第2話:ハズレの神様

 「ひどい」ではなく「すごい」と言って手を握ってきたフォルチュナ。

 その予想外の行動に、ロストもそして横で見ていたラジオンまでもが固まってしまう。


「すごいです! だって、まともなスキルもないのに、どこのユニオンにも所属しないでレベル50まで上げたということですよね!?」


「そ、そうですけど……」


「それって、プレイヤースキルがすごく高いってことじゃないですか!」


「…………」


 フォルチュナの嫌味の欠片もない純真爛漫な双眸が、まっすぐにロストへ向けられた。

 その視線に刺されて、ロストは彼女に興味をもつ。

 このプレイヤーは、面白いかもしれない。

 なにしろ今まで自分のことを認めてくれたのは、彼女を含めて2人しかいないのだ。


「まさか僕のスキルを見せて褒められるとは思いませんでしたよ」


「え? だって、すごいじゃないですか。私たち、一生懸命にいいスキルを集めていますけど、レベル30の限界突破クエがクリアできないでいるのに」


「ああ。あれですか。あれは確かにソロでクリアするのは苦労しましたね」


「ええっ!? ソロでクリアしたんですか? やっぱりすごいです!」


 ロストの握られていた手に力がこめられ、大きく上下に揺さぶられる。

 そこまで褒められれば、さすがに彼も悪い気がしない。

 ロストは思わず微笑してしまう。


「おいおい。調子にのりすぎだろう?」


 だが、それが面白くない人間が横に立っていた。

 ロストなど、そもそもすでにその人物の存在を忘れていた。


「な~にゴミコレクターが調子にのって、我らのアイドルの手に触れているんだ?」


 ラジオンが先ほどよりもさらに睨んだ瞳を向けている。

 そして手には、すでに刺突剣レイピアが握られていた。

 その刃は、問答無用でロストの喉元にあてられる。


「きゃっ! な、なにをして……」


 驚いて、フォルチュナが離れた。

 それを確認してから、ロストは身動きひとつせず口だけを動かす。


「彼女の手に、僕から触れた記憶はないんですけど?」


「触れただけで問題なんだよ、ゴミコレクター風情が!」


 少し声のトーンが落ちて、ドスが利いた声になる。

 このように声色を変えることができるのも、WSDぐらいだろう。

 おかげで、相手の感情が読みやすくて助かる。


――【リセット・ステータス】実行。


 ラジオンは、このままですますつもりはないのだろう。

 いいや。ロストとて、このままですますつもりは毛頭ない。

 絶対に1つだけは、訂正させなければならない。


――【マクロ02・STR重視】実行。


 ならば、ロストとしても準備をするまでだ。

 思考操作でスキルを使用しておく。


「まあ、彼女のことは別にしても……」


 自然体のままりきんだ動きをおくびにもださず、されど素早く、ロストは首元にあった刺突剣レイピアの刃の根元を右の逆手で握った。

 そして、剣を固定するように力をこめる。

 掌に多少のダメージ感覚が伝わってくるが、大したことはない。


「ゴミってのは聞き捨てなりませんね」


「――なっ!?」


 ラジオンが剣を動かそうとする。

 しかし、ビクリとも動かない。動くはずがない。


「無駄ですよ。この冒険者ギルド内で攻撃や強化などの戦闘系スキルは無効。つまり、力比べは素のSTRステータス勝負になる」


「そ、それはおまえも……」


「もちろん。しかし、高スペックのスキルをたくさん覚えるのに、あなたはSPを多く使っている。そのせいで、ステータスにはあまり割り振れていないでしょう?」


「ぐっ……」


 SP(Sポイント)は、レベルが1上がるたびにもらえるボーナスポイントである。

 このSPを使って、スキルを覚えたり、「STR(攻撃力)、DEF(防御力)、MGP(魔力)、MaxMP(最大魔力量)、MaxHP(最大体力量)」という5つの顕在ステータスを強化したりできる。


「レベル50でもらえるSPは、標準で3,000SP。スキルで1,000SPぐらいは消費する人が多いですから、せいぜいSTRは多めにふっても800~900ぐらいですかね」


「…………」


「僕はスキルをたくさん覚えていますが、スキルを覚えるのに消費しているSPは、通常の半分以下です。その他はステータスに割り振っていますから、純粋なSTRは僕の方がかなり上でしょう」


「そ、そんなの自慢になるかよ! それはおまえが、消費SPの低いゴミスキルばかりもっているってだけじゃねーかよ!」


「おや。大物ぶった喋り方が崩れてますよ。ずいぶんと浅いロールプレイですね」


「なっ……なにを……」


「それに、ゴミではありません。僕が集めているのは、です。言い換えれば、ハズレの中に隠されたアタリ。それは宝探しみたいではないですか」


「わけのわからんことを!」


「見せてあげますよ」


 ここでは、攻撃やステータス強化のような戦闘系スキルは使えない。

 しかし、逆に言えばそれ以外のスキルなら使うことができる。

 だから、ロストはそのスキルを発動させた。

 とたんロストの体が一瞬、


「な~に身震いしてやがる! いいかげん、離しやが――うわあっ!」


 ロストは手を開いて、すでに剣を解放していた。

 そのせいで力をいれたラジオンが、背後に向かって数歩たたらを踏む。

 よろけた姿が、妙にみっともない。


 気がつけば、いつの間にか周りは人だかりだ。

 ここでの他人の揉め事は、現実世界よりもエンターテイメントとして見られるらしい。

 当たり前だ。

 ここならキャラクターはダメージを受けても、実際に中の人が怪我をすることはない。

 まさに、仮想世界ならではの下世話な楽しみ方。


 そして、ラジオンもそれを楽しむタイプのようだった。

 先ほどまでよろけていたのは幻だったとも言わんばかりに、彼はキリッと立ってみせる。

 ギャラリーには、いいところを見せなくてはならない。

 だからポーズを決めるため、自由になった刺突剣レイピアを斜め下に振ってから正面に構えた。


「――なっ!?」


 しかし、その瞬間だった。

 彼の構えていた刺突剣レイピアの刃が、その根元からパキンッと音を鳴らせて折れてしまったのだ。

 刃のほとんどが、石畳の床に落ちて甲高い音を響かせる。


「バ、バカな……。これ、【★4】のスターダスト・レイピアだぞ。素手で折れるはずが……」


「ああ、【★4】だったんですか。それはそれは修理代が高そうで。ご愁傷様です」


「てめー……どうやって!?」


「ハズレスキルは使いようってことで」


「ふざけんな! ぶっころす!」


 激怒したラジオンが、拳を振りあげる。


「――やめてください!」


 フォルチュナが、ロストの前に身を躍らす。

 その刹那。



 ――ブラックアウト。



 世界が真っ暗になった。

 肉体の感覚が失われ、意識が闇に溶けていく。

 困惑が不安に、不安が恐怖に変わっていく。

 しかし、それらの感情さえも、すぐに闇へ呑みこまれていった。




   §




 2120年。

 春一番が吹き抜ける、穏やかな陽気の、ある晴れた日。

 なんの前触れもなく、なんの意味もなく。

 全世界で同時に、とあるゲームのプレイヤー50万人が突然死した――。



 ――でも、それはミスだった!


 ――すまん。新しく創った世界にまとめて転生させるから許して♥



 ブラックアウトからホワイトアウトして、戻った自意識。

 告げられた最初の事実は、自分が死んだという不条理な内容だった。


 そして、転生に関するあまりに簡単な説明。

 そんな手抜きで、「はい、そうですか」とは納得できるわけがない。

 いくら柔軟な思考ができる、元ロストの――現ロスト自身でも無理がありすぎた。


 ただ感情は別として、理解はできてしまっていた。

 というか、無理矢理させられた。

 意識に直接アクセスして情報を流され、それが嘘じゃないって認識させられてしまったのだ。


(さすが見習い創世神とはいえ、神様ですよ)


 その偉大なる創世神は、このようになった理由も一応はのたまっていた。



――いやさぁ~。新しい世界を創ろうとしたけどアイデアがなかなかでなくてねぇ。


――だからさ、ちょこーっと君たちの世界で一番人気のゲームをパク……リスペクトしようと思ったんだけどさ。


――ただなにぶん、初めてのことでねぇ。


――そのゲーム世界をコピー&ペーストして、パッパッと新しい世界を創ろうとして、まちがえて&ペーストしちゃったんだよね……。


――テヘペロ♥



 これを神託として、かなり一方的に告げてきたのである。

 しかも反論、苦情、質問の一切、受付なしという最悪のユーザーサポートであった。


(世界観パクろうとした上に、なにこっちにまで迷惑かけてくれてるんです? そもそも神様のくせに、なんで「カット&ペースト」とかIT用語を喩えに使っているんですか。わかりやすいですけど。それに「テヘペロ」って古いネタ……いてこましますよ)


 カットしたから、WSDの世界概念が切りとられて、元の世界からWSDの存在自体が消えてしまった。

 さらに、その時にオンラインだったプレイヤーたちの意識も、概念と一緒にカットされて魂ごと新たな世界にもってこられてしまったらしい。


 ふざけた話だが、そこまでは仕方ない。

 納得できないが仕方ない。


 しかし、今のロストは仕方ないではすまない状態にある。


 なにしろ彼は、で、いきなりレベルが10も上の巨大昆虫型魔物に追われる羽目になったのだ。


「――いや、これ、また死にますって!!」

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