えない時もあるんです。ですから、僕はこのスキルを『身震い』と呼んでいます」


 ロストは胸を張って答えた。


「み、身震い……。ミャッ! わかったミャ! もしかして、転移時に消えることで敵の攻撃をかわせたりするのですミャ!?」


「いえ、無理です。消えるのは一瞬でして、タイミングとれませんし、使用間隔インターバルは1秒ですし、攻撃を避けられるほど遠くに転移もできません。これのアタリスキルである【ムーブ・ポジション】なら視認できる100メートル以内へ自由に転移できるのですが」


「ならば、そちらの方が……」


「そうですね。使いやすいでしょう。まあ、売ってしまいましたが」


「う、売ったですかミャ!?」


「はい。そのスキルを覚えるスキルエッグを2つほど手にいれたのですが、オークションで非常に高く売れました」


「2つも!? なんでですかミャ!?」


「え? いらないですし」


「い、いらない……」


「あ、ウンチクを1つ。ムーブ系は出現時に出現前の運動エネルギーが0になっているので、たとえば前屈みに高速で走っている最中に使うと前のめりでスッ転びます。ただ、このスキルにはですね、副――」


「――もういいですミャ!」


 冷たい声で遮られ、ロストは会話を途中で止めた。

 茶髪の少女の頬が、ひきつったまま固まっている。

 これ以上、なにか言えば彼女がキレることはまちがいない。


 ロストは胸が痛む。

 この村は、かわいそうだとは思う。

 だが、今のところこのクエストに対する勝算が見こめない。

 勝算のない戦いはしない。

 彼がハズレスキルだけで生き残ってきたのは、ひとえにこの計算高さといえた。

 特に今はゲーム時代とは違うため、慎重にならざるを得ない。


「で、でも、冒険者様。こちらの【スローイング・アースブレード】というのは、いかにも強そうです!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【スローイング・アースブレード】

 レア度:★4/必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:3600/効果時間:30

 説明:地面に向かって投げた剣が地面に刺さる。勢いをつけるほど深く刺さり、場合によっては埋まってしまう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 今度は村長の横にいた黒髪の男の子が、スキルを指さしながらロストへ話しかけてきた。

 ここにいる若者4人の中で、一番若そうだ。

 見た目は、人間なら中学生ぐらいのイメージに見える。

 彼は、希望を信じて疑わない輝く目を見開いていた。


 だが、その期待はハズレだ。


「成功すれば強いのは確かなんですが、地面に向かって投げなくてはならないので、狙えるのは足ぐらいでして。この系統のアタリスキル【スローイング・ブレード】なら、ただ投げるだけでSTR+30%攻撃なので使い勝手がいいんですけどね」


「でも、巨大な敵の足を突き刺し、まさに足止めができるではありませんか!」


「そう思われるでしょうが、まずその巨大な敵の足下に行くのが大変なんですよ」


「あ……」


「しかも手で持って突き刺すではだめで、投げなくてはいけない。でも、近距離で地面に向かって投げるのって、力がはいらないんです。しかもとっさになんて無理もいいところです。そうすると、勢いがつかずに地面に深く刺さらない。すぐ抜けて、足止めには使えません」


「あ……」


「なお、このスキルのポイントは説明文に『地面に向かって投げた剣が地面に刺さる』って、当たり前のことが書いてあるところです」


「当たり前……ですね……確かに……」


「しかしですね、バカにしたものではありません。このスキルはなかなかすごいんです」


「そ、そうなんですか!?」


「ええ。試したことがあるのですが、ものすごく勢いよく地面に向かって投げると、説明どおり掘り返せないほど深くまで埋まってしまいます。つまり、剣を失ってしまうんですよ。あの時は、買ったばかりの剣を失って泣けました」


「…………」


 ロストの話を聞いて、黒髪の少年は耳を垂れさせ、今にも泣きだしそうな悲哀に満ちた顔をしている。

 無論、ロストが剣をなくした悲しみに同情したのではなく、自分が希望をなくしたことによる絶望だろう。


(これは、なかなかつらいですね……)


 子供が絶望に打ちひしがれるのは見ていて気持ちがいいわけがない。

 しかし、だからこそ安請け合いはできない。

 失敗した時、下手すれば彼らもゲームオーバーになる可能性があるのだ。


「じゃあよ、【リセット・ステータス】ってのは? SPを30も使うんだから便利なスキルなんだよな?」


 4人の中では一番の年長者っぽい銀髪の少年が、両目をきつくつりあげてロストを睨んだ。

 櫓で矢を向けてきた門番役だ。

 見た目的には18才ぐらいのイメージだが、両手を腰にあててかなり不遜な態度で迫ってくる。


「ああ、これですか」


 ロストはフローティング・コンソールに表示されているスキルのひとつを指さす。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【リセット・ステータス】

 レア度:★5/必要SP:30/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:-

 説明:ステータスのSPを一瞬で初期値に戻せる。減ったSPはストックに移動する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「便利なスキルではありますよ」


 そしてロストは、銀髪少年に苦笑する。


「僕が一番気にいっているスキルでもあります。しかし、ステータスを減らすのはスキルを使わなくても誰でも簡単にできることなんです」


 そう、なにも特別なことではない。

 メニューからステータスを選んで、各値にふったSPを減らせばいい。

 つまり、ステータスすべてを初期値の100にしてしまえば、【リセット・ステータス】の結果と同じになる。


「そんなことに30SPも、みんな使いたがらないんですよ。なにしろ30SPあれば、現在のレベルキャップで最高ランク5の魔術スキルが1つ覚えられて、おつりがきますから」


「じ、じゃあ、なんであんたは覚えたんだよ!?」


「そんなの決まっています。これ唯一無二ユニークスキルのくせに、誰にも欲しがられずオークションでたたき売られていたんですよ? そんなハズレ認定受けているスキル、僕以外に使う人はいない。それならば、買うに決まっているではないですか?」


「決まってねーよ!」


 もうすでに怒髪天なのか、銀の毛が逆立って尻尾も立っている。


「冒険者様。ボク、神聖魔術を学んでいるニャン……」


 残りの1人、先ほどからお酌をしてくれていた黒いボブカットの女の子が開口した。

 語尾が「ニャン」なのに、クールな感じの抑揚のない無感情な喋り方をしている。

 そう言えば接待をしてくれる間、彼女は喋っていなかったとロストは思いだす。


「人間が天使様を通じて神様から教わった神聖魔術には、相手に害をなす効果ってひとつもないって本で読んだニャン」


「そうですね。僕も知りません。まあ『神聖』ってつくぐらいですし、そういうものなのでしょう」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【リフレクト・ホーリー】

 レア度:★5/必要SP:1/発動時間:2/使用間隔:60/効果時間:60/消費MP:100

 説明:神聖魔術を相手に跳ね返すことができる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ならば、この【リフレクト・ホーリー】って……。自分にかけられた神聖魔術、跳ね返しちゃだめニャン?」


「基本、そのとおりです」


「なるほどニャン。基本ということは、例外があるニャン?」


「それが残念ながら、今のところ基本以外は見つけられていません。なんかそのうち使えるかもしれない……と期待しているのですが」


「……それ、少なくとも今はただのハズレのスキルニャン?」


「はい。そのとおりです」


 ロストは胸を張ってきっぱりと答える。


「ニャン……。ちなみに精霊魔術攻撃を跳ね返せる【リフレクト・エレメント】はもってないニャン?」


「ああ。あれは手にいれたらすぐに売りましたけど?」


「そ、それも売ったニャン? レア度が高いと聞いたニャン」


「レア度は【★4】ですね。先ほど話にでた【ムーブ・ポジション】も同じです」


「世の中に限られた数しかない【★4】の高性能スキルエッグを3つももっていて、それをすべて売った……ニャン?」


「ニャン……ではなく、はい」


「…………」


 16才ぐらいに見えるきれいな顔から生気が消え失せ、ネコ耳がペタンと垂れた。

 本当は「売った高性能スキルは、3つどころではない。その数十倍。【★5】でも例外ではない」と言ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか。

 つい、ロストは苦笑いしてしまう。


「……おい、テメー! いいかげんにしろよ!」


 銀髪の若い男がとうとうキレた。

 否。とうにキレていたという方が正しいだろう。


「そんな変なスキルばかりなわけがねー! それはダミーで本当はスゲースキルを隠しているんだろう!?」


「これ、ブロシャ」


 ロストににじり寄ろうとした、銀髪のブロシャを村長が手で制した。

 ブロシャは相変わらず髪を逆立てながらも、舌打ちしてから不承不承に矛先を納める。


 しかし、村長も気持ちはブロシャと同じだったのだろう。

 先ほどまで穏やかだったその双眸が、ギロリとロストを睨んでいる。

 それはたぶんブロシャの質問に答えろという、言葉なき詰問。


「申し訳ないのですが、僕のスキルはどれもこんな感じで……」


「いくら冒険者のことに疎いわたくしでも、そのようなスキルばかりでレベル50になれないことはわかりますぞ。本当のことをお教えください」


「そうは言われましても……」


「我々はもう10年もつらい思いをしながら耐えております。その間に村から出て領主様に直訴しようと試みた者もおりましたが、この森を抜けられなかったのでしょう。そのまま音沙汰ございません。大地主様にお願いしに行った者も帰ってこず、大地主様に聞いても知らぬとしか……」


「10年……ですか」


 ロストは、複雑な想いに悩まされる。

 村長は「10年も」というが、それはあくまで設定のはずだ。

 彼らが本当に命を得たのは、ロストたちにとってつい半日ほど前の話である。


(でも、彼らには10年という年月が本当に存在しているのでしょう)


 だから、村長も簡単に退く気がないらしい。

 ハズレスキルしかもっていないということも、まったく信じてもらえない。

 さて困った、どう説明すればいいだろうかと、ロストは頭を抱える。



――バタンッ!



 そのタイミングだった。

 部屋のドアがいきなり開いたのだ。

 そしてノックの代わりに聞こえたのは、ロストが聞き覚えのある女性の声。


「彼のスキル、本当にそんなハズレばかりよ」


 入り口に立っていたのは、金色に輝く金属板にメタルブルーの飾りがつけられた鎧姿だ。

 四肢を守る部分は、鋭角的なデザインで指の先までガードしている。

 しかし、ゴツゴツとしたイメージはなく、スリムで動きやすそうだ。

 対して胴を守る部分は、全体的に丸みを帯びている。

 まるでオーダーメイドのようにバストからヒップまでピッタリとマッチしていた。

 そして同じく金色の地金にダイヤモンド似の宝石が埋めこまれた冠は、ヘッドバンドのように水色の前髪を押さえていた。

 全体的に、その鎧は軽装ながらも高級感があふれでている。


「ごめんなさいね。声が聞こえたから、勝手に入らせてもらっちゃった♥」


 ロストをはじめ唖然とする面子を前に、彼女は柔らかそうな桃色の唇をすぼめ、パッチリとした明眸でウィンクして微笑みを見せ、魅せる。


(僕はそんなのに引っかかりませんけどね……)


 しかし、それだけで若い男のチャシャ族2人は、一発赤面だ。

 まるでチャーム系のスキルでももっているかのように、見事な手腕である。

 いや、チャームされたのは若い2人だけではなかった。


「ど、どなたですかな?」


 村長の鼻の下が伸びて、鼻の穴と口髭の間にずいぶんと隙間ができている。


(思ったよりお若いですね、村長……)


 確かに、あのキャラクターはかわいさと美しさを求めた容姿だから仕方ないのかもしれない。

 今の形になるまでに多額の投資がされていたと、ロストは噂に聞いている。

 たとえばポニーテールにしている輝く水色のロングヘアーも、唯一無二ユニークヘアカラーのはずだ。

 金色の防具も、腰につけている豪勢な剣も、最高レア度【★5】の最強系フル装備。


 そう。

 ロストは彼女を知っているのだ。

 それもよーく知っている。

 だから、訊ねる。


「レアさん……どうしてここに?」


「そんなこと決まっているでしょ。あなたのそばにいたかったからよ♥」


 ロストのフレンドリストに唯一登録されている彼女は、そう答えながら腹に一物をもったとびっきりの笑みを見せるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る