第3話:ハズレ・ルート

 転生したロストというキャラクターがいたのは、深い森の中だった。

 そこで遭遇したのは、高さ2メートルはあるアリの体に、サソリの尻尾をもつ魔物。

 ロストはフローティング・コンソールで調べて、スコーピオン・アントという名前と、レベルが60もあることを知る。

 漆黒の艶々した体で木々を薙ぎ倒しながら、ガサガサ、ガサガサと6本の脚ですごい勢いで追いまわされ、追いまわされ、追いまわされ。

 最後は、尻尾の毒針が向けられた。


 その時、初めて死の予感というものを抱いた。


 レベル10の差というのは、常識的にソロでは勝てないレベル差なのだ。

 しかも、もしここで死んでも蘇らせる神聖魔術スキル【リバイブ・ライフ】を唱えに来てくれる人などいやしない。

 なにしろフレンドリストにある名前は、無理矢理登録させられた1人だけ。

 そしてその人は、自分の利益優先派である。

 たとえその人物がこちらの世界に転生していたとしても、復活可能時間内に助けに来てくれるか怪しいところだ。


 つまり死んだら、まさに終わりだった。


 しかし、このままでは時間の問題。

 だから、ロストは逃げきれないと覚悟を決めて戦った。


「ふぅ。賭けだったけど勝てましたか」


 そしてつい先ほど、なんとか斃すことができたのである。

 、HP(体力)もレベル1と同じ100しか残っていないし、プラチナ・ロングソードも失ってしまった。

 が、死ぬよりはましだった。


 しばらくすると、巨大なスコーピオン・アントの姿が光となって消えゆく。

 それを横目に、HPを回復する神聖魔術スキル【ヒール・ライフ Lvレベル5】を唱える。

 見る見るうちに、HPが回復していく。

 これでいきなり死ぬことはないだろう。


 ゲームから現実になっても、魔物の消え方は同じなんだなと、どうでもいいことを思ってから、どっと疲れて土の上に腰を落とす。


(疲れた……)


 木々の間を縫い、太い根っこを跨ぎ、均整のとれた体は、ロストの中の人よりも機敏に走ることができた。

 しかし、疲労がなかったゲーム時代とは違い、すっかり疲労してしまっている。

 額からはすごい汗が出て、目にはいって沁みてくる。

 これもゲームにはなかったことだ。


(いろいろと中途半端に現実だ……)


 目の前の地面に残っているのは、攻撃によってできたクレーター状の窪みと中心の小さな穴のみ。


(敵影なし……)


 確認してため息をつきながら、上を見る。

 有利に戦うため、少し開けた場所に移動していた。

 おかげで、先ほどまで天井となっていた枝葉がなく澄んだ蒼天が見えている。


(えーっと……フォルチュナさんでしたっけ? 彼女は無事でしょうか)


 レベル30のプレイヤーが、こんな強い魔物がいる森に紛れこんだら一瞬で殺されてしまうだろう。

 それが少し心配になる。


(あ。大丈夫でしたね、普通の人は)


 しかし、そんな心配は自分以外に不要だったと思いだす。

 神の神託では「転生先は安全な都市部にしてある」と告げていたのだ。

 つまり、普通ならこんな森の中にいきなり転生させられるようなことはないはずなのである。


 ならば逆に、ロストはなぜここに飛ばされたのかだが、それには自業自得な理由があった。



――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★―――

【ムーブ・ランダム】/報酬取得

 必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:0/効果時間:―

 消費MP:0/属性:なし/威力:0

 説明:常時発動。転移する時、ランダムで違うところに転移されてしまうことがある。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これは最近、ロストが面白がって覚えたばかりのハズレスキルだった。

 神様に転生させられて都市に運ばれたのは「転移」とみなされたらしい。

 そのせいで発動し、ランダムで転移させられて、この見たこともない森に来てしまったわけである。


 ロストは転生直後、森にいる理由を察した時、さすがにこのスキルの常時発動状態はまずいと反省した。

 だからすぐ、このスキルは別のスキルを使って無効化させておいた。



――――――――――――――――――――――――――レア度:★★★★★―

【ディセーブル・スキル】/報酬取得

 必要SP:1/発動時間:0/使用間隔:1/効果時間:―

 消費MP:0/属性:なし/威力:0

 説明:指定した自分が覚えているスキルを無効化する。もう一度使用することで解除できる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 自分のスキルをわざわざ無効化する人など普通はいない。

 不要なら忘れさせればよい。

 つまり、これもまた「無駄」で「ハズレ」と言われているスキルのひとつだ。


 しかしこれを使うことで、ロストは大事なハズレスキルを忘れないでもっていることができる。

 ロストというキャラクターにハズレスキルを1,000個覚えさせるという、彼の無謀な野望にも近づけるのだった。


(しかし神様、まちがえて殺したから転生させるにしても、キャラクターデータを使って転生させるってどうなんですかね?)


 彼はましな方だった。

 ロストのは、26才の健康な普通の男子。

 そしてロストも、見た目が普通の男子キャラクター。

 人種も、いわゆる人間タイプのメインレイス族のため大きな違和感はない。

 しかも、レベルはすでに最大の50に達している。


(むしろ、元より少しかっこよくなったことだけはお礼を言っておきますよ、神様)


 しかし世の中には、意外と「男だけど女キャラクター」や「女だけど男キャラクター」を作っている者も多いのだ。


(その人たち、転生したとたん、転ですよ? フォルチュナさんはどっちなのかわかりませんが……。それに、獣人キャラを作っている人たちは大丈夫ですかね。いきなり獣の体ですよ。あとレベルが低い人たちも、これからのレベル上げは命がけに……って、今はそれどころではありませんね)


 まだ少し動揺しているのか、ロストはよけいな心配をしている自分を省みた。

 そして、頭をリセットする。

 なによりも優先すべきは、この森からの脱出である。


 もう一度、上を見あげる。

 太陽は、ちょうど真上に来ている。

 この世界の太陽は、地球と同じ設定のため昼ぐらいのはずだ。

 ちなみに手抜きなのか、わかりやすさのためなのか、時間設定も現実と同じ24時間制だ。

 ただゲームとしてプレイしていた時は、現実の4倍の早さで時間が流れていた。


(今はどうなのでしようか。感覚的には普通に感じますが……)


 ともかく夜になる前に森を抜けたいところだ。

 基本的に、夜の森は危険度が高まる。


(登録地点に戻る【ムーブ・ホームポイント】は、フィールド内では使えませんし。さっき村らしきものが空から見えたから……というか、ここはどこですかね)


 根本的な情報が足らなかったことを思いだし、ロストはまず標準スキル【ビュー・マップ】を実行する。


 すると手元にゲーム中と同じようにフローティング・コンソールが浮遊し、そこにザックリとしたエリアマップが表示された。

 半透明の画面は、タッチパネルのように自由に操作ができるし、思考操作という方法で考えるだけでも操作できる。

 これもまったくゲームと同じだった。


(転生先がゲームシステムをコピー……じゃなく、カット&ペーストした世界だから、こういうところで、とまどうことがないのは助かりますね。……ああ、イストリア王国の外れですか。【ビスキュイの森】ねぇ。でも、イストリア北方は、未解放エリアだったはずですが)


 思考操作で地図を縮小。すると、自分が走ってきた部分の周辺だけ森のマップができあがっている。

 それに加えて、自分の近くに村の表示があるのを見つけた。


(プニャイド村……さっきのはこれですか。しかし、こんな森の中に村が? この発音は、亜人の村ですかね)


 とりあえず、フローティング・コンソールを操作してストレージから予備のプラチナ・ロングソードをだして装備した。

 といってもメニューから選ぶだけで、腰元に光が集まり、そこに剣が自動的に吊される。

 これまたゲームと同じだ。


「まずは近くの村に行くのが第一ですかね。しかしこれ、また絶対に僕だけ変なルートに進んでいる気がしますよ。……けどまあ、常識をのが僕のポリシーですからいいのですけどね」


 そして誰に言い聞かせるでもなく声をだすことで気合いをいれ、ロストは地図で見つけた村に向かって歩きだしたのである。




   §




「おい! 早く行くぞ! クエストが獲られちまう!」


「アイテムが品切れになる仕様があるぞ! ポーション系は買い占めろ!」


 あふれんばかりの元プレイヤーで現転生者たちが、イストリア王国・王都オイコットの中を走り回っている。


「不可逆クエストもだが、土地がやばい!」


「クソ、ユニオン・マスターがいないと契約できねぇ! なんで転生してねーんだよ! いい場所が獲られちまうぞ!」


 あちらこちらで、大慌てする声があがる。

 なにかを奪い合うように争う声も混ざっている。

 いらだちを表す怒声も響く。


 街の大広場、高い建物の裏路地、市場いちば通りに、学校、王城の敷地まで。

 冒険者たちが我先にとクエストをこなしていた。

 さらに新規開放された住居エリアにも、冒険者たちの集団が大量に入りこんでいる。


 この異常な状況を神と名のる存在に納得させられた冒険者たちは、とまどいながらもすぐに行動に移った。

 ここでの生活を守るためのリソース争奪戦が始まっていたのだ。


 都市には、多くのクエストやアイテム、そして今まではなかった冒険者が居住するための土地が存在していた。

 それは今や、限られた資産リソースとなっていたのだ。


 しかし、元NPCたちにしてみれば、冒険者たちがなぜ急に騒ぎだしたのかなどわかりはしない。

 それが原因で今までとは反応が違う元NPCたちが現れ、その態度にキレて暴力を振るう者たちまでで始めていた。

 おかげで街の一部では、冒険者に対する不満の声が早くもあがり始めている。


 それは、この都市に限ったことではない。

 どこも混沌とした様相を呈してきていた。


「おい、レア姫! 早く次のクエストに行こうぜ。オレのユニオンと合流するからさ、一緒に来いよ! 姫のクエストもみんなで手伝うからさ!」


 そんな中、ある街角で冒険者の男に声をかけられたのは、高級そうな黄金の軽装鎧を身につけた女性だった。

 彼女は青いポニーテールを揺すりながらふりむくと、かるく微笑を相手に送る。


「ええ、ありがとう。でも、少しやることがあるから先に行っていて」


「お、おおう……」


 彼女の美しい微笑に冒険者の男が、赤面しながら愛想笑いすると手を振って立ち去った。

 その姿が完全に見えなくなるのを確認すると、彼女は表情を豹変させる。


「さて……と。いろいろと用意はできたし。街はそろそろ1人だと・・・・危険になりそうだし」


 素早くフローティング・コンソールを開いて、彼女はフレンドリストを確認した。

 そして目的の人物の名前を見つけると、さっきとは違った怪しい笑みを見せる。


(うふふ……やっぱりいたわね、ロスト。しかも、すでに未解放だったエリアにいるし、さすがよ! やっぱり、こういう時にアタリを引くのは、あんたしかいないわよね!)





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「Quest-001:カット&ペースト」クリア

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