Quest-002:プニャイド村の大地主

第4話:ハズレにある村

 なんとか魔物と遭遇せずロストがたどりつけたプニャイド村は、先ほどの戦闘場所からわりと近かった。

 村の周囲は丸太を重ねたような塀を作っているようだが、とても先ほど斃したスコーピオン・アントの攻撃を防げるようなものとは思えない。

 しかし塀は壊されていないし、村への観音開きの正面門もしっかりと閉まっているように見える。


(これは不可解ですね……)


 ロストは首を捻る。

 レベル60という高レベルの魔物が生息している森の一角に、大して守りが堅くない村があるというのは、違和感を超えて不安感を抱くレベルだ。

 とりあえず行ってみるしかないと、ロストは森の中にできていた道らしき場所を進んでいった。


「――誰だ!?」


 正面門に近づくと、頭の上から威嚇する声が響いてくる。

 見あげると、門の上にあるものやぐらみたいなところから、ネコ耳が生えた若い男が、弓を構えてロストを狙っていた。

 その鋭い視線で、命をいつでも奪えるとロストへ訴えている。


 ロストはその殺気を受け流すように微笑する。


「こんにちは。冒険者なのですが、休憩させていただけませんか?」


「冒険者……だと?」


 遠くからでもわかるぐらい、太陽の光をキラリと返す銀色の耳がピクンッと立ちあがる。

 少し顔がネコっぽくて、触毛が生えていて、ネコ耳が生えていて、尻尾が生えているが、基本的には人型というチャシャ族だ。


(珍しい亜人族ですね……)


 設定的に少数民族のため、ゲーム時代に一般フィールドで見たという報告は存在していなかった。

 たまにイベントクエストに登場するぐらいだろう。

 しかも、今はときている。


「本当にこの森を抜けてきたのか?」


「抜けてきたは正確ではありませんが、森の中から来たことにはまちがいないです」


「貴様、1人か?」


「ええ。そうですけど」


「…………」


 チャシャ族の男は、ロストを値踏みするように見つめている。

 彼は、貫頭衣チュニックを着用した少し凜々しい感じの若者だった。

 その姿は、不思議とゲーム時代よりも生き生きとしているように感じられる。


(やはり話し方も、A.I.ゲームマスターが管理していた頃とは違いますね)


 ゲーム時代のNPC会話は、クラウド型人工知能A.I.プログラムによるゲームマスターシステムが管理していた。

 しかし神いわく、元の設定があればそれを活かしているが、基本的には自分で考えて行動できる生き物であるという。

 すなわちロストと変わらない、この世界の住人である。

 だから、NPC時代のように決まった動きしかないわけではない。


「ちょっと、そこで待っていろ。いいか、動くなよ!」


 そうロストに警告してから、チャシャ族の男が背後に声をかける。

 どうやら塀の内側の仲間と話しているらしい。

 向こう側が、にわかに騒がしくなっていく。



――ガコンッ!



 かんぬきでもはずしたのだろう。

 しばらくすると、門の向こうで大きな音がした。

 そしてギシギシという鳴き声を響かせて、大きな観音開きの門の片方がゆっくりと開いた。


 扉を開けたのは、小刀を構えた若い女性のチャシャ族だった。

 少し吊り目気味だが、かなり整った顔立ちをしている。


 そして背後には、年老いたチャシャ族の男性が立っていた。

 灰色のローブを羽織り、枝を削って作ったような杖を携え、白く長いあごひげを揺らしている。

 さらにその周囲は、槍を構えた大人のチャシャ族が数名で囲んでいた。


「冒険者の証明を見せてみろミャ!」


 正面に立っていた女性のチャシャ族が、刃を掲げながら要求してくる。


(「ミャ」とつけるということは、まだ子供ですか。そしてあのなのが村長ですかね)


 ロストはそんなことを考えながら、素直に【ビュー・プロフィール】を実行する。

 この職業欄には、「冒険者」という記載がはいっている。

 それにそもそも、冒険者以外はスキルが使えない。

 そのためイベントで「冒険者の証明を見せろ」みたいなことがあると、これを実行するのがお約束だった。


「おお! まちがいなく冒険者様! さあさあ、どうぞ中へ」


 その老人の言葉を聞くと、槍を持ったチャシャ族たちの緊張もとけた。

 小刀を持っていた女の子も、大きなため息をついて肩の力を抜く。

 そしてロストは、門の中へいざなわれる。


「冒険者様だ! 冒険者様がいらっしゃったぞ!」


 村人の誰かが叫んだ声を皮切りに、建物や物陰から村人らしき者たちが一気に姿を現した。

 しかもでてきたとたん、彼らはそろいもそろって異常なほどの歓迎ムードだ。

 満面の笑みを見せる者、躍り喜ぶ者、中にはなにがそんなに嬉しいのか感極まって泣きだす者までいる始末。

 あまりに感情表現が豊かで、ロストはとまどってしまう。


「さあさあ、冒険者様。こちらに」


 先ほどの小刀を構えた茶髪ショートの女の子に加え、黒髪ボブカットの女の子も現れ、ロストの左右についた。

 そして2人に両側から腕に抱きつかれて案内されてしまう。

 しかも、薄い服の向こうにある胸の感触のおまけつき。


(おお。現実になったおかげで、過剰なキャラ接触も解禁と。しかし……)


 一瞬だけ喜んだロストだったが、すぐに重要な事実に気がついてしまう。


 かつてのNPCに対しては、ゲームシステム的にプレイヤーが危害を与えることはできなかった。

 攻撃することも、所持品を奪うこともできなかったし、胸に触れることさえできなかった。

 無論、NPCからセクハラ問題になりそうな行為をするイベントなども一切なかった。


 しかし今、元NPCが自ら胸を押しつけるという誘惑行為をおこなっている。

 逆に言えば、元NPCたちに対してプレイヤーたちからもアクションを起こせるということになるだろう。


(同じ存在……。つまり、互いに対する干渉ルールに過去のような制限がない)


 そう考えると、ロストに緊張感が走った。

 あれよあれよといううちに、自分の周りには人垣ができてしまっている。

 村の規模から考えても、ほとんどの人が集まっているのではないだろうか。


(もし彼らに敵意があったら……まあ、その様子はありませんが)


 なにしろ喜ぶどころか、ロストを拝みだしている者まで存在しているほどだ。

 この状態なら、襲ってくることはないだろう。

 むしろ逆に、いくらなんでも歓迎が大袈裟すぎる方が気になる。


「あ、あのぉ……」


「わたくしは、この村の村長をしております、ギュスタでございます」


 ロストの問いに先んじるように老人がそう名のった。

 彼が村長であることは、ロストの予想どおりだ。

 しかし。


「よくぞいらっしゃいました冒険者様。いやさ、勇者様。お待ちしておりましたぞ」


「……はい?」


 村長の言葉に、ロストは首を傾げる。


「あなたは歴戦の勇者様でございましょう」


「いいえ、僕はそん……」


「勇者様、なにとぞこの村をお助けください!」


「ち……違いますよ?」


「さあさあ。まずは奥でおくつろぎいただき、詳しい話をお聞きください」


「その前に、僕の話をお聞きくださいよ!」


 眉をひそめながら、ロストは狼狽する。

 先ほどまでの自然な会話は影をひそめ、完全に一方通行である。

 これではまるで、ゲーム時代のNPCと会話しているようだ。


(あれ? なにかこれ、予感がします)



――ガコンッ!



 まるでロストを逃がさないとばかりに、背後で閂が閉じられる音がした。

 とたん、彼の視界の隅にイベント発生マーク【!】が表示される。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

神様≫ ロストは、クエスト【プニャイド村の大地主】を受注しました!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(――してませんから! ってか、神様自身がシステムメッセージ担当してんですか!? ってか、自分に「様」って敬称つけるのどうなんです? ってか、選択肢ぐらいだしてくださいよね!)


 多すぎるツッコミを脳内でおこないながらも、ロストは村長の家まで連れて行かれてしまったのである。

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