第1章 はじまりの物語 第4話 【本当の名前】

 人が一人ずつ通れる幅で、高さ2メートル程ある緑色の扉。その扉の真ん中に白い鳥の装飾が施してある。

 その鳥の装飾に、テディが右手を押し当てると扉の向こう側から光が押し寄せ、二人を包み込み、やがて通り過ぎた。

 そんなに強い光ではなかったが、周汰はとっさに右腕で額を隠すような格好で、迫りくる光に身構えた。

 扉を開いて通り抜けるというよりは、扉が通り過ぎるという不可思議な原理なのだろうか。身構えていた周汰の周りは、さっきまでの褐色の乾いた風景から、緑を付けた木々や草が生えるのどかな風景へと変わっていた。


「あそこに見える塀の向こうが村なんだよぉ」


 テディの声で、周汰は彼女が指さす方向を探して、目を向けた。


 この場所は森になっており、その森も80メートルほどで出口となっていた。その先には草原が広がり、600メートルほどの場所に塀が見えた。

 気づけば足元は、石畳が敷かれており、それは草原をまっすぐ伸びて塀の真ん中にある門へと続いていた。


『村って聞いていたけど、もっと大きな町みたいに見えるな……』


 周汰の言葉にテディは振り返り

「塀は立派だけど、門を入ると木造の家とかなんだよねぇ。いかにも村って感じ」

 そう言って笑っている。


 とにかく、こんなところにいても仕方ないとでも言いたげに


「さぁ、行きましょう。ちょっと喉も乾いたし。美味しいお茶を飲みたいな」


 最後の方は歌でも歌っているような口調になりながら、テディは歩き出した。


森を抜け、草原を4分の1程進んだ―――

周汰は、周りをきょろきょろ見渡しながら歩いている。森を抜けると今度は、どこまでも草原が続いていた。見渡す果てまで、くるぶしより背が低い草が茂り、白やピンクの小さな花も咲いている。


『テディ、さっき村の人がテディって呼ぶから、自分はテディだと言ってたけど、本当の名前は忘れたのか?』


 周汰は、緑の景色に癒され落ち着いてきたのか、疑問に思っていたことを聞いてみた。


「……ん~、私の名前は……なんだろうね?」


 テディは、振り向きもせずに左右に小首を傾げながら歩いている。


『なんだろうね?って、やっぱり忘れたのかい?』


 前を歩いていたテディが急に立ち止まったため、周汰は危うくぶつかりそうになって急停止した。


「ナスだって、こっちの世界の名前なんでしょ?」

 そう言って振り返えると、周汰の目をじーっと見つめてきた。


 なんて不思議な瞳の色をしているのだろう?―――

周汰は、そんなことを思っていた。

 パッと見は栗色の瞳の色なのだが、時折、淡い青や淡い緑の光がクルクルと回るような瞳をしている。


「本当は、あなたも自分の名前を口に出来ないんでしょ?」

 テディは、こんなことを言ってきた。


 口に出来ないっていう意識は無いものの、確かに名前を聞かれた時は、本当の名前を口に出来なかった。口にしてはいけないという直感が働いた。

 そして、とっさに口から出た名前【ナス】は、実は母親の旧姓の【那須】だった。

 どうして、母親の旧姓を名前として言ってしまったのかは、自分でも皆目見当もつかない。


『口に出来ないというか、急に名前が押し戻されて、出てきた名前が【ナス】なんだけど、全く自分に関係ない名前でもなくて……。じゃあ、やっぱり君も同じなのかい?それで、村の人に付けてもらった名前なの?』


 テディは、また少し小首をかしげて

「それがね、私の場合は、気づいた時には、村のみんなが【テディ】って呼んでて、自分でもしっくりきちゃって、でもね、確か違う名前があったような、そんな気がするの」


 それって、やっぱり自分の名前を忘れてるんじゃないか?と周汰が言おうとすると


「おーい」


 遠くから少年の声が聞こえてきた。

 この場所と村へ入る門の入口の丁度真中辺りで、こちらに手を振っている3人の少年たち。


 テディは振り返ると

「おーい」

 と手を振って応えていた。

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