千のハズレスキルを得る男~ハズレ好きな僕は、物欲センサーでアタリばかり引き当てて、唯一のレベル無制限!
芳賀 概夢@コミカライズ連載中
第1部
Quest-001:カット&ペースト
第1話:ハズレの冒険者
建物はモルタルの壁をもつ立派な2階建て。
1階は大きな酒場となっていて、一角には大きな掲示板があり、たくさんのクエストが貼りだされていた。
仮想世界の名前は、MMORPG【ワールド・オブ・スキル・ドミネーターズ】(WSD)。
意識を仮想世界にある肉体に転送するSVR(代替仮想現実)という技術を使った、剣と【スキル】と呼ばれる力の支配する冒険ゲームの世界だ。
今も多くの冒険者たちが、そのクエスト掲示板の前で、内容を検討しながらガヤガヤと騒いでいた。
実際は貼りだされた紙を見ているわけではなく、空中に浮かぶ半透明のディスプレイモニター――フローティング・コンソールに表示される情報を見ている。
しかし、クエスト掲示板の前に行かないと見えないため、その人だかりはほぼ名物だった。
「こんにちは」
その様子を尻目に1人で酒を呑んでいた黒髪の日本人風青年キャラクター【ロスト】の元へ、とある女性キャラクターが声をかけてきた。
深緑のようなロングストレートヘアーから、長い耳が覗いている。
蒼穹を思わす明眸に、スラリときれいにとおった鼻、そしてピンクの艶やかな唇。
エレファ族と呼ばれる種族の女性だが、かなり念入りに作ったのだろう。
幼さと大人の色気が複雑に絡みあう、なんともいえない凝った造形だった。
服装は、紺地でT字型のゆったりとしたダルマティカという貫頭衣。
その上から、十字架の代わりにアスタリスク(*)形の刺繍がはいった白い前掛け型の衣をかぶっている。
(どこかの司教様のような、長い筒状の袖に、引きずる裾……これは……)
このWSDというゲームには、剣士や魔術師といったジョブという考え方がない。
しかし、この見た目はいわゆる「
逆に言えば、パーティープレイ前提ということである。
ほぼソロで生きてきたロストとは、無縁の装備であった。
「失礼ですけど、その装備はレベル50ですよね?」
微笑してから、その柔らかそうな唇で言葉を紡いだ。
意図のわからぬ質問にとまどいながらも、ロストは「そうですが」と答える。
(まあ、見ればすぐにわかるはずですからね、僕の装備)
ワインレッドのフレアワイバーンの革鎧フルセット。
腰にプラチナ・ロングソードという片手剣。
背中に小型のグレート・ラウンドシールドという丸い盾。
名前だけ見ると、なかなか高級そうな感じもするが、これらすべてNPCの店舗で普通に買えるレベル50用基本装備。
値段も大して高くない。
今時のレベル50ならば、クエストで手にはいるようなもっとレア度の高い装備をしているのが普通だろうが、彼はなにひとつそのような装備を着けていなかった。
「どこかユニオンに所属していますか?」
「いいえ、どこにも」
問いを怪訝に思いながらロストが答えると、彼女はかるく手を叩いて喜びを見せる。
「うわ、
「やっぱり?」
「あ、いえ。いつもここで、お1人で過ごしているのを見かけたので……」
「うぐっ……」
まるでボッチのような言われ方が心臓に刺さるが、事実なので致し方ない。
ロストは咳払いしてから話を続ける。
「そ、それでなにかご用ですか?」
「はい。よかったら、私たちのユニオンにはいってくれませんか?」
「……へ?」
つい尻上がりな返事をしてしまう。
でも、それは仕方ないだろう。
あまりに勧誘が唐突すぎる。
こんなのとまどうに決まっている。
「あ、あはは……突然すぎですよね」
困惑に気がついたらしい彼女が、慌てて照れ笑いする。
その笑顔が妙に幼く見えて愛らしい。
ロストもつられてかるく微笑してしまう。
「すいませんでした。私はフォルチュナと申します。レベル30です」
「僕はロストです。……で、なぜ僕に?」
「は、はい。そうですね! 説明させてください!」
迫るように丸テーブルへ上半身を乗りだしてきた。
ゆったりとした服だから今まで気がつかなかったけど、テーブルの上に載せられた胸は大迫力だ。
その迫力に目を奪われないようにしながら、ロストは「どうぞ」とうなずいた。
「実は私たち、友達3人だけの小さなユニオンなんですけど、今度のユニオン戦イベントのためにも、人数を増やしたくて」
「ああ、なるほど……」
ほぼソロプレイしているロストは興味がなかったが、ユニオン戦というイベントを近々計画しているという、運営会社の発表は知っていた。
ユニオンとは、簡単に言えばプレイヤー同士で作るチームである。
要するにユニオン戦とは、チーム対抗戦みたいなものだろう。
今のところ詳細は未発表だったが、仕組み的に巨大なユニオンほど有利だという噂だけはどこからともなくでていたのだ。
「それにクエストに少し行き詰まっていたので、できたら高レベルの方にはいっていただければと、レベル50でフリーの人を探していたんです。でも、高レベル者はみんなどこかのユニオンにはいっていて……いかがです?」
鈴の音のような声をだしながら、フォルチュナは上目づかいでロストをうかがってくる。
もちろん本当の性別がわからない以上、ロストがデレデレとすることはない。
それに彼は、素直に誘いを受けられない理由がある。
「お誘いはありがたいですが、僕は――」
「――彼はやめた方がいいと思いますよ」
断る言葉をわざわざ横から遮ったのは、少し高いトーンの男声だった。
ロストは無粋な声の主を見る。
「彼は、ゴミのようなスキルばかり好んで覚えている変わり者として有名ですからね」
その男はクエスト掲示板の方から歩みよってくると、彼女の横へ許しも得ずに腰かけた。
ロングの黒髪に白い肌、青と緑のオッドアイという、いかにも自分に酔っていそうな優男を気取った二枚目キャラクターだ。
頭部ははずしていたが、銀の鎧は確かシルバードラゴン・アーマーとかいうレア度【★4】の装備品である。
そして腰には、これ見よがしに豪勢な
名前はわからないが、あれもたぶんレア度は【★3】以上はあるはずだ。
ちなみにレア度は【★1】~【★5】まであり、【★4】のアイテムは限定数しか存在しないアイテムである。
【★5】になると、唯一無二のユニークアイテムとなる。
「ラジオンさん……なぜここに……」
フォルチュナが眉をひそめる。
その表情だけで、ロストは察する。
彼女は、ラジオンに嫌悪感をもっていると。
そして同時に、改めて思う。
ゲームでもこれだけの感情表現ができる、代替肉体システムのすさまじさを。
仮想現実ゲームの中でもリアル感は飛び抜けていた。
「フォルチュナさんがよくこちらに来られると聞いたので。ぜひ今日こそ、我がユニオン【ライジン】にはいっていただこうかと」
「それ、お断りしましたよね?」
「しかしですね、フォルチュナさん。お友達姉妹も、ライジンにはいってもよいとおっしゃっているのですよ」
「言ってません! あなた方があまりにしつこく脅すように……」
「脅すとは人聞き悪い。それに、あなた方だってユニオン戦で勝ちたいのでしょう? だから、彼のような変人にまで声をかけて。ならば、うちにはいった方が早いはず」
そう言いながら、ラジオンがロストを蔑む目つきで睨めつけた。
ロストからしてみれば、変人であることは否定できない事実だ。
だから、それに関して言い返すつもりはない。
しかし、どうして睨まれているかは理由がわからない。
ラジオンは自分のことを知っているようだが、ロストは彼のことなど知らなかった。
当然、怨みなど買った覚えなどはない。
「ロストさんに失礼ではないですか、ラジオンさん」
「失礼? いやいや。なにしろ彼が覚えているスキルは、ハズレ枠のゴミスキルばかり。そういう自分勝手なプレイスタイルは好きではなくてねぇ。そんなの仲間にいれても、足手まといになるのが目に見えている」
「そ、そんなことは……」
口ごもりながら、フォルチュナが目で尋ねてくる。
ちょうどいいかもしれない。もともと説明しようと思っていたことだ。そう思いロストは、【ビュー・プロフィール】という標準スキルを実行する。
「僕のもっているスキルですが、たとえば……」
空中に半透明の画面が現れる。これは、表示させた本人以外にも見える、自キャラクターの情報画面だった。
そこにロストは、自分がもっているスキルの1つを表示させてみせる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ムーブ・スカイハイ】
レア度:★5/必要SP:5/発動時間:0/使用間隔:60/効果時間:-
説明:はるか上空に転移する。フライ系スキルと同時に覚えられない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「え? すごい! すごいです! 空、飛べるなんてレアスキルじゃないですか! しかも【★5】!」
それを覗きこんで見たフォルチュナが、目を見開いて笑顔を見せる。
しかし目を見開いているわりには、きちんと見ていない。
「ちがーう、ちがーう。よく見ないとぉ」
ロストが口を開く前に、ラジオンがものすごくニヤニヤとしながら説明を始めた。
「これ、空を飛べるとは書いてない。本来の空を飛ぶレアスキルはフライ系。それなのにぃ、このスキルにはフライ系と同時に覚えられないって書いてあるんですよぉ?」
「あ。本当ですね……」
「つまり、これは空中に移動するだけの意味がないスキルなのさ。ムーブ系なら、私がもっている【★4】の【ムーブ・ポジション】のように、空中は無理にしろ狙ったところに瞬間転移できるスキルの方がよほど使えるというものだ。こんなのはハズレスキルもいいとこだろうぉ? ん?」
嫌味な言い方だが、ラジオンの言うことは正しかった。
そう。これはけっして空を飛ぶようなかっこいい、
レア度が【★5】でも、珍しいだけで使いものになると限ったわけではないのだ。
「ロストさん。このスキルは、本当に……」
「ええ。使用すると一瞬で空高くに転移します。……そして、落ちます」
「お……落ちる……」
「思いっきり落ちます。彼の言ったとおり、飛べるわけではなく空中に放りだされる感じですね。そこから落下して、地面に叩きつけられて死にます」
「しっ、死ぬんですかぁ!?」
「ええ。何度もそれで死にました。でも、空の景色を楽しめますよ」
「いえ、あの、その……たとえば、風の魔術スキルを下に放ってその勢いで着地するとかできないんですか?」
「魔術スキルを使った時、腕や体に魔術の反動とか受けた記憶あります?」
「……ないです」
「ですよね。つまり、反動で浮くとかは無理なんです。墜落死を回避する方法はあるのですが、それはともかくです。僕が言いたいのは、彼の言うとおり僕がもっているスキルは、こんな感じのものばかりなんですよ」
「な、なぜですか?」
たびたびされる質問に、ロストは苦笑して答える。
「簡単に言えば、好きなんですよ。こういうハズレ扱いされるスキルが」
「…………」
そしてフォルチュナが驚いて開いてしまった口を隠すように片手を添えた。
(まあ、退きますね……)
それは無理もないことだった。ロストにとっては慣れっこだ。
ハズレスキル大好き――そんなロストの趣味は、他人に理解されないことは百も承知である。
だからこそ、今までソロでやってきていた。
だからこそ、断らなくてはならない。
「申し訳ありませんが、僕は……」
「
「はい。『
「すごいですね、それ!」
なぜか感激したように、彼女は両手でロストの左手を包むように握ってきたのだ。
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